第266話 茶番
エモンド家の会長の護衛として、王都キュレスベルガに入った。
オーグリ・キュレスを出る頃にはチラついていた雪も止み、式典の開催日は快晴となった。
宿に残る護衛たちに見送られて、いざ王宮に旅立つ。
最初は姿を見せなかった護衛も含めて、今日は並んで見送ってくれている。
会長を護衛する陣形は、簡単なものだ。
3人だから簡単な陣形しかできない、というべきかもしれないが。
ルキは会長の横で付かず離れずの護衛。
そしてノッチガートが前、俺が後ろに付く。
いや、正確には3人と1体だ。ドンさんが会長に抱えられて参戦している。
ミニサイズの護獣1体くらいは追加することは許されたらしく、オーグリ・キュレスを出る時から会長に抱えられている。
あれでそこそこ重いし、嫌がられるかもしれないと思っていたが、終始傍に置き、車内では高級木の実で接待されていたとか。会長、ノリノリである。
昨日段階でのドンの様子を見ると、直接俺たちを害する危険は感知されていないようだ。
だが都市全体が厳戒態勢であるせいで、微妙な感覚が四方から感じられて、ドンは寝不足気味のようだ。
あの鈍感獣が寝られないほどというから、結構ヤバイ気配もあるようだ。
まあ、国中から貴族や戦士、それらの護衛が集まっているわけだからな。
敵対すれば命が危ういような実力者もうようよいるのだろう。
その状況でこの少数護衛は心許ないが、それも道中だけである。
式典会場では会長と個人的にも親しい数人の商人達と集まって護りを固める約束が出来ているらしく、もう少し気楽になる。
その商人達に裏切られたらとも考えるが、それはもう俺の責任ではない気もする。
思いつめすぎないようにしよう。
宿から出てゆっくりと移動していると、あちこちから出て来た他の参加者たちと鉢合わせる。
王家から指定された参内時間があるので、今いるのは商人や職人といった庶民か、小さな戦士家のはずだが、それでも連れている護衛の数や装備からして、格上っぽい者が多い。
装備というのは、要は武装を許されているかどうか、ということだ。
俺たちは最低限の武装として、軽鎧だけ着用を許可されている。
武装は短剣までで、それも王宮の入り口で没収される。
対して、10人も護衛を引き連れている一団なんかは、しっかりめの金属鎧を纏い、目立つくらいの長い槍を所持している。
まあ、槍は同じく入り口で没収されるのかもしれないが、ちゃんと金属鎧を纏っているのは羨ましい。
いくつかの門を潜り、でかい塔の傍を通って、向かったのは東アジアのドラマの撮影地で出て来そうな、朱色に塗られた宮殿。
囲っている塀の背は低く、意外と防御力は低そうだ。
色鮮やかな服を着た衛兵のようなヒトたちに従い、案内された場所に並ぶ。
たっぷり数十分は待たされた後、また別の場所に移動するように指示される。
門を通った場所にあった広間は単なる玄関のようなものだったらしく、最終的に案内されたのは、巨大な校庭のような、砂利が敷かれた空間。
その中央付近が盛り上がっており、ステージのようになっている。
各方向に階段があるようで、その階段を上っていくとステージに上れるような作りだ。ステージの上にはいくつも旗が掲げられている。水鳥と草、そして王冠の図柄、あれは王家の旗か。
参加者は、そのステージに向いて座るように誘導される。
周囲には、同じ色の鎧を着込んでいたり、大きな旗を掲げたりしている集団が、微動だにせず待機している。
そういった集団がいくつも、いくつも広大な空間を埋めている様子は、オリンピックの開会式を現地で見ているような、何とも言えない高揚を感じさせる。
俺たちが案内されたのは、入り口とステージの半ばあたり。
……おかしいな、打ち合わせではもっと周辺部に配置されるだろうと言われたが。
左には5人くらいの護衛を付けている、派手な金属鎧を着込んだ集団。
右は地味な皮鎧だが、10人くらいの護衛が揃って護りを固めている。
どうも雰囲気的に商人仲間には思えないんだが、前にいるノッチガートが意味ありげに目配せしてきた。
やはり想定外か。
気になるのは、左の集団のその更に奥。
明らかに武装した集団が20人近く、直立不動で固まっている。
黒い鎧を着込み、手には槍と分かりやすく重武装だ。
たしか事前の打ち合わせでは、各所に護衛を担当する軍や王都戦士団が配置されると聞いていたが、それだろうか。
旗でもあれば所属が分かるかもしれないが、武装集団は一様に黒い鎧を着て、旗で何かを主張する様子もない。
こっちの世界の儀礼はまだ分からないことも多いが、どうやら身分の低い連中が入場したのは最後に回されていたらしい。
俺たちが着席してすぐ、スタジオに動きがあった。
ちなみに席は用意されておらず、人々は石畳に直接腰を下ろしている。
「キュレス王国国王、ガラージィン陛下のお成りである!」
はっきりとした言葉が、ステージ方向から会場に広がった。
マイク的な魔道具を使っているのだろうが、マイクよりずっと聞き取りやすい。
言葉に続いて、ちょうどこちら側からは死角になっている方向から王がステージに上がっているらしい。
しばらくして、ステージ上に現れた国王を初めて見た。
紺色を基調とした、近世の軍服のような格好だ。
国王というと、王冠を被ってマントのような印象があったが、全然違うな。
シンプルながら高級な服であろうことは分かる。
そもそも頭には何も被ってはいない。やや白みがかった青色が、陽の光を受けて輝いて見える。
顔はよく見えないが、雰囲気と所作からは若さが滲み出ている。
王が壇上に上り、所定の場所に立つと、続いて数人の武装した集団が現れる。
いずれも腰に剣を差しており、各方向を警戒するように固める。
王の傍には、2人ほどの側近が残る。
この2人は、王の登場時からずっと傍に付いている。SP的な人なのだろう。
会場全体も、ざわざわとしている。
俺と同じように、王を初めて見たヒトも多いのだろう。
王が手を挙げて何かを合図すると、合わせたようにざわつきも収まり、皆の注目が集まるのが分かった。
先ほどの案内と同じく、距離を感じさせないようなはっきりとした声が、王から伝わる。
「諸侯、戦士ならびに王国を支える諸君の参集、大儀である。先代王たる父の早世から王の重責を引き継ぎ早幾年、皆にも苦労を掛けた。国の興亡は、ひとえに一丸となり国を盛り立て、敵に対峙し、各々の郷土を安んじる皆の連帯と努力に掛かっておる」
王はそこまでゆっくりと言葉を紡ぐと、ゆっくりと周囲を見回す。
見た目は若いが、喋り方はなかなかどうして、堂に入っている。それに、地球世界の政治家と比べても、棒読み感が全くないのは凄いな。まさか今考えて喋っているわけはないだろうが。
「……此度はゆえに、栄えあるキュレス王国の旧交を温め、その労に報いるとともに、新たなる共栄関係を構築するため、各地で王国の地を守る皆々に集まってもらうこととなった。これほどの戦士たちが一堂に会するのは、王国の歴史上でも滅多にないこと。この光景は、亡き父王も喜んで見守っていることと思う。各々やるべき事や心配事もあろうが、大いに楽しんで英気を養うように」
パラパラと拍手が起こる。
王は話が終わった後も頭を下げるようなことはなく堂々としているので、話の終わりが分かり辛い。
「えー、続いて本日参内した諸侯をご紹介させていただきます」
どこで喋っているのか分からないが、進行のアナウンスが入る。
挨拶を終えた王は、ステージの端にある椅子に着席した。
諸侯の紹介というのは、本当に各地の諸侯を全て紹介するらしい。
最初は分からなかったが、紹介されている貴族の一団は立ち上がって、ちょっとしたアピールをするルールのようだ。
旗を振ったり、何かを叫んだり、アピール方法は様々だ。
それが分かっても、突然左隣の一団が立ち上がり、雄たけびを上げた時は心底驚いた。
左隣の集団は、カムロパ地方の何とか言う領主の1つだったらしい。
対して右隣の集団は、紹介されないままなので、貴族ではないということか、もしくは紹介するレベルの貴族ではないということか。
延々と続く紹介を聞き流していると、また近くで声が上がる。
先ほど立ち上がった左隣の一団の更に先、武装した集団の更に奥、20人くらいはいるであろう集団が紹介されたようだ。
紹介に呼応して、高く掲げられた旗が目に入る。
……あれは、見覚えがある。王都までの道でノッチガートが呟いていた。
ギワナ家の旗だったか。
催しは諸侯の紹介から、出し物に移る。
ステージ上での妙な舞を見せられた後、今度は魔法使いらしき人物が色とりどりの魔法を組み合わせ、最後に花火のようなものを打ち上げるというショーがあった。
この世界に来てから、ショーのようなものは見たことがなかったから、新鮮ではある。
ただ距離が微妙に遠いから、いまいち見にくいのが難点だ。
魔法があるから、この世界の演劇なんかは演出が凄いことになりそうだ。
出し物が終わり、続いては表彰を行うというアナウンスが入る。
出し物で使われた小道具が撤去され、再度王がステージの中央に立つ。
その左右の後ろには、完全武装した護衛が2人。
王自らが表彰するのか。
「皆、既に心は明日の領地対抗戦に移っているやもしれぬ。だが、今しばらく付き合ってもらおう」
小さな笑いが起こる。
「今、王国では、摸擬戦ではなく本当に他国の者と戦っている勇士がいる。珍しいことではない。ここ何十年も、繰り返されてきた日常風景だとすら言える」
王は、ぐるりと周りを見渡した。
「……しかし、今日この場に来たこの者がなした成果は、常ならぬものだ。改めて紹介しよう。デラード家当主、南方の熊こと、防国居テルドカイト・デラード殿だ」
ここからは見えないが、左の方にデラード家がいるらしい。
そちらに向けて、盛んに拍手が送られる。
しばらく拍手が続き、疎らになったころにステージの階段を、男が上っていくのが見える。
その姿が見えたことで、再度拍手が再燃する。
それが落ち着くのをじっと待ってから、王が手を掲げると静寂が訪れる。
「知らぬ者は居らぬだろうが、改めて説明しよう。此度、デラード家率いる千にも満たぬ軍勢は、長年に渡り国境を脅かしてきたズレシオン連合王国の軍勢を打ち負かした。そしてその首魁たるロンピサ家の領都を落とし、王国の地とした。これほどの完勝は、かつての勇将レグラン・アルフリードに匹敵するか、それ以上のものだ」
再度拍手。
レグランさんが何者か分からないが、歴史上の偉人なのだろう。
「かかる功績を認め、ここにデラード家を、ハンカシエナ地方の主官として認める。以上だ」
ざわざわ、と観衆が音を発する。
よく分からんが、何かイレギュラーがあったらしい。
ステージ上では、跪いた男性、テルドカイト・デラードが王から何か書状を渡され、畏まっている。
せっかく各地から諸侯が集まるアピールの場だから、王も何かサプライズをしてアピールしたのだろうな。
にしても、この場に来ているのは俺とルキという王国の政治分からん勢だから、本当に分からないのだが。
気が付けばテルドカイト・デラードがステージを降り、次の表彰に移っている。
「さて、もう1つ、労をねぎらうべき者がいる。東西交易の要であるリック地方を治め、今日の王国の繁栄を築いた立役者。先代ギワナ家当主、府佐次頭フリードマン・ギワナ殿だ」
再び起こる、拍手。
俺たちがいる場所の近くに、突然話題のスポットライトが当たる。
ギワナ家の方を見ると、集団先頭にいる老人が立ち上がり、それを豪華な鎧を着た若者が支える。親子だろうか。
「陛下。私はご覧の通り、足腰が悪いもので、この場で失礼いたします」
老人であるフリードマン・ギワナは、マイクのような魔道具を受け取り、それで返答するようだ。
「構わぬ。府佐次頭の長年に渡る王国への貢献、見事である。よって、その後継者で、現ギワナ家当主たるカリウス・ギワナ殿への官位委譲をここに異例として認め……」
「陛下。それには当たりませぬ」
王の言葉を遮る老人。
会場の緊張感が1段階、増したように感じる。
「……何か言いたいことがあれば、申してみよ」
「されば陛下、謹んで辞退いたします。代わりに1つ、この老体から提言をさせていただきたく」
「提言とな? このような場でなくとも……」
「陛下。この場でお言葉を差し上げる機会を得たいのでございます」
「……良いだろう。その提言とやら、この場で聞こうではないか」
フリードマン・ギワナは、途端に笑顔を浮かべると、朗らかに王に礼を言い、姿勢を正す。
「それでは、陛下。私は、陛下のご退位を謹んで提言いたします」
会場の緊張感が、1段階どころではなく跳ね上がった。
フリードマンも笑顔を引っ込め、真顔で前を向いて立っている。
誰もが言葉を忘れ、ただやり取りの行く末に集中する。
「冗談が過ぎるぞ、フリードマン」
「冗談ではございません、陛下。前国王の突然の崩御から、年少の陛下は苦労されて来ました。そのことを我々臣下は、よく存じております。しかし、陛下。王宮から離れ、世の実情を受け止めたことはおありでしょうか?」
「……」
「テーバでは怪しげな軍勢が暴れ、その後拡張期が重なり、現場は崩壊寸前と聞いております。ヘジャでは鬼の反乱、アルヒでは難民と称して砂漠の民が闖入しております」
「それらは余も存じておる」
「当然、ご存じでしょう。それで、その原因は解明されたのですかな? 対策は? 王国は未曽有の危機の中におります」
「原因と対策は検討中だ」
「魔物も、部族も、王宮から眺めて解決するものではございません。陛下、ご無礼をお赦しください。しかし、この老体、真に王国を憂う者として、このまま死ぬわけには参りません」
「余が退位して、それで諸問題は解決すると申すか」
「古来より、王とは戦士を束ねるもの。陛下、『王』のジョブを持つことだけが、王たる素質ではないのです。戦士の先頭に立ち、皆を結束させる戦士でなければ、王は務まらぬ」
「言うたな、フリードマン。つまるところ、そなたは弟に王位を譲れと言いたいわけだ」
「そうは申しませぬ。しかしこの国難の時、どなたを王として諸侯をまとめるか、その再考が必要だと申し上げたいのです」
王と老人の論戦は、マイクのような魔道具を通して、全ての諸侯の前で行われた。
そして、奇妙な静寂が流れた。
先に沈黙を破ったのは、老人であった。
「この地に集いし諸侯よ。我に賛同する者は今こそ立ち上がり、国を救わん」
フリードマン・ギワナがそう宣言すると、ギワナ家の護衛達が立ち上がる。それに呼応するように、あちこちで集団が立ち上がるのが見えた。
ギワナ家の横にいた警備隊も、その1つだ。
彼らは立ち上がると、王の退位を求めたフリードマン・ギワナではなく、ステージにいる王の方向に向けて、槍を構える。
王の周囲に、ステージ下にいた護衛達が展開する。
その手には剣、槍、弓、それに杖が握られている。臨戦態勢だ。
「血迷ったか、フリードマン。それは謀反だぞ」
「我らが忠義を誓うは王個人ではなく、王国に対してである。義を成すのみ」
「貴様……ん?」
王の横にいた護衛の1人が、王の肩に手を置いたようだった。
何かを王に言うと、王は後ろに下がり、護衛が前に出る。
同時に、被っていたヘルメットを脱ぐ。
緑髪の、遠目には王と同年代に見える青年の顔だ。
「殿下?」
誰かが呟いた。
青年は手を振り上げ、そして振り下ろした。
会長の背中に上ってきていたドンが、「ギィ」と鳴く。
「グアアアア!」
「な、なにをすっ……がああああ!」
周囲から、叫び声が上がり始める。
何だ!?
思わず、控えていた「気配探知」を稼働する。
そこかしこで、ヒトが襲われている
?
思わず、魔力を両手に集める。いつでも動けるように、剣を創っておくか?
「一同、動くなッ!」
鋭い言葉にハッとする。
会長の声だ。
会長は、じっと俺の方を見ていた。唾を飲み込んで、頷く。
会長も小さく頷き、低く、良く通る声で付け加える。
「うろたえるな。パニックを起こさず準備だけせよ」
その言葉に、深呼吸をする。
そして再度、気配感知と気配探知に集中する。
比較的近くの、ギワナ家と隣の軍勢の様子はどうか。
「……何故だ、将軍。何故だああぁぁぁぁ!?」
叫んだのは、老人の傍にいた青年。
隣にいた黒ずくめの軍勢は、手にした槍でギワナ家の一団を刺していた。
比喩ではない。文字通り、物理的に、肉体的に、刺している。
そして先頭にいたフリードマン・ギワナと、その息子らしい青年には、突き刺されていないものの、槍が向けられている。
その槍の1つを握っている者が、将軍と呼ばれた男だ。
「黙れ、謀反人が」
「馬鹿な、何をしている、何をッッ!」
「殿下のご命令に従ったまで」
将軍と呼ばれた者の言葉に、ギワナ家の2人はステージを向く。
周囲では、まだ叫び声と、怒号、何かを嘆く声が断続的に響いている。
しかし、ステージ上の青年は、落ち着き払っている。
「謀反人どもは全員捕縛し、詮議に掛ける。その他の諸侯は安心めされよ」
「殿下、殿下! 何故です、何故こんな……」
「……カリウス。諦めよ」
ギワナ家の青年からの訴えを、殿下と呼ばれた男は取り合わない。
「その辺で良かろう、シル」
殿下と呼ばれた男の肩を叩き、今度は王がまた前に出た。
そしてギワナ家に一瞬目をやり、もはや興味もないというように目線を外した。
「諸君。この場に集いし諸君らに、謝りたいことが1つある」
王はまだ騒然とする会場を気にする様子もなく、魔道具で語りかけ始めた。
そこには、先ほどまで演じてきた模範的な王としての演技を捨て、本心で語り始めたのだという妙な確信を持たせられる、熱が入っていた。
「確かに、我らは……余と、弟であるシルベザートは長年に渡り、相互に理解と敬意を欠いてきた。余は物心がついた頃から、人類の最盛期……帝国時代に想いを馳せてきた。帝国の民が築いた技術、規律、文化……我が手でこの国を再び導くことが世界にとって正しいことなのだと、信じてきた」
会場から、叫び声や怒号は消えつつある。
王の声は、会場に一層響く。
「対して弟は、戦士としての誇りを大事にしてきた。王家の者でありながら常に前線に立ち、共に勝利を分かち合ってきた。王国の危機というべきいくつかの戦いでも、弟は活躍した。余は弟の持っているものを持っておらぬ。弟は余の持っているものを持っておらぬ。お互いに違う道を信じ、互いを信じていなかった」
王の説明は、今まで断片的に聞いてきた情報と一致する。
ただ、今起こっていることの説明にはなっていないだけで。
「だが! だが、ある晩、余と弟は腹を割って話したのだ。確かにお互いは異なる道を有しておる。そして、当然のことに気付いた。余の見識と弟の武勇、どちらも有している王は歴代の王と言えども、1人も居りはせぬと」
会場は完全に静寂になり、王だけが話す。
「故に我らは、手を取り、更なる繁栄のために邁進する。しかし、弟からは驚くべき告発を受けた。余は信じたくなかったが、こうして現実になってしまった」
マイクの魔道具を取り上げられ、槍を突き付けられたギワナ家の老人が、ボソリを何かを言った。
聴力を強化していた俺の耳には、「茶番よ」と言ったように思えた。
「余と弟の不仲を知り、それを私利私欲のために利用しようとする連中。あまつさえ、王位を簒奪せんとする不忠者がいると。故に、今日に至るまで、注意深くその真偽を探った。しかし、間に合わなかった。今日諸君皆が見聞する前で、このような騒動が起こってしまったことは誠に遺憾である。だが、王国は守られた。弟の差配した警備により、謀反は阻止された」
どこからともなく、細い拍手が起こる。
最初は遠慮がちであった拍手も、やがて会場を覆い尽くす。
「諸君の協力に感謝する。さて、この機に、もう1つ謝らなければならぬことがある」
王は、仕切り直しとでもいうように、声の調子をまた1つ上げた。
「余の初期ジョブは、『王』ではない」
ざわざわ。
静寂が破れ、再度観衆が揺れる。
「諸君らは、西の果ての更に先、断絶の山脈を越えた地に何があるか知っているか?」
テーバ地方の近くにあった、国内最大の山脈が「分断山脈」。
ダンジョンがあった、南北の国々を隔てているのが「中央山脈」だったはずだ。
そして「断絶の山脈」とは、探査艦が埋まっている西の果ての向こう側にある、それらとは比べものにならないほどの規模の山岳地帯を指す総称である。
下手をすると、キュレス王国全土よりも広い地域を指す。
それを越すと、この大陸の西岸地域に出るはずだ。
それだけ平野があるかは分からないが、古代帝国は西岸地域から広がったらしいから、東岸より貧しい地域というわけではないだろう。
「言うまでもなく、古代帝国発祥の地がある。知っておる者もいるだろうが、現在も魔物ではなく、ヒトが統治している領域が存続している」
ざわざわ。
王の話がいきなり遠い地方の話に飛んだせいで、とまどいから周囲の者と話すざわめきが広がったように感じる。
「その最たるもの、古代帝国発祥の地方を治める国がある。それは自分たちを『白翼帝国』と呼んでいる」
白翼帝国。帝国の名を冠する国がまだあるのか。
「しかしその実、白翼帝国は部族の国だ」
そこで、ざわめきが強まる。
キュレス王国を含めた三大王国は、古代帝国の政策を踏襲している。
1つの種族に偏った政策をする「部族主義」は、その中でも有名な禁忌であり、帝国を称する国が部族主義であるということに衝撃を受けたのだろう。
「白翼帝国は、こともあろうに帝国の創始者の種族でもある人間族を弾圧し、断絶の山脈の向こうでは今現在も、種族間の抗争が続いているという」
王は淡々とそこまで述べた後、間を置いた。
「何という堕落か! 帝国の発祥地であり、帝国を称する国が、今や部族主義に墜ち、終わらぬ抗争に身を委ねている。帝国の志は死に、人類の最盛期は遠き過去のものとなった。その遺志を継ぐのは、皮肉にも、帝国の発祥地から最も遠く離れた我ら、キュレスの民を置いて他にない」
王が手を振り、何かを合図する。
周囲で、王の配下が動く。
「さて、話を戻そう。余のジョブは、神より授けられし初期ジョブは『王』ではないと先ほど伝えた。余のジョブは『王』ではなく……」
もったいぶる王の話し方。息をのむ群衆。
「『帝王』だ」
ステージの四方に飾られていた、王国旗がするすると下げられていることに気付く。
「古代帝国の建国者である、初代皇帝が授かったというジョブ、『帝王』を有しておる。何故これを皆に伝えなかったのか、それは言わずとも分かるであろう。諸国との軋轢を恐れた父王が、それを隠した」
王の演説は、身振り手振りを使って次第に熱が上がってきている。
「しかし、ここに時は満ちた。西の地で人類の希望は絶え、東の地、この地でも人類は衰退している。救世主が西より訪れるのを待つ時代は終わりだ。我らが時代を創る。そして人類の最盛期を取り戻すため、ここに宣言する。古代帝国の正当なる後継国として、今この地においてキュレス帝国を建国する!」
ステージに、水鳥と剣が描かれ、それをペンや農具が挟む構図の別の旗が掲げられる。
王国旗と似ているが、より攻撃的なデザインという印象だ。
この日、キュレス王国は長きに渡る歴史に幕を下ろし、キュレス帝国の建国が宣言された。
それは、同じく帝国の後継を自認する周辺国家への挑発となるものであった。
そして同時に、謀反に加担したとされた各地の諸侯やその一族は、少なくない数が投降を拒み、内戦状態に入った。
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さとうねこです。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
この度、コミカライズ化が決定しました!
MAGCOMI様にて、3/20(月)より、連載開始予定です。
近況ノートやTwitterで随時情報解禁していく予定です。
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