第265話 挑戦者

ルキも無事に任務に参加することとなり、一度ライリー区の家まで戻って準備を完了した。


ルキ以外の者は全員、探査艦に戻って待機することとする。

何か不測の事態があったときに、ライリー区の屋敷はまだ安心できない。


慌ただしく準備を終え、また西区まで舞い戻って来た。

今度はフィーロのような昔馴染みに捕まることもなく、往復するだけだった。

指定された日時に集合場所である西区の門前にて待機する。


空からは白いものがふわふわと下りてきて、吐く息も白い。

鎧下も温かいものを着込んでいるから耐えられないほどではないが、さすがに寒い。

ルキはいつものポーカーフェイスだが、長いウサミミをペタンと寝かせている。寒いのだろうな。


門前は行き交う馬車や旅人でひっきりなしだ。

入って来るヒトは長蛇の列で、俺たちと同じく出ていくヒトもいくらか並んでいる。

出ていく方は馬車が多く、トカゲっぽい馬が曳いている馬車を見て「変温動物に雪は酷なのでは?」なんて余計な心配をする。


「おや、お早いですね」


背後から、老人の声。

この声は、エモンド商会の会長だ。


てっきり馬車に乗ってくると思っていたから、驚いた。


「会長、徒歩で行かれるのですか?」

「ほっほっほ、そうではないです。この後、馬車に乗せていただきますよ」

「では挨拶のために? これは申し訳ない」

「いやなに。少しばかり歩かないと、寝たきりになってしまいますからな。丁度良い散歩です」


朗らかに笑う老人。相変わらず、目は笑っていないが。

これから護衛するお偉いさんがわざわざ馬車から降りて挨拶してきたら、護衛する側も気合が入るというものだ。

大商会の会長ともなると、人心掌握術も半端じゃないな。


「しかし、人通りが凄いですね。いつも以上では?」


俺が以前、西からアアウィンダ嬢を護衛してオーグリ・キュレスの門を潜ったときは、ここまで賑わっていなかったと思う。

入ってくるヒトが多いのは、やはりお祭り騒ぎが関係しているのだろうか。


「これでも、少し時期を見て空いているほうなのです。貴族のお偉い方々の行列などは、少し前か、この後になるはずですから」

「行列ですか。それはさぞ荘厳なのでしょうね」

「そうですね、見世物行列ではないので華やかさには欠けますが、東西南北の貴族たちが乗った馬車を眺めるのは、なかなか趣があります。これぞこの都市に暮らす者の特権でしょうなぁ」


貴族たちの行列とはかち合わないよう調整して、なおこの混み具合なのか。

王宮の中にはその貴族たちがわんさかいるってことだよなあ。

少しだけ緊張を覚える。


「さあ、動いていないとヨーヨーさんたちもお寒いでしょう。早いところ出発しましょう。ノッチガートも待っております」

「はい」


会長と、見たことのない数人の護衛に着いていくと、大通りから裏に入った場所に、地味な馬車が停められていた。

先ほど眺めていた通りでは、色んな紋章のようなものが描かれていたり、てっぺんにゴテゴテした飾りの付いた馬車もたくさんあった。それに比べると、いかにも地味。

普通の寄合馬車のような見た目で、色も黒っぽい茶色。木材の色そのままといった感じ。


「これでも、魔土で防魔性を高めていたりと、悪くない車なのですよ」


失礼な俺の感想を察してか、会長はそう説明する。

まあ確かに地味だが、別に大商会だからといって成金趣味に走る必要はないよな。

地球世界では、なんとなく金持ちイコール高級車のイメージがあったが。

それも、本当の金持ちは意外と地味みたいな話も聞いたことはある。


会長は地味車に乗り込み、周りを専属護衛と俺が固める。

専属護衛は俺と戦ったノッチガート、ルキと戦ったタマヒュン野郎のほかに、数人が帯同している。


「よう、ヨーヨー。護衛中は打ち合わせ通りで頼む。細かいことは、道中で補足していこう」

「了解した」


ノッチガートと俺は馬車の左側面に配される。


そしてルキはなんと馬車に乗り込み、会長を直接護衛する役目だ。

最重要ポジションだが、よく流れの傭兵にそこまで身を任せる気になったものだ。

今更ながら、会長の決断力に舌を巻く。


門を通過しながら、ノッチガートに同行する護衛のことを聞く。

ノッチガートを除いて5名。

ルキと戦った野郎はクライルというらしい。得物はナックル。

そのクライルと組んで右側を護衛しているのがアカルディという弓使い。

馬車の上から警戒しているのがジュモンという男。他に、姿が見えないところに2人いるらしい。隠密系かな?


巨大商会の会長としては控えめな護衛だが、これは王宮からのオーダーが影響している。

王宮に入れる人数を絞るのに加えて、王都に連れて行く護衛も制限されているのだ。

政治の中心地に行くのだから、それくらいの制限は仕方ないのかもしれない。

在野にゴロゴロと傭兵や、戦えるヒトがいる社会だからな。

一商会が大量に護衛を雇って王宮に詰め掛けでもすれば、それでクーデターができてしまう恐れがある、ということか。


西門の手続きは会長が何か書類を馬車から差し出しただけで終わり、城壁を潜って外に出る。外にはまだ建物が立ち並び、物見塔のような防衛施設も目に入る。

更に西に進むと、塀で囲われた建物が多くなり、やがてボロ屋が多くなる。

比較的安全な城壁近くに住めない貧困層が住むエリアだ。


以前は西から近付いて城壁に向かったから、ちょうど逆方向だ。

同じ道でも、向かう方向が違うと印象が違う。

城壁から離れるに従って増えるボロ屋は、社会の階層と断絶を意識させられる。

城壁の中で、しかし地下に追いやられて生きるのと、城壁の外で暮らすのはどっちがマシなんだろうか。


そして、こんな場所に住んでまで、暮らすヒトが多いオーグリ・キュレスという都市の魔力とでもいうべきもの。都市が内包する熱のようなものを感じざるを得ない。

更に、そんなボロ屋も途切れた頃に、以前は見なかった建物というか、仮住まいのテントが並んでいる。


「こりゃ、魔物の入り込むスキマもねぇな」


ノッチガートが呟く。


あちこちのテントの上にたなびく旗は、いったい何種類あるのか数えきれないくらいだ。

各地から集ってきた軍や戦士団が、宿に入りきれず野営しているらしい。

確かに、ここに魔物の群れが迷い込んでも、即座に狩りつくされてしまうだろう。


商人ほどではないにせよ、各地の貴族や戦士も王宮に連れて行ける護衛の数を限定される。

しかし、オーグリ・キュレスに来る道中の護衛は数人というわけにはいかない。

そこで、王宮でのイベントが終わるまでここで待機となる護衛たちが大量に発生するわけだ。


そう考えると、城壁内でブラブラしていたフィーロたちは恵まれた待遇なんだな。


「おっ、あれは……」


立ち並ぶテントの上に、スラーゲーの旗も見える。

他のテントに比べて、いくつもの旗が寄り集まって掲げられている。


「ギワナ公までいるじゃねぇか」


ノッチガートが声を潜ませて言う。


「ギワナ公か」


知ったかぶりをして相槌を打っておく。誰だそれは。


「となると、王弟殿下も参加されるのだろうな」


話のは流れ的に、王様と仲が悪い?とかいう、王弟の側近ということだろうか。


部隊が集まっているだけあって、何か火種があれば激しい戦いが起こりそうだが、その火種になりそうなギワナ公のテントは、スラーゲーのテントの隣である。

……大丈夫かな?


スラーゲーの貴族にはついぞ会っていないどころか、見かけたこともないから思い入れはないのだが。

初期にスラーゲー戦士団の皆さんには大いにお世話になったので、無事でいて欲しいものだ。




***************************



スラーゲーに向かう東西の街道から、ほどなくして離れる。

交易路から離れて足を踏み入れた王都キュレスベルガへの道は、これまで旅してきた中でも屈指の手の入り方をしていた。

石畳やコンクリートロードとも違う、微妙に柔らかさのある黒い物体が敷かれている。

そのうえに土が被せてあり、馬車の車輪の轍から黒い表面が見えている。

何か意味があるのだろうか。


ノッチガートによると、何代か前の国王が一大事業として成し遂げたものらしい。

北方での戦争が終結した際に、賠償金代わりに貰った黒い素材が余ったので、埋めたのではないかとのこと。

余ったから埋めたって凄いな。



野営を挟み、王都キュレスベルに到着したのは夕方だった。


オーグリ・キュレスと比べると小ぶりだが、十分に発達した都市だ。

特徴としては、都市を囲む壁の向こうに、いくつもの塔が飛び出している。

更にその奥には、巨大な建物が見えている。あれが王宮だろうか。


オーグリ・キュレスと異なり、城壁の周囲に無秩序な住宅が並んでいるようなことはなく、代わりに衛兵が立ち並んでいる。

門がないような場所にも、衛兵が仁王立ちしている。


第一印象としては、「刑務所っぽいな」である。失礼すぎて、さすがにノッチガートにも言わなかった。


「停まれ! 許可証と身分証を示せ。代表の者は顔を見せよ」


正面、南向きの巨大な門の前に馬車を進めると、門のだいぶ手前で声を掛けられる。

王宮があるからなのか、あるいはお祭り期間だからか分からないが、こうして同時に何組も審査しているようだ。


会長がわざわざ馬車から降り、深く頭を下げる。

周りの護衛も、ルキも同じように平伏しているので、俺も何となく下を向いておく。


「エモンド商会、護衛は……おい、王宮に連れて行くのは3名までだが、承知しているな?」

「ははぁ、もちろんでございます。連れて行くのは3名のみ、残りは身の回りの世話をするため参内の際は宿に置いて参ります」

「どこの宿だ?」

「セネッチの宿屋、でございます」

「後で遣いをやる。宿に居ておけよ。此度は大きな催しがあるので、なるべく宿に留まれ」

「畏まりました。商会の者どもにも言い付けておきます」

「慶事とはいえ、これだけ諸侯が集まるのは並ならぬ事態だ。無用な騒ぎを起こせば、罪なくとも拘束する勅令が出ておる」

「なるほど、肝に銘じます」


騒ぎを起こせば、問答無用で捕まるのか。

地球世界であった、成人式で暴れるヤンキーなんてのも、この世界だったら普通に処断されてそうだ。


その後、書類確認などもしながら列に並び、城壁内に入れたのはすっかり陽が落ちてからであった。



城壁内は、意外と一本道ではなく、曲がりくねり複雑にしか進めない。

ただ無秩序なのではなく、配置される建物は整然と並んでいる感じがする。

おそらく、あえて真っすぐ進めないように設計された軍事都市というところか。


城壁内にはふらふらと歩く庶民や、地面で寝ている貧困層なんてものはいない。代わりに衛兵の姿が目に入り、数人単位で巡回しているのが目に入る。


警備体制が整っていて素晴らしい、と思うべきところだが、常ならぬ警戒感を感じて、むしろここにきて不安になってきた。

本当に何事もなく帰れるんだろうな?







***************************



王都キュレスベルガに諸侯が集結しつつあるころ、窓のない部屋で青白い光を放つ道具のみで灯りを採っている、とある屋敷の一室。

互いに数人の供回りのみを後ろに従え立たせた2人の男が椅子に座り、対峙していた。


「将軍。尾行など心配ないのかな?」

「この地は我らにとって、庭のようなものだ。余計な心配はせずともよい」

「それはそれは。それにしても、わざわざこの時期に訪れるとは。余程のことなのだろう?」

「この時期だから、だ。ひとまず公の無茶な要請には応えたのだ。だが、気になるのは”その後”よ」

「事が……成った後のことを聞きたいと?」

「然り。王宮を……王都を抑えたとして、それで済むわけではあるまい」

「そのことは、将軍が一番承知していることではないかね? だからこそ、入念な検討を進めてきたのであろう」

「軍人というのは、最悪を想定する役割だからな。国が割れたならばどうするか、考えるのは当然の事。しかしそれは、好んで割りたいわけではない」

「然るに、聞きたいのは何故”今”なのか。その話かな?」

「それもそうだが、今更だ。それより具体的に目論見があるならば知りたい。誰を生かして誰を殺すか、その後の戦略次第というところもあろう?」

「……」

「公が秘密主義であることは知っているし、そうすべきだけの理由があることも察する。しかし、そろそろ良かろう? もう時は目と鼻の先だ。これ以上、情報を抱え込むのは却って事に差し障る」


公と呼ばれた人物は、にこやかな表情を張り付けたまま、変えない。

しばらくして指を立てて、将軍と呼ばれたもう1人の男に軽く振ってみせる。


「焦ってはならんぞ、そもそも目論見も何も。我らは事を成し、世に訴えるのみ」

「出たところ勝負か」

「まあ、田舎連中の相手は任せて欲しいところだ。この老体、手遊びは得意でな」

「では、事が成ったとして、どれくらいが味方に付くのかくらいは教えて貰わねばならん」

「ふむ。殿下はあれで、田舎戦士どもには人気が高い。怖いのは中央の貴族、それと東西の辺境貴族どもくらいだの」

「十分に厄介ではないか」

「いや、殿下が正式に書類を送れば、それらも半数ほどは味方になるだろう」


将軍と呼ばれた男が、一瞬何かを考えて間が空く。


「……公自身が、王となる算段はないのか?」

「過ぎたる欲は身を亡ぼすと言う。……殿下をも廃すれば、王家に連なる諸家が軒並み敵に回りかねん。その発言は聞かなかったことにしよう、将軍」

「そうか。いや、殿下に不満はない。今日のところは引いてやろう」

「それは助かる」


今度は、公と呼ばれた男が何かを思案する。


「……時に、肝心の用意は完璧なのだろうな?」

「招待状を見ただろう。公の子息と私は隣合う。警護のための武装も問題ない」

「将軍の手腕を疑ってはおらん。老いると、何かと不安が拭えなくてな」

「不安要素があるとすれば……陛下の専属護衛だ。調略はどうなのだ?」

「そればかりはギリギリまで動けぬ。準備はしているが、せいぜい数人だな。良くて半数」

「半数も落ちてくれれば十分だが、仮に1人も落ちなかったとすると、確実とは言えん」

「なんと、軍の選りすぐりでも勝てんか」

「勝てる。だが、陛下を守り通して逃がされると厄介だ」

「くっくっ。いくら謀略を巡らせたところで、たった数人の力が読めんとは。まったく、老骨に応えるわ」


肩を震わせ、下を向く老人。

しかしそれが泣いているわけではないことは、将軍も知っていた。


「この年で挑戦者とはな。実に面白い」

「……」


老人の顔に浮かぶのは、苦しみでも、嘆きでもない。

愉悦であった。


好々爺とした彼の表向きの顔しか知らない者にとっては、見ただけで恐ろしくなってしまうような狂気。

腹から溢れ出る野心に、さしもの将軍も思わず目を細める。


「……公。楽しそうなのは良いが、それ以外の不安要素はどうだ?」

「それ以外とな?」

「聞けば、陛下は御用商人や御用職人、それから農家連中なども招待しているそうじゃないか。それぞれの護衛自体はたかが知れていても、まとまればどうなるか」

「ふむ。確かにあそこまで手広く招待するとは、少々意外だったわ。だが、奴らは所詮、身を護るのでやっとの存在であろう。違うか?」

「同感だが、招待されるのは御用商人や職人どもだろう。つまり、陛下に多少なりとも恩のある連中だ。軒並み敵に回って動くことも否定できん」

「ふむ。要はまとまられると、不確定要因となるわけだな」

「まあ、そうだ」

「手を打っておこう。万に一つも、失敗は許されんからな」

「どうするのだ?」

「まとまると危険なら、バラけてしまえばいい。商家や職人風情の配置なら、大して気にはされるまいて」

「なるほど。孤立していれば、商家や農家の護衛風情は心配いらんか」

「さよう」


後日、商人たちは予定されていた配置からバラバラにされ、貴族たちの間に詰め込まれる形となった。

そのことを、当の商人たちと、その護衛達は知る由もなかった。

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