第259話 草

買い出しに出たサーシャ達が、「強引なスリ」に遭って1日。

再び港都市に転移してきた俺たちは、早速地下の捜索に取り掛かる。


ちなみに「強引なスリ」の手口も昨夜聞いたが、確かに強引であった。

すれ違いざまにスッと、なんてものではなく、無理やりに隙を作るチームプレーである。

まず岩みたいな物を落とした振りをして足を止め、周囲から強引に体当たりをしてくる子ども。突然のことに混乱しているうちに、スリ役が堂々と財布を奪い、逃走。

標的の身体を害するつもりはないからか、ドンの危険察知も不発だったようだ。


まんまと逃げられたものの、咄嗟に矢を射かけて尻に当てた。

尻を射られて死ぬことがあるかどうかは分からんが、即死はしないだろう。そうして尻の穴が2つになってしまったわけだな。


1日経った今でも、うっすらと場所は感知できるらしい。

それによると、地下のどこかにじっとしているという。

今更追う気はないのだが、地下に住んでいるというのは本当のことなのだと感じられる。


矢だけ引き抜いて、地下に捨てただけかもしれないが。



捜索はまず家の地下室から。

照明の魔道具を使って、全員で手分けして変な場所がないか確認する。

気配探知や地中探知も駆使して、壁の向こうに空洞がないかも念入りに探したが、特になし。


続いて、更に地下に潜る。

つまり、探査艦に入るときに必要な「外部キー」がないと開かない場所だ。

俺が上がってきたときはそうだったが、別の場所は外部キーなしで入れるようになっている可能性もある。

この際だ、徹底的にやる。


「主、ここに外部キーを掲げてくれ」


キスティ・アカーネ・ジグチームで探索していたキスティが呼ぶ。

場所は、探査艦からワープして出て来た最初の出口の正面。

以前は出て右後ろを登って地下室に出たので、ちょうどその反対といった位置になる。


「なんだ?」

「アカーネが、何か魔力がどうとか」

「ほう」


火魔法で照らしても、何もないツルツルの壁だ。

本当に何かあるのだろうか?

外部キーを掲げると、ガコンッと音がして、壁が左右に別れて、奥に暗闇が広がった。


マジかよ。


「もう1つの出口かな?」

「みたいだな。アカーネ、お手柄だぞ。どうやって見付けたんだ?」

「だってここ、あの外部キー使って入る場所でしょ? 何かあるなら、魔力で視た方が早いなって。魔力流してみたらさー、このへんちょっと流れが歪んでたんだよね」


よく分からん。

やはりただ魔力を使えるだけの俺と、「魔力感知」を持つアカーネで、魔力の感じ方が違いがあるのだろうか。


「しかし、外部キーがないと開かないなら、心配無用かな? 一応、奥を確かめてみるか」

「ああ。いざというときの脱出路なり、何かの役に立つかもしれん。賛成する」


キスティが大きく頷き、賛意を示す。

声を出さないが、同じように頷くルキも賛成のようだ。


……ルキは探検が好きなだけでは?


「さて、奥はっ、と……なんだ、何もないぞ」


奥に火球を移動させて確かめるが、ただの岩で囲まれた、何もない空間だ。

念のため地中探知を、と。


おや。


「いや、下に空間があるな。下りれそうだ」


下は薄く岩か、土が詰まっているが、少し強く押せば崩せそうだ。

それだけ薄い床で、下には結構な空間が続いているのだ。


ダンジョン探索で使った道具を持ってきて、下に行ってみるか。

まさか家の地下に俺だけのダンジョンが!?

なんてことはないだろうな?



***************************



しばらく準備をして、探検準備を整えた一同が揃う。

と言っても、全員ではない。俺とキスティ、ルキにドン。あとアカイトだ。

キスティ、ルキは本人たちが乗り気だし、怪力に防御能力は探検に便利だ。

ドンは眠そうにしているが危険察知が便利だし、あとアカイトは身体が小さいから使えそう。


一同、いつもの鎧は着こんでおらず、鎧下と薄い皮鎧だ。

探険仕様である。

危ない目に遭ったら転移で探査艦に戻る予定で、そのための人数制限でもある。

残りのメンバーは念のため、探査艦で待ってもらう。


「じゃあ、出発するぞ」

「殿。拙者だけ扱いが雑でござらんか……?」


アカイトが首を捻る。


「拙者が危ない目に遭ったら、ちゃんと助けてくれるでしょうな」

「ははは」


笑ってごまかしておく。

まあ流石に坑道のカナリアにする気はないが、どうしても他の女性陣とは思い入れが違うよね。


「それに今回はシャオがおらぬ。これではスペシャルアタックが出来ないではないか!」


スペシャルアタックとは、まあ突撃だ。

シャオに乗ったまま槍で突き刺すのは、アカイトの好きな技だ。

シャオは幻影も使って確実に敵に当てにいくことができるので、アカイトが難しいことを考えなくても結構戦えるところがミソである。

ただ威力があんまりなので、シャオ単体の方が強い疑惑もある。


「今回は流石に魔物もいないだろうし、戦いはしないだろ」

「むむっ、それでは張り合いがないな!」


相手を選ぶが、魔物狩りにも参加できるようになってきたことで、自信を持ち始めているようだ。

攻撃力はないのだが、とにかく逃げ足には定評があり、囮役としてはなかなか優秀なのだ。


樹のない場所だとせっかくの「樹眼」がほぼ使えず、視野狭窄になるのだが。


「とりあえず下の岩をどかすか。土魔法……だと、あんまり動きそうにないな。キスティ、頼めるか」

「下を叩けばいいのか?」

「自分も落ちないように気を付けろよ」

「合点承知」


キスティが、足を部屋の中に残しつつ、乗り出すようにして棒で下を叩く。

何度かやるうちに、詰まっていた岩、というか砂利の塊のようなものがだんだんと振るい落とされていく。


「どっせい!」


キスティが最後に強くひと押しすると、残っていた部分が落ちて、下に空洞が広がった。

ロープを設置し、アカイトから下に降りていく。

俺もそれに続く。

気配探知をしつつ下りるが、何の気配もない。


数メートル下りたところで、地に足が着く。

地中探知しても、更に下が空洞ということはないようだ。


「何もないな」


ちょっとした空間が広がっているが、人間族だと屈まないと進めないくらいの高さしかない。幅は2~3人が並んで進めそうだ。


先に進むと、アカイトが壁の前に止まっていた。


「ここを強く押せば、開きそうなのだが」

「どれどれ」


気配探知をすると、向こうは空間がありそうだ。


少し押す。

確かにちょっと動いた気がするのだが、重い。

身体強化をして、体重を乗せる。

ぐああん! と金属音がして、身体が投げ出される。

思わずエア・プレッシャーで制動をかけ、着地する。

一度開けば軽いのか、キスティたちは普通に開けて入ってくる。


こう、壁が下の部分から上にカパッと開く形状になっているようだ。

猫や犬が出入りする用の扉のような形状。


全員が通って、扉を下ろすと、ガシャン! と音がして壁の一部になる。

扉として何か存在を主張しているところはなく、壁に描かれた模様の一部になっている。

よくよく見ないと、ここが開くとは気付けないだろう。


これなら、侵入の危険はない、かな?


「少し臭いぞ!」


アカイトが騒いでいるように、少しむわっとした空気に乗って、何とも言えない臭気が漂っている。

下水に通じているのだろうか。

それにしては耐えられないほどの臭いはないが、どこかで繋がっていて、ここまで臭ってくるというところか。


「少し探索してみるか。左か右か?」


通路のようになっている場所に出たので、左右に空間が通じている。

どっちにも特に反応はない。


ネズミや虫っぽい反応は無数にあるが、精神衛生上それは従者たちには伝えないでおくか。


「どっちでも良いぞ!」


アカイトが心底どっちでも良さそうに答える。

仕方ない、左手の法則で行くか。

迷路とかで、左手を壁に付けられるように進んでいくというアレだ。


今回はマップ役のアカーネもいないし、帰りたいときは逆に右手の法則で進めば良いように進むのだ。



通路を左に進むと、通路が左右に曲がりくねり、最後は急な下りとなる。

途中で、屈んで入るほどの細い通路が左右に出て来たが、これは左手の法則外ということにしてスルーする。中腰で進むのは疲れそうだからな。


最後は半ば飛び降りるように奥に進むと、一回り大きな通路に転がり出る。

この通路は、中央に溝があり、おそらく水が通っていたのだろうと思わせる造りになっている。だが、現在は完全に干上がって、1滴も流れてはいない。


それにしても、上下水道にしては既に造りが複雑すぎる。東京の地下にあったような、大雨の際の貯水タンクを兼ねていたりするのだろうか。

それにしては、細い通路が多すぎるか。


左右に枝分かれしているので、左に進む。

細かい通路は無視して左に進み続けると、探知の端に何かが掛かった。

何かが動いて、探知から外れて行った。

小さな生き物ではなく、成人の人間族くらいの大きさがある。

地中探知で、壁の向こうも探ってみるが、よく分からない。


左手の法則を中断し、気配のした方に進んでみる。

すると、火魔法を使わなくても辛うじて見える程度の明るさの通路に行きつく。

火魔法を消して角を曲がると、うっすらと光る棒のようなものが壁に掛けられている。

松明的な魔道具なのか、あるいは前に見た、発行する虫とかキノコとかを利用した何かなのだろうか。


光る棒を道案内代わりにして進むと、ボロ布で遮られた部屋の入り口ようなものが現れた。

のれんのように、ボロ布が棒で支えられて下げられているのだ。

布の真ん中に切込みがあり、持ち上げて通るものだと推察される。


その中には、複数の生き物の気配。

魔物でないとすると、ヒトだろうが……。


下りた際に感じた下水の臭いとは異なる、また別の臭いが漂っている。

後ろを見ると、キスティが頷いて顔を耳元に寄せてきた。


「赤草の臭いではないか」

「赤草?」


確か、前に誰かが吸ってるのを見たことがあるような。

この世界のタバコみたいなものだったっけ?


「まあ、麻薬だ」


麻薬かい。

地下空間と麻薬。あまり穏当な組み合わせとは言えんな。


と、後ろからヒトらしき、動く気配が複数。

上から降りてきて、俺たちの後ろにいる。

明らかにこちらに向かっているが、どうするか。


何とか身を隠すか、戦闘の用意をするか。

迷ったところで、近づいてくる奴らの声が聞こえた。


「ラニさん、あんた昨日も来てたべ」

「おう。最近寒くてよ、草なしじゃあおちおち寝てもいらんねぇんだ」

「おいおい。そんなこと言って、金はどうしてんだよ。スッカンピンの方が寝られねぇんじゃねぇの」

「草代くらいは稼げるんだよぉ、まだ。酒と比べて残んねぇ分、こっちのがマトモだろうよ。うちの親方たちはよ、毎晩飲んじゃ次の日に頭抱えてら」


すごい世間話をしている。

これは、警戒しなくても良さそうか……?


どうせ隠れる場所も乏しい。

堂々と待ち構えていると、談笑していた2人と、無言の1人が見える。


「それでよ……ん?」

「なんだ、アンちゃんたち? っておいおい、それ女かよ! お嬢さん方をこんなとこに連れ込んで、悪い男だねぇ」


訝しがったのも一瞬、くたびれたボロ衣姿のおっさん2人はすぐに、こちらにチャチャを入れ始める。どうしたものか。

無言で歩いていたもう1人は、そのまま俺たちを無視して部屋に入ってしまった。


「ああ……。草をやったことがないって言うもんでな。あいにくこの辺には詳しくないんだが、ここで良いんだよな?」

「ああ? おめー、どうやってここ知ったんだよ?」

「ちょっとな」

「おいおい。筋は通さねぇと、後が怖いんだぜ」

「通す筋が分からないとな」

「仕方ねぇ、一応締め役に言ってきてやる。勝手に入ってくんなよ」

「ああ、感謝する」


探検は探検でも、未知の場所と言うよりは、アンダーグラウンドなとこを探り当ててしまった。

話が通じると良いが。


「ドン、ヤバそうな奴はいるか?」

「キュッ! ギューキュ~」


大したことない感じらしい。

いざとなれば武力制圧するかね。


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