第258話 歓迎

「行きます」


いつもの鎧を着込んだルキが、腰を落とす。

大盾に彼女の姿が隠れ、急速に拡大する。


左右の手に「魔創剣」で創った剣を握った俺は、斜め後ろに跳ぶ。

ルキの踏み込みは脅威だ。


大盾に隠れるように深く沈み、脚力を活かしてスプリントする。

基礎的な動作だが、種族特性として脚の筋肉が大きく発達した月森族がやると、思った以上に踏み込まれるのだ。

盾に掬いあげられ動作が止まると、流れるように盾の陰から現れた剣で回し斬りにされるコンボだ。

これまでも、何度訓練で痛い思いをさせられてきたことか。


流石に慣れてきたので、最近は対策も出来てきてはいる。

普通より余分に跳ぶこと。そして、後ろではなく横への動きを入れることだ。

闘牛士が突進を横に躱すように。


タイミングさえ合えば、うまく躱したあとに不利になるのは、より重い盾を方向転換させなくてはならないルキの方……のはずなのだが、ルキは驚異的な脚力ですぐこちらに向き直ってしまう。


至近距離でにらみ合う。

ここで剣で攻めてくれば隙が生まれるのだが、訓練で慣れてきたのはルキも同じ。

無理に剣を使わず、盾を前面に出して、その後ろに隠れるように身を縮こませたまま、出方を伺ってくる。


スクワットの途中のような姿勢を続けるだけでも負担は大きいはずだが、ルキの脚力だとあまり苦にならないとか。


対峙する俺の左手には黒茶色の、右手には澄んだ青の剣が握られている。

それぞれ、土魔法と水魔法を使うときの魔力を流して創造したものだ。


「魔創剣」の仕様だが、予想通り、流す魔力によって性質が異なることが分かってきた。

土魔法は硬い剣になる。

水魔法は粘性というか、少ししなって折れにくい剣になる。

火魔法は魔力の通りが良い剣になる。

そして風魔法は、軽い剣になる。


何の属性も込めないと、全てが平均的な剣になるようだ。

あくまで他の属性の魔創剣と比べて、なので、普通の剣よりはずっと軽くて、脆いが。


訓練では木剣ではなく、魔創剣を使うようにしている。

このスキルにも慣れなければならないし、まだ発見していない性能などもあるかもしれない。

もちろん、訓練中は敢えて刃が丸くなっているものを創り出している。

水属性の魔創剣は少し柔らかい感じにできるので、木剣よりも訓練に適しているかもしれない。何といっても、壊してもタダなのだ。


さて、訓練ではなるべくエア・プレッシャーは使わないようにしているので、そうなるとこの壁のようなルキのスタイルは本当に攻略しづらい。

剣で攻めてくれば左手の剣で受け止めて右手で攻めていくのが最近のマイブームなのだが、一面の盾。

こうなると双剣スタイルは意味がない。


「なら、こうか」


身体強化の出力を一瞬引き上げながら、まっすぐ前にタックルする。

不意を突いたはずだが、ルキの脚力で持ちこたえられる。

意識が上にいったところで、くるっと身体を回して、脚も回す。


同時に、頭のすぐ上を剣が通る音がした。

足を刈るために、しゃがんで足を伸ばした形になったのが幸いして、ルキの回し切りをスカしたらしい。


ばっちりルキの足を横から蹴り、体勢を崩す。

ここは強引に。


再度身体強化出力を引き上げ、今度は下から掬いあげるようにタックル。

ルキが転んだところで、その喉元に剣先を当てた。


「参りました」

「身体強化なしでこれか。ルキの力は半端ないな」

「これが屋外であれば……。盾を地面に刺すので、浮くこともないのですが」

「今度の戦いは王宮かもしれないんだ。刺せない場合の対策も考えておこうか」


屋内での訓練中は当然NGにしているが、ルキの大盾は下部分が尖っており、ここを刺すことで地面に固定できる。

ルキも動けなくなるので使いこなすのはなかなか大変そうだが、ルキはその辺は熟練だ。

これまでも実戦で使っているのを見かけている。


「その盾を攻略しようとしたら、方法は限られてくるはずだ。予め弱点になりそうなところに、スキルで壁を作っておくのはどうだ?」

「そうですね。いっそ、攻め筋を立てやすい隙を作っておく方が面白いかもしれません」

「それ、いいな。必要以上に盾を右向きに傾かせて、逆に回り込ませたくしてみるとか」

「なるほど」


ただ、今回の依頼は武装禁止らしいから、そもそも盾が持っていけるのかが問題か。

武具とはいえ、身を護るためのものだから、剣や槍と違ってOKにならないだろうか。


ルキに手を貸して起き上がらせる。

今回は負けになったルキだが、特に気にした風でもなく、言われたようにスキルを試している。


「盾にしろスキルにしろ、依頼当日はルキは会長の御大の側で護りに徹するべきだろうな。ドンも連れて行けるなら、ヤバいときは方向くらいは分かるだろうし」

「想定される敵は誰なんでしょう?」

「さて、あるとしたら……キスティから聞いた話、王様が弟さんと仲が悪いんだっけか。まさかお祝いの場で兄弟喧嘩するとも思えんが、王様を暗殺とかしようとして、その流れ弾が飛んで来るとかか?」

「会長自身が狙われることはないのでしょうか?」

「さあなあ。エモンド家の事情はよく知らないし。そういえば、王様と弟さんのどっちを応援しているとかあんのかね」

「事前に確認しておいた方が良いかもしれませんね」

「しかし、相手が貴族ともなると……直接的に狙われたら、流石に俺たちで護るのは無理があるな」


そもそも舞台が王宮なんだし。

仮に一時的に凌げたところで、場所は貴族の巣窟みたいなところだ。

たかが商人一同が孤立無援で城から脱出など、不可能に近いのではないだろうか。

まあ、それはあの会長も分かっているはずか。

貴族を敵に回したら、どうしようもない。


それでも武力を求めているってことは、やっぱり恐れているのは巻き込まれ事故かね。


「お祭りの最中だろうと、クーデターが起こるときは一瞬です。むしろ、今は起こさないだろうと皆が考える時が、危険です」

「……そうだな」


流石、リアルクーデターで追われた身だ。

俺でも空気を読んで口には出さないが、説得力が凄い。


クーデター紛いのことが起こり、王宮中が乱戦模様になったらどうか。

エモンド家が体制寄りなのか、クーデター寄りなのかで逃げる先は異なりそうだが、どこか安全なところまで逃げるというのは変わらないだろう。

同じように巻き込まれた招待客たちと連携して、どこかで籠城して嵐が過ぎるのを待ちたいところだ。


「ドンで警戒して、ルキが正面を守る。その他の方面を俺が警戒していれば、そうそう抜かれない体制は作れそうだな」

「はい。盾が持ち込めない場合に備えて、スキルの練習を強化してみます」

「ああ、いい機会だ。防御スキル強化月間といこう」


改めて、俺とルキの2人の場合の連携について確認し、合図も改めて策定しておく。

例えば攻撃するので、一時的に防御スキルを解除せよ、とかだ。

どこの方角の防御スキルを解除するのかまで含めて、細かい決まり事と符牒を練り直し、共有した。



訓練場を再度掃除して、二階を掃除しているジグとアカイトを手伝う。

それも終わって皆で内装などを検討していると、辺りが暗くなってきたことに気付いた。


「そういえば、サーシャたち遅いな?」

「そうですね、市場が少し遠いせいでしょうか」


そんな話をしていた時だった。


キスティとサーシャが、それにアカーネが走って帰ってきた。



「ご主人様、申し訳、ありま、せん」


抱えていた荷物を玄関に置くと、サーシャが息を切らせたまま謝罪してくる。


「なんだ?」

「取られました、お財布を……まだ銀貨が、数枚」

「取られた?」


サーシャは珍しく泣きそうな顔をしている。

言葉に詰まるサーシャに代わって、息を整えたキスティが話を続ける。


「主。帰り道、思いのほか荷物が多くなってな。そこを狙われたようだ」

「怪我はないんだよな?」

「ああ、少し強引なスリだった。私達には傷一つないぞ」

「ならいい。銀貨数枚くらいは」

「うむ」


サーシャが、もう気持ちを落ち着かせたのか、いくぶんゆっくりと話し出す。


「金貨仕事をするようになったご主人様ですから、銀貨数枚と思われるかもしれませんが……」

「いや、まあどうでもいいという金額でもないが。小役人への袖の下で銀貨渡すことだってあるわけだし」

「彼らは、明らかに私たちを狙っていたようです。これで、新たに引っ越してきたカモと思われてしまったかもしれません」

「カモねぇ……防犯はしっかりするとして。今回は相手のことも分からず終いだろう?」

「ご主人様。一応ですが……相手の居場所までは分かります」

「え?」

「彼らが逃げる際、辛うじて一射しました。それが今も残っています」


サーシャは一応、短剣を差しているし、背には小弓も背負っている。

それでスリ犯を射たのか。過剰防衛とか問題ないのかな?


「死にはしないよう、尻のあたりを狙ったので大丈夫でしょう。逃げた後抜いたかもしれませんが、その後も移動しているので、矢も換金するために持ち歩いているのかも」

「何で、そんなことが分かる……あっ」


サーシャが頷く。

あったわ。サーシャのスキル、「矢の魔印」は、魔力を込めた矢の場所が分かるという効果だった。


「今、矢はどこにあるんだ?」

「はい。それが……」

「ん?」

「地下、です。どうやら、地下水道に逃げ込んだようなのです」


あー。

なんだっけ、汚水族とか言われてたよな。

まともに住めない貧困層が、下水に入り込んで根城にしているとか、そんな話を聞いたはずだ。


「かなりの魔力を籠めましたから、まだスキルの効果は残っています。どうされますか?」

「とは言ってもなあ。地下まで追っていったところで、返してくれるとは思えんし。どうすっかなあ」

「しかし、放置してはつけ上がるかもしれません。我々に手を出すのが危険だと思ってくれないと、何かとつけ狙われるかもしれません」

「いいかな」


キスティが発言を求めるので、認める。


「私は、下手に地下に手を出すべきではないと思っている。スリの連中は組織立っていたし、何らかの地下組織と繋がっていても驚きはない。そしてそういう連中はたいてい、自分たちだけの掟と、面子ってやつに支配されている。つまり、話が通じないのだ」

「……」

「少なくとも、そっちの世界に明るい人間がいない以上、無暗に手を出すべきではないだろうな」

「ふむ、それはそうだ」

「むしろ私が気になるのは、足元の危険だ」

「足元の?」

「ああ、この屋敷のだ。考えて見て欲しいのだが、主よ。ここの地下には秘密の通路があり、私たちが出て来た。他に何もないと言えるだろうか?」


……。

そういえば、前の住人は襲撃に遭ったのだったっけ。

地下の汚水族とやらがいるとして、そいつらが秘密通路でも繋げていない保証はないか。


「確かに、一度徹底的に調査すべきか」

「ああ。地下は、出て来てからまともに調査していない。いまいちど、念入りに調査すべきだろう」


今日のところは、一度転移して探査艦で寝ることにする。

明日は地下の捜索だ。


まったく、治安が悪いとは聞いていたが、なかなか。

随分と手荒い歓迎だこと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る