第268話 たぬき

王宮からの帰還途中、黒ずくめの集団に襲われた。

謎の助っ人による助力もあり、その場を切り抜けたものの、護衛の半数以上が殺され、残った者も怪我をしてしまった。


そんな満身創痍な状況であったが、護衛対象であるエモンド家のテッド会長は、王都の南門まで進むことを選択した。


ルキに抱えられた会長を中心に、ノッチガートともう1人の護衛が前を。俺が後ろを護り、ひたすら路地を駆けた。

募る不安を尻目に、南門へはすんなりと到着した。


すんなりと言っても、襲われなかったというだけであり、怪我と体力の消耗を押して走った前の2人は、もう息も絶え絶えだ。

右手を骨折していたノッチガートは、自分で気合を入れて腕の向きを直すと、籠手をあてがって固定していた。

構えを見るに、もし途中で再襲撃があれば、固定された右腕も使って戦うつもりだっただろう。無茶なやつだ。


南門には多くの馬車が集まり、いくつかの塊になっている。

意外なことに、外に出ていく馬車の数は多くない。


「何をやってんだ、ここにいる奴等は……?」

「同じ考えに至った者たちかも知れんですな」


俺の呟きに答えたのは、ルキの抱っこ状態から解放された会長。

その状態のままダッシュされたのだ、さぞ揺られたことだろう。まだフラフラしている。


「同じ考えというと?」

「庇護、ですかな。それより、少しの間、護衛はお二人だけになりますよ」


会長はそう言うと、ノッチガートともう1人の護衛に指示し、周囲を探り始めた。

会長の護衛は俺とルキだけになるが、その危険より情報収集を優先したらしい。


しばらくして、ノッチガートが何やら報告し、会長を先導して移動する。


辿り着いたのは、小規模な集団がいくつか集まっている一角であった。


「エモンドの! 無事であったか?」


向かった先の馬車から、恰幅の良い男性が飛び出てくる。


「無事……とは言えませんね。馬車と護衛がやられてしまいました」

「いったい何があったと言うのだ!?」

「色々ありましてね。この騒動に巻き込まれたようなものです」

「よりにもよって、お主が狙われるとは! 凪のテッドに対するとは思えぬ所業よな」

「……今は非常事態。何が起こるか分かりませんぞ」


 テッド会長はいつも通り、にこやかで丁寧だが、貴族に対する態度にも見えない。

5~6人の護衛しかいないように見えるし、相手も商人とかだろうか。


「実は、お願いがあるのです」

「おお、もちろん聞こうじゃないか、エモンド殿!」

「恥ずかしながら、馬車も壊れ、護衛も皆満身創痍です。どうか我々を集団の末席に加え、怪我の治療をさせていただけませんか」

「ほう、怪我の治療を……。ともあれ、参加はもちろん構いませんぞ!」

「恩に着ます。これは1つ借りになります。そしてもう1つ、借りを作りたいのです」


ギラリ、と相手の目が輝いたように見えた。


「ほう……? エモンドのが、1つのみならず、借りを作ると? この儂からかね?」

「左様です」

「よろしい。ならば申してみよ」


恰幅のいい男は、両手を広げて見せるように、周囲に目線を配りながら大仰な仕草をした。


「我々を襲ったのが、誰なのか。何の目的で、あるいは誰の依頼で……。それを知りたいのです」

「情報か。なるほど、本当に心当たりが無いようだな?」

「ええ」


恰幅のいい男は手を下すと、真顔でしばらく、じっとテッド会長の顔を見つめる。

そして数瞬の後、突然破顔して太い笑い声を周囲に響かせた。


「ふはははは、ほほっ! もちろん構わんよ、エモンド殿! 巨竜の背に乗ったつもりで居るが良い」

「大変感謝しますよ」


テッド会長は腰を低くして握手を求め、相手はそれに鷹揚に応じる。

何となく、テッド会長が宿に戻らず門を目指したのは、これが理由の1つのような気がした。


「我々は明日、オーグリ・キュレスに発つつもりだ。本日のところは、天幕を1つ貸して進ぜよう。皆は馬車で寝るのでな」

「感謝します」

「それと、治療だったかな? 応急措置程度であれば、手当てできる者もいよう。交渉はそちらでしていただきたいですな」

「分かりました」


恰幅の良い男性に再度頭を下げ、会長が戻ってくる。


「ヨーヨーさん、申し訳ないが手が足りない。野営準備をお願いします」

「壁の中で野営ですか」

「それも門の目前で、ですな。テントが張れたら、今後の方針をお話ししましょう」


俺が状況に流されているうちに、会長はもう方針が出来ているらしい。拝聴しよう。


***************************



貸し出されたテントは、簡素な骨組みと一枚の大きめのカーテンのような布があるだけの簡素なものだ。

これでも、円錐型になるように布を張れば一応夜風を遮ることができる。


数人が寝袋を敷ける程度のテントの中に、応急措置を施されたノッチガートを含めた全員が、円陣になって肩を寄せている。


「……ひとまずの危機は脱したと言えるかもしれません」


テッド会長が口火を開いた。

それを受けて、添え木をした痛々しいノッチガートが一瞬俺を見た後で、小さくため息を吐いて、発言する。


「今更、ヨーヨーに隠し事ができる状況でもないか。会長、スルート商会が敵ではないという確信はおありなのですか?」


スルート商会というのが、先ほど会長と話していた恰幅の良い男の属する商会なのだろうか。


「分からぬ。しかし、少なくとも主犯の可能性は低いと考えておる」

「確かに、自ら仕掛けるタイプではないか。だとしても、あの狸おやじに大きな借りを作ったのは、痛恨の極みですな」

「状況が状況だ、致し方ない。こと情報という側面では、あの御仁ほど頼りになる者はなかなかいまいて」

「……会長。門を目指したのは分かります。状況が見えませんし、敵がどちら側でも、ここで事は起こしにくいでしょう。しかし、門は王家……いや、帝家の支配下にあるでしょう」

「左様……ヨーヨーさんたちにもお話しておきましょう」


会長が、ちょうど対面にいる俺を見上げる。

こうして肩を寄せていると、本当に小柄な爺さんだと感じる。


「現時点で、私を狙ったのが誰で、どのような意図を持ったものなのかは分かっておりません。しかし、ヨーヨーさんの報告から、帝王に近い勢力の意向である可能性は低いと考えています」

「……私の報告というと、身元不明な助っ人がいたというものですか?」

「ええ。そして、その存在を知らせるように言われたのでしょう」

「その通り」

「確定的な判断に至るためには情報が不足しています。しかし、現時点での情報を繋ぎ合わせると……その方は、私を監視していた帝王の配下というのがしっくりくるのです」

「何故です? 帝王の反対勢力が、エモンド家に監視を付けていてもおかしくはないかと」

「正直、この状況で反対勢力が私ごときに構っているとは思えないのです。あるとしたら、1つ。今日のことを仕組んでいた帝王が、私の行動を監視させていた。これなら十分にあり得ます。なにせ私は……まあ、それはいいでしょう」


確かに、今日目の前で起きたことをそのまま信じるなら、王弟派とされていた勢力は瓦解し、しかもその中心貴族は王宮で一網打尽にされたはずだ。


エモンド商会を助けたところで帝王に反抗するとも思えないし、それならせめて勢力は明かすか。

……いや本当にそうなのかな?


正直俺には読み切れないし、会長も全ては話していない気がする。

しかし状況証拠が重なり、「帝王が敵ではない」可能性が高いと考えているということらしい。


そもそも帝王が敵なら、王宮から出されていない気もするが……いや、あの場で殺すとまずいとかあるのかね?

あの場で殺されたのは、明確に謀反を指示した奴らの護衛だけなわけだし、邪魔な商家は外で殺す方針でもおかしくないような。

いや、だからこそその線も疑っていたが、謎の助っ人の存在と台詞で、それはないと会長は考えたという事か。


う~ん。分からん。


「まあ、詳しいことは私には分かりませんが、帝王が会長を監視させていたとして。何故正体を隠すのです?」

「さて、それは向こうの理屈でしょうから、何とも言えません。しかし、案外、ヒントのつもりかもしれませんね」

「ヒント?」

「正体を明かせない。つまり、護衛ではなく別の任務であそこにいたのだと示唆するつもりだったのかもしれません」

「……」


1人で襲撃部隊を手玉に取れるくらいの隠密系ジョブの特殊部隊。

それを一商人の監視に回せるくらいの層の厚さが、帝家にはあるということかね。

しかし、帝王が敵ではないというのが仮に正しくても、やはり分からないことがある。


「そうだとすると、襲ってきたのは誰の……?」

「そちらは全く分かりません」


会長は悲しそうに首を振る。

帝王の反対勢力だとすると、それこそエモンド家などを敵に回してドンパチしている場合ではないはずだ。しかし、他の選択肢が思い当たらない。


「だからこそ、何かを感じて助っ人も手を貸してくれたのかもしれません」

「帝王の派閥にも、想定外の襲撃だった?」

「かもしれません。ヨーヨーさん」


会長は俺に呼びかけると、口を真一文字に結び、いつもの笑みを消してじっとこちらを見た。


「……なんでしょう」

「巻き込んでしまって、申し訳ない。正直、油断をしていました」

「これも契約のうちですから」

「はい。しかし、これほどの危険があると知っていれば、受けていなかったでしょう。まずは謝罪を。そして、改めて、手を貸してください」

「私に出来る事であれば」


これほどストレートに言われたら、断るのはちょっと難しいだろう。

言ってから少し後悔する。敵が貴族とかだったら、とんでもなく面倒だぞ。


「私を狙ったのが何者で、何の理由があってやったことだとしても。私自身の慢心が招いた惨事であったとしても。私の貴重な部下を死なせた者を、許さぬ。必ず追い詰め、後悔をさせてやろうぞ」

「……はい」


憤怒。

終始落ち着き、笑みを浮かべている印象のテッド会長が、はじめて見せた顔であった。


「……打てる手は何でも打ちましょう。昔馴染みの古だぬきに借りを作ることも厭いません。もしヨーヨーさんに、情報収集に長けた知り合いに心当たりがあれば、紹介をお願いしたいのです。もちろん、お金に糸目は付けません」

「情報、ですか」


といっても、この辺に知り合いも多くはないのだ。

情報収集といっても……1つ、あったか。


「会長」

「はい」

「それは、地下組織でも良いのですね?」

「もちろんです」


もちろんなのか。

こんなところで、あのコネを使う事になろうとは。


「『もがれた翼』という組織をご存じですか」

「ええ、もちろん……なるほど」


会長は、静かに頷いた。


「しかし意外ですな。ライリー区で接触があるとしたら、『黒水』か『顔なし人形』のどちらかかと思いましたが」

「色々ありまして」


サラッとやばそうな組織の名前を出さないで欲しい。

もう護衛終わったら、探査艦に転移して逃げたい気分になってきたぞ。

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