第262話 転写

地下で汚水族と出会って帰還してから、数日。

俺はアカーネとルキを連れて、北の商区のとある場所に来ていた。


倉庫のような建物が立ち並び、いくつかの建物は煙突からもくもくと蒸気を吐き出している。工房区だ。

工房区は住宅地よりも優先的に水が配られ、仮にどこかで火事が起こってもすぐに鎮火できるし、鎮火できなくても他の地区に延焼しないように設計されているという。


一面の工房建物の群れを見ていると圧倒されるが、これと同じような地区がいくつもあるのがオーグリ・キュレスという都市だ。しかも、魔導兵器のような重要な生産拠点は中央区にあるという。つまり主に民生品などを作る工房だけでこの規模なのだ。


そんな工房区の端、陽の光の届きにくい北面の土地に用があるのだ。


ウッドドール組


そう彫られた看板が取り付けられた建物。

ズルヤーから手紙で教えてもらった魔道具屋だ。

入り口の扉は閉められたままで、商売をしているようには見えないが。


呼び鈴も見当たらないので、思い切って中に入る。


「……」


中に入って見えたのは、所狭しと並べられた器具と、座って何やら作業しているヒト達。

二人ほどこちらを向くが、すぐに目線を外される。

ここんとこ、気付かれてんのに無視されることが重なる。


「おじゃましまーす……? あっ、すごい、色々ある!」


続いて入ってきたアカーネは、周りの器具を見てすぐにテンションが上がっている。


「おや、おやおや! これはお客様、失礼いたしましたねえ!」


声に釣られて奥を見ると、満面の笑みを浮かべたハゲ、いや、ハゲ頭の男性が腰を低くして近付いてくる。


「うちの者は揃って無愛想でしょう、困ったものです。お名前を伺っても?」

「……ヨーヨーという。おそらく、連絡がいっているかと思うのだが」

「ああ、ヨーヨーさん! あのズルヤーさんの紹介だって聞きましたけど。 ……なるほどねえ」


こちらを観察して何かを納得している店員。


「問題ないか?」

「ああ、これは失礼失礼。お相手は私、ビアルがさせていただきますよ。ささ、奥へどうぞ、奥へ」


無愛想な職人らしき人たちを傍目に、応接間に通される。

淡い黄色い壁紙に囲まれ、背の低い机とソファだけが置いてある。

エモンド家のそれと比べると、かなり質素だ。

比べる相手が悪いか。


俺たちをソファに案内したあと、自ら茶を入れて運んでくるビアル。

少し香りが強い、玄米茶のような茶だ。


「それで……話によると、売り買い両面で話があるとか?」

「ああ。最近家を買ったもんで、家に取り付ける魔道具を揃えたい。売りの方は、自作の魔道具について相談したいんだ」

「自作の、ですかあ。ふむ、技術者には見えませんが……」

「こっちのアカーネが作ってる」


魔道具がなくて暇そうなアカーネの方を向く。

ビアルは興味深そうにアカーネを眺め、手を叩いた。


「なるほど、聡明そうなお嬢様ですねえ。熟練の魔導工にも見えませんが、きっと才能豊かなのでしょう」

「そうだな、発展途上だ。そのアカーネが作った道具がいくつかあるんだが、市場価値などを知りたいと思ってな。ズルヤーに言わせれば、売れないことはないらしいが」

「ふぅむ。良いでしょう、この場で答えられることにはお答えしますよ。それで、買いの方は? そちらを先に話した方が良さそうですねえ」

「家に取り付ける魔道具だな。場所がライリー地区で、あまり治安が良くないものでな。防犯の魔道具を配置したいと思っている。既製品があれば買いたいし、アカーネが作るものの材料も揃えたい」

「防犯ですねえ。しかしなるほど、あの地区ならば衛兵も頼りにならない」

「知ってるのか?」

「ええ、まあ。治安が悪い地区というのは色々ありますが、あそこは中々酷いと聞きますねえ。壁内で中央にも近くて、場所は良い割に……と。噂では、あそこまで子どもを捨てに行く親というものも多いそうですよ」

「子どもを捨てる? ……わざわざなんでだ?」

「おや? ヨーヨーさんは、出身はここではない?」

「そうだな。西の方だ」

「なるほど。地区にもよりますが、ここでは親だからといって、子どもを自由にしていいわけではないのですよ。扶養義務もありますし、厳格な要件を満たしていなければ、出仕に出したり奴隷売りするような真似もできません」


ほう、そうなのか。

意外と子どもの権利みたいな意識があるのだろうか。もしくは、これも天罰関係かな……。

子どもの意思に反して周りの大人が勝手にやると、天罰が下るとか。


「ライリー地区は、下水層が複雑で、お役人も全貌を把握していないとか。だから、仕組み上は捨てられない子を、バレずに安心して捨てることができるのです」

「……なるほど」

「一時期は地下に通じる道を全て封鎖するなんて無茶もやったようですが、失敗したようですしねえ。今ではむしろ、役人が地下組織に統治を任せて利用してるなんて陰謀論もありますよ」


治安が悪いとかいうレベルの話ではなくなってきたような。

戸籍がない子どもが生存のために地下に潜ってやばい存在になるとか、地球世界でもあるあるだよなあ。


「……まあ、そんな場所だから、侵入者対策を講じたくてな。侵入者があったら警報がなるシステムは、アカーネが作ろうとしている。その材料と、他に役に立つ道具があれば買いたい」

「侵入警報の魔道具を? やり方次第ですが、それを作れるというのであれば、非常に優秀ですねえ」


ビアルは驚いたような表情を浮かべた。まあ、作りたいという話を聞いただけで、実際作るスキルがあるのかはまだ分からないんだが。


「……あの、色々考えたんだけど」


消え入りそうな声。

アカーネがおずおずと発言したようだ。


「『気配察知』系のスキルと連動させれば、出来るかなあって」

「ふむ、それは1つのやり方ですね。転写スキルはあるのかね?」

「ううん。『スキル術式化』だけ」


アカーネのスキルの話だ。

「スキル術式化」は、ちょうどこの前アカーネの『魔具士』ジョブが30レベルになったときに会得したスキルだ。


「『スキル術式化』ですか……これまで、活用して魔道具を作ったりした経験は?」

「……」


アカーネはふるふると頭を振る。当然だ、最近会得したばかりなのだから。


「そうですか。残念ながら、『スキル転写』でもなければ、会得したばかりで使おうとするのは無理でしょう。その点は諦めて、店で買うか、転写してもらうのが早道かと」

「そっか……このお店では今言っていた事はやってくれるの?」

「そうですねえ、『気配察知』程度であれば何とか。ただ、今職人たちの手が埋まっていましてね、お時間は頂くことになるでしょう」


残念ながら、アカーネだけで製作できる道具ではなかったようだ。

しかし、金を出しても買えないというのは困る。


「忙しいのか? 手当てを出して、優先してもらうことなどは?」

「残念ながら、いくら頂いても覆せる状況ではありませんね。今のお祭り騒ぎが終わればひと息吐けると思いますねえ」

「そうか。では今のうちに予約だけさせてくれ。防犯魔道具は最優先なんだ」

「それは構いませんが……正直、お安いものではないですよ? 材料や前提をそちらで揃えて頂いても、銀貨10枚単位の仕事になります」

「それは仕方ない」

「ふぅむ。良いでしょう、なるべく早く伺えるように調整しますねえ」

「できれば、その『スキル術式化』が『スキル転写』と何が違うのかって、訊いても良いか?」

「簡単なもので良ければ、お伝えしましょう」


ビアルの説明を聞く。

アカーネが会得した「スキル術式化」は、「スキル転写」の劣化版みたいな扱いをされているらしい。

曰く、どちらも実際にスキルを発動させ、その術式を魔導回路に組み込むという用途では一致している。しかし、その難易度が圧倒的に「スキル転写」の方が楽なのだそうだ。


これはビアルの説明ではなく、アカーネに教わったりした俺の理解だが、魔導回路というのは要は魔力を通すことで色々な現象を引き起こす回路のことであり、適切な物に適切な魔導回路を設定することで魔道具というものは成り立つという。

魔導回路を設定できる物というものは限られていて、その最もポピュラーな対象が魔石だ。

だから魔導回路を組み込めないような素材から魔道具を作りたいなら、魔石を砕いた「魔石粉」と呼ばれるものなどを利用して、その表面や内部に魔導回路を作る必要がある。

魔石は魔導回路を作りやすく、起こしたい現象に合った属性の魔石粉を使えば、かなり色々な魔道具が作れる。


つまり魔石さえあれば、色々な魔道具を作れそうなのだが、実際はそう簡単ではない。

魔導回路を作るのが激ムズだからだ。

たとえば「火を出して、左右に動かしたい」というときに、火属性の魔石を使うことまでは想像が付くが、どういう魔導回路を作ると左右に動く火が出るのか、そういったことがほとんど解明されていないのだ。

アカーネのように魔石自体を改造するとまだ作りやすいようだが、それでも攻撃に使えるレベルの火を出すとなると複雑だ。

しかもなんと、魔導回路を設定する側の物、たとえば魔石だが、それらも1つ1つ個性があり、同じ魔導回路を描いても機能したりしなかったりするらしい。それを見極めるのも技術者の力量が頼りだ。


魔道具を使えば、スキルに頼らず魔法のようなことを起こせるわけだが、実際に作るのは並大抵ではないということだ。

しかも作れたところで、それを上手く使うことにも技術が必要。

相当の資産家でもなければ、オーダーメイドした魔武器で最強部隊を作る!! なんて夢のまた夢だろう。

仮に作ったところで、最初からスキルで魔法が使える魔法使い部隊の劣化部隊になりかねない。

魔武器を持った奴がレアなのも、こういった諸々の制約があるからなのだろう。


その大変な魔導回路の設定の中でも、特定スキルを魔道具を用いて再現するというのは至難の業だ。

そこでビアルの説明につながるわけだ。


その大変な作業を可能にしてくれるのが、「スキル転写」というチートスキルなのである。

これは実際に発動したスキルを、一定条件で魔導回路として落とし込んでくれる。

転写できるスキルは限られているらしいが、条件さえ整っていれば確実に転写できる。すごい。

転写するたびに回路が違うので、そのままコピー&ペーストで大量生産とはいかないが、魔導回路の設定を一瞬でできてしまう。すごすぎる。

対して「スキル術式化」は、そこまでフォローしてくれない。

発動したスキルの術式を知ることができるらしい(ただし、それも毎回変化してしまうらしい)が、それを魔道具化させたい道具や材料に応じて改変するところは自分でやらなければならないのだ。


しかし魔導回路は解明できない部分の方がほとんどなので、結果、運任せで術式をいじるしかない。

つまり「成功確率が激低なスキル転写」なのだそうだ。


一応メリットとしては、自分でいじる余地があるので、一分野に特化して研究すれば、スキル転写にはできない遊びができるかもしれない。理論上は。ということらしい。


「『スキル転写』を持ち、魔導回路の設定に長けた技術者は貴重です。ですから『スキル術式化』の持ち主もそれなりに重宝されますよ」

「……予約しないと頼めない理由も分かるな」

「ええ。それにしても、このお祭り騒ぎがなければ多少融通が利くのですがねえ」


タイミングが悪かったか。


「アカーネのスキルは外れだったか」

「いえ、考え方次第ですねえ。そもそもどちらのスキルも貴重と言えば貴重です。そして『スキル転写』ですと、事によると領主に召し上げられるなんてこともありますが、『スキル術式化』はまずありません」

「なるほど……それはデカいな」

「それに、これは工房屋としての持論ですが、転写持ちは、それにかまけて研鑽を怠りやすいのですよ。比べて『スキル術式化』はより慎重な扱いが必要で、魔力感覚も磨く必要があります。ですからスキルの再現という分野以外では、そのような人材の方が優れていたりしますね」

「ほう……」

「偉いヒトたちはスキルで見がちですから、馬鹿なことをしているなあと思うことは結構あるのですよ。ま、正直に言って本当に優秀な者を引き抜かれたくはないですから、あえて言いませんがねえ」


アカーネは魔道具の研究が好きだし、お手軽な転写ではなく難しい方を会得したのは、性に合っているのかもな。

身内で使うものなら、大量生産は要らないだろうし。


「しかし、改めて考えると、実戦で使えるレベルで改造魔石を作れるアカーネは凄いな?」

「改造魔石、というと、魔石自体を魔道具化したものですか?」

「ああ。これだ」


用意してきた、4属性の改造魔石を渡す。

ビアルはそれらをしげしげと観察して、1つずつ宝石を扱うように慎重に持ち上げては、難しい顔をする。


「なるほどですねえ。まあ予想通りではありますが、アカーネさん。これは解放術式ですね?」


分からん単語が出た。

だがアカーネには通じたようで、おずおずと首肯している。


「……うん。基本だって、書かれてたから」

「ほう。なかなかシブい教本をお持ちのようだ。今日び流行らないと言われていますが、私は好きですねえ」

「ボクも好き。魔石と会話しているみたいで楽しいし、術式の勉強にもなる」

「ほう。分かっていらっしゃる。私は技術者というわけではないですが、スキル頼りではない物作りは重要だと評価していますよ」

「それはボクも思う。雑に転写しただけの魔道具は、魔道具じゃない」

「ほほほ。私はそこまで言いませんが、理解はできます」


何やら意気投合している。


「旅で、スキルで見たことない魔道具も見た。そういうの作れるようになったら、楽しい」

「ほう。それは興味深い。それが主流になれば、魔道具界隈の常識も塗り替わるかもしれませんねえ」

「うん。旅してるから、できることもあると思う」

「……それは貴重なご意見です」


ビアルもアカーネの言葉に感じ入ったようである。

何か知らんが、アカーネが旅暮らしを肯定的に捉えているらしいことは把握できた。

それなら結果オーライだな。


肝心の査定だが、物によるが魔石自体の値段よりは低くなるのが殆どという説明であった。

魔石には、「魔石粉」にするという選択肢もあるし、それ以外も色々とある。

価値の高い魔石というものはそれだけ使い道も多岐に渡るので、砂煙を出したり小火を起こせる程度の道具は勿体ないという。


「もちろん、アカーネさんの力量を伸ばすという意味では興味深い取り組みですし、即席の魔道具としては十分に便利だと思いますけどねえ」


ビアルの結論と評価はこうだった。

それから別の魔道具作成についても少し話したが、現状で原価割れを起こさない物としては、やはりポーション辺りが狙えそうだ。

ただ、ポーションなどは「錬成」という、また分野が少し異なる技術領域が必要になる。

しかも、手堅い商売になるので手を出す者が多い。つまりレッドオーシャンなのだ。


いっぱい作って余りものを売ると言うのはありだが、商売の軸として置くのはちょっと危険かもしれない。

まあ別にビジネスで食いたいわけではないので良いのだが、どうせならコスパの良い商品で金を稼ぎたい。


そうなると、どちらかというと現在までのアカーネの作品である「発火できるナイフ」のような、ちょっとした魔道具に力を入れて行く方向がベストかもしれない。

アカーネ本人は、錬成作業も楽しそうなのでポーション作成も続けたいようなのだが。



結局その後、既製品の防犯用魔道具をいくつか購入して家に戻った。


範囲が非常に限定的だが侵入者を感知すると音がする道具が3つ。

これは玄関と、1階・2階の窓の傍に配置する。


それから気配希薄のような効果がある魔道具を2つ。

これは殺し間と、地下に配置しておく。


そして、いざというときに簡単にワイヤートラップにして飛ばすことのできる罠をいくつか。

これは侵入者を察知できた場合、階段などに設置する用途になる。



これだけでも銀貨20枚を超える出費になったが、まあ必要経費だ。

早速、常時設置するものは設置し、罠はいくつかの場所に分散して保管した。

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