第269話 飼い主

エモンド商会の会長を護衛して、門の前で野営した。


翌朝になると、合流した商人達が動き出した。

昨夜から今朝にかけて、テッド会長から古だぬきと言われていた恰幅の良い商人以外にも、親交のあるらしい商人がかわるがわる挨拶に来た。

そしてそのうちの1人が、荷駄馬を一体、会長の移動用にと提供してくれた。


懐かしの、首の長くない、ちょっとサイっぽい馬だ。

俺がこの世界で初めて乗った種類の馬である。


一度壁の外に出た後、隊列を組み直す。

と言っても、城壁前に固まっていた商人たちと比べると馬車の数は減っている。

その場で騒動が収まるまで野営する勢が、それなりにいたのだ。


なんせ城壁前には衛兵がいる。軍もいる。

それらを信用する前提なら、下手な場所より安全なんだとか。


オーグリ・キュレスまで帰るというのは、恰幅の良い商人を含む一派だ。

それぞれに事情はあるようだが、意外なことに「安全確保のため」という理由は少ない。

彼らが帰るのは、チャンスを掴むためだという。

帝国の建国という一大イベントが動いたのだ。商人たちにとっては大きな商談に食い込むチャンスでもある。

一刻も早く拠点に帰って手を打ちたい。ということらしい。


さて、恰幅の良い商人は偉いらしく、その馬車は列の中央で護られるように位置している。

前後には二輌ずつ小柄な馬車があり、馬車ではなく馬に乗って移動している商人が左右に数人ずつ並んでいる。

対してエモンド商会は最後尾、殿の位置である。

馬車もなく、会長の馬すら借りている状況だから、仕方ないか。


黒く舗装された道を帰りながら、オーグリ・キュレスに急ぐ。

行きと異なる点と言えば、道の脇にところどころ剣や槍を模った旗を掲げた集団がたまっている点だ。そしてチラホラと、最近見たばかりの旗がはためいている。


帝国旗だ。


会長によると、こいつらは軍の連中らしい。

そして、帝国旗を掲げて展開している。

つまり、この街道は帝王派が確保したということか。


「……この分ですと、軍は丸ごと帝王陛下の指揮下にあるようですな」


会長はそう言った。

俺には分からないが、軍の所属を読み解くヒントがあるらしい。それによると、展開しているのは中央軍と北方軍の連合部隊。


俺はそこまで想定していなかったが、冷静に考えれば軍が帝王派と反帝派に分かれている可能性もあった。

しかし、もともと現帝王に近い中央軍と、弟殿下に近いとされてきた北方軍が完全に歩調を合わせている。つまり、軍内は帝王支持でまとまっている可能性が高くなった、という推測らしい。


それら軍の部隊に見られつつ、南に向かう。

その途中、行きでも野営した場所で一夜を明かす。


周囲には人影はない。

水源となる池の方から、リーリーと虫が鳴く声が響いている。

馬車を四方に配置した中央で、護衛たちが焚火に枝をくべている。

会長の乗ってきた馬は一時的に仲間の元に戻り、互いに鼻をこすり付けている。

ひどく平和な光景だ。


夜間の警戒は、各人の護衛で1人以上の護衛が起きているようにする、というざっくりとした取り決めであった。

俺とルキが熾した火の周りには、大角族の護衛と会長、そして俺が座っている。

俺とルキの組み合わせでないのは、防御魔法を使える者を分けたからだ。


会長は寝ていても良いのだが、寝付けないのか、ルキたちが寝袋に入ってもまだ焚火に居残っている。


「……陛下はリック公の計画を知っていたように見えました。では何故、わざわざ今日まで泳がせたのか? 余計に荒事になるのは目に見えていたというのに」


独り言を言うように、小さなボリュームで言葉を零す会長。

隣の大角族は何も言わない。

夜行性のドンはすっかり起きているが、会長の膝に留まって撫でられるがままになっている。


「……そうですね。こんな騒動にしない方法もあったのではないかと思ってしまいますね」

「次第にこうに違いないと、確信してきたことがあります」

「何でしょう?」

「今起こっていることは、戦いなどではない」

「では何だと?」

「粛清、でしょう」

「……」

「軍を抑えているのなら、反発する諸侯が出ても、時間の問題です。諸外国が動かなければですが。いや……そのようなことはどうでも良いか」


会長は、手元の枝を小さく折って火に投げる。

指先ほどしかないその枝先は、すぐに火に呑まれて姿を消す。


「クライルは元は地下闘技場で育った男でした。縁あって商会で拾いましたが、口が悪くて周りと喧嘩ばかりでしたよ」


小さな枝先を加えたところで、何も変わらず揺れる火を見詰めながら、今度こそ会長は独り言を吐き出す。


「ジュモンはあれで子煩悩なのですよ。興奮すると魔道具を過剰に使ってしまうので、魔石の消耗には困らされたものです」


パチパチと火が小さく爆ぜて、火花が天に昇る。


「アカルディは絵を描くのが上手で、実は商館にあった風景画は彼が仕上げたものなのですよ。目が良いのは、弓に役立つだけではないとよく言っていました」

「会長」

「彼らの死は、私の責任です。私には予感がありました、何か手に負えないことが起こるのではないかと。それでも王宮に行くと決めたのは、私です」

「今回の騒動を予期されていたのですか?」

「そうではありません。ただ具体的なことが分からずとも、危険を察する方法は色々とあります」


ドンの危険察知スキルのようなものだろうか。

だから、直前まで新しい護衛を募っていたということなのだろうか。


「うちは領地越え、国越えの商売を厭わないことで大きくなってきました。それをすると、魔物や賊に襲われる部下の犠牲は出続けることになります」


ドンを撫でていた手が止まる。

ドンは会長を見上げ、キューゥと小さく鳴いた。


「なのに、何故でしょう。今回のクライル達の犠牲は、殊更心に来るものがあります。年でしょうな」

「……」

「今回の式典を最後に、もう引退しようかと考えていたのです。次代のエモンド家も、十分に育っている」


風が吹き、焚火の炎が一瞬、大きく燃え上がる。


「しかし、そうもいかなくなりました。今回の件の黒幕は、私を排除する機会を虎視眈々と狙っていたのでしょう。ならば一層、辞めてやることはできなくなりました。必ず、部下の仇を取り、自らの行いを後悔させながら地獄に送りますとも」

「……仮に黒幕が、帝王陛下だとしても?」

「……何者であろうと、です」


会長の怒りは深いようだ。

と、思わず立ち上がる。


「どうされました? ヨーヨーさん」

「他の者に伝令を! 侵入者です。あんた、会長の護衛を頼むぞ」


大角族に声を掛け、駆ける。

魔創剣で右手に剣を創りつつ、ジョブを確認する。



*******人物データ*******

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(29↑)魔法使い(29↑)魔剣士(20↑)※警戒士

MP 52/60

・補正

攻撃 D−

防御 F

俊敏 E+

持久 E−

魔法 C+

魔防 D

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加、サブジョブ設定

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法、溶岩魔法

身体強化魔法、強撃、魔剣術、魔閃、魔力放出、魔創剣

気配察知Ⅱ、気配探知、地中探知、聴力強化Ⅰ

・補足情報

隷属者:サーシャ、アカーネ、キスティ、ルキ、ジグ、アカイト

隷属獣:ドン

*******************



『魔法使い』と『魔剣士』の鉄板コンビで良いか。

潜入ミッションなら『隠密』をセットしても良いのだが、こちらが迎撃する側だし。


他にやることもないし、会長の話はちょっと気まずかったので、魔力を消費して強めの「気配探知」を乱発していたのが功を奏した。


商人たちの馬車の裏、焚火や見張りの位置からは死角になる場所に、こそこそと動く3つ影。

エア・プレッシャーで飛び上がると、馬車の上に飛び乗る。


馬車に傷をつけて、後からうるさく言われるのも事だ。

そのまま馬車を跳び越しながら、馬車に当たらないよう、真上からファイアボールを落とす。


泥まみれの胴板を付けた、足軽みたいな奴が2人と、立派なエメラルドの鎧を着た人物が1人。

足軽は槍と短剣を持っていて、立派な鎧の奴は剣を抜いている。


足軽の槍持ちは頭に火球が当たり、叫びながら転がる。

短剣持ちは見るからに限界で、プルプル震える手で短剣を支えているような状況だ。

強敵になりそうなのは、エメラルドの鎧を着た剣持ちか。


ただこいつも、鎧は立派なのだがヘルメットがなく、頭に包帯を巻いている始末。


「降伏しろ」

「チィッ! おのれ!」


コンパクトな振りから、水平からやや上に切り上げてきた。

右手を左にやって、剣で受け止める。

カァンという音がして止まるが、直後ジャリジャリという音がして剣が削れていく。

まじかよ。


後ろに退きながら、左手にも大きめの剣を創る。

土属性で硬いものをイメージ。


「フンッ!!」


敵が力を入れる瞬間、剣を消滅させて勢いを殺す。

つんのめった相手の横腹に、左手の剣を一閃。


ギギギ、と金属をひっかく音がして、剣が滑る。


なるほど。

良い鎧が相手だと、魔創剣では力不足らしい。



後ろに下がりつつ、『愚者』をセット。

「奇人の贈り物」をかけながら様子を見るが、変化なし。

駄目か。


相手がこちらに近付いてくる。

馬車との距離が開く。これなら射程の短い魔法を使っても問題なさそうだ。


しかし、決定打がないか。

久しぶりに、懐から取り出すように魔銃を出す。

構えて、拡散弾を放つ。


キュイィィィン……


まともに全身に喰らって後ろに吹き飛ぶ。

しかし鎧を貫通はしなかったようで、よろよろと立ち上がる。


「クソッ!!」


俺から見て左の林の方に逃げ出す。

魔法を放とうとして、止める。


敵の右足に白い光が刺さったかと思うと、倒れこんだのだ。


「コソ泥か? 全く」


馬車の陰から現れた弓を構えた毛むくじゃらの奴が、言いながら左足も射貫く。

この調子で、俺まで射貫かれると困る。


「俺は味方だぞ」

「見れば分かる。エモンド家のとこの護衛だろう?」


ちゃんと味方認定されていたようだ。安心。


「逃げ出してた、弱そうな奴もこっちで仕留めておいたぞ」

「ああ」


そういえば、戦意喪失していた短剣持ちを放ってしまっていた。


転がっているエメラルドの鎧の奴に近付き、首筋に剣を突き付ける。


「こいつらはどうするんだ?」

「さてな。俺たちの飼い主どもが考えることだろう」


飼い主って。


続いて集まってきた護衛たちにより、3人は生け捕りにされて、商人たちの前に突き出される運びとなった。

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