第254話 テスト
エリオットの家を訪ねたが、不在だった。
しかし留守を預かっていたズルヤーという女性から、エモンド商会への口利きをお願いしてもらうことになった。
ズルヤーがエモンド商会を話に出したのは、ただ俺に縁があるからというだけではないようだった。
「今、多くの貴人や各地の戦士が、ここや王都に集まっているということはお聞きになっていますの?」
ズルヤーは紅茶を上品に口に含んで間を置いた後、そう口を開いた。
「ああ、なんかそうらしいな。良くは知らんが」
「そうでしたか。どうも、古式の祭典を行うらしいですわ」
「古式の祭典?」
「閲兵式。つまりは各地から戦士を集め、王都やこのオーグリキュレスを練り歩くのでございます」
「そいつは物騒だな」
「何を仰います。集まる戦士はいずれも王国の諸侯が抱える方がたですから、危ないことはありませんよ」
「ふぅん、そうか。それで、閲兵式がエモンド商会と関わりが?」
「ええ。なにせ王国中から戦士を集めて盛大にやるものですから、エモンド商会も何かと忙しいようなのです」
「祭りとなれば商人の書き入れ時か。結構なことだな」
「そうでしょうが、手放しで喜んでもいられませんわ。常にない忙しさの割に、どこも人手が足りないのですから。いつもなら手に余る仕事はヒトを雇って対処できますが、今回は集めるのも一苦労のようですわ」
どこもかしこも忙しいから、非正規の労働者や外注先が捕まらないのか。
「つまり、今が売り込みのチャンスってことか?」
「その通りですわ。ただ、エモンド商会ほどの商会であれば、私兵組織も充実しております。ただの傭兵では高く買っては下さらないでしょう」
「ふむ」
「ちょうど、何か重要な任務のためにテストをしていると聞きました。それに応募してみるというのは如何でしょう」
「……仕事の内容は分からないだろうか?」
難しい仕事ということは、危険な仕事かもしれない。
大商会が騙し討ちのような募集をするはずはないと思いたいが、内容が見えないのは不安だ。
「残念ながら詳しいことまでは存じませんが……エリオット様も、テッド・エモンド様は信頼しておりますわ。無体な依頼はされないものと信じております」
「しかし、仕事内容が分からないとなると、そもそも受かるのかどうか分からないな」
「あら。自信がおありなのは結構なことですわ」
「む?」
「テストを受けたいというのは口実にするのですわ、ヨーヨーさん。仮にその仕事は任されなくても、実力を示せれば、仕事を頂けるでしょう?」
なるほど。
ズルヤー的にもそのテスト自体には受からないと思っているようだ。
どうだろう、魔法使いを探しているとかだったら、ワンチャンあるかもしれないが。
まあ、落ちてもアピールできるという考え方は、確かにそうかもしれない。
別に土地を買えれば良いだけだからな。
そんなに重用してもらえなくても良いのだ。
ちょっとした仕事で、代金は要らないから所有の保証をくれれば良いとか言えば、あっちにも悪くない話なのではないか。信用の問題だから、そう簡単なことでもないか。
「行ってみよう。ズルヤーさん、色々と感謝する」
「いいえ。白状しますと、もしヨーヨーさんがテッド様のお気に召したら、私もヨーヨーさんを紹介したという貸しを作れますの。上手く行くことを、願っておりますわ」
ズルヤーはニコリと笑顔を咲かせて、そう言った。
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エリオットの家を辞し、西の商区に移動する。
寄り道もしたし、関所も2つ並んだので、すっかり陽は傾いている。
関所前に出ている屋台に寄って、妙にしょっぱい鍋のようなものを突く。
大きな鍋に入れられた具を注文するという、おでん屋スタイルだ。違うのは、注文の度に小銭を渡すという点だ。食い逃げ対策もあるだろうが、単純に誰が何を注文したか、店主が把握していないから必然的にそうなるようだ。
同じ具でも当たり外れが大きく、ハズレを引くと何時間前に入れたものか分からないような、グズグズのものを渡される。
逆に芋なんかは、よく煮込まれた古いやつの方が味が染みていて良い。ベースがしょっぱいので、総じて微妙なのだが。
鍋には思いつく限りの食材がぶち込まれているが、さまざまな場所を旅してきたからこそ感じることもある。
魔物食材が少ないのだ。
そもそも肉が少ない。ないことはないが、他の地域と比べて高いように思う。
この世界で肉と言ったら魔物肉が一番で、畜産は難しいからかもしれない。
魚は肉よりは種類は多いが、魔物っぽい名前のものがポツポツある。都市周辺に大きな湧き点はないらしいが、代わりに東の海に現れる魚の魔物の方が身近なのだろうか。
そんな屋台メシを終えてから、商区の中にある宿泊施設に泊まった。
明けて朝、ズルヤーに書いて貰った紹介状を持って、エモンド商会を目指す。
エモンド商会は西の商区にあるので、ほどなく到着した。
アーチ型の絢爛な門の左右に、スーツのような形状の服を着た人間族の男女が睨みを利かせている。
懐かしい、初めてこの地を訪れた時にも見た、エモンド商会の屋敷だ。
よく考えたら、護衛任務の目的地だったこの屋敷と、商会の受付は別物かもしれない。
ただ、知っているのはこっちだったのだから仕方ない。
「あー、エモンド商会の方にこれをお渡しして欲しいのだが」
向かって左に直立して動く気配のない、男の方のスーツに声を掛ける。
紹介状を渡そうとすると、無表情のままそれを見て、特に動かない。
こちらもそのまま待っていると、少し不機嫌そうに紹介状を受け取る。
「特に来客の予定は聞いておりませんが、お約束は?」
「すまない、特にしていない。出直すべきか?」
「……ひとまず預かります。おい」
男は逆側にいた女に声を掛ける。
女は何も言わずに、男から紹介状を受け取って門を通って屋敷の扉を開き、中に消える。
「これから内容を確認することになります。ここで待っても良いですが、いつになるか分かりませんよ? 場合によっては、本日は会われない可能性もあります」
「ふむ。しばらく時間を潰すか」
幸い、ここは商業区だ。それも、西の二区といえば観光客用の出店も充実している。
しばらく時間を潰してから、戻ってくるとしよう。
そんなことを考えていると、ガチャッと扉が開き、先ほどの女が姿を見せる。
「テッド様がお会いになるそうです。お入り下さい」
「早いな」
ここに来て、目当ての人が留守にしていることが多かったが、エモンド商会のやり手爺さんだけはご在宅だったようだ。
そこばかりは別のヒトが良かったかもしれない。
武器を入口で執事らしきヒトに預けて、中に入ると、テッドの奥さんであるという老齢の女性のお茶を振る舞われる。
マスクを外して、茶の香りを楽しむ。
そして女性との雑談も弾まない間に、武人を引き連れた老人が応接間に入ってきた。
「久しいのう、ヨーヨー殿」
「お久しぶりです、テッド様」
「随分と見違えたようじゃのう」
この爺さん、本当に俺を覚えているのだろうか。
前に来た時はエリオットのオマケで、ただの挙動不審の駆け出しのペーペーだったろうに。
いや、商会長ともあろうヒトに対する態度としては、むしろ新鮮だったのかもしれない。
「お陰様で、好きに生きています。今日伺ったのは……」
「ああ、募集の件よな? 間の良いことじゃ」
「と、仰いますと?」
「さっきまでも、その件で試験をしておったのよ。しかしなかなか、目当ての人材がいなくての」
「それで、ここにいらしたのですね」
「そうじゃの。1つ、もし支障がなければじゃが、ヨーヨー殿のジョブについて教えてはくれまいか」
さて、何と答えるべきか。
ジョブについては無理に聞き出すことは天罰を受けかねない事柄だ。
やんわりと拒否すれば通るだろうが、ここで聞いてきたということは、仕事のテストと関係することなのだろう。
とりあえず、どんなテストでも柔軟に対応できる『魔法使い』あたりが無難かな。
「詳しくは申せませんが、魔法を嗜んでおります」
「ほう。魔法系のジョブかの……」
テッドは好好爺然とした笑顔を崩さないままに、ゆっくりと感心したように頷く。
「ちょうど時間も空いております。本日このあと、テストを受けてみるのはいかがか?」
「今日? そうですね、是非。しかし、緊張しますね。できれば心の準備というものをしたいのですが、どのような内容なのでしょう?」
「単純なものです。ただ、木剣をもった者を相手に、模擬戦をしていただくのじゃ」
ふむ。
シンプルにそういう形か。
「ただし、武器を持ってはなりません」
「……なんですって?」
「無手で戦っていただく」
「しかし、木剣があるのでしょう?」
「左様。相手は武器を持っております」
そういうことか。
内容を理解したのと同時に、任務の種類も分かった気がする。
無手で、武装した敵を迎え撃つなんてこと、どこかに戦いに行くならまず起こり得ない。
つまりは護衛任務。
本来武器を持ってないはずの場所で襲われた場合に備える、ということか。
「契約の条件などは、教えていただけないので?」
「ふむ、それが筋というものじゃな。すまぬが、今回は先にテスト、契約の話は後にしていただきたい。何、聞いてから断っていただいても構わんのじゃ」
落ちる奴が多すぎるから、先に交渉するのは面倒ということだろうか。
無手での戦いか。丁度いいと言えば丁度いいのだが、条件は確認しておかなければ。
「ではテストのことを確認させてください。無手で戦わなければならないのは、戦いの開始時点で何も武器を持っていなければ良い、ということで?」
「ふむ。そう考えてもらって問題ありません。相手から武器を奪っても良い。ただ、服の中に隠し持っておくことはできません」
「スキルや魔法の制限は?」
「ありません」
「なるほど、了解しました」
スキルを使って良いなら、使うしかあるまい。
テストを受けるためには、鎧も外して道着のようなものに着替える必要があった。
テッド会長とは一度別れ、砂利の敷かれた中庭のような場所に通される。
まだテッド会長は来ていない。
四方には階段があり、一段下がっている。
その上は、俺のいる場所の後ろと左右にはちょっとしたスペースだけがあり、すぐ壁だ。見学用のスペースといった感じ。前は板張りの道場のようだ。
サーシャとキスティは、後ろの観戦スペースにいる。
テストを受けるのは俺だけなので、2人は鎧姿のままだ。
俺の格好は、真っ白い長袖のシャツと長ズボンのうえに、防弾チョッキみたいな形状の服を羽織っている。
これがこの世界の道着なのだろうか。
「お待たせしました」
テッド会長が、道着姿の者を連れて、道場の方から現れる。
「この者が、今回お相手をする者じゃ」
会長が振り返り、後ろから1人歩み出る。
屈強な人間族の男に見える。
道着を着ても、マッチョな感じがすぐに分かる。
おまけに髪は丸刈りで、稲妻型に剃り込みを入れている。
怖い。
「ノッチガートという。今回はよろしく頼む」
「ヨーヨーだ。よろしく」
ノッチガートが握手を求めて来たので握り返す。
ついでにステータス開示を試してみたが、ジョブは見られなかった。
残念。
「俺はこの木剣を使う。ルールは聞いているか?」
「こっちは無手で。あんたの剣を奪っても良いということは聞いた」
「十分だ」
ノッチガートは不敵に笑い、距離を取る。
俺の正面の場外にテッド会長がいて、その間にノッチガートが剣を構えている形。
「場外という概念はあるか?」
「ああ、この一段下がった場所だけで戦ってくれ。外に出れば失格。もちろん、テッド様や周りの観戦者に傷を負わせたら失格だ。気を付けろよ」
「倒したことになるルールは? まさか、殺すまでやるわけじゃないよな」
「ああ、死なない程度の攻撃に止めてくれ。良いのが入ったら合格だ。とりあえず俺に一発入れることを考えてくれ」
「了解」
中庭みたいといっても、それなりに広い。
バスケットコートくらいはあるだろうか。
ただ、魔法を使うとなると少し窮屈だ。
テッド会長に付いてきた他のヒトたちが、四方の上段に盾を持って構えている。
万が一攻撃が飛んだ場合の防御をしてくれるんだろうか。
だとしても、外まで攻撃が飛ばないように注意する必要がある。
面倒くさいが、実際に護衛する際にも、周囲には関係ないヒトがいる可能性はあるか。
その練習だと思えば、合理的なテストなのかもしれない。
「準備は良いか?」
ノッチガートは両手で剣を構えて、臨戦態勢だ。
「いつでも」
「では、行くぞ」
ノッチガートが動く。
遠距離攻撃のスキルを使う素振りはなく、真っすぐ向かってくる。
殺さない程度にという加減が分からないが、とりあえず反応を見るために適当に魔弾を撃つ。当たったとしても多少衝撃がある程度で、怪我もしないはずだ。
ノッチガートはステップで左右にぶれるように動きながら、それを躱す。
見た目に反して身軽な男だ。
そして、律儀に避けてくれるようだから、この程度の威力でも良いのかね。
単に威力が分かっていないだけかもしれないが。
「やはり『魔法使い』か。悪いな」
ノッチガートが加速する。
魔弾を散弾状にして面攻撃をする。このまま魔法で勝ち切っても認められるのだろうか?
などと考えていたら、ノッチガートに向かった魔弾が、その手前で爆ぜて消え失せた。
スキルか。
突進してくる相手にはバシャバシャで足元を崩したいところだが、下が砂利なので効果が薄そうだ。
魔弾を放つのを止めて周囲に浮かべる。サテライトマジックだ。
「はあっ!」
迫ったノッチガートが、剣を突く。
身体強化をしつつそれを横に避け、身を翻して、空振りしたノッチガートの背中を視界に捉える。
「ふっ!」
魔創剣を発動。
予め準備をしていただけあって、一瞬の間に右手に剣が形作られる。
殺してはいけないので、あえて刃は潰している。
「ぐっ!?」
ノッチガートの背中に剣を振り下ろす。
しかし、ギリギリ届くかどうかのところで、ノッチガートが強引に身体を回転させ、間合いから離脱した。
まるでワイヤーアクションのような不自然な挙動。何かスキルを使ったか。
左の剣も創造しつつ、追撃をかけようとする。
しかし、気配察知が背後に動きを感じる。
咄嗟に打った気配探知で、中庭の上の段、それも左右と後ろの3方向から1人ずつ、ヒトが入ってきているのが分かった。
俺が探知しているうちに、ノッチガートは後ろに距離を取って態勢を整えた。
追撃は諦め、背後から襲ってくる奴にノールックで炎弾を飛ばす。
これはクリーンヒットし、後ろに吹っ飛ぶ。死んでないよな?
左から来る奴を魔弾で牽制し、右から来る奴の斬撃を魔創剣で受け止める。
「……こいつは何です?」
目の前の奴は答えない。
道着を着ているし、剣は木製だから、殺しに来ているわけではなさそうだが……。
「悪いのう。これが『テスト』じゃ」
テッド様が、微塵も悪く思っていなさそうな穏やかな声で言ったのが聴こえた。
そういうことかよ。
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