第252話 汚水族

転移装置の前に、サーシャ、キスティにドンが並ぶ。

残りのメンバーはお留守番だ。


「よし、転移するぞ」


転移装置に魔力を通す。

ぐにゃりと空間が歪む感覚。

その中で、これまでとは違うルートを探る。


光に満ちる世界の中で、何かが俺を導くように思える。

これが白ガキのサポートだろうか。


気付くと、光は収まっていた。

周囲は真っ暗。

気配探知を発動。周囲に動きがないことを確認し、火魔法を点ける。


ドアらしきものがあるので、外部キーを掲げて開く。


また真っ暗な部屋。


火魔法で周囲を照らすと、がらんとした空間が広がり、何もない。

周囲は壁に囲まれている。


見渡すと、扉の脇に、上に登る梯子のようなものが下がっている。

一番下の段に足を掛けて体重を掛けてみても、びくともしない。

問題なさそうなので、登っていく。

天井に着くあたりで外部キーを掲げると、すっと開いて上に行けるようになった。


サーシャ、キスティにも順に上がってもらう。


しかし上がった先も、また壁に囲まれたがらんとした空間。

今度は上に上る階段のようなものがある。


どこに出たのだろうな。

墓地って感じはしないが。


階段を登りきると、天井に辿り着く。

これは外部キーを出すまでもなく、押したら簡単に外れて、光が差し込む。


周囲の気配を探りながら、慎重に上に出る。



「ご主人様、ここは……?」


サーシャが周囲を見渡す。


「どうやらどこかの建物のようだな」


真っ暗な地下と比べれば格段に明るいものの、ここも薄暗い。

どこかの屋敷だろうか。地下への階段から出て正面には木の扉が見える。

外に出ると、廊下が続いており、各部屋の窓は板で隠されている。


気になるのは、気配探知の結果だ。

この屋敷の外になるのだろう、少し離れた場所には、多くの気配が移動している。

最初は警戒したが、いずれもこちらを意識したような動きではない。


「……やはり、街中か?」

「主、玄関らしき場所を発見したぞ」


気配に集中しているうちに、先に進むキスティが建物の出口を見つけた。

黒い木の扉のドアノブに手を掛けるが、扉が重くて開かない。


「……これは、外から封鎖されているのかもしれない」

「お任せを、主」


キスティが言うので手をどかすと、キスティはハンマーを振り被った。

ドキャ! と扉ごと叩いたキスティによって、外への出入口が通じた。


「……おいおい、壊すかよ」

「む、違ったか主?」

「まあいい。行ってみるか」


外に出る。

どうやら外は、夕方くらいのようだ。

目の前は道路になっていて、少なからぬヒトが通行している。


屋敷から出てきた俺たちに注目しているヒトは少ないが、注目している数人は一様に怪訝な顔をしている。

まあ、中から封鎖を破って出て来たわけだからな。


「やはり街中か」


扉の外には、木片が貼り付けられていたようだ。

キスティの一撃で割れた破片が散らばっている。

幸い、扉自体は凹んだだけで、完全には壊れていない。


「ここは……」


サーシャとキスティも外に出て来る。

出てきた館の外壁には蔦が絡んでおり、窓は全て板で遮られている。

いかにも、廃屋だ。

ホラー映画に使われそうな廃れた洋館といった風情。


「サーシャ、その辺の通行人に話しかけてみろ」


既に、こちらを見ていた数人も興味を失ったようにそっぽを向いている。

サーシャに指示を出し、周囲の様子を探る。


「畏まりました」


街中らしいが、どうも通行人の身なりが良くない。

地べたに座り込む大人の姿もチラホラ見える。

貧民街的な場所だろうか。


「この辺りで、レッドサンド団という無法者の噂を聞いたことは?」

「……レッドサンド? 知らんよ」

「東の海から最近渡ってきたらしいのですが」

「東から? なおさら知らんよ。こんなとこじゃあなくて、港の方に行ってみたらどうだ」

「遠いでしょう」

「馬鹿か? すぐそこだろう」


サーシャが通行人のトカゲ顔の人物に話し掛け、そして共通語で返事をされている。

にしてもレッドサンドって何の話だ。

迷惑そうにトカゲ顔に追い払われたサーシャが、こちらに戻ってくる。


「アクセントの訛りもありませんね。ご主人様、ここはキュレス王国か、その近くの海岸沿いでは?」

「レッドサンドってのは何だ?」

「創作です。家探ししている理由としては無法者の追跡がしっくり来ますから」

「……なるほど」

「この廃屋に一味がいると聞いて踏み込んだ。誰かに聞かれたら、それで行きましょう」

「任せる。だが偽名で問題ないか?」

「馬鹿が騙されて、偽名を告げられたという風に思われるだけでしょう」

「ううむ、そうか。しかしこの辺は貧民街っぽいな。逆に言うと、貧民を抱えるくらい巨大な都市」

「オーグリ・キュレスですか」

「ああ。第一候補はそこだな」


白ガキも今回は場所がどこか、すぐ分かるようなことを言っていた。

これまで俺が行ったことがある港町というだけで、相当絞られる。


「キスティはオーグリ・キュレスに来たことは?」

「ないな。ふむ、これが名高い港都市か!」

「まだ確定していないがな」


とりあえず、あの廃屋は押さえたいな。


「サーシャ、仮にここがキュレス王国だとして、土地の所有手続はどんな塩梅だ?」

「領地によります。オーグリ・キュレスであれば王家の直轄地ですから、それなりに規制はありそうですね。ただ、オーグリ・キュレスは非正規地区も多いですから、このような貧しい地区であればあるいは……」

「とりあえず、不動産屋を探してみるか。サーシャ、探せるか?」

「探してみましょう」


サーシャを先頭に街を歩く。

道は石畳が敷かれているが、剥げている場所が多い。立ち並ぶ建物は石造りと木造が半々くらいで、全体的に古い感じがする。明らかにヒトが住んでいそうな建物でも、蔦が這ってたりする。あえて良いように言えば、生活感を感じる風景だ。

石造りの建物はもれなく、一部が崩れたりひび割れている。


ここがオーグリ・キュレスだとすると、前に来た時と印象が異なる。

もっとヒトが多くて、活気のあるイメージだった。街も幾分かは小綺麗だった。

様々な種族、格好のヒトが往来しているのは同じだが、全体的にどんよりしている感じ。


「あっ、あれは」


サーシャが何かを見つけた。

サーシャと同じ方向に視線を向けるが、よく分からない。


「なんだ?」

「案内庁、とあります」

「案内庁?」

「お忘れですか? 前にオーグリ・キュレス港を訪れた際に、地図を買った場所と同じです」

「あー、そうだったか」


更に歩いて近づくと、ようやく見えた。

鎖で吊るされた小さな看板に、『案内庁』とある。

建物の正面まで行くと、『オーグリ・キュレス港 案内庁』と大きく、きっちりした字体で表示されている。

間違いなくオーグリ・キュレスか。


同じ名前の組織だが、前に訪れた建物とは別物のようだ。

明らかにこちらの方が小さく、中に入るのではなく露天形式で、カウンターがあるだけだ。


「誰かいるか?」


カウンターには誰もいない。

呼び鈴もないので、声を張ってアピールする他ない。

暗がりから、背の低い年配の男がぬっと顔を出す。


「なんだ、客か?」

「……地図は売ってるか?」

「どうだったかなあ。最近は記憶が怪しくてな」

「これを」


サーシャが、銀貨を1枚男に差し出す。

男はとまどいもなくそれを受け取ると、流れるように懐にしまう。


「太っ腹だねぇ、浮浪者ってわけじゃなさそうだ」

「地図はどうした」

「あいよ。ちょっと待ってな」


確か案内庁って、お堅い名前の組織が運営しているのじゃなかったか。

ここまで露骨に仕事をサボっていて良いのだろうか。


「あいよ」


差し出された紙束を受け取ろうとすると、すっと引かれる。


「おっと、お代はさっきのと別で貰う」

「いくらだ?」

「銀貨……おっと。悪い悪い、冗談だよ。銅貨30枚だ」


男の目線の先には、ハンマーに手を掛けていた手を手放すキスティ。


「……この辺の土地を仕切っているのは誰です?」


サーシャが男に質問するのを耳にしながら、渡された地図を広げる。

表はこの周辺の概略図、裏面に縮尺の大きい都市全体の図になっている。

それらを見比べると……どうやらここは、北東の市街のようだ。

表面にはライリー地区とあるが、裏面に北東の市街の一部が太線で囲まれている。

そこがライリー地区っぽい。


全体図としては貴族たちのいる中央区の東西南北に商区があるが、それらに挟まれているのが居住区だ。

そのうち、北の商区と東の商区の間に位置している地域に今、いるらしい。

かなり北の商区に近く、また中央区にかなり近い。


「改めて見ると、中央区に近いな。何故こんな場所が……この有様なんだ?」


サーシャと話していた男に、質問する。

男はこちらを見て、もう一度サーシャを見てから、またこちらを見て小馬鹿にしたように失笑する。


「馬鹿だね、そんなことも知らないのか?」

「さっき銀貨をやったろう」

「ふん、いいだろう。この辺はな、汚水族どもが出るからだよ」

「汚水族? どんな種族だ」

「お前ら、相当によそ者らしい。汚水族ってのはな、種族名じゃない」

「なるほど、蔑称か」

「その辺に転がってる浮浪者どものうち、半分以上がそうだ。お前らも、この辺で路上で……いや、宿に泊まるときも気を付けな。他人の金を狙ってどこにでも湧きやがる」


つまり、ホームレスのような連中を指す蔑称ということか。


「何故『汚水』なんだ? 地面に落ちた水でも飲んでるのか」

「そりゃ違いないが、そんな可愛いもんじゃない。奴らは汚水層に入り込んで、追っ手を撒くのさ」

「汚水層?」


言ってから、ピンと来るものがあった。下水か。


「汚水層は他の地区とも繋がっているのか?」

「知らないよ。ま、それで連中が出て行ってくれるならありがたいけどよ」


防衛上問題がありそうだし、流石に中央区には入れないようになっているのだろうか。


「その汚水族とやらが悪さをするから、治安が悪いわけか」

「そんなとこだ」


治安が悪いから価値が下がり、貧乏人が集まって更に治安が悪化する。

そんな悪循環が生まれたってところだろうか。


「ご主人様、先ほど聞いたのですが、この辺りの土地売買はウォラス商会という商会が実質的に取り仕切っているそうです」

「有名なのか?」

「は、いえ……どうでしょう。商人でなければ知らない者も多いでしょう」

「商人界隈では名が売れていると」

「一応は、王家の御用商人らしいですから」

「一応は?」

「土地売買の手伝い仕事しかしないらしいですから。御用商人としてのランクは高いとは言えないでしょう」


御用商人にもランクとかあるのね。

まあ、御用商人なら露骨にぼったくりもしない……とも言い切れないが、地下組織が土地を取り仕切ってるとかじゃなくて安心した。

商人相手なら、金があればあの屋敷が買えるということになるのだから。


「そのウォレス商会には一度行っておきたいが……」

「なんだい、土地買うってのか?」


男が割り込んできた。


「すぐではないが、追々な」

「あんたら、どっかの貴族か大商会の遣いなのか?」

「いや個人傭兵だ」

「そりゃ無理だろ。せいぜい借りるまでさ」

「何故だ?」

「土地を買うなんてこと、貴族か大商会でもなきゃ、許可が出ないんだよ」


マジか。

困ったな。


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