第256話 賞状

護衛依頼のテストに受かり、土地所有の道筋がついた。


その日は、近隣で宿の手続きを済ませてまったりすることにした。


そして夜分、宿の受付経由でエモンド商会からの手紙が届けられた。

それによると、俺の土地所有の許可が下りるまで、エモンド商会が代わりに土地を買って俺に貸してくれるという話が、既に進んだという。


いくら何でも、早すぎないか。


「主、商会からの手紙には何と?」

「……土地の購入が進んだという話だ」

「値段の話も詰めていないというのに?」


キスティも不審に思ったようで、怪訝そうな表情を浮かべた。

そうなんだよな、本来はエモンド商会には土地所有の許可とか、持ち主との橋渡しといった仲介部分だけをお願いしていたのだ。

許可が下りるまではエモンド商会に仮所有してもらう話はしていたが、それもあくまで俺が金を用意して手続きだけしてもらうつもりだった。


「土地代は、金貨3枚だと。分割でも良いし、あるいは賃貸のまま続けても良いと」

「……金貨3枚? あの大きさの屋敷で?」

「そうだ、キスティ。サーシャ、実際どうなんだ?」

「はい。不動産の価格は土地土地の事情がありますから、スラーゲーとは簡単に比較できませんが……あのような屋敷が金貨3枚というのは、安いと思います」

「屋敷と言うが、建物は別代金じゃないのか?」

「いえ、通常は土地を買えば上の建物は付随しますよ?」

「……そうなのか」

「ええ。土地の所有だけして、建物が使えないのでは意味がありませんから」


そういうものか。


「しかし、安かったとしても、何で勝手に進めたんだろうな? 大商会なんだから、もうちょっと慎重に進めそうなもんだが」


なんせ、俺との口約束しかない状態だ。

手紙には、明日にも正式な契約書を交わしたい旨が記載されているが、現状で俺がバックレたらどうするんだろう。

彼らは拠点の西区からも遠い、北東のスラム街に無駄に不動産を抱えるだけになってしまうが。


「おそらくですが……確実にご主人様を雇いたかったのかもしれません」

「どういうことだ?」

「現状ではまだ口約束ですから、ご主人様が翻意すれば契約はうやむやになってしまいます。しかし先に口約束の義務を履行したのであれば、心情的に断ることができなくなります。詳しくありませんが、もしかすると法的にも意味がある行為かもしれません」


それだけのために、金貨3枚も出せるもんかね。

……出せるのか、大商会なら。


「主が高く評価されているなら、何よりではないか!」


キスティは上機嫌に言う。


「金貨3枚とキリが良いのも、こうなると端数を端折っているかもしれんな?」

「可能性はありますね。端数どころか、本来はもっと高い可能性もあります。相場より低い金額を提示されればご主人様が喰い付き、晴れて口約束は契約になります」


高く評価していただけるのは光栄であるが、やり手商売人の行動力は怖くなるな。


「……まあ、契約自体は前向きだし、それならそれで有難く受け取ろうか。ただ、今のところ参加できるのは俺1人っぽいのだよな」


何せ護衛に連れて行ける人数が少ないから、無手で動ける護衛を探していたのだ。

俺が「仲間も連れて行きたい」といっても通らないだろう。


「むぅ、本来なら私も随行したかったが……1人でも連れて行けるなら、適任は私ではないな」


キスティが言う。


「ルキか?」

「左様。盾なら持ち込めるかもしれんし、もし無理でもルキなら防御スキルが使える」

「防御スキルくらいなら、護衛にも使い手がいそうだけどな。まあ、連携のしやすさという点では連れて行けると安心か」


契約の場で、交渉してみるとしよう。


「ギュイー」

「おう、ドンも出来れば連れて行きたいな」


のそのそと傍に寄ってきたドンの背中を撫でる。こいつの危機察知能力は、それこそ護衛任務にはうってつけだ。


「他のメンバーは、探査艦か、あの廃屋に待機ですね」

「そうだな。俺と一緒にいるメンバーは、最悪離脱できるからな」


白ガキから貰った帰還専用の転移端末は、これまで何度かテストしている。

魔力で補助できるようにしておいたという白ガキの台詞通り、魔力を使って練習することですぐに転移できるようになってきている。

ただ、転移する人数が増えるとそれだけ使う魔力が倍々に増えるし、扱う難易度も跳ね上がる。


今は、一度に転移できるのは3~4人がせいぜいだ。

俺、ルキ、ドンの3人であれば問題ない。


「金貨3枚なら即金で払えるな。明日払ってしまうか」

「……そうですね。このような好機、逃す手はありません。しかし、注意が必要です」

「注意?」


サーシャには懸念事項があるようだ。


「聞けば、今回の催しの詳細、それも王宮に大勢を招くことが決まったのはここひと月ほどです。そして実施は今月末。あまりにも性急な印象を受けます」

「まあ、官僚は準備が大変そうだよな」

「何が裏にあるのか分かりません。我々のような下の者には見えない世界ですから、猶更警戒が必要です」

「そうだな」

「更に、エモンド商会の動きです。ご主人様以前にも幾人も腕自慢の者を試していたようですが、あのような大商会がそこまで焦って、何を怖がっているのか」

「エモンド商会は何かを掴んでいるということか?」

「分かりません。単純に、私たちと同じように怖がっているだけかもしれません。ただ、エモンド商会の情報網は我々の情報収集とは質も量も比較にならないはず」


サーシャは、俺とキスティ、そしてドンを見回すようにして言葉を溜める。


「確証がなくとも、『何か』の予兆を掴んでいるのかも」



***************************



翌日、エモンド家の屋敷を再訪する。


「ヨーヨーさん、これが契約書です。魔約紙は初めてかな?」

「はい。どのような効果があるのです?」


テッド会長の付き人がふさふさした飾りのついた板に乗せて運んできたのは、キラキラとしたラメが練り込んである厚紙である。

紙の四隅に文様があり、その内部に飾り文字で契約の条文らしきものが羅列されている。

書いてある内容を除けば、地球世界の賞状のような見た目。


魔約紙と呼ばれる物の存在はサーシャから聞いていたし、遥か西の地で和平に参加したときも、彼らはそれっぽいものを使っていた。

一言に魔約紙と言ってもさまざまな等級や効果があるらしく、共通しているのは約束事をするときに使われる魔道具という点だ。


効果の軽いものだと、約束を破ったかどうかが判定できるだけ。

強いものだと、ステータスに「契約違反」という表記がしばらく残るうえ、場合によっては軽い天罰が下るものもあるらしい。

さて、今回のものはどうか。


「国の使うような物とは比べものになりませんが、個人で使う物としては高級品です。ステータスへと刻印する機能はありませんが、もし故意に契約に違反すれば、天罰が下る場合もある。何、約束を守れば良いのじゃ」

「なるほど、高級品でしたか」


天罰だなんて、とんでもない。

天罰にも色々あるらしいが、場合によってはスキルが使えなくなったり、ステータス補助が消えたりする。今魔法スキルを封じられてはかなわない。


「内容に問題はないでしょうか?」

「拝見します」


サーシャにも1部を渡してもらい、もう1つを俺が読む。

それほど複雑な内容ではない。


成功報酬で銀貨50。

成功の定義は、テッド様がこの館に生きて帰還すること。怪我の有無や程度は問わない。

また、病死など不可抗力による死亡は成功とみなす。

他に、前金50の支払いかヨーヨーの希望する土地所有権の仲介の、ヨーヨーが選んだ方を履行する。


大商会の出す内容としては、良心的なんじゃないだろうか。たぶん。

サーシャを見ると、小さく頷いた。怪しい点はなかったようだ。


「1つ、追加を希望しても?」

「構わぬ、言ってみるのじゃ」

「俺、ヨーヨーが死んだ場合、成功失敗にかかわらず、残されたパーティメンバーに商会で最大限の支援をすると入れていただけませんか?」

「ほう……ふむ、良いでしょう」


テッド会長はすぐに、条項を追加するように指示を出す。

その作業が行われている間、疑問をぶつける。


「業務の遂行期間は29日から帰還までとありますが、それまでは別行動で良いのですよね?」

「ええ、構いませんとも。出来れば連絡は付くようにしていただきたいですが」

「では、例の買い取った館で待機することにします。構いませんか?」

「それは問題ありません」

「それにしても、あまりに仕事が早くて驚きました。既に所有者とも交渉したのですか?」


テッド会長はにっこりと、イタズラを自慢する青年のような笑顔を浮かべた。


「ほっほ、驚きましたかな? 何、所有者が知己ちきでしてな、ついついその場で買い取りを決めてしまったのです」

「治安に不安のある地区とはいえ、金貨3枚というのは大変な交渉だったのでは?」

「確かに、破格ではありますな。とはいえ、あの土地は買い手もなく、数年以上放置されているようでしたからな。売り手にとっても、売れるだけありがたいという状態だったのですよ」

「……」

「そうそう、書類上の手続きはしばらくかかりますが、もう元の所有者にも話は通しておりますのでな。今日にも使い始めて構いませんぞ」

「おお」


手回しの良さに言葉を失う。

何が狙いなのか、本当のところは知る由もないが、先手先手で手を打たれていることは分かる。


「……ご主人様、人数の話は良いのでしょうか」


後ろからサーシャが小声で伝えてくる。おっと。


「そういえば、契約書に記載のなかった事項なのですが、私だけではなく、パーティメンバーを連れて行くことは出来ませんか?」

「ふぅむ、それは少々難しいですな。何せ、護衛に連れて行けるのは3人のみなのです」


3人か。本当に少数だな。


「そうですか。今日はいませんが、無手でも使える防御スキルを展開できる者がいます。彼女がいれば、不意打ちにも対応できると思ったのですが……」

「なるほど。そうですな……一度、その方も会わせていただくことは出来ますか?」

「今度、打ち合わせの際に連れて来ましょう」

「是非とも。その方も含むようであれば、成功報酬は倍額としましょう。……おい、そこも契約に書いておくのじゃ」


契約条項が更に増えるようだ。


「それと、ペットという扱いでこのケルミィ族を連れて行くことは出来ないでしょうか?」


ドンの脇を抱えるようにして、会長に示す。


「キュッ!」

「ほう、可愛らしいのう。ペットですか……調べてみましょう。ケルミィ族というと、危険察知スキルですかな?」

「ご存じでしたか。確実とは言えませんが、危険察知は護衛任務にはぴったりでしょう」

「ケルミィ族は気まぐれが過ぎて、頼りにならないと聞いたことがありますが……ないよりはマシじゃ。それに、心を落ち着かせる効果はありそうですな」


テッド会長も、ドンのふわふわの虜になったようだ。

仮に連れて行く場合は、ドン接待用の高級木の実などを用意してもらうように交渉する。

さすがに契約書にまでは書かないが。


「ギッキュ」


ドンも空気を読んでか、いつもより5割増しで愛嬌を振りまいている。

いいぞ。


テッド会長がドンを愛でているうちに、契約書の準備が整ったようだ。

2枚の魔約紙に、向こうが用意したペンで名前を書き込む。

ヨーヨーと契約書に書くのは何だか妙な気分だ。


ペン自体も何かの魔道具らしく、魔力を流しながら書くように指導された。

名前を書き込んだ後、しばらくするとサインの周辺がボウと光り、周囲を花の文様が囲む。


「これで、契約は成りました。一枚はお持ち帰り下さい」

「はい」


魔約紙を受け取り、サーシャに渡す。

後で異空間に入れておこう。


「ところで、期日まではしばらく時間があります。その間、どうされるおつもりで?」


テッド会長が問う。

そう、まだ期日までは4週間近くある。

だらだらしても良いが、どうするか。


「しばらくは、館の掃除でもすることにします」

「確かに必要ですな。その後は?」

「色々とやりたいことがありまして」


まだ会えていない旧知にも会っておきたいし、新スキルの練習もしたいし。

また城壁バイトのような、魔法の訓練になる仕事を探してみても良い。


「もしご興味があれば、当会から依頼をお願いすることもできますぞ」

「ほう」

「北の出荷への護衛など、丁度いいかもしれません」

「そちらとタイミングが合えば、是非とも」


とりあえず、玉虫色の返事を返しておく。

そういえば、折角大都市に来たのだから、奴隷商会などを見て有望な人材がいないか確認してみても良いか。

しかしこのところメンバーが増えているので、また増やしてもなぁ。


とりあえずは、館の掃除が終わってからその後のことを考えるか。


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