第270話 そういう男

野営中、不審な行動をする3人組を見つけて、制圧した。


後ろ手に縛られた3人の不審者が、彼らを連れてきた護衛たちに押されて、商人たちの前に跪く。

エメラルドの鎧を着ていた奴は目を瞑り、他の2人は涙を流している。


「物取りをしていた3人をお連れしました」


弓でエメラルドの鎧の奴の足を撃った毛むくじゃらの護衛が、代表して報告の声を上げる。

既に情報は行っているはずなので、形式的なものだ。

それを受けて、頷いてみせたのが商人たちの中央にいる、恰幅の良い商人だ。


「ふむ。我々の馬車から、物を盗み出そうとしていたと聞いたが、事実かね?」

「……」


3人は答えない。


「目撃者もおりますし、事実馬車をこじ開けようとしていた形跡もあります。言い逃れはできないでしょう」


毛むくじゃら護衛がそう報告するが、目撃者というのは俺の事だろうか。

本当は目撃したのではなく、気配察知で怪しい動きをしていたのを察知しただけなのだが。

それは言わぬが花なのだろう。


「ゆ、許してくれッ! 食い物が欲しかっただけなんだ!」


短剣を持っていた奴が、跪いたままそう叫ぶ。

自白したようなものだが、逆効果ではないだろうか。

いや、黙っていたら黙っていたで、有罪になりそうな雰囲気だったからか。


「俺たちは何も知らねぇんだ! ただ言われるがままに連れて来られて、急に……こんな……」

「黙れ」


エメラルドの鎧の奴が、目を瞑ったまま一喝する。


「お前こそ黙るのだな。立場が分かっているのか?」


毛むくじゃらの護衛が、エメラルドの鎧の奴の首元に短剣を当てて凄む。

エメラルドの鎧の奴は、瞑目したまましばらくされるがままだったが、ついには何かを決したようにため息を吐き、目を開いた。


「それでは、発言の許可を頂きたい」

「申してみよ」


毛むくじゃらの護衛が答えるより前に、恰幅の良い商人が許可を出した。


「我々を、見逃していただきたい。我らは、故郷に帰りたいだけなのだ。もし見逃していただければ、戻った後謝礼を約束する」


恰幅の良い商人は、隣の商人と何やら話してから、返答する。


「まずは、そちらの所属を知りたい。謝礼を求めるにしても、相手が分からねばな」

「承知した。私は……」

「ああ、名前は言うでないぞ。分かるな?」

「……なるほど。私はリック地方の戦士家、ユーデフ家の縁者。当主ではないが、それなりの発言権はある」


商人たちがざわつく。


「た、頼むっ!」


先ほど黙らされた短剣持ちが、再度跪いたまま懇願する。

今度は止められることもない。


「家にゃ、お袋と兄弟が首を長くして待ってんだ! 隣の、顔を焼かれたコイツなんて、結婚して先日子どもが生まれたばかりだ! 頼む、頼む……」


商人たちは何かひそひそと互いに話しているが、懇願に反応する者はいない。


「あ、あんたらも見たところ、軍隊でもなけりゃお偉いさんでもないんだろう!? 巻き込まれた俺たちの気持ちは分かるはずだ! 頼む、頼むから……」


泣き声になっていった懇願は、空しく夜空に響く。


「……あの者の懇願に耳を貸すわけではないが、解放すべきではないか。我々は帰り路を急いでいるだけだ。余計な面倒は背負いこむべきではない」


1人の商人がそう述べる。


「馬鹿なことを! もしこ奴らが反乱分子ならば、逃がしなどすればどう思われるか。我々が急ぎ帰るのは、これから帝国で商売をするためだぞ」


すぐさま別の商人がそれを留める。


「ならば、ひっ捕らえたまま軍に引き渡すか? 後はそちらで処置してくれよう」

「それが筋と言えるが……」


商人たちのやり取りは少しずつ、引き渡しの方向に収束しつつある。

しかし、それを破る声が辺りに響いた。


「こ奴らは殺すとしよう」


それを言ったのは、恰幅の良い商人であった。

それにやんわりと異議を述べたのが、端っこに座っていたテッド会長である。


「殺す必要はあるのですか? 彼らの情報を引き出すため、帝国政府が尋問したいかも知れませんぞ」

「逃がすのは論外だが、連れて行くにもコストが掛かる。今は、我らの安全が第一ぞ。荷に手を出そうとしたのだから、切って捨てた。この理屈で十分だろう?」

「今は帝王陛下への忠誠を示すべき時期でもありますよ。しかし、どうしてもと仰るのであれば……」

「エモンドの。なるほど一理あるやもしれませんな。それなら、多数決と参ろうか?」


静寂が降りる。

テッド会長は末席から周囲を眺めて、首を横に振った。


「……いや、必要ありません」

「ふむ、そうか? 納得してくれたなら、決を採るまでもないか。よろしい、連れて行き、首を切れ」


何が起こったのか分からないが、テッド会長がやり込められたらしい気配は分かった。

それを大人しく見ていられないのは、下手人である。


「ふ、ふざけるなっ! 何の権限があって……ただの商人だろう、お前らぁ!?」


先ほど懇願していた奴が、今度は手足を拘束されたまま立ち上がろうとして、無様に転ぶ。

それでも彼は、叫ぶことをやめない。


「俺たちが……俺が何をしたってんだ、ええ!? 俺ぁ、虫を殺すのも嫌いなんだ。こんな血生臭いことになんなら、こんな所に来なかった! 俺程度の小者を生かしても殺しても変わんねえだろうがよ! 頼む……頼むよ……」

「連れて行け」


恰幅の良い商人が平坦に言う。毛むくじゃらの護衛が動き、泣き続けるやつを抱えるようにして運んでいく。

他の2名も連れて行かれる。

しばらくして、命乞いをする叫び声と、世を呪う声が聞こえて、辺りは静かになった。


「明日も早い。皆、休みましょう」


恰幅の良い商人はそう言い、さっさと自分のテントに戻っていってしまった。

他の商人たちも、少し気まずそうな顔を浮かべながら、戻っていく。


持ち場に戻りながら、テッド会長に聞いてみる。


「何故、あの商人は下手人を処刑することに拘ったんでしょう?」

「スルートの会長が、ですか?」


恰幅の良い商人は、スルート商会とかいう商会の会長だったな。


「ええ、そうです」

「……。さて、どうでしょうな」


その場では答えなかったテッド会長だが、いよいよテントに戻る際に、俺にぐいっと顔を寄せて、小声で言った。


「あの部隊長らしき者の着ていた鎧は、相当高級そうでしたな」

「えっ?」

「……そういう男です。商人としては、ある意味正しいのかもしれませんな」


そこまで言って、テントに入っていく会長の背中を見送りながら、言われた言葉を頭に巡らせる。


そういうことなのだろうか。


処された3人を改めて思い起こす。

立派な鎧の奴と、ボロボロな残りの2人。

2人は完全に巻き添えじゃねぇか。


俺は何も悪い事はしていない、というか良いことをしたはずだが。


頭を振って息を吐き、意識を切り替える。

この護衛が終わったら、しばらくは僻地に行って魔物狩りでもしていたいな。



***************************



次の日の陽が落ちる前には、何とかオーグリ・キュレスの近くまで戻ってくることができた。

各領地のテントがあった辺りはすっかり引き払われており、所々が焼け焦げたような跡が残っている。ここで何らかの争いがあったことは明白だ。

城壁に近づくにつれ、哨戒する部隊の数が増えていく。


そのうちの一団に制止され、商人たちが対応しているのを待っていると、後ろから数人が近付いてきた。


「よお、ヨーヨー! 無事だったか」


テッド会長は一番後ろに配置されていたし、俺はその中でも最後尾にいる。

自然、後ろから来た者が俺に話しかけるのは想定内だ。

ただ、その呼びかけは知った声であったのが想定外であった。


「フィーロ。こんなところで何遊んでるんだ?」

「遊んでねーよ! お仕事だよ、お仕事」


近付いてきたのは、テーバ戦士団のツンツン頭魔法使いであるフィーロと、知らない奴ら数人の集団だった。

完全武装しており、少し土がついている。

彼らもここでの戦いに参加したのだろうか。


「とりあえず、テーバの戦士団は成敗されなかったようだな」

「たりめーよ、そもそもテーバは代官だぞ。上役のご意向に背くわけねーだろ」

「そうなのか。ここは争った跡があるが、もう安全なのか?」

「安全だろ、敵はあっちゅう間に散り散りで逃げ去った後だよ」

「フィーロも戦ったのか?」

「おーおー! 俺っちも塔の上から雷降らせてよー、大活躍だったぜ?」


フィーロが不敵な表情で胸を張る。


「小隊長、部外者に余計な事を言うべきではないかと」


フィーロの後ろに控えていた鎧姿、今の声の調子からしておそらく女性が、フィーロを諫める。


「そうだぞ、フィーロ」

「おい、お前が訊いたんだろが! ま、この分だと俺たちは残党狩りにこき使われる運命だ。もっかいくらい、ヨーヨーとも改めて飲みたかったが、仕方ねーな。しばらくは荒れるだろうから、お前も精々気を付けろよ」

「ああ」


フィーロたちは別に商人たちに用があったわけでもなかったようで、話を終えるとさっさと城壁から離れるほうに歩いていった。

あいつも小隊長か。


「ヨーヨーさん、今のお方は?」


テッド会長が、馬の上からこちらを振り返って問い掛ける。

おっと、護衛に集中だ。


「ああ、テーバの戦士団員です。以前に少し世話になりまして」

「テーバ地方ですか……。色々と難しい土地と聞きましたが」

「軍や王都戦士団の奴らは気難しいですが、在地の戦士団はそうでもありませんよ。魔物狩りで肩を並べれば、個人傭兵でもそれなりに扱ってくれます」

「そうでしたか」


しかし、彼らの所属はあくまでテーバ戦士団のはずだが、王都付近でのゴタゴタにも当然のように駆り出されているのだな。

まあ城壁内で飲んだくれさせているよりは有効活用になるか。


「テーバは及び腰でしたが、ここに至っては手を打った方が良いでしょうな……」


会長は何やら考え込んでいる。

龍剣騒動の余波も収まって治安が回復したのであれば、魔物素材の宝庫であるテーバ地方は商人にとっては宝の山になるのだろう。

ただ、何やらヤバイ魔物が出て人間側の拠点がいくつも陥落している状態らしいが。


「森の悪魔とやらが出て、現場は混乱しているそうですよ」

「ほう、そうなのですか。それは有益な情報です」


何せ、現役の戦士団員の話がソースだからな。

会長も、戦士団と話している俺の姿を見ているから、その信憑性を感じたのだろうか。


「しかし商売を広げるにしても、まずは護りを固めねば。ヨーヨーさん、城壁内に入ったら、早速ですが情報収集をお願いできますか?」

「はい、以前お話しした依頼をするということですね?」


以前、情報収集の手段として地下組織に伝手があるという話をした。

会長は、いくつもの情報収集の一環として、そちらを進めるように俺にお願いしてきているのだ。かかる依頼料などは会長が持つから、とにかく情報を集めて欲しいと。

ただの使いっ走りクエストなわけだが、それでも最低で半金貨以上の報酬を出すという。

もし有力な情報が入ったら、金貨を追加。

組織に払う報酬とは別に、だ。

大商会会長の本気、怖い。


「その通りです。些細な事でも構いません。ただし、虚偽の報告はしないように、釘は刺してください」

「言うだけ言ってみます」


俺は窓口を持っているというだけで、あの地下組織「もがれた翼」に、何か指図できる立場ではないのだ。

約束できるのは本当に、言ってみるところ迄だ。


「それで構いません」

「それで良いなら」


城壁を潜ると、商人たちの集まりも解散になる。

会長の馬は後日返すということで、そのまま会長は騎乗して商館へ。



「会長!」

「ご無事でしたか」


商館前まで辿り着くと、商会の護衛たちがわらわらと近寄ってきた。

敵が偽装していないとも限らないので、門を通るまでは俺とルキで周囲をガードする。


「落ち着け、皆の衆。レイト、ヨーヨーさんの報酬を用意しなさい」

「はっ」


門の前で馬を降りた会長を門を潜るまで無事護衛し、ミッションクリアである。

やれやれ。



「護衛分の報酬はすぐに用意させますゆえ、少しお待ちください」


会長は周囲の者に寄り添われて、奥へ消える。

その腕からドンがするりと抜け出し、こちらに歩み寄ってきた。


「おう、ドン。お手柄だったな」

「ギーギー」


ドンの危険察知がなければ、会長だけではなくルキも危ういところだった。

本当に有能な護獣である。


「すまんが、この後もしばらく付いてきてもらうぞ」

「キューゥ」

「分かった、分かった」


しばらくじいさんの懐にいたせいか、アカーネかサーシャに運んで貰いたいような鳴き声をするドン。

俺も、抱かれるならそっちの方が良い。


しばらくすると、商会のヒトが金を運んできた。


「金貨5枚です」

「ああ……あれ?」


契約よりも増えていないか。それもだいぶ。


「ああ、新しい依頼の料金を含みます」

「なるほど。それにしても多いような」

「それだけの働きをされたのでしょう。働きに見合った額を出されたはずです」

「なるほど」


まあ、数日だけ護衛するだけだったはずなのに、ガッツリ襲われたうえに、敵を討ち取りまくった。自分でもよく働いたと思う。


「ありがたく貰っておく」


まあ、あの会長のことだ。

多めに渡すことで、今後も会長に協力させる布石になっていそうだが。


それはそれで、俺も折角護った会長とのコネを強めたいのだから、利害は一致している。


「会長は、大変疲れておいでです」

「まあ、命を狙われたわけだし」

「ええ。しかし、同時に大変……張り切っておいでです」

「ああ」


自分の専属護衛を殺されたことに、怒り心頭だった。


「不思議な気分ですね。お労しいと思うとともに……あのように野心的な顔をなさる会長は、久し振りなのです」

「まあ、暴走しすぎて身体を壊さないようにと伝えてくれるか」

「ふふ、畏まりました。今後ともエモンド商会を、よろしくお願いしますよ」

「ああ」


エモンド商会で一泊し、翌日ライリー区まで舞い戻ることになった。


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