第263話 野蛮な戦い方

魔道具の工房を訪れ、あり合わせの魔道具を設置した。

それから数日、今度は西の商区を目指して再度出発した。


今度の目的はそう。

護衛任務へのルキの売り込みである。

ルキはもともと護衛向きのジョブ『月戦士』であり、場面によって俺の防御魔法より安定感がある。任務の成否を左右する可能性もあるし、何よりいざというときに裏切らない仲間と同行できる。


「ふうむ。脚の筋肉が立派ですな」

「盾を構えたときの安定感は抜群ですよ」


俺は、エモンド商会のテッド会長と並んで修練場を見下ろしている。

その目線の先には拳を握って構えるルキの姿。


対峙するのは、俺と戦った奴ではない。俺と戦ったノッチガードという男は、今日は会長の傍に静かに控えている。

ルキの相手は短髪で筋骨隆々の、映画に出てくる軍人のような雰囲気の男だ。

周囲の高くなっている場所には、以前俺が戦ったときの数倍もの使用人が取り囲むように並んでいる。

何をそんなに備える必要があるのか分からないが、俺のときはそこから不意打ちに出て来る奴がいた。

もしかすると、その”テスト”は俺にバレてしまったので、人数を増やすことで誰が襲いかかってくるか分かりにくくしているのだろうか。



「それでは始めようか」



会長から開始の合図が出る。

会長の声量は決して大きなものではないが、その言葉だけやたらとはっきり聴こえる。これ、何かスキルを使っているのだろうか。


相手の男がルキに何か声を掛け、ルキが小さく頷く。

それが合図だったのか、男が木剣を構えて臨戦態勢に入る。


開始早々、ルキが突進する。

ルキの突進は一歩が大きく、跳ぶように間を詰めていく。

男が木剣を振るのに合わせて止まり、細かく左周りにステップする。


短髪男はやや体勢を崩しつつ、突きを連続する。

それらを余裕をもって躱すルキ。


こう言っては何だが、短髪男の剣捌きはそれほど強くなさそうだ。

ルキのステップで翻弄されているが、強引に体勢を戻して均衡を保っている感じ。

見切ったルキは、躱した後に短髪男の胸を蹴り、良いのが一発入った。


チラリと隣の会長の様子を横目で窺うが、微笑を浮かべたまま静かに前を見ている。

これはやっぱり、何か俺のときとは違った”テスト”がありそうだ。


「アイヤーッ!」


短髪男が叫びで気合を入れつつ、振り被って振り下ろそうとした瞬間。

ルキは手で払うよう短髪男の腕を押し、開いた短髪男の身体に潜りこむように沈み込み……腕をつかむと、投げた。

綺麗な背負い投げだ。


投げられた身体が地面に落ちる直前、ルキが握った腕ごと身体を捻る。

今度は痛みから叫び声を上げた短髪男の手から、木剣が落ちる。


それをすばやく拾ったルキは、距離を取って周囲を窺う。

彼女も周囲からの乱入を警戒しているのだろう。


そのうちに、投げられた短髪男が立ち上がって、ルキに捻られた手首の調子を確かめるように、ブラブラと振った。


まだ乱入はない。

このままテストが終わってしまったら、合格で良いのだろうか?


「会長……」

「なるほど。なかなかお強いですな」

「は、ありがとうございます」


要らぬ心配をした俺の声掛けにも、会長は余裕の返答。

まあ別に、会長としてはルキが圧勝したとしても護衛に参加させない選択をしたって別に良いのだ。その判断をする権利は会長にあるのだから。

そう考えると、別に会長が慌てる事ではないか。


スタートから比べると少し会長や俺のいる場所から離れた場所で対峙する、短髪男とルキ。

立ち上がった短髪男は、両手を手刀の形にして構え、ルキに何事か話し掛ける。

ルキが何か言い返したのか、分からない。


短髪男が動く。

それに合わせて、今度はルキが剣を振る。

短髪男は仰け反ってそれを空振りさせた後、足を振り上げルキの腹を蹴り、リズムを踏むように足を繰り出し、ルキの顔も蹴った。

ルキがふらついた隙に、バク天するように立ち上がった短髪男が再び手刀を構える。

ルキは身を低くして、剣を相手の正面に突き出すような構えで牽制する。

短髪男はステップして回り込もうとするが、ルキは少ないステップでそれに対応しつつ、正面から牽制して防御する姿勢を崩さない。


膠着状態に入ったか。


「会長……もしや」

「ふふふ。彼は、剣が苦手なのです」


こっちは素手で不利だと思っているところに、相手の武器を奪ったら不利になるなんて、想定できるだろうか。

剣を失った瞬間、男の動きが生き生きとしだした。


「彼は素手でも強いのでしょう? それこそ、今回の護衛におあつらえ向きでは」

「そのつもりでしたよ。貴方たちが現れるまではね」


俺のせいでお役から外されてしまったのか。

恨まれていないと良いが。


「まあ、大した事はありません。彼も以前のテストを見て、納得していました」

「そうですか」

「ええ。ただ、そのおかげで今は力を持て余しておりまして。張り切っておるようです」


ルキとの牽制合戦を繰り広げていた短髪男だが、背を低くして、四足歩行と見まがうような機動でルキの下に飛び込む。

ルキはやや遅れて剣を下ろすが、体勢を限界まで低くした男の頭上で空振り。

そのまま男のタックルが決まるかに見えたが、逆に男の身体が吹っ飛ぶ。


顔面にモロに、蹴りが入ったらしい。

どうやら剣を囮にして、キックで仕留めたようだ。


と、周囲から大量の光る弾がルキに降り注ぐ。

見ると、周辺にいた多くのヒトたちが、何やら杖のような魔道具を構えてルキに撃っている。魔弾か。


ルキは左右に別の防御スキルを張り巡らせ、どちらもルキに届く前に消滅させる。

いずれの魔弾も、防御スキルに触れた刹那に蒸発するように消えている。

威力はない、か。


それでも、振り続ける魔弾。

ルキは跳躍し、それらを避ける。


しかし、撃っているのは亜人でもなく、ヒトだ。

すぐに行動を予測し、先回りして撃つ者が出て来た。


ルキは……跳躍した先で伸びている短髪男の胸元を掴み、それを持ち上げると……盾にした。

いくら威力がなくても、仲間に魔弾を打ち込むのは躊躇するのだろう。

弾幕が数段階は薄くなった。


その隙にルキは後ろが壁となっている場所まで短髪男を引きずり、前面に防御スキルを展開させた。


弾幕は次第に数が減り、最後は魔力切れの奴もいるのか、散発的な攻撃になってきたところで、会長が手を挙げた。


「そこまで。やるのう」


ルキが短髪男を、放り投げるようにして落とす。

それにしても、倒れた敵を盾にするなんて、何と野蛮な戦い方か。

何故か既視感を覚えるが、気のせいだと思う。


「あー、失礼。うちのが乱暴をした」

「いやいや、構いませんよ。口は災いの元ですな」

「はい」


……ん?

あの男が、ルキを怒らせるようなことを言ったということだろうか。

俺には聞こえていなかったが、会長には聞こえていたか。


「それで、希望としてはあのルキを護衛に加えたい。理由は手紙で書いた通りだが……」

「ええ。あれほどの防御スキルの使い手。そして体術の心得もある。いいでしょう、彼女を護衛に加えます」

「テッド様」


それまで後ろに控えて静かにしていたノッチガードが、会話を遮るように会長を呼ぶ。


「よろしいので? 王宮にまで連れていくのですか?」

「構いませんよ。それに、どうせ外には多数連れていくのでしょう」

「……そうですが」

「時には博打を打つのが、商人というものです」


何やら分からないが、ノッチガードも渋々といった体で引き下がった。


「今更ですが、本当に良いのですか? 会長」

「彼女が参加しても、成功報酬以外は据え置きで良いのでしょう?」

「ええ、まあ」


前に締結した契約書にも、ルキ参加の場合は成功報酬が増えるとだけ書いてある。

俺としては「いざというときの味方」を増やしたい方が優先だったので、彼女の分は別で用意しなくても良いと。


「ならば、お得ですね」

「専属護衛を使えば、そもそも報酬は不要ですが」

「ほっほっほ。水を差すようなことを仰らないで下さい」


愉快そうに笑う会長。

どこに笑い所があったのか分からないが、良いらしい。


「さて、いよいよ式典も近い。ここからはノッチガードとの連携を深めていただきたい」

「ノッチガードと。やはり」


王宮まで護衛する他の護衛とは、俺と戦ったノッチガードらしい。

会長たちは式典の準備に戻り、修練場に残ったノッチガードと今後の話をすることになった。


***************************



まずはノッチガードから情報を聞く。


当日、王宮に護衛に行けるのは3~4名。

はっきりしないらしいが、3名で考えた方が良いとのこと。

ただこれは、「王宮に入れる」人数の話だ。

王宮近くの宿屋などには、王宮に入りきらなかった貴族や商人などの護衛が構えており、万が一何か変事が起これば、それぞれの主を守るため行動を開始するようになっているらしい。


エモンド商会も例外ではなく、ルキが蹴り倒した短髪男を含む護衛衆が、近くの商店に滞在するそうだ。

ただ当然、当日は周辺も警戒態勢になる。武具なども最低限しか持っていけないという。

潤沢な武具を持って王宮近くで潜伏していたら、クーデーターを企んでいると言われても仕方ない。

つまり、王宮内のように素手で戦うとまでは行かないが、軽装備でオーグリ・キュレスまで戻ってくる必要がある。


「実際、会長を襲うような敵に想定はあるんで?」


俺が質問すると、ノッチガードは首を振った。


「それは考えるな。想定外でした、は許されないのが護衛仕事だ。それでも想定が必要なケースもあるが、それはこっちでやる」

「なるほど」

「ただ1つ共有しておくとしたら、どのような場面でも油断はするなということだ」

「……どのような場面でも、か」

「ああ。お前たちはいずれも、スキルで防御ができる。そうだな? つまり、意識が出来れば守れる。危ないのは、意識できないうちにやられることだ」

「ああ」


気配察知・探知スキルも、当日はフルで動かしておくべきか。

「気配希薄」系の隠密スキルを使われたら、真っ昼間の厳戒態勢でも暗殺ができてしまうというのがこの世界の怖いところだ。


「それで……ヨーヨーのジョブだが。無理に訊くつもりはない、言える範囲で共有してくれ」

「ああ」


どこまで説明したものか。

う~ん、今日は面白い案が浮かばないな。


「まあ、『魔剣士』の亜種みたいなものだと思って欲しい」

「亜種? 『魔剣士』の派生ジョブか」


肩をすくめて答える。肯定と取られたか、否定と取られたかは不明だが。


「何にせよ、俺はスキルで剣を創れるし、それを通して魔弾も放てる」

「……魔弾だが、テストのときと違って、殺傷力のあるものはどれくらい放てる?」

「まあ、威力次第だが。軽いもので良ければ、あの時と同じくらいは放てるぞ」

「本当か? 戦闘職の者を殺そうと思ったら、どうだ?」

「殺そう、か。一撃でと考えると、どうだろうな。まあ、多少魔力を練る時間は必要だが、撃てるぞ」

「ふむ。当日まで、それはなるべく見せないでくれ」

「情報管理か」

「ああ。強い魔弾を放てるのは、1つの奥の手になり得る。まずは防御に徹して、いざというときに放ちたい」

「敵が多い場合はどうするんだ? 防御に徹するとは言っていられないこともあるだろう」

「そのときは指示する。もし俺が死んだりして指示が出せなかったら、お前の判断で切り替えろ」

「了解した」


成功報酬も欲しいが、それよりもやるなら成功させたい思いの方が強い。


ノッチガードと俺、そしてルキのスキルをお互いにいくつか紹介して連携を確かめて、その日は帰ることになった。

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