第267話 路地

気付いたら、キュレス帝国が建国されていた。



な、何を言っているか……は分かるか。

建国宣言の後、その後の予定は全て白紙になり、謀反に参加したとみなされなかった、無事な参加者は順番に帰るようアナウンスされた。


その順番の指示もあったが、入る時と比べるとかなり雑だ。

各所で警備隊?に串刺しにされている集団を尻目に、急かされるように王宮を出る。


抵抗した者もいたようだが、王が……いや、帝王が演説している内に、鎮圧されたようだ。


ただ、鎮まっているのは王宮の中だけだったようだ。


王宮の門から追い出されるように外に出ると、あちこちの建物から煙が上がり、騒然としている街の様子が見て取れた。

おそらく、王宮で謀反が鎮圧されたタイミングで、謀反側とされた勢力の拠点にも治安部隊が突入したのだろう。

しかしこの騒然具合を見ると、早期鎮圧には失敗したんじゃなかろうか。


今一番怖いのは、その騒動に巻き込まれてしまうことだろう。

まず残りの護衛と合流して、早期に安全地帯に逃げるのが目標だ。


ただ、王都すらこの状況なのに、安全地帯ってどこなんだろうか。

今は装備も十全でない状態なので、それを調達できる場所を目指すべきか。



王宮から少し離れた区画にある宿に向けて、小走りで向かう。

会長はルキが背負っている。さすが脚力が自慢なだけあって、1人背負って小走りくらいは訳なさそうだ。


「ヨーヨー、道覚えてるか!?」

「すまん、うろ覚えだ!」

「チッ、俺が先導する。とにかく合流を急ぐぞ」


周りの集団も殺気立っている。

なるべくそれらを刺激しないように急ぎながら、宿まで帰る。


「会長!」


宿の前には、勢ぞろいしたエモンド家護衛隊が待っていた。


「ご無事で!」

「馬車の準備は?」

「万全です」

「よくやった!」


ノッチガートが叫ぶように誉める。

街中が騒然としだしてすぐ、あらゆる事態に対応できるように準備を始めたという。

大商会の護衛たち、なかなか優秀だな。

ほどなく、馬車が宿の前に着く。


地味な黒色の馬車だ。

俺が預けていた装備も受け取る。

内容を絞る必要があったので、鎧の一部とマスクだ。手早くマスクを装着する。うむ、やはりこれがあると精神が落ち着く。

本当は魔導剣を持ってきたかったが、それは検問で引っ掛かる可能性があるということで置いてきている。


「行くぞ!」


ノッチガートが早速出発しようとするので、問う。


「どこへ?」

「王都内に拠点はない。オーグリ・キュレスに戻るのが良いだろう」

「道中に謀反連中の護衛がいるのでは?」

「可能性はある。しかし、王家も手を打っているだろう」

「だと良いがな」


王都内の騒然具合からみて、テントで野営していた連中を穏当に鎮圧できたのかは、少し疑わしい。

しかし今は、迷っている暇もない。

このまま留まっていてもどうなるか分からないのだから、商会の拠点がある場所まで戻るというのは1つの選択肢だ。


馬車の前にはノッチガート、左右には別の護衛が就く。

後ろに俺、中にはルキともう1人の護衛がいる。


早速大通りに出ようとするが、小鬼族の護衛が偵察した結果、馬車でごった返しているという。

裏路地を抜けて、南門を目指すことにする。



少し進んだところで、周囲に2階建ての建物が並ぶ住宅街のような場所に出る。

馬車は少ない。ここなら素早く通れそうだ。


ふと、微かにドンの鳴く声が聞こえた気がした。

そして、ルキが会長を抱えて馬車から飛び降りてきた。

咄嗟にウォータウォールを展開し、自分とルキを守るように展開する。


気配察知が何かの飛来を捉え、数瞬後に馬車が炎に包まれる。


「ギギギィ!」


ドンの緊迫した鳴き声に、ウィンドウォールを重ね掛けする。


そのウィンドウォールを貫通して、ピシピシと高い音をさせ、水の膜にいくつもの小さな矢が刺さる。

間違いない、狙いは会長だ。


「ルキ、防御スキルは!?」

「いけます!」

「任せた!」


他の護衛の安否は分からない。ただ、このまま受けに回るのは良くない。

初撃が空ぶったというショックがあるうちに、手を打たないとジリ貧だ。


不幸中の幸いは、ルキとドンが同じ場所にいることだ。

最悪、俺とルキ、ドンだけ離脱という荒業ができる。

白ガキには叱られるかもしれないが、最悪艦の存在が知られなければ良いらしいからな。

何か未知のスキルだと思ってくれれば良いだろう。


防御をルキに任せ、気配探知を最大にする。

同時に、魔創剣スキルで右手に少し大きめの剣を創っておく。


護衛は、倒れているやつもいるが、ノッチガートは無事のようだ。

この辺の住民らしい動きも探知してしまうので非常に分かりにくいが……矢は、上から来ていた。建物の窓際か、屋上にいるやつに絞って見てみよう。


怪しい動きをしているやつが……いた。


屋上で、あからさまに怪しい動きをしているやつがいるので、建物の凸凹を利用して駆けあがる。マ〇オか俺は。

エア・プレッシャーを利用して、丁度良く階段みたいに使える凹凸があったので、首尾よく屋上に辿り着くと、黒ずくめの3人組が馬車のあるあたりを見下ろしている。

エア・プレッシャーを今度は推進のために使い、一気に近付くと、1人を斬る。

反応した別の1人は蹴り落とし、もう1人と対峙する。


敵の黒ずくめは手に吹き矢を持っていたが、それを放棄して剣を抜いた。

と、後ろから何かの影が、そいつを襲う。

首から血を流し、建物から落ちる黒ずくめ。


屋上には誰かが居るのは分かるが……隠密系のジョブか。


油断せずに剣を構える。


「待て。味方だ」

「エモンド家の護衛か?」

「違うが、味方だ。行動で示しただろう」

「……分かった。何者だ?」

「それは言えん。ただ、エモンド家会長に死なれると俺が困る」

「……」


隠密レベルが高いやつが、もし会長に向かったら危ないが……一緒に行動すれば良いか?


「次はあっちの建物を狩る。協力してくれるか?」

「……いいだろう」


一度道に降りて、向かいの建物に向かう。

その途中で周囲の状況を確認する。


周囲から散発的に撃ち込まれる吹き矢は、ルキが受け止めている。

距離的に近いのは向かいの建物だけなので、そこを掃除できれば会長の安全度は増すはずだ。

他の護衛で、動いているのは3人。元は6人いたはずだから、動かないのが3人か。


ノッチガートは、同じく黒ずくめの奴2人と戦っている。

2対1は援護しないとマズいが、屋上の狙撃兵の排除が先決だ。がんばれノッチガート。

名前を知らない大角族の護衛が、もう1人の黒ずくめと戦っている。


もう1人の、小鬼族の護衛は動き回っている。

俺に気付いて、いくつかの建物を指さした。


そこにも敵がいる、という合図か。


どれも屋上にいるのなら、魔法で牽制できるかもしれない。

万が一間違いだったら怖いので、殺傷力は控え目にして指さされた建物の屋上に落下する軌道でファイアボールを放つ。


その後、すぐに目当ての屋上に上ると、同じように黒ずくめの3人組。


今度はこちらに気付いており、こちらを半包囲するように広がる。

しかし、真ん中のやつが急に崩れ落ちる。

謎の味方の仕業だろう、動揺する残りのうち、左のやつにラーヴァボールを発射。そのまま右側の敵に突っ込み斬り捨てようとするが、これは受け止められる。


鍔迫り合いをすると急に身体が重くなったので、逆に押される。

慌ててジョブを付け替え、「酒場語りの夢」を発動。

押し切られる前にデバフを解除できた。


力が抜けて、急に戻った動きがちょうどフェイントのようになったようで、隙を見せた敵の腹に剣を突き刺し、魔法を連射して止めを刺す。

魔法で牽制した方が、剣を片手にこちらに向かってくる。


コンパクトに剣を振ってくるのに、身体が自然と反応して動く。

いや、自然ではないな。反応させられた感じというか、何か違和感がある。

そして、敵はまたコンパクトに、手首だけを返すように軌道をずらすと、こちらの鎧のすき間を狙ってくる。

エア・プレッシャーで身体を半身ズラし、事なきを得る。


火球でサテライト・マジックを展開。

両手の剣先にラーヴァボールを作成して、放つ。

横にひらりと回るように避けられる。


背後に展開しているサテライト・マジックで浮かべた火球を順次剣先に移動させ、放つ。

今後は真っすぐではなく、あえてランダムに軌道を逸らす。

身を低くした敵に、3発ほど火球が当たる。


「ぐぅ……」


くぐもったうめき声が響く。

黒装束の一部が焼け、焼けた肌が見える。

魔法抵抗はそこまで高くなさそうだ。


少し距離を取り、再度サテライト・マジックで火球を浮かべ、そしてマシンガンのように放つ。

足元に火球が集中し、跳び上がって避ける敵。

よしよし。


今放った火球に威力はない。

その代わり、その後の動作に魔力を籠めた。


剣先から迸る魔力の奔流が、巨大な魔力の刃になって敵を襲う。

空中機動できるスキルはなかったらしく、それをまともに受ける敵。

弾き飛ぶように屋上から転落していく。


それに続くように飛び降り、落下スピードをエア・プレッシャーで少し緩ませながら落ちた敵を探す。

建物のすぐ傍で伸びている。

それに向かって落ちながら、剣を1つ解除し、もう1つの剣を両手で握る。


落下の勢いのまま、胸に深く突き刺さる。

引き抜くことなく、手を放して離脱すると、魔創剣が崩れて消えていく。


「無茶なことをする」


すぐ後ろから声がしてゾワッとする。

振り返ると、ぼんやりとした存在感の何かがそこにいるのは分かった。謎の助っ人か。


「次は……」

「悪いが、ここまでだ。敵でないことは証明できただろう」

「協力した方が、会長は助けやすいだろう」

「そうだが、そうもいかん。こちらにも事情があってな」

「そうかい」


会長の護衛として認識されても困る、みたいなことか?

とりあえずルキには気配を消せる奴が近くにいることを伝えて、警戒させておこう。

状況と腕前から見て、こいつが敵に回ったらどっちにせよ会長を守り切るのはかなりキツくなる。


「護衛以外に助太刀があったこと自体は、会長に伝えて良いか?」

「伝えてくれ」

「え、良いのかよ?」


思わず聞き返したところで、もうどこかに移動したようだった。

てっきりダメかと思ったが。


……逆か?

俺に気付かれてしまったのではなく、会長に存在だけ伝えるために出て来た。

まあ、そんなことは後で考えようか。


「ルキ、状況伝えろ!」

「吹き矢はなくなりました、助太刀を!」

「よし。敵か味方か分からんが、気配を消すのが抜群に上手い奴がいる。気を付けろ!」


馬車の進んでいた方向を前とすると、前の方向でノッチガートと大角族がまだ戦っている。

屋上の敵の排除は短時間で済んだ方だと思うが、先ほどと比べて、明らかにノッチガートの動きが精彩を欠いている。


他の方角からの襲撃が気になるが、確かに言っている時間はなさそうだ。

気配探知で後ろを探りながら、ノッチガードの方に走る。


「ルキ、後ろと横に注意しろ! 前方の状況は俺が何とかする」

「お任せください」


身体強化し、全速力で走る。

最後にエア・プレッシャーで後押しする。レースゲームで加速を踏んだように、グンと前に出る俺。魔創剣を創る。


1人が気付き、杖をこちらに向けた。魔法系かよ。


「『魔法使い』が白兵戦してんじゃねー!」


そう叫びながら、魔創剣を振る。

杖で受け止めようとした敵を、剣先から迸る魔力の奔流が襲う。


やっぱりこれ、シンプルながら初見殺しとして無二の便利さを誇るな。


「『魔剣士』かッ! て、てっ……」

「死ね」


血を吹き出しながら後ずさりした敵に、二の太刀を浴びせる。

首にヒットし、ごろんと倒れる。


「チッ」


もう1人が離脱しようと、こちらに背を向けて走り出す。

ファイアボールを放つが、背を見せたままそれを避ける。どんなスキルだ……「魔力探知」あたりがあれば出来るか。


1人に逃げられ、もう1人の方を探る。

もう1人は、大角族と打ち合ってその場に留まっている。


あいつは逃げないのか? いや、逃げられないのか。

大角族も、その相手も満身創痍で、特に敵は足を引きずっている。

逃げられるコンディションではない、ということか。


「残るはお前だけだぞ、降伏しろ」

「……」


黒ずくめに隠されたままの顔が、こちらを見たのが分かった。

そして、目を閉じると……痙攣しはじめる。


「毒か」

「お、お前……ら……」

「なんだ? 言い残すことがあんのか」

「……」


何かを言ったようにも思うが、聴こえなかった。

痙攣が収まった黒ずくめは、目を開けたままもう動かなくなった。


「他の建物にも敵はいたはずだが……逃げたか」

「か、会長は?」


大角族が、息も絶え絶えにそう言った。


「無事だ。俺の仲間の守護職が守っている」

「そ、そう……か」


大角族はその場にへたり込む。

軽く傷を見てやるが、出血はあるものの、命に別状のある深い傷はなさそうだ。


「ノッチガート、無事か?」

「あ、あたりめぇだ……ぐっ」


ノッチガートは、細かい傷が色々あるのと、右手があらぬ方を向いている。

これはしばらく戦力にならないか。


「歩けるか?」

「問題……ない……」

「なら立て。すぐここを脱しないと」

「へっ。傭兵に仕切られるとはな。しかし、その通りだ」


ノッチガートも今のところ生きていることは確認できたので、大角族の方に手を差し出して立たせる。

大角族の方を助けたのは、単純に具合が悪そうなのもあるが、女性だからかも知れない。


「……何者だ、こいつら。くそ」


ノッチガートは、転がる死体を見ながら悪態をつく。


「1人くらい運んどくか? 最後に自殺したやつとか」

「……その余裕があれば、そうしたいところだが。今は会長の安全が先だ」


馬車は燃やされた。

いや、まだ走るかもしれないが、一連の吹き矢攻勢のうちに、馬はぐったり横になっている。

つまり馬車で移動はできない。ここからは歩きだ。


そして、ノッチガートと大角族は大幅に戦力が低下している。

貴重な戦力である俺の手を埋めるのは悪手ということだろう。


「ルキ! 会長を連れて出口まで行くぞ!」

「はい」

「……いや、宿に戻るべきなのか? ノッチガート、すまんが指示してくれ」

「壁に向かいましょう」


返事をしたのはノッチガートではなく、会長だった。


「ヨーヨーさん。先ほど、もう1人どなたかが助太刀してくれていたようですね?」

「ああ、そういえばそれがありました。会長、正体は明かせないが、助太刀したことは伝えるように言われました」

「ふむ。貴重な情報です」


会長にとっては、何かのヒントになる情報だったらしい。

しかし、ここで聞くことでもないな。

今は移動を優先しよう。


そこで、よろよろと歩いてきたノッチガートが、会長に尋ねる。


「会長。仲間の……ジュモンやアカルディの死体は……」

「すまない、ノッチガート。すまない」

「……はい」


犠牲になった仲間の死体も、放置していくということか。

ノッチガートは一瞬表情を歪ませたが、それが負傷の痛みによるものかは分からなかった。


周囲の建物からは、騒動の終結を感じ取ったのか、人の顔がひょこひょこと見えるようになった。

そこに暗殺者が紛れていないとは言えない。

早いうちに離脱するべきだ。

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