第255話 奇人の贈り物

エモンド商会のテスト中、周囲からもヒトが乱入してきて、一気に1対4となった。

1人を魔法で吹っ飛ばしたが、まだ3人いる。


右から入ってきた人物は、細身の人間族の男性に見える。

木剣を振り下ろしてきたので、「魔創剣」スキルで創った魔力製の剣で受け止めている。


相手の力が一瞬緩んだところで剣を押し込み、魔力放出を発動。

剣伝いに魔弾を連発し、吹き飛ばす。

一瞬、気配探知に集中する。


一度は体勢を崩していた最初からいる相手、ノッチガートが左から迫っている。

そちらに剣を振り、魔力を放出する。

ノッチガートが剣を振ると、放出された魔力がかき消される。


この感じ……もしや。

オーラ系のスキルか?

『武闘家』などが習得するオーラ系のスキルは、魔力を弾くことができる性質があると聞いた。

テーバ地方の闘技会で戦ったオーラ使いとは、相性が悪かった。

しかし、あれから俺も多少は成長したのだ。

まだ勝負を投げるには、早過ぎるってもんだ。


後ろに大きく飛び、更にエア・プレッシャーで急制動。

近付いてきていた残りの1人に体当たりをする。


これは予想外の動きだったようで、まともに当たる。

予測していた分、こちらの方が立ち直りが早い。


衝突して共に倒れ込んだ敵に向かい、魔弾を数発ぶち込んでおく。


これで撃破判定になっててくれれば、残りは1人。

上出来だろう。正直ここからノッチガートに負けたとしても、能力アピールには十分な気がする。


「魔法系にしては動けるじゃないか、お前」


ノッチガートは木剣を担ぐように頭の後ろに回し、立ち止まった。

これで試験合格とか、ないかね。


「それなりに経験は積んだんでね」

「それなりの経験で魔法も剣も使えるようになるんだったら、才能があったんだろうよ」

「どうかな」

「しっかし、剣を作るスキル、か? それ。便利なもんだな」

「こんな時じゃないと、使い道もないがな」


謙遜しておく。

色々開発中のスキルではあるが、現状ではそんなに使い道がないのは本当だ。

手から離すと消えちゃうし。


「護衛任務にはうってつけだ。裏返せば暗殺にも使えそうだがな?」

「ああ、確かに」


素手を装って武装できるのは、暗殺向きか。

あんまり考えてなかったが……いや、魔法もスキルも色々ある世界で、素手でも殺す手段はいくらでもありそうだけどな。

やや暗殺向きというだけで、暗殺成功間違いなし!ってレベルではなさそうだ。


「1対1まで持ち込んだんだ。ここで終了ってわけにはいかないか?」

「そうもいかんだろう。肝心の白兵戦の実力を、もう少し見極めないとな」

「白兵戦か。良いだろう」


俺が承諾すると、ノッチガートは口端を釣り上げる。

迫力ある顔面のせいか、笑顔というより、獰猛な表情になっている。


ノッチガートが右手のみで剣を構え、突きに合わせて身体を開く。その狙いは、心臓の位置。

来るのが分かっていても、反応するのがギリギリな強烈な突き。

身体強化を発動しつつ、辛うじて剣を当て、首のギリギリ左を木剣が通る。


伸びきったノッチガートの右手を切ろうと剣を返す間に、空いていたノッチガートの左手が掌底の形で胸を撃つ。

息の詰まった一瞬で、ノッチガートは剣を引いて体勢を作り、間を置かずに今度は両手で左下から切り上げて来る。


それを受け止め、更に身体強化を発動。

一瞬押し込んだ後、右手を手放し左手のみで剣を支える。

徐々に押し込まれるが、自由になった右手で2本目の剣を創る。


それを見たノッチガートが後ろに飛び退く。

一瞬遅れて俺も前に出て、左手の剣で斬り付ける。これはノッチガートの剣の柄で弾かれる。

時間差で右手の剣を横薙ぎにするが、回転させた剣身で軽く弾かれる。


すぐに左手、右手と攻撃を繰り出す。

これも当たり前のように最低限の剣の動きで弾かれ、攻撃直後の隙を突いて蹴りを入れられる。


「ガハッ……」

「なるほど。双剣の技術はないな?」


図星だ。

テーバで出会った、双剣使いの白肌族はどんな戦い方をしていたか……。

分かったところで、すぐ真似できるほど易しい技術ではないだろう。


「……そろそろ魔法を使っても?」

「ははっ、お前も負けず嫌いだな」

「負けて嬉しい奴は傭兵には向いてないんじゃないかね」

「違いない。いいぞ、俺も少々本気を出そう」


……。

本気じゃなかったってか。

上等だ。


「サテライトマジック」

「準備はさせん!」


飛び込んで来るノッチガート。

飛び込んで来るのは分かっていたし、もうスピードも分かった。

浮かべた魔力玉からではなく、剣身から魔力を放出する。


これは予想していなかったか、ノッチガートも避けられずに直撃する。

周囲の地面にも魔力放出の余波が及び、砂煙が巻き上がる。

煙から出て来たノッチガートはノーダメージ。

しかも、そのままの勢いでこちらに斬りかかる。


剣で迎え撃つか。いや、白兵戦は不利。

エア・プレッシャーで緊急離脱する。

空ぶったノッチガートの剣の先から、異質な魔力の奔流が飛ぶ。

先程まで俺のいた場所を貫いている。

危なかった、迎撃を選択していたら、どうなっていたことか。


しかし、こいつも魔力放出を使うだと?

いや、オーラを飛ばしたのか。


一瞬、ノッチガートと目が合う。

今度は何も言わずに、更に踏み込んで来る。


「オラァッ!!」


今度こそ浮遊していた魔弾を同時投射するも、ノッチガードの肌に触れる前に弾ける。

本当に、これだからオーラ使いってやつは理不尽な存在だ。


エア・プレッシャーで横に移動する。が、それを読んでいたのか、ノッチガードはジャストのタイミングで踏み込みを行い、こちらの動きに付いてきた。これはもう、避けられないか。


「強撃!!」

「くっ……」


ノッチガートから、上段振り下ろし。離脱は間に合わない。

辛うじて、剣を上げて迎撃の形は取れた。


渾身の振り下ろしが来る。

その衝撃は……弱かった。


その事実を認識してすぐ、力任せに、ノッチガートを振り払う。

体勢を崩すノッチガートの胴体に、突きを入れる。

ノッチガートが転がり、身体を捻るようにしてそのまま立ち上がる。


「……そこまで」


テッド会長の厳かな声が動きを止める。


「テッド様」

「良いのを一発貰ったじゃろう、ノッチガート。そこまでじゃ」

「はっ」


ノッチガートは承服を示すが、怪訝そうにこちらを見た。


「最後、何をしたんだ? ヨーヨー」

「さて、何の事かな」


俺は最後、向かってくるノッチガートに魔弾を飛ばすのと同時に、あるスキルを放っていた。


『愚者』がレベル20になったときに会得した新スキルだ。

その名も「奇人の贈り物」。

「スキル説明」によると、その効果は「一定時間、対象のステータス補正を入れ替える。」だそうだ。

……会得したばかりのスキルだが、今のところ出来るのは「対象のステータス」のうち、ランダムに2つを入れ替える。それだけだった。

狙ったステータスを変えることも出来ないし、他のヒトのステータスと入れ替えることも出来ない。


何の役に立つのかというところだが、唯一あり得ると思っていた使い方が、まさかの実戦で役立った。


つまり、「相手の重要なステータスが、めっちゃ低いステータスと入れ替わる」というラッキーを起こす可能性だ。

俺にも結果は分からないが、ノッチガートの様子からして「攻撃」の補正が、「魔防」あたりと入れ替わったんじゃないだろうか。

その結果、ノッチガートの攻撃は、ノッチガート自身が想定しているより数段低い威力しか乗らなかった。


「……まあいい。テストはここまでだ」

「合格か?」

「おそらくな。テッド様」


ノッチガートは、道着の汚れを手で払いつつ話すると、姿勢を正してテッド会長に話を振る。


「うむ。ヨーヨーさん、合格じゃ。是非依頼内容を聞いて欲しい」

「承知しました」

「しかし、驚きましたな。本来、ノッチガートを倒すことは想定していなかったのじゃが」

「彼を倒すことが、合格の基準ではない?」

「違いますな。あくまで、対応力を見るのがこのテストの肝。ほっほ、嬉しい誤算じゃて」

「……そうでしたか」


ノッチガート1人になった時点で、実は本当に合格だったのかもしれない。

無駄な頑張りを見せてしまった。


「さて、ヨーヨーさんも着替えて先程の部屋に来て下さい。そこで色々と説明いたしましょう」

「はい」


さて、ここからが本題だな。



***************************



着替えを終えて、元の鎧姿になる。

応接間まで戻るが、まだテッド会長はいなかった。

しばらくして、再度姿を現した会長の傍には、ノッチガートが控えている。


「お待たせしました」

「いえ。それで、依頼の内容というのは」

「早速お話しましょう」


テッド会長から、依頼内容を聞く。


予想通り、テッド会長の護衛任務である。

そして、護衛の期日は閲兵式のある1日。

場所は、王都。それも、王宮内部。


大商会であるエモンド家一門を代表して、テッド会長が招聘されているらしい。

名のある貴族や戦士が集まる席で、大商会の長とはいえ一介の商人に過ぎないテッド会長の扱いは末席だ。

当然、護衛の人数は最小限で、王宮内では武装も認められない。


「もちろん、何も危険なことはありますまい……それでも、何かあったときに対処できる者を護衛としたいのです」

「なるほど」


依頼内容は、まぁ貴族たちの巣窟に乗り込むのは面倒だが、そこまで無茶なものではない。

しかし、気になるのはやはり報酬だ。


「テッド会長、報酬はどのように考えられているので?」

「うむ、前金で銀貨50枚。成功報酬として、無事に閲兵式からこの館に戻った後に銀貨50枚を考えています」


金貨1枚か。

1日だけの護衛のために、金貨が貰えるというのは破格かもしれない。

ただ、ここは交渉しないとな。


「前金を頂かずに、別の物でお願いするというのは可能ですか?」

「別の物じゃと?」

「はい。実は、北東地区に家を持ちたいと考えておりまして……」

「ほう、そうでしたか」


魔物狩りで金も貯めたので、念願のオーグリ・キュレスに一軒家を構えたいと考えていたこと、既に候補を見つけていることを話す。

その場所を知ったテッド会長は、自身のヒゲをゆっくりと撫でながら言う。


「ライリー区ですか。あそこであればウォレス商会の仲介ですな。ふむ……良いでしょう」

「おお!」

「しかし、銀貨50枚の代わりとなると、取引の仲介がせいぜいですが」

「それは構いません、土地代はきちんと支払います」

「なるほど。そしてもう1つ、実際に許可を得るのは時間が掛かります。護衛任務の後となりそうじゃ」

「ふむ……。それは問題ないですが、それまで事前にテッド会長に買っていただいて、我々が借りる形にすることは可能ですか?」

「む、なるほど。物件を見てからのお返事となりますが、まず問題ないかと。前向きに検討しましょう」

「よろしくお願いします」


これなら、近々のうちに利用を開始できる。

後は護衛任務を真面目にやれば、問題ないはずだ。

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