第264話 酒

エモンド商会で、ルキも護衛任務に参加できることになった。


そのテストのときの話をルキとしていたのだが。


「主様の戦い方を真似してみました」

「そうか。そう、なのか?」


最後に敵を盾にして防いだところとか、お前野蛮だなおいおいみたいなイジりをしていたら、思わぬ返し。冗談かなと表情を盗み見たものの、ルキは真顔である。

いや、ルキは常に真顔でポーカーフェイスなので真意は分からない。


「はい、このような窮地を主様ならばどうするだろうと考え、気付いたら身体が動いておりました」

「ほう」


なにそれ、こわっ!

少なくともルキが仲間になってからは、そのような戦いをした覚えが……ない、かな?

あいまいだ。


「しかし、やり過ぎました。あれは試験なのですから、相手様の心証を損なう行いは慎むべきでした」

「……そうか。しかし、テッド会長が、相手の短髪男が不味いことを言ったから仕方ないみたいなことを言っていたが」

「ええ、まあ。ハーレム野郎の取り巻きだから、あれをしゃぶることくらいしか能がないみたいなことを言われました」

「……」


マジかよ。結構酷いこと言われてた。


「何か言い返したのか?」

「程度の低い煽り文句ですが、言われっぱなしも何でしたので」

「何て言ったのか……一応、聞いても?」


何か怖いが。


「貴方様のような器の小さい男のタマを潰すのも得意だと」

「……そ、そうか」


タマヒュン事案だ。

俺の知らないところで修羅場って、知らない内に終わっていた。


しかし、顔に蹴りをかました上で引きずり回すのもちょっと分かる。


「まあ、結果受かったんだ。良く言い返したな」

「はい。次はもう少し上品に返すようにしますね」

「ああ」


そんなことよりも。


「最後のフェイントからのキックは、見事だった」

「ありがとうございます。あのような沈む動きは、視線を切るときに使うヒトが多いですから」

「そうなのか」

「盾を持っているとなおさら、ですね。あのときは盾はなかったですが、前後の繋ぎが雑であからさま過ぎました」

「ほう」


俺もやることはあるが、沈む動きって盾持ちには読まれやすいのか。

だからこそ、俺がたまにやる空中に飛び上がって視線を切る動きが奇襲としてハマるのかも。


「ご主人様、戻るには微妙な時間ですが、お食事はどうしますか?」


後ろから付いてきていたサーシャが、話題が途切れたタイミングで訊いてくる。

サーシャがこう言うってことは、腹が減ったってことなんだろう。

陽は傾き、もう夕方から夜に差し掛かってくる時間帯だ。


「その辺で入れる店でも探そう」

「それでしたら、気になっている店があるのですが」


リサーチ済みだった。

いつの間に。



じゃあそこで、と言おうとしたとき、背後から何者かが急速に近づき、殴るような動きをしたことを察知した。



それを躱しながら、短剣に手を掛けて振り返る。


「おー、やっぱサーシャちゃんとヨーヨーじゃね!? ……顔分からんけど」


どうやら殴ろうとしたわけでなく、肩を叩いて振り向かせようとしたようだ。

その人物は、装飾された高級そうな鎧を着て、水色のツンツン頭をしていた。


「……えーと、フィーロだっけ?」

「おいおい、辛うじて出て来たな!」


かつて、テーバ地方で戦士団の世話になったときに、一緒に行動した戦士団員だ。

たしか雷魔法が得意で、元貴族家出身のはずだが偉く軽薄な兄ちゃんだったはず。


「そっちこそ、よく覚えていたな」

「いやいや、なかなか強烈なキャラよ、自分。自覚ないの?」

「そうか?」

「それにしても……」


フィーロは腰に手をやり、ジロジロとルキを眺めた。


「う~ん、こりゃまた美人だね! お知り合いかい?」

「ああ、まあ、新しい仲間だ」

「えっ……知り合いじゃなくて、お前の女なの?」

「女って……まあ、そんなところだ」

「マジかよ。神様、こんな不平等が許されていいのかよ!」


フィーロが大げさに嘆きはじめる。

その後ろから、ぬっと現れた拳がフィーロの頭を叩いた。


「いてぇっ」

「悪いな、ヨーヨー。こいつ、彼女に振られたばかりでな」

「あんたは……トラ……」

「トラーブトスだ。俺も不思議と、ヨーヨーのことは覚えてたな」


筋肉質の男性。ノースリーブ状になった鎧の先から、筋肉もりもりな腕を覗かせている。

同じくテーバ地方の戦士団にいた、『格闘家』系のジョブだったはずだ。


「ああ、俺も何となくは……それにしても、テーバ戦士団は魔物のことで忙しいと思っていたが、こんなところで何を?」

「まあ、こんなところでは何だ。どこか居酒屋にでも入って、情報交換といこうぜ」

「ああ」


オーグリ・キュレス港に戻ったら会おうと思っていたヒトたちには全然会えていないが、会えるとは思ってもいなかったやつと会う。

妙なものだ。



***************************



「塩焼き1つ。おい、ヨーヨーもどうだ? ここの塩焼きは絶品だぜ」

「じゃあ俺もそれ1つ。で、あんたらこんなとこで何してんだ?」


いかにも仕事帰りのおっさんたちが集いそうな居酒屋に、5人で入る。

俺が酒を飲まないんで、自分たちだけだったら入りそうにないお店だ。

サーシャが気になっていたお店には行きそびれたが、また時機を見て行くことにしよう。


「何してるって、まあヒマしてんな!」

「ええ? なんだ、戦士団をクビになったか」

「そうそう……ってそんなわけあるかよ。任務でこっち来てんの」

「どんな任務で……って、これ俺が聞いても大丈夫な話か?」


戦士団の任務に詳しいわけではないが、言っても軍事力を持った組織なのだ。

部外者には言えないような任務の1つや2つはありそうだ。


「いや別に、隠すようなことでもねーけどよ? ……ねーよな?」


フィーロは言いながら不安になったのか、トラーブトスの方に同意を求める視線を向けた。

話を振られたトラーブトスは濁った酒を実に美味しそうに飲み干すところだった。


「ぷはーっ、酒が美味いだけでも、この港に来た甲斐があるってもんだぜ!」

「おい、トラ。聞いてたのか?」

「ああ、任務だろ。確かに隠すようなこともないな。今回のお祭り騒ぎに、テーバのお偉いさんも呼ばれてな。そのお守り役だ」


トラーブトスは早口でそこまで言うと、店の親父を呼んで早速おかわりを求める。


「お守りというと、護衛役か? 誰かを守っているようには見えないが」

「俺たちのお役目は、道中の護衛だよ。中での護衛は、中央のエリートの仕事だ。次の仕事は帰る時。つまり今はヒマだな」

「ほー」


今は王国中から貴族や戦士家のお偉いさんたちが集まっているらしいから、こういうことも起こるのか。

他にも、旅先で出会ったヒトが来ている可能性はありそうだ。


「テーバの様子はどうなんだ? 龍剣の騒動があってすぐに、俺は抜けちまったきりなんだが」


すっかり忘れていたが、フィーロたちの顔を見たら、テーバ地方のその後が気になった。

さすがにもう龍剣騒動のゴタゴタは沈静化してるとは思うが。

運ばれてきた串肉にかぶりつきながら、口の端で喋るようにして答えるのはフィーロの方だ。


「ああ。まあ、ぼちぼちかなあ。龍剣どもが消えて、代わりに軍や王都戦士団がタラレスキンドでも幅を利かせるようになってな」

「他の傭兵団が代わりに、っとはならなかったか」

「そういう動きもあったが、まあな。事件当時、有力な傭兵団は南に行ってたのは覚えてるか?」


そういえば、騒動のときに他の有力傭兵団は南に遠征してたとか聞いたな。

何故だったかまでは思い出せないが。


「あったな」

「それも別にガセじゃなくてよ。本当に拡張期と、金になる魔物が出てきて、ちょっとしたフィーバーさ」

「なるほど。それで南に注力しているうちに、タラレスキンドは軍が押さえた?」

「ちょっと違うな……俺たちが対処した、気配を消すフェレーゲンのことは覚えてるよな?」

「それは流石に覚えているぞ。隊長のジャンプアタックで倒したよな」


フィーロが首を竦める。


「あのフェレーゲンみたいによ、南でもやべー魔物が出たんだ。拡張期なんだから、そりゃあ新しい魔物が出てもおかしくはないんだが」

「ほう」

「それも1体や2体じゃなくてな。つまり、フィーバーで浮かれてた傭兵団は軒並み被害を出して、多くの魔物狩りを失って逃げかえってきた」

「……マジか?」

「ああ。だから、龍剣のいなくなった利権がどうのとか、そんなことを言ってる場合じゃなくなったわけよ」

「その新しい魔物は対処できたのか?」

「……ああ、何体かはな」


まあ、湧き点で出て来るようになったなら、数体倒して終わりとはいかないか。


「こんなお祭り騒ぎに来ている場合かね?」

「まあ、魔物騒ぎなんて、テーバの日常だと言やぁ、日常だからなあ。まあ、それでも隊長やセンカみたいなベテラン隊員は、今もあっちに残ってんのさ」


あのイケメン隊長は来ていないのか。

ちょっと残念なような、ホッとしたような。

あんな少女漫画に出てきそうなイケオジが来たら、ルキあたりがコロッと惚れてしまわないか心配になる。


「ちなみに、何て魔物なんだ?」

「ツィンプラゲードン。呼びにくいだろ」

「つぃんぷら……げーどん」

「そうそう。ヤギみたいな顔で、戦うときは二足歩行で爪を振り回して戦う。トラみたいな『格闘家』の上位互換みたいな奴だな」

「誰が魔物の下位互換だ」


二杯目を飲み干したトラーブトスが、フィーロの頭を叩く。


「あの、ツィンプラゲードンというと、『森の悪魔』ですか?」


静かに話を聞いていたルキが、無表情のまま口を開いた。


「ああ、そう呼んでるとこもあるみたいだな。水辺の悪魔に、森の悪魔。テーバは悪魔の見本市かよ?」

「聞いたことがあります。昔、山脈から流れてきた森の悪魔に、戦士たちが10人以上屠られたと」

「おお、姉ちゃん。出身はどこなんだい?」


フィーロが興味ありげにルキに身を乗り出すのを、ぐいと押し戻す。


「悪いな、フィーロ。こいつは俺の女だし、詮索も禁止だ」

「チッ、分かってらぁ。別に酒の席で話するくらいはいーだろうが!」

「しかし、1体で戦士10人以上ってのは穏やかじゃないな。テーバ地方の傭兵を手玉に取るくらいだし、相当強そうだな」

「まーな。妙な魔法とかスキルっぽいものを使ってくるんだ。それに、個体ごとに得意な戦い方も違うみたいでな。俺たちも1回だけ遭遇したんだけどよ……ああ、ありゃ思い出したくもねぇ」

「……」

「ああ、わりぃわりぃ。別に隊の誰かが死んだってわけじゃねぇ。ヨーヨーの知ってる面子は……多分、生きてると思うぞ」


フィーロの部隊の隊員とは、何人か面識があったはずだ。

たしか狩人の家の娘とか、少年みたいな見た目の魔法使いがいたはず。

彼らは生きているようだ。多分。


「何が手強かったんだ?」

「俺たちが出くわしたのはよ、罠を張るのが好きらしくてよ。原始的なんだが、落とし穴に樹の先を削ったものが敷いてあったり、魔物の巣に誘いこまれたり」

「すげぇな」


魔物といえば、ヒトを見ると突っ込んでくるような脳筋が普通なわけだが。

罠を張って偽装撤退とかされたら、深追いできなくなる。


「せっかく傭兵団と戦士団で作ってきた南の拠点も、ほとんどがパーよ。やってらんないよね、全く」

「災難だったな」


いや、俺ももう少しタラレスキンドにいたら、当事者になっていた可能性が高い。

結果的には、すぐ離れて良かったということか。


「まー、こっちは色々あるわ。そんなことより俺っちは、ヨーヨーの話が気になるんだが? あれからどうしてたんだってばよ?」


さて、どう説明したものか。

テーバから出た後、南の国境地帯まで行ったはずだ。それから本当は西の国に行ったわけだが、そこは北に戻って東西街道の護衛をしていたっていうのが自然かね。


適当な作り話を入れながら、簡単に足取りを話す。


「細かいことは、依頼主との守秘義務もあるんでな」

「はー、守秘義務ねぇ。それを言うってことは、結構固い商売してるんじゃん」


フィーロは豆を掴んで口にしながら、感心げに頷く。


「そうかね」

「個人傭兵の魔物狩りなんて、にっちもさっちも行かなくなってゴミくずみたいに死んでくやつがごまんといるぜ。守秘義務が必要なくらいちゃんとした商人と取り引きしている時点で、成功してるってこった」

「そうかもな」


実際、今は大商会の護衛を請け負っているわけですし。

魔法をまともに戦闘で使えるようになったあたりから、手に入る金額も鰻登りだ。


他の魔法ユーザーもそうなのだろうかと思うが、考えて見たら俺はちょうどブルーオーシャンに入り込んだのかもしれないと思いつつある。


というのも、普通は『魔法使い』系ジョブ、特に『魔剣士』になるような教育を受けられるのは、貴族や豪商など裕福な家庭の子どもだけらしい。

そう考えると、首尾よく『魔剣士』とかになれたとして、そこでわざわざ不安定な傭兵家業を選ぶ奴がどれだけいるだろうか?


結果として、魔法ユーザーは需要に比べて人材市場で常に枯渇している。

現に、魔法を使えるなら仕官でもすればいいのにといった趣旨のことを言われたのは1度や2度ではない。

傭兵として魔法ユーザーを雇いたいという需要は常に満たされていなくて、報酬も跳ね上がる。そんな有難い傾向があるのではないか。


と、そんなことを思い返しているうちにもフィーロたちは酔いが進み、陽気になってきた。


「ひゃひゃひゃ、ヒマなのはつれーけどよ、こんな美味いもん食ってブラついてるだけで仕事になるんだぜ? 隊長たちにはわりーよなぁ!」

「お偉いさんの護衛なんぞ面倒だって言ってからよお、俺たちに押し付けたあっちがわりぃんだよ」

「ちげぇねぇ!」


楽しそうである。

サーシャとルキも、いつの間にか頼んでいたサラダを取り分けて何やら議論している。

少し耳を傾けると、サラダの上に乗っている魚の切り身がどういうものかを分析しているようだ。

ぶれないな。


「あーでもよお、明日から他の部隊のやつらと合同で、訓練?するって言われたぞ」

「え、マジ? 聞いてねぇんだけど」


フィーロたちもちゃんと仕事があるようだ。働け。

彼らが美人従者たちにセクハラをかます前に切り上げて宿を取る。


店を出る時、まだフィーロたちは飲んでいたが、一瞬真顔になったフィーロが俺の耳元で、囁くように言った。


「気を付けろよ。なんか知らねぇが、上も下も殺気立ってる連中ばっかだ。なんか……龍剣の前の日を思い出すんだ」

「……ああ。お前らも、死ぬなよ」

「はんっ。俺は無敵だからよー、雷……」


何やらろれつが回らなくなって聞き取れなくなったので、捨て置く。

さて、護衛任務の準備を完了させないとな。


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