第261話 人魚

地下を探索し、貧困層が暮らしているエリアを通って地上に戻ってきた。


出てみると、まだ家のあるライリー区の中のようだ。そこそこ歩いたような気がするが、蛇行していたから直線距離で結ぶとそれほど離れていないのかもしれない。

おかげで戻ること自体は楽だった。


出口は普通に金属製の扉で、開くと路地裏に繋がっていた。

地下の子どもたちが役人用などと言っていたが、別に役所に管理されている感じもない。なんせカギもかけず、見張りもないのだ。

普通に地下の住民もそこから出れば良いように思うが、事情はよく分からない。



探査艦に戻りデッキに向かうと、目に入ってきたのは楽しそうに何やら紙を広げているアカーネとジグ。


「何してるんだ?」

「あっ、ご主人さま。結構時間かかってたけど、何か変わった魔道具とかあった?」


アカーネが、うつ伏せで上半身だけ起こした体勢のまま、呑気にこちらに手を振る。

平和そうな面々を見て緊張感がなくなる。荷物を下ろして、装備を外し始める。

キッチンにいたらしいサーシャが寄ってきて、無言のまま外した装備などを受け取ってくれる。


「アカーネの喜びそうなものは何も無かったぞ。想像以上に入り組んでいるみたいだから、もっと探せば何か見つかるかもしれんが」

「へぇ~、なら今度行くときは着いてくかな?」

「ただし、下水っぽい臭いも少ししたし、砂漠のダンジョンの時以上に閉鎖的だがな?」

「うへぇ、ボクはやっぱり遠慮しておくよ」


首を竦めて苦笑してみせると、アカーネはまた紙に注目を向けた。

まだ少し共通語が拙いジグと話している内容からして、どうやら新居の家具なんかの配置を話しているようだ。

微笑ましいと言うべきだが、アカーネが口を出すものは「防犯用の魔道具」だったりするので、どうだろうか。


「アカーネ、防犯用の魔道具は過剰なくらいで頼む。やはり治安はどうしようもなさそうだ」

「うん。地下で何かあったの?」

「大したことはないが、地下に暮らしているってやつらは見た。それから、もし草を吸うかって言われても、絶対に吸わないようにしろ。麻薬は一度手を出したら手遅れだからな」

「うん、分かった」

「サーシャ、もし麻薬に依存したときに、治療するスキルなんかはあるのか?」


粛々と手伝ってくれているサーシャに質問する。

戦士階級だったキスティの方が詳しいかもしれないが、この辺りの事情も併せて知っているのはサーシャの方が有力な気がする。


「はい、あると思いますよ。ただし、本人の固い意志が必要なようですが」

「抜けきるまでは禁断症状があるってところか」

「そうですね、臭い草と借金、それから賭博は身を持ち崩す危険なものと言われます」


それに加えるとしたら、異性関係か。それはもう手遅れ感がある。

借金も賭博も、難しいとはいえ所持金マイナスにはならないうちにストップできればまだ復活できそうだが、麻薬なんかは一度手を出すとどうしようもないイメージがある。


「そういえば、パーティの決まりみたいなものもあまり作ってないよな。サーシャ、適当に案を作ってくれるか。そこに臭い草をはじめ、麻薬の絶対禁止は入れ込んどいてくれ」

「決まり、ですか。ご主人様もそれに従うのですか?」

「ああ、納得したものならな。急がないから、考えておいてくれ。キスティとルキにも協力してもらってくれ」


キスティとルキは生まれた地域も境遇も異なる上流階級出身として、その辺について少しは意見も言えるはずだ。


「はい、畏まりました。それでご主人様」


サーシャにブーツを脱ぐのを手伝ってもらい、全身が解放感に包まれる。

慣れてきたとはいえ、基本戦闘装備を身に着けていると、やはり疲れる。

探査艦は数少ない、完全に武装解除できる拠点になっている。


「ふぅー。なんだ?」

「まだエモンド商会の依頼まで期間もありますね。これからどうされるのです?」

「雑用だな。新しいオーグリ・キュレスの家は防犯が整わないと安心して泊まれないし、あの区画のこととか、できれば依頼関係の情報収集もしたい。師匠にも連絡くらいしておきたいし、魔道具関係のことも進めたい」

「それらを依頼までの間に整理すると。ひと仕事ですね」

「まあ、野営暮らしよりは楽だろう、疲れたら夜はここのベッドで寝てもいいわけだし」

「そうなると、私やアカーネはともかく、キスティやルキが暇しますねぇ」


サーシャが、同じく鎧を脱いで下着姿になっているキスティに目をやる。

服を着てくれ。


「私やルキは、サーシャ殿や主の護衛として動くゆえ、心配いらないぞ。今度こそ、スリなども返り討ちにしてくれる!」

「俺とトラ顔の男の会話、聞いてたろ。できれば殺さないようにな」

「しかし、場合によっては消してしまった方が遺恨が残らないのではないか?」

「それは、確かに」


いや、なんて物騒な会話だよ。

俺たちは平和にあの家で暮らしたいだけなのに。


「まあ、基本は殺さないようにな。あの屋敷はずっと使うつもりなんだから」

「確かに、襲撃は返り討ちにするとしても、留守に放火などされると面倒だな!」

「やみくもに地下組織に手を出すつもりはないが、前の住人が襲われたって件くらいは、調べておきたいな」

「ならば、そちらを私とルキで調べておくので、どうだろう?」

「ああ、良いぞ。ただ、くれぐれも身の安全には気を付けろよ」

「畏まった」


さて、港町での準備を色々やっていくか。……その前に一度、あいつに会っておこう。



***************************



「旦那。こいつぁ……まさか」


ヒョロ長の男、ウリウが生唾を飲み込む。


「見ただけで分かるのか? こっちは小さい欠片だ、舐めて良いぞ」

「……失礼して」


ウリウは、俺が渡した欠片を躊躇せずに口に放り込む。

信頼されているというよりは、早く確かめたいといった様子だ。


「しょっぺえ。塩、それも……塩湖の、ですかい?」

「どうかな。俺もたまたま見つけてな」

「こいつを預けて貰えるんで?」

「今回の分はタダでやる。いくらで売れて、どれくらい需要があるかを探ってくれ。出来れば出所も隠せ。出来る範囲で良い」

「はは……とんでもねえ無理難題だ。だが、こいつはビッグなチャンスだ。もちろんやらせてもらいやすぜ!」


すっかり下っ端キャラが似合うようになってきたウリウ。

もともとはアカイトと同族のラキット族を人身売買した罪で俺に断罪された関係だが、現在は便利な駒として使わせてもらっている。

今回も、霧降りの里に伝言だけして帰るでも良かったのだが、霧降りの里にいる彼の手配した連絡員に接触すると、すぐにウリウ本人が飛んできたのだ。


「正直最近は、クダルとモクの傘下同士を繋げるだけで一応食えるんですけどね。やっぱり外からの品があると、喰い付きが違いますんで」

「商売のセンスはないが、ここでそれが需要がありそうだってのは分かるからな。うまく使ってくれ」

「しかし、調査を依頼するってことは……今後も仕入れるアテがあるってことでしょう?」

「そうだな。定期的に卸せるかは分からないが、わざわざここまで来る行商もそうそう居ないからな。見付けたら持ってくるくらいでもひと儲けできそうだと思ってな」

「そりゃあもう! なんたって、岩塩の仕入れは細ってるわけですから、どこの里も喰い付くでしょうよ。もし定期的に卸せるなんてなったら……それこそ、クダルやモクに次ぐ第三勢力を作れるかもしれませんぜ」

「陣取りゲームに興味はねぇよ。まあ、お前がやるってんなら好きにすればいいが……くれぐれも俺に危害が及ばないようにな」

「いや、いや! 俺はそんなキャラじゃあないっすよ。速攻で潰されるのがオチでさ」

「なら、妙な色目を使わないことだな。むしろモク家、クダル家に恩を売っておいてくれ。いざというときは俺がその立役者だと明かせるようにな」

「……マジで、旦那は権力欲とかないんすねぇ。正直、旦那を高く買っているクダル家に仕官すれば良い暮らしができるのにって、ずっと思ってるんすけどね」

「権力欲か。権力が欲しいのは結局、自分の好き勝手にしたいからだろ? 俺はもう、好き勝手にやってるからな」


むしろ下手に就職して出世しようものなら、「フラフラするな!」と諫められそうだ。

それでは本末転倒である。

せっかく転移装置と言う最高の観光装置も手に入れたというのに。


「それだけじゃあねぇとは思いますが……まあ、そういうヒトなんでしょうね」

「それだけじゃないか。他に権力を得て良い事ってなんだ?」

「う~ん。お金……は、まあ、好き勝手にするためのものか? 後はそうですねぇ、認められたいとか?」

「認められたい、か」


誰に認められたいんだろうな。

俺の場合、転移元の世界で認められなくて、諦めて、そして異世界にまで来たわけで。

それももう、手遅れと言うか、もはやどうでも良いというか。


元の世界で、亜空間技術で色々頑張っている頃の俺だったら、それが一番の原動力だったのかもしれない。


「ま、何にせよ。ウリウ、お前はまだ、俺に認められるしかない状況なわけだ。頑張れよ」

「も、もちろん分かってますぜ、旦那」

「お前が大商人になる器だって言ったのは嘘じゃねぇ。悪いようにはしない」


ん? そこまでは言ってなかったっけ? 少なくともその器だと思ったというのは嘘だが、世の中は吐き通した方が良い噓というものがある。

あるったら、ある。


「この塩の塊だけで、どれだけのことができるか……くくく、テンション上がってきたぜ」


本人は前向きで幸せそうなので、これでいいだろう。


「じゃあ、頼むぞ。またしばらくは俺たちも奥地に行っているから、しばらくは連絡も行かないと思うが」

「連絡員は残しておくから、いつでも連絡してきてくれ!」

「ああ」


里に駐在させている人件費が無駄になりそうだが、止める気はなさそうなのでいいか。


さて、港都市に戻って、色々と準備だな。



***************************



エリオット家の奴隷、ズルヤーから連絡が届き、エリオットたちが戻るのは護衛任務開始後になりそうだと分かった。

アカーネの改造魔石セットは喜ばれたようで、エリオットたちが帰還したらさっそく試してみると綴られていた。

おそらくズルヤーには魔道具を使う能力がない、ということなのだろう。


それから、エモンド家には、俺とエモンド家との関係のはじまりでもある護衛任務で護衛した、アアウィンダ嬢に目通りを願ってみたが、やんわりと断られてしまった。

なにやら遠くに任務で向かったとかで、物理的に会うことができないらしい。


会えない理由を強調して書いてあるのは、おそらく「いじわるや軽く見ての面会拒絶ではないんだよ」という意思表示ではないかとはキスティの分析。

真意は分からないが、居ないなら会えないのは当然だ。

居たとしても、忙しい身だろうし。


俺としても、会えたらエモンド家に食い込む布石になるかも程度の打算だったので、無理することはない。


残念なのは、俺に魔法を教えた師匠ことピカタが音信不通なことだ。

彼女は若くして複合魔法の使い手だったし、今会えば何か新しいアイデアを貰えるかもしれないと思ったのだが。彼女は、割と本気で会いたかった。なんせ魔法は今や、俺の趣味の筆頭とでもいうべきものであり、同時に戦いと生活の糧でもある技術なのだから。



一度、ピクニックを兼ねて港まで船を見に行った日もあった。

船は帆を張って悠々と移動していた。形は地球の中世~近世の船舶とそれほど差はないように思ったが、装甲として鉄板を張ってあったり、水生種族が周囲を護衛していたりと、この世界特有の部分もあった。


これまで見かけたことはあったが、下半身が尾びれになっている、いわゆる人魚らしき人種が集まっているのはテンションが上がった。

川などでは遭遇しなかったので、海で暮らす種族なのだろうか。


……仲間に入れたとしても、海以外では活躍できそうにないから、ダメだろうな。

地球世界の一部の界隈から熱視線を受けそうな女性人魚を見ながら、諦めた。


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