第243話 慈悲

目の前には、この世の終わりのような表情を浮かべ、項垂れる1人の人間。


「名前は?」

「ウ、ウリウ」

「ウリウとやら。申し開きはあるのか?」

「お、俺は……。俺を許してくれっ、やっちゃまずいことだって知らなかったんだ!」

「だとさ」


和平の会談中は、黙ってキスティの膝に座って貰っていたアカイトに話を振る。


「……拙者に話したことは、嘘八百だったではないか」

「あ、あれは……いや、すまない。謝罪する」


俺の頭の上に陣取り、仁王立ちするアカイトがたしたしと足を踏む。

おい、揺れるからやめろ。


「何と情けない! こんな奴めに、苦汁を飲まされていたと言うのかっ!」

「まあ、小悪党なんてそんなものだろう」

「むうう。殺す気も失せたわ」


殺さなくて良いらしい。一応手にしていた剣を、そっと下ろす。


「恩に着るぜ……」

「だが! 拙者を騙したことに関しては、だ」

「あ、ああ」

「未だに、貴様の口車に乗せられて、売られていったままの仲間がいるはずだ! 全員を連れ戻せ」

「ぜ、全員? そんなの無茶だ」

「何が無茶か! たとえ戻るのを嫌がる同胞がいても、一度この地まで連れてくるのだ。同胞が本当に戻りたくないのであれば、この地の同胞……それから、里長に確認を得てから再び送れ」


ほー。

アカイトにしては、考えたな。


この小悪党の手口は、攫ってから口八丁で騙し、上手いことその気にさせて売ってしまうというものだった。

だから、一応本人たちは「自分の意志で外の世界に行った」と思っている可能性がある。

しかも、売られた先で可愛がられて、その気になっている奴もいそうだ。ラキット族だし。

だから連れ戻すべきかどうかの線引きが難しいのだが、とりあえず一度連れ戻して、やっぱり戻りたくないと確認できた場合のみ再度送り出すということにしたようだ。


そして、そのための費用や労力は全てこの男に負担させると。

しかし、発想は良いが……。


「無理だ!」

「まだ言うか!」


アカーネがあり合わせの素材で作ったアカイト用の小さな剣を抜いて、威嚇するアカイト。


「いや、待てアカイト」

「なんだ?」

「そいつは傭兵団をクビになった。クダル家からも嫌われて、立身出世の見込みもない」

「……むぅ?」

「つまり、そいつに負担させるのは良いが、金がないんじゃないか?」


男が跳ね上がるようにこちらを見た。

目尻には涙まで浮かべている。


「そ、その通りなんだ、やり手の傭兵の旦那! こう言っちゃなんだが、今回の件で貯めた金も大した額じゃねぇ! とてもじゃないが、各地を回って、ラキット族を買い戻すなんて無理だ」

「それは拙者の知ったことではないわ!」

「まあまあ、アカイト。無茶を言っても、実現の見込みがないんじゃ意味がないぜ」


取り立ては、金のある債務者からしか取れんのだ。

生かさず殺さず、これが肝要だ。

……あれ? 思考が闇金の取り立てみたいだな。


「じゃあ、どうしろと言うんじゃ!」

「俺に考えがある」


不安そうにこちらを見詰めるウリウに向き直る。


「……ウリウ。俺は、今後ラキット族を苦しめないんなら、別に良いんじゃないかと思ってるんだ。お前はこの辺の事情に疎かっただけだ。そうだろう? 悪いことはしたが、それで破滅までしてしまうのは酷だと思ってんだ。そこで、お前を助けると思って、1つ提案があるんだ」

「な、なんだ?」

「俺は魔物狩りだ。それに、色々伝手もあってな。色んな魔物素材がある」

「魔物素材……?」

「それを、安値でお前に譲ってやろう。珍しい素材もあるし、お前の商才なら高く売れるはずだ。それを原資にして、ラキット族を買い戻すんだ」

「そ、素材を……」

「それに、そうだな……値段が分からない物は、売値の10%をお前の取り分としよう」

「10%……10%か」

「だが、忘れるなよ。俺はさっき見た通り、モク家にもクダル家にも期待されていてな、色々と伝手があるんだ。誤魔化したり、逃げようとすればすぐ分かってしまうぞ」

「ああ……そう、だよな」


そうでもないが、せっかくクダル家の奴が俺を取り合っているようにも見える約定を提案してくれたのだ。ハッタリが効くうちに効かせておこう。


「何、アカイトとの約束が果たされれば、それ以後は全部お前の取り分になるんだ。悪くない話だろう?」

「う、うむ」

「お前のような商才のあるやつは、傭兵団に向いていなかったってだけだ。お前はヒトを騙して小金を儲けるような奴じゃなくて、もっと大きなことをする奴なはずだ」

「お、大きなこと」

「俺はヒトを見る目には自信があるんだ。俺は商才がないからな、お前のような大商人の卵と組みたいんだ」

「俺が、大商人……」

「ああ。この辺境の地で、里を巡って商売をできるような奴が、お前のほかに居るか?」

「わ、分からない。だが、やってみたい」

「その意気だ!」


うむ。


これで、俺は言い値で買い取ってくれる便利な卸先を確保し、ラキット族たちは救われるというわけだ。

あと、相当運が良ければこのウリウとやらも商人として転身できるだろう。

見事なウィンウィンウィンだ。


ウリウは高確率で死ぬ気がしているが。

こんな魔物だらけの土地で、行商の真似事をして長続きするとも思えん。


さっそくいくつか素材を渡し、代わりにラキット族を売った儲けの金を吐き出させる。

今後は定期的に霧降りの里で待つように打ち合わせ、一度ウリウはリリースしておく。

まあ、これで逃げるようなら、それはそれで構わんし。


「ヨーヨー。お前は、慈悲深い男だな!」

「そうだろう、アカイト。赦すことができるヒトこそ、真に強いヒトなのだぞ」

「なんと……! 最強とは、慈悲深くなくては辿り着けぬという事か!?」


アカイトが衝撃を受けて固まっている。

そろそろ、頭の上から降りて欲しい。


しかし俺ってば、初対面でアカイトを問答無用で捕まえてるし、あんまり他人のこと言えないんだよな。

ラキット族の味方みたいなムーブをしてるのはたまたま、好き勝手にやってたら、結果そうなったってだけたし。


最後の方はちょっと狙ってたけどな。

俺がラキット族フリークだと誤解されてた方が都合が良さそうだから。


周囲は既に、陣幕も片付けられ、皆忙しそうに動き回っている。

両者の文書の取り交わしも完了し、傭兵団は既に撤収の準備でおおわらわなのだ。


「よお、話はついたんか?」


そんな喧騒を尻目にフラフラしているのが、アード族のヒュレオ。

少し前に殺し合いをした、野犬のような犬顔だ。


「ああ。お前は暇そうだな」

「そうでもあるぜ。ま、戦いがなきゃこんなもんだ、他に取り柄もねーし」

「で、何か用か?」


ヒュレオは、後ろにある正門の上を仰ぎ見る。

そこにいた人影を見て、ふっと笑いを漏らす。


「おーおー。オレがアンタと喋るのは気に入らない、とよ」

「里の住人が睨んでるのか? 目が良いんだな」

「まあ、種族柄な。もう言いたいことは、前に言ったから特に用はないっちゃ、ないんだが」

「クダル家のところに一度、行くとかいう話か」

「ああ。本気で一度来てみろ」

「それはともかく。本当に、何で今和平だったんだ?」


ヒュレオは少し笑顔をかげらせる。


「さーな。ただま、今回のことじゃ、旦那も珍しく頭に血が上りすぎなんだわ」

「旦那? クダル家の当主のことか」

「確かにウチは、少々乱暴さ。でもな、里を滅ぼすまで争ったところで、何があるわけでもねー。いつもの旦那らしくない」


ヒュレオは、俺の背後に立つキスティを見て首を傾げる。


「ところで、オレとの戦いで矢を放った奴はどうした?」

「別行動だ」

「そいつは残念だぜ。ありゃ良い腕だ。大事にしろよ」

「なんだ。惚れたか?」

「冗談言うんじゃねーって。ニンゲンの女は趣味じゃない」

「……そうか」


まあ、俺もアード族とかいう犬頭の種族が恋愛対象かと考えたら、対象にならないだろうからな。


「こっちも1つだけ教えてくれねー?」

「なんだ?」

「アンタこそ、なんで、今だったんだ?」

「? どういう意味だ」

「アンタがナニモンで、どっから湧いたのかは知らねーけどさ。なんであの里長のババアが切羽詰まってから、やっと出てきたわけ?」

「そんなことか」


何でと言われてもな。


「ただ、そのタイミングで関わっただけだ。別にタイミングを計っていたわけじゃない」

「……そっか」


一瞬真顔になったヒュレオは、再度笑顔を作ると剣を担ぎ、後ろを向いた。

そして手を挙げて、後ろ向きのままで振る。


「今度会うときにゃあまた殺し合わねーことを祈るぜ」

「それは同意だ」


手の内をだいぶ見られてしまったし、次は本当に殺されるかもしれない。


ヒュレオを見送ってその後ろ姿を見ていると、後ろから声を掛けられた。


「ヨーヨー殿。里長がお呼びです」

「ん? ああ。……行こう」


案内されて、正門を潜る。

ギギギ、と外向きに開く巨大な扉。

半開き程度の状態で通るように指示され、中に入ると、すぐに別の壁が聳えていた。


その壁を迂回するように進み、迷路のような通路を通ると、水路があり、橋を通ってそれを渡る。

里というより、要塞といった印象だ。


水堀の役目を果たしているような水路を渡って更に門を潜ると、家々が見える広間に出た。

里の中にいくつも巨木があり、それに寄り添うように小さな家がいくつも連なっている。

巨木自体も、幹の一部が削られて建物として扱われているようだ。

巨木の枝上に建てられている建物もあるように見える。

パッと見の印象は、「エルフの村」っぽい。


全ての建物が小ぶりに見えるのだが、正面にある唯一大きな建物は、普通に他の町にあるようなものだ。

その正面に、和平の場にもいた人物が立っている。頭を下げたまま。


「ようこそ、霧降りの里へ」

「……里長。直々のお出迎えとは」

「ヨーヨー殿のおかげで、今回の和平が実現したと聞いています。村を代表して、お礼を申し上げます」


頭を上げたパピー里長は、柔和な笑みを浮かべている。


「陣頭指揮は良いのか? まだ正門前には、傭兵団がいるが」

「細かなことは、優秀な部下に任せました。長い会談に付き合っていただいて、お疲れでしょう。建物の中へお入りください」

「いや、俺は一度、仲間を迎えに戻りたいのだが」

「本日は一緒には来られなかったのですか?」

「ああ、まだ傭兵団と戦闘になる可能性もあったしな。非戦闘員もいたんで、いったん外で待たせている」

「非戦闘員、ですか」

「ああ。出来ればそいつらの身柄を引き取ってくれると、助かるんだが」

「どのような方でしょう?」

「2人いるが、まあどっちも傭兵団というか、クダル家の被害に遭った者だな。片方はラキット族だから、元々はここに居たのかもしれない」

「なるほど。巻き込まれた民を救っていただけたのですね」

「行きがかりだ。それで、可能だろうか? 戦の後で、里も大変だとは思うが」

「はい。里の者でなかったとしても、2人でしたらお引き受けできるでしょう。被害も大きく、むしろ人手が欲しいくらいです。是非引き受けましょう」

「助かる。もう1人は子どもだから、出来れば里親を見つけて欲しいが、まあそっちに任せた」

「子どもですか……なるほど」


里長は一瞬、難しそうな顔をした。

子どもでは労働力としては大人ほど期待できないだろうし、逆に親代わりを見つけなければならない。見込み違いだと思ったのかもしれない。


「子どもだと難しいか?」

「いえ。確かに受け入れに手間がかかりそうですが、子は宝です。将来の里のためと思って、引き受けることに支障はありませんよ」

「なるほど」


確かに、即戦力ではないとはいえ、逆に言えば将来的な労働力として有望なわけだ。

出自的に、ある程度育ったら滅ぼされた里の復興要員にされるかもしれない。


「我々の方で、お仲間に迎えをやることもできますが?」

「いや、ありがたいが自分で迎えに行くよ」

「そうですか。では、ヨーヨー殿がお仲間を連れ来るまでに、報酬などの準備を整えておきましょう。そちらのお付きのお方をお借りしても?」


里長は、キスティを目線で示して言う。

里の中にキスティだけ残しておくのも、ちょっとな。俺の安全的にも、連れていきたいし。


「ああいや、それもちょっと。基本一緒に行動するのが、ウチの流儀でな」

「あら、余計なことを申しました。お許しを」

「いや。……本当に腰が低いんだな、見たところ、ここだけでも少なくない人数が暮らしているようだが」

「ふふ。確かにこの辺りの里の中では、歴史も人数も頭抜けておりますわね。その秘訣は、謙虚さかもしれませんよ?」

「なるほどな」


会談でのやり取りを見るに、謙虚さだけではなくて、老獪さで生き抜いてきたように思える。

こんな辺境地区で集落を維持するのは、並大抵のことではないのだろうな。

柔和な笑顔を浮かべる里長の表情を見ていると、裏なんて何もないように見えてしまうが。


「報酬は、大貨10枚以上に、魔物図鑑だったか」

「はい、そう聞いていますよ。しかし、今回は和平に参加して貰いました。その分を加算して、大貨12枚を用意しようと考えています」

「そうか」


交渉するなら、ここなのかもしれない。

しかし、貨幣価値が分からないままという非常に残念な状況なのだ。

まあ、この状況でまさかこちらが貨幣価値が分からないと見抜いて、ふっかけることはしないはずだ。

もし多少足元を見られていたとしても、勉強料かな。

まあ、ハッタリで多少かましておくか。


「今回やったことを考えれば、もう少し貰ってもいいはずだ。なんせ敵の主力級と戦闘して、和平のきっかけを作ったのだからな。だが、今後非戦闘員を預けることも加味して、それで受けよう」

「まあ、ありがとうございます。里も戦ばかりで、ここ最近は収入は皆無でしたから……。お心遣いに感謝しますわ」


里長と握手を交わし、俺は洞窟へと戻った。

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