第251話 白と黒の渦
ラキット族の賢者衆と会って、協力関係を結んだ。
魔物の情報などを流してくれるという。情報を貰えるのなら、ありがたく貰っておこう。
「これにて、拙者らの用事は済んだの。次はお主らの番かの?」
賢者衆の中でも年寄りのトライトが、自身の頬の白いヒゲを撫でるようにしながら問い掛けてくる。
「俺たちの番か」
「聞きたいことがあれば、訊いて良いのじゃぞ」
チラリとアカイトを見る。
大人しくシャオの上に座っている。
眉を寄せて、目を瞑っている。話が長くなってきて寝たか?
「なら、アカイトのスキルについてだな。使い方が分からん」
「ふむ。『樹眼』じゃろう?」
「なるほど、把握しているわけか」
「左様。しかしな、残念ながら拙者らも使い方に明確な答えを持っているわけではないのう。何せ、『森の隠者』は貴重なジョブで、樹眼持ちは更に珍しいのじゃ」
「樹眼の効果は分からない、と?」
「はっきりとはのう。ただ、多少は伝わっていることもある」
「聞かせてくれ」
トライトは、隣の女性のラキット族、ミミズを見て頷く。
彼女が答えてくれるようだ。
「以前の樹眼持ちの同胞は、樹眼を探知系スキルと捉えていたようだ」
「探知系、ね」
それは今のアカイトの使い方からも、予想されていたことだ。
「使いこなせば、遠く離れた場所の情報も得ることができたそうだ。そこまで意識を飛ばすことができればだが」
「なるほど。……意識を飛ばすとは?」
「分からん。しかし、使い手はそのように語っていたそうだ」
意識を飛ばす、か。
幽体離脱でもするんだろうか。
「残念ながら、それ以上のことは分かっていない。スキルのことは、ただでさえ情報の伝達が難しいのだ」
「いや、取っ掛かりとしては十分だ。感謝する」
ミミズはトライトを見る。
トライトが頷き、再度仕切り始める。
「さて、他に聞きたいことはあるかの?」
「……」
色々あるが。
さて。
「樹眼は……」
アカイトが、急に喋り出した。
「樹木に魔力を通すことができる。そして通した部分に、五感を広げることができる」
「アカイト?」
「樹木以外の物体にも、通すこと自体はできる。だが、各段に通りが悪くなるようだ」
全員の注目が、アカイトに集まる。
シャオは首をひねって「にゃーぉ?」と怪訝そうだ。
「拙者からも問いたい。賢者衆は何故、知恵を得た己を受け入れることができたのか?」
アカイトは、トライトを見詰めて、そう問うた。
トライトは一瞬片眉を上げると、小さく頷く。
「そなた、スキルを使ったかの?」
「いかにも。ヨーヨー殿の言う賢者アカイトが拙者だ」
賢者アカイトか。アカイトは何も言っていなかったが……。
思わず問いかける。
「賢者アカイト。アカイトに無断で、出てきたのか?」
「無断かどうか、何とも言えない。だが、分かっていたのだ。主人格も、ここで拙者は爺さんと話さなければならんと」
「……」
「だが、自分では聞きたいことを尋ねられず、言いたいことを伝えられぬ。故に、拙者に意識を譲ったのだ。無意識に、かもしれぬ」
大人しいと思っていたら。
「アカイト。疑問に答えようかの」
トライトが優しい声で言う。
「聞こう」
「お主は勘違いしておるかもしれん。お主は特殊なのじゃ」
「特殊?」
「賢者衆などと言われている者どもはいずれも、元より頭が良い」
「元より……?」
「左様じゃ。それに、知力向上系のスキルが合わさって、賢者衆として求められる思考力を何とか満たしている。そういった者ばかりじゃ」
「拙者は、違うと?」
「ああ、違うのう。お主は頭は……まあ、平均的なラキット族じゃ。じゃが、『隠者の知恵』の効果が、群を抜いておる」
「……」
「おそらくじゃが、アカイト。自分では賢者アカイトと名乗っておったか? 賢者アカイトの潜在的な思考力は、拙者を上回るじゃろう」
「爺さんを……? 信じられぬ」
「拙者は年寄りじゃ。ただ思考力があるだけではなく、経験を積んでおる。拙者がお主に優れている点があるとすれば、その経験の賜物よ」
「じゃあ、主人格が耐えられなかったのは、そのギャップの大きさ故だと?」
「そうかもしれぬ。じゃが、それだけではないかもしれぬ。お主の心の奥底まで、賢者衆と言えども見抜くことはできぬ」
「拙者が言うことではないが……それなら、主人格に別のジョブを与えてやることはできなかったのか」
「できたかどうかで言えば、できたじゃろうの。その方がお主は幸せだったのやもしれぬ。お主には悪い事をした」
「……爺さんだけは、最後まで拙者と主人格を同じヒトとして扱うのだな」
「拙者から見れば、お主らはよく似ておるからの」
「拙者が出て行って、本当に問題ないのか?」
トライトは穏やかに笑った。
「お主は知っておろう。ラキット族は良くも悪くも放任主義、楽天家よ。誰かが決めた決断を、容易に覆すことはせぬ」
「……そうか」
アカイトは静かにそう言うと、切り替えるように大声を出す。
「ここからは、ヨーヨー殿の配下として質問しよう! 爺さんなら、この辺りの情勢は分からないか!?」
「情勢のう。残念ながら、拙者らは隠れ暮らす身。ヒトの世の流れには疎い」
「では今回の霧降りの里のことも、分からぬと?」
「はっきりとはの。どうやら砂舞いが霧降りと対立したようなことは、分かっておるが」
「理由は?」
「分からんのう。じゃが……」
トライトがこちらに視線をやる。
だが何か俺に言うことはなく、そのままアカイトへの返答を続けた。
「……オウカの件じゃろうて」
「オウカに、関係者がいたか」
「すまぬが、それ以上のことは拙者には分からん」
トライトは気付いていたのだろうか。霧降りの里がオウカの里を滅ぼした件を。
こうなると、結果オーライな形にはなったが、できれば争いに巻き込まれる前にラキット族の里に先に来たかったところだ。
「ふむぅ。あまり参考にならん」
「拙者に言えることがあるとすれば、ヒト同士の争いごとというより……魔物どものことかの」
「おお、どのような?」
「そちらも、それほど大したことは分からぬよ。ただの……1つ、言えることがある」
トライトは声を潜めた。
何か聞かれたくないことがあるというよりは、単に気落ちしたような、悲し気な声である。
「ここより西や、北の里は……最早残ってはおらん。今や霧降りも砂舞いも、魔物に対する人類の最前線じゃ。北東には辛うじて空崩れの砦が残っておるが、それより西にあった里はいずれも、連絡が付かぬ。ただ廃墟があるのみじゃ」
「……質問しても良いか」
思わず、言葉を挟む。
「構わんよ、ヨーヨー殿」
「周囲の里が滅ぼされたというのは、いつの話だ?」
「分からんよ。そして、それに対する明確な答えも存在せぬじゃろう。ここは人類の最前線。人知れず戦い、そして人知れず魔物どもに滅ぼされていくのよ」
「質問を変えよう。ここの西や北にあったという里が、少なくとも1つは確実に存在していたのは、いつなんだ?」
「……2年ほど前かのう。少なくとも北に、谷影の里という里があったはずなんじゃ」
「そいつが、ヒトではなく、魔物に滅ぼされたことは確実なのか?」
「分からぬ。あるいはヒト同士の争いで滅ぼされたのかもしれんの。じゃが、この辺りの里が滅びたとなれば、まず誰もが考えるのは魔物の方じゃ」
だからこそ、霧降りの里は邪魔な里を魔物のせいにして滅ぼせたということか。
それにしても、この地域は「魔物と戦って生き残っている里」があるのだと思っていたが、現在進行形で滅ぼされている?
霧降りの里は、ヒト同士で争っている場合なのであろうか。
「ラキット族としても、周囲に人里がなくなるのは問題なのか?」
「そうじゃのう。拙者らは魔物に襲われにくい特性があるゆえに、単に生き延びるという点は他の種族より問題が少ないかもしれぬ。じゃが……周囲が話の通じぬ化け物どもしか居なくなるというのは、いささか不安じゃの」
「それもそうか」
他にも、ラキット族のように何らかの特性で生き延びている種族とか、隠れ暮らす里とかが残るかもしれないが、連絡を取るのも一苦労だろう。
「……実を言えば、一番の問題は食糧じゃ」
「ほう?」
「拙者らが魔物に襲われないといっても、拙者らが育てた作物を、魔物が食べぬというわけではない。むしろ頻繁に被害が出る。そして拙者らに、その魔物を狩る武力は乏しい。例え襲われずとも、湧き点から無数に現れる害獣となるのじゃよ、魔物というものは」
「なるほど。それを俺に明かしたというのは、裏がありそうだな?」
「左様じゃ。裏というほどのことではないが、食糧を持ってきてくれれば、交易品としてありがたい」
「食糧なあ。ラキット族は、どんなものが好みなんだ?」
「肉、魚、野菜、なんでも歓迎じゃが、やはり一番は穀物じゃの。一朝一夕には育てられぬし、確実にそれを齧る魔物が出る」
「穀物か、分かった。しかし、ラキット族は金を持っているのか?」
「交易用にいくらか備蓄はしているが、それほど潤沢というわけでもない。場合によっては、物々交換をお願いしたいのう」
「物々? ラキット族は何を作っているんだ」
「これでも、手先が器用な同胞は多くてのう。ちょっとした細工品や、魔道具があるんじゃ」
「ほう……さっきの木片も?」
「左様じゃ。あれの作り方を分かっとるのは、拙者らだけかもしれんのう」
ラキット族、舐めていたがなかなか。
技術力があるじゃないか。
「それに、お主らは随分と魔道具を身に着けておるのう。メンテナンスは足りておるのか?」
「まあ、技術者もいるからな。もしや、メンテできるのか?」
「機能を維持する程度のメンテナンスなら、可能じゃろう。ふむ、やはりお主らは、良き取引相手となりそうじゃ」
「俺らが穀物を仕入れて来られればな」
「出来るじゃろう?」
「……多分な」
「楽しみに待っておるわ」
取引相手を求めて東に行って、紛争に巻き込まれまでしたのだが。
どうやら、丁度いい交易相手はむしろ、北にいたらしい。
東に行けと助言した白ガキのせいだな、これは。
しばらく交易の話や、周囲の狩り拠点の話などを話したが、トライトは最後に気になることを言った。
「拙者らは所詮、この地で生き残る以上の知恵を有しておらん。お主らが真に知りたいことは、沼地の賢者に聞いた方が良いかもしれぬ」
と。
***************************
山脈を迂回するように、北周りで探査艦の位置まで帰還する。
少し遠回りにはなるが、今後は霧降りの里に行く際に、ラキット族の里の周辺を通ってもいいかもしれない。
なんせ、霧降りの里の近くにあったような、「魔物から隠れるのに最適な拠点」を彼らにいくつも教えてもらったのだ。
当然、彼らの里に近い場所はその情報が多い。
トライトは急いでいるわけではないと言っていたが、そのうち穀物も大量供給してやろう。
霧降りの里で仕入れるのは目立つだろうか?
少し手間だが、転移してパンドラムから仕入れた方が良いかもしれない。
あっちの方が、食糧は余っていそうだ。
そんなことを考えながら、ベッドで眠りに就く。
就いたはずだ。
だが、今俺は、ふかふかのソファの前に立っている。
な……、何を言っているのか、わからねーと思うが
おれも何をされたか……
分かるけどな。白ガキに呼び出されたようだ。
「やあ」
「……あんたか」
いつものように、足を組んで優雅にカップを傾けている白髪のガキ。
例の依頼とやらをされるのだろうか?
「今回は、依頼の件ではないから安心しなよ。ほら、前に言ったでしょう、転移先を追加できると」
「ああ、その件か」
「うん。君が出掛けている間に、通じたよ」
「……場所は言えないんだったよな?」
「そうそう、ごめんね。もう行けるはずだから、試してみなよ。一応最初に使うときは、僕がフォローするからさ、帰ったら早めにやって欲しいんだけど」
「分かった。しかし、そのためだけに呼び出したのか?」
「まあね。一応、警告もしておきたいし」
「警告?」
白ガキは右手の人差し指を優雅に立て、軽く横に振る。
「今回の転移先は、今までとはちょっと性質が違う。……他人に非常に、バレやすい。そして、バレたときのリスクがデカい」
「というと?」
「簡単に言えば、人がいっぱいいるのさ。それで、もし他人にバレたとき、僕としては転移装置を停止せざるを得ない。少なくとも、今回転移する先の物についてはね」
「……なるほど。再度この艦に戻ってくるには、またダンジョンに潜るなりしないといけないわけだ」
「そうだね。最悪、探査艦ごと破壊することになるから、それ所じゃないかもしれないけどね」
「分かった。よく気を付けよう」
「うん、気を付けて欲しいね。そこで……前に言っていた依頼とは別件で、取引をするかい?」
なんだ、結局依頼的なことがあるのか?
「といっても、今回の件はどちらかというと、君を助ける意味の方が強いね。支援するから、ついでにやって欲しいことがあると言った方が良いかも」
「言ってみてくれ」
「便利なものをあげるから……今回の転移先で、その情勢を詳しく探って、レポートして欲しい」
「ほう。下界の情勢にも興味が出てきたか」
「ま、その辺はご想像にお任せするよ。受けるかい?」
「情勢を探るってのは、無理はしなくていいんだろう?」
「ああ。酒場で噂話を探るとかさ、そんなんで良いよ。ゲームっぽくてわくわくしないかい?」
「どうかな。で、支援ってのは?」
「これを」
白ガキが手を振ると、ふよふよと四角い何かが飛んでくる。
「また何か道具か? この前のスキャン道具とは違うようだな」
大きさは片手でようやく掴めるくらいで、白と黒の渦のような模様が描かれている。
なんだこれは?
最近、キューブ型の道具を貰うのがブームだな。
「簡易型の携行転移装置。一方通行だけどね」
「!?」
なんか凄そうな道具だった。
というか俺が持っていて良いものか? これ。
「君と、君の隷属者を、あの艦に転移させることができる。扱いが難しいけど、『魔力』で補助できるようにしといたから、君なら何とか使えるでしょ」
「……それは……すごいもんじゃないのか?」
「うん、そうだね。まあ、据え置きの転移装置や探査艦がバレるくらいなら、そっちの世界でもギリあり得るくらいのそれが渡るリスクの方が大いにマシなんだよね」
「そうか……ありがたいが……」
「もちろん、打算もあるが君をそれだけ信頼して預けるものでもある。心して欲しいね」
「ああ、ありがとう」
得したときぐらいは、素直に感謝しておく。
さて、新天地開拓といくか。
不安もあるが、この瞬間って結構わくわくするわ。
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