第253話 訪問

新たな転移先は、かつても訪れたことのある巨大な港都市、オーグリ・キュレスだった。

その居住区の1つであるライリー区という貧困地区で情報収集したが、残念なことに個人傭兵に土地は買えないということだった。


露見した難題に頭を抱えつつも、北の商区に移動して泊まることにした。

探査艦のお留守番チームにはしばらく戻らないことは伝えてあるし、1週間くらいは外に出ないように言い付けてある。

戻るのは良いとして、一度探査艦に戻るとまた廃屋からやり直しになる。

廃屋から何度も出てくれば異変に気付く者もいるだろう。

なるべく廃屋に自由に出入りできる道筋を付けてから帰ることにしたい。


転移先が廃屋だったところまでは、悪くない流れであった。

誰かが住んでいたら、ずっとややこしいことになっていた。

だが、まさか買うのが無理とは。

とりあえずあの廃屋を借りるしかないかもしれないが、それではいつ追い出されるか分からない。出来れば土地ごと買い取りたいところだ。


「安宿でもないはずだが、あの艦のベッドに比べると、やや不満が残るな」

「ええ、あれはヒトを駄目にしますね」


キスティとサーシャが宿のベッドに腰掛けて会話している。

探査艦のベッドは、ヘルプAIによって自働で清掃してくれるし、スプリングが効いているからな。

街の宿屋は数段落ちる。


「主よ、明日からどうするのだ?」

「どうするかね。オーグリ・キュレスに拠点が出来るのは確かにめちゃくちゃ便利なんだがな。ここを継続的に使っていくためには、あの廃屋を手に入れないとな」

「考えられるとしたら、持ち主を探して借りるか、我らの代わりに所有してくれる者を探すか、か?」

「そうだな。しかし持ち主を代わって貰っても、そこまでしてあそこに拘る理由は知られたくないわけだ。そう考えると現実問題、厳しい。サーシャ、何か手はないか?」

「そうですねえ、まずは私達が所有することを優先して考えるべきでしょうね」

「貴族や大商会でないと無理なんだろう?」

「ご主人様。貴族だけではなく、大商会も土地を所有できるのは何の理由でしょう?」

「む?」


金を持っているからか?

いや、この世界、魔物狩りなんかは一攫千金がある。傭兵団や、下手したら個人傭兵でも莫大な金を持っているケースはあるか。

とすると、大商会だけが優遇されるのは何故か。

……。


「社会的信用、か?」

「はい、同意見です。それだけではないかもしれませんが、信用も見られているのは間違いないように思います」

「ふむ。それで?」

「逆に言えば、社会的信用を得られれば私たちでも、土地の所有を許されるかもしれません」

「う〜む。しかしそれは、国に首輪を付けられる危険と引き換えになりそうだが」

「ええ。ですから、何を優先するかです。この地に確たる拠点を得る必要が本当にあるのか、判断しなくては」


確固たる拠点か。

この地、オーグリ・キュレスはキュレス王国の中心都市。これまでの、ダンジョンの中や墓場の下といった僻地とは便利度が段違いだ。

それに、白ガキがここに繋げたってことは、この後に待っている彼?の「依頼」にも関わってきそうなのだよな。

いつでも転移できるようにしておいた方が良いのは、間違いない。


「拠点は作りたいが、貴族とはあまり関わりたくはないな。少なくとも借りを作る形では」

「と、なると商会ですか」

「だな……会いに行くか?」

「エモンド商会。もしくは、エリオットさんでしょうか」


何かと縁のあるエモンド商会は、ここオーグリ・キュレスにも根を張っている。

以前、アアウィンダというエモンド一門の娘を護衛したときに訪れたことがあった。

確か、老練していそうな爺さんが会長だったはずだ。


しかし、それ以上の繋がりがないとも言える。

その時も、奴隷とパーティを組む先輩でもあった、エリオットの紹介で仕事を頂いたはずだ。


「エリオットの家の場所は覚えているか?」

「はい。西の方でしたよね。近くまで行けば、道も覚えているかと」

「流石だな、助かる」


エリオットが居るかどうかは分からないが、留守番役の女性が居たはずだ。

彼らなら顔も広そうだし、エモンド商会か、あるいは別の商会と伝手があるかもしれない。


「一泊したら、北の商区を通って西に向かおう。む、そういえば西の方には、あいつもいたな」

「どなたです?」

「魔法の基礎を習った、なんか料理みたいな名前の」

「ああ。ピカタさん、でしたか」

「そうそう、ピカタ。まだ同じとこに住んでるとは限らないが、尋ねてみるか」

「はい」


魔法を習ったのも随分と前に感じる。

あれから魔法を使わない日がないくらい使ってきて、今では欠かせない技術になっている。

そうだ、複合魔法も使うようになったって言ったら、驚いてくれるだろうか。

ちょっと楽しみだ。



***************************



北の商区はオーグリ・キュレスの中でも、古くからある地区が多い。

特に中央区に近い場所はキュレス王国成立前から整備されていたとかで、古い建物が立ち並ぶ。

石造りが多く、表面には魔土を塗りつけているようなものもある。移動するのは大通りなので、大店も多いのだが、それらも色味としてはモノトーンで重厚というか、華やかさがない。

建物の前に日焼けの皮布を張って商売しているところもあるが、皮布の色まで白か黒、またはベージュ。実に地味だ。


東西の行き来は南の商区を経由して使うことが多いらしく、北の商区は孤立気味だというから、それが影響しているのかもしれない。

北の商区は主に北の同盟国から届いた公益品の卸売が盛んらしく、衣類や食糧なんかが多い。

キュレス王国も食糧輸出国なのだが、それに合わせて北からも大量に入ってくるおかげで、この地から送り出される食糧が大陸の胃袋を支えているといっても過言ではない、らしい。


「ここか」


そんな北商区を抜けて、北西の住居区画に足を踏み入れる。

以前ピカタ本人に貰った住所を記したメモを頼りに、辿り着いたのは二階建てで石造りの集合住宅。壁は白い塗料で塗られているが、所々剥げている。

ボロアパートといった風情だ。


1-2号室……ここか。


入り口に取り付けられた鈴を鳴らし待つ。


「……はい?」


出て来たのは、本を片手にした、細身の人間族の男。


「あー、ここはピカタさんのお宅で?」

「ああ、はいはい。ちょっと待って」


一度扉が閉められ、数分ほどしてまた開く。


「ほい」

「これは?」


渡されたのは、何かを書きつけてある紙片。


「ピカタさんは前の住人。手紙が届いたら、配達人にこれを渡せって言われたの」

「前の住人……」


どうやら、既に引っ越していたらしい。

紙片に書きつけられた文字を改めて見ると、どこかの住所が書かれているようだ。


「青晶地区ってどこだ……?」

「中央でしょ」


俺の呟きを、細身の男が拾う。

中央……どうやら出世したか。

というのも、住所の最後に出て来る部署の名前っぽい部分。


『魔法省 魔導局 第二調達課』とある。

どうやら見事にお役人に就職したようだ。


「じゃ、僕はこれで」

「ああ、感謝する」


細身の男は扉を閉め、がちゃんと鍵を閉めたらしき音が中から響いた。


「中央区ですか……今、我々が訪れるのは難しいかもしれませんね。特に国の機関ともなれば」

「そうだな。残念だが、いったん引き揚げよう。元の目的に戻ろう」

「エリオットさんの家ですね。そちらも、そう遠くはありません」

「よし、行こうか」



過去の記憶を、主にサーシャの記憶を頼りに、エリオットの家を訪ねる。



エリオットの家は、北西の住居区の中では南西の端、壁のすぐそばの閑静な住宅街にある。

地区を隔てる関門からは少し離れているので、この辺に住居がある人しか訪れない位置だ。ただ端といっても、あくまで街壁の中ではだ。

壁を隔てた更に西には、新市街と呼ばれる壁外の地区が広がっている。

新市街の中にも壁があるが、壁同士が完全には連携しておらず、防御力は格段に落ちる。

更に、その壁の外にも住居が並んでいるのだから、この都市が巨大化してきた歴史を感じる。


そんな中、個人傭兵でありながら城壁内に一軒家を構えるエリオットは相当な成功者だ。

昔は強いらしいということしか分からなかったが、今ならその強さのほどが分かるだろうか。


呼び鈴を鳴らすと、しばらくして扉が開く。

出て来たのは子ども。おお?


「どなたですか?」

「ヨーヨーという。ここはエリオットの家で合っているだろうか」

「はい。奥様を呼んできます」


奥様。

ということは、今の子どもはエリオットの子どもではなくて、小間使いなのか?


「あら、ヨーヨーさんですか?」


しばらくして扉を開けたのが、いつぞや見た女性。

エリオット家の留守役。名前は……何だったか。


「はい。おっと」


マスクを脱いで顔を見せる。

女性はそれを見てパッと花を咲かせたような笑顔になる。


「あらあら、まあまあ! その節はエリオット様がお世話になりましたわ」

「いや、こちらこそ世話になりっぱなしで。エリオットは在宅で?」


すると、眉を寄せて心底困ったというように首を振る。


「いいえ、残念ながら外に出てしまったおりますわ。いつ戻ってくるか、分かりませんの」

「それはタイミングが悪い」

「どうぞ、エリオット様はおりませんが、お上がりになって」


大した歓迎ぶりだ。

この人とは一度顔を合わせただけだったと思うが、本気で旧知の仲なのではないかと誤解してしまいそうな反応だ。

正直、存在を覚えられているだけでも驚きなんだが。


「では失礼して。サーシャ、手土産を」

「あらあら、サーシャさんもお元気そうで! それに後ろの立派な戦士は、お知り合いかしら? お会いしたことはないと思います」

「ああ、新たに仲間になったキスティだ。キスティ、挨拶を」


キスティが一歩前に出て、胸に手を当てたまま片足を折って深く礼をする。


「キスティと申します。我が主が大変世話になったと聞いております、深く感謝を」

「あらあら。随分と礼儀正しい方ですこと。どうぞ、楽になさって中にいらっしゃいな」


女性は身を翻すと、扉を支えたまま中に誘う。

後ろにいた子どもが慌てた様子で扉を支えに来る。


俺、サーシャ、キスティの順で中に入る。

サーシャは北の商区で買った焼き菓子を子どもに渡している。

それにしても、この女性……。


「ふふ、私はズルヤーと申しますよ」

「あ、いや失礼。ズルヤーさん」

「はい、ヨーヨーさん。ちょうどお友達に頂いた美味しいお茶がありますの。こちらのお部屋でお待ちになって?」


応接間に連れて行かれると、花柄のあしらわれた、ゴテゴテした椅子に着席する。

部屋の中央にはレース柄の布で飾られた長机があり、入って右の側に3人が並んで座る。俺が一番奥で、サーシャ、キスティと並ぶ形だ。

やがて、先程とは違う子どもと一緒に再登場したズルヤーが、それぞれの前に紅茶とサーシャが持参した焼き菓子を並べる。空になったオシャレな台車を、子どもが押して戻っていく。

ズルヤーは手元から茶を置いて、俺たちの反対側に座った。


まるで貴族のお茶会にでも招かれたようで、胸やけしそうだ。


「歓迎に感謝します。このような上等なお茶は、初めてかもしれない」

「ふふ、いつも通りの話し方になさって。前にお会いしたときは、もっと傭兵さんらしい、親しみやすい喋り方でしたでしょう?」

「あ、これは失礼……いや、感謝する。ついつい気圧されてな」

「ふふ、ここだけの話……主人、エリオット様も生まれは貴いもので、ヨーヨーさんのように対等に話せる友人というものに憧れていたようですのよ」

「エリオットって、元貴族だったか?」


そんな話をしたような、していないような。記憶にないけれども。


「貴族の定義によるでしょうね。ちょっと偉い戦士家とでも思っていただければ良いですわ」

「……もしや、壁の中に土地を持てたのも、生まれが良いからか?」

「否定はいたしませんわ。でも、それだけでは難しかったでしょうね。エリオット様は家を出た身ですし、何よりお金がなければ」


この家は貸家かもと思っていたが、どうやら持ち家で正解らしい。

流石の先輩ぶりだ。


「実は、エリオットを訪ねたのは近くに来たからもあるんだが、尋ねたいことがあってな」

「あら。私に分かることでしたら、エリオット様の代わりにお答えいたしますわよ?」

「俺もここ、オーグリ・キュレスに家を持ちたいと思っていてな。既に候補は絞っているんだが、そこが壁の中なもので、金があっても買えないという状況なんだ」

「あら! ヨーヨー様も随分と羽振りが宜しくて結構ですわね。その装備も、見たところお高いでしょう」

「分かるのか?」


まあ、キスティの装備あたりは高そうに見えるかもしれない。

ただ、俺の装備なんかは色々な装備や素材の組み合わせでごちゃごちゃしているし、分かりにくいはずだ。確かに安物ではないだろうが、魔道具が多いせいで高価になっている側面が大きい。


「美術的な観点というよりは、実用的な装備ですわね。これでも様々な戦士様とお話してきましたから、少しは分かるのです」

「それは……凄いな」

「それで、お家でしたわね? 宜しければ、場所を伺っても宜しいかしら」


サーシャから、転移装置がある場所の住所を伝えてもらう。


「あら……北東の。少し治安に問題があると聞いたことがありますわ」

「ま、傭兵だからな。その辺は問題ない。むしろそのお陰で、俺でも買えそうだしな。治安が悪い事を除けば、場所も広さも文句ないんだ。ただ、いくら金が足りても信用が足りなくてな」

「なるほど……状況は良く分かりましたわ」


ズルヤーは真剣な顔で頷いてから、くすくすと笑う。


「どうした?」

「いいえ。貴い方を相手にしていると、このようにストレートに本題に入る方は珍しくて」

「あー、すまん」

「責めているわけでも、馬鹿にしているわけでもありませんの。私としては、単刀直入な方は好いておりますわ」

「エリオットみたいな、か?」

「ええ。エリオット様は大変分かりやすいお方ですもの」


互いに笑う。

何と言うか、コミュニケーション能力が高いな。流石、貴族を相手にするだけの事はある。


「信用というお話でしたら……」


それから、自然な間で本題にすっと戻る。


「エモンド商会を訪ねてみては如何かしら? ヨーヨーさんは、エリオット様がお誘いになって、一緒に護衛任務を成功させたことがあおりでしょう」

「エモンド商会か。確かに縁はあるんだが、ここのエモンド家はエリオットを介して挨拶をしただけで、行っても相手にして貰えるのか心配なんだ」

「それでしたら、私からも一筆書かさせていただきましょう」

「おお! ありがたい」


ズルヤーは手を叩いて子どもを呼ぶと、紙と筆を持ってくるように言い付ける。

それを待つ間、エモンド商会について情報を聞く。


「信用を得ると言っても、エモンド商会に気に入られればどうにかなるもんなのか?」

「エモンド商会は大商会。王家の御用商人でこそありませんが、国を超えて一門が店を構える点で並の御用商人を凌ぎますわ」

「権力があるのか」

「権力とは言えないかもしれません。しかし、影響力はありますわね。少なくとも、中央区の外であれば土地所有の許可くらいは手配できますわ」

「それは凄いな。エモンド商会との縁を繋いでくれたエリオットには感謝しかない」

「お構いなく……と言いたいところですけれど、エリオット様がお困りになった時に、きっと力を貸して下さると信じておりますわ」

「ああ、借り1つ……いや、今回の件で2つかな」

「まあ、この程度のことで借りと考えてくださるのなら、筆も乗りますわね」


ズルヤーがコロコロと笑う。

貴族に借りは作りたくないが、エリオットなら多少作っても良いだろう。エリオットには本当に世話になったし、次に会うことができたら、本当に何か礼をしたいところだ。金は嫌がられるかな。


そんなことを考えながら、紅茶を飲んだ。

上品で、高そうな香りがした。


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