第244話 懇願

キスティとアカイトと一緒に、洞窟へと戻る。

入り口には、いつものキスティの代わりにルキが仁王立ちしていた。

戻ってすぐ、何やら頷いてキスティが代わりに入り口に立つのを見て、何とも言えない気分になった。


弱っていた女性のラキット族も、少し回復してきたようだ。

これなら、里まで移動することに支障ないだろう。

戦も終わって、幾分か余裕もできた。

ただ、魔物の脅威は残っているから、手は抜けない。


1日洞窟に泊まり、翌日に里に戻ることになった。



「お戻りになりましたか」


里の正門まで向かうと、既にその前に里長が立っていたので内心ビビった。

お得意の隠密部隊で、俺の動向を把握していたか。

里長の周囲、正門前はすっかり片付けられて、傭兵団の姿も見えなくなっていた。


「ああ、待たせてしまった」

「構いませんよ。こちらも報酬などの準備は済みました。どうぞお入りください」


今度は全員で里の中に入る。

以前も見た、1つだけある大きな建物は、客人用の宿泊施設になっているらしい。


その中を案内された後、木製の長机がある会議室のような場所に通された。

もとは大木を切り抜いて作られたようで、少し形が歪で年輪が見えていて、それが逆に高級感を醸し出している。

10以上はある椅子も、切り株を成形したもののようだ。

広い部屋だが、全員が着席すると席がほぼ埋まる。

ヨーヨーパーティと里側の人間が対面で座る形。

双方ともにあぶれた人員が出るが、後ろに立つ。こちらは自然とルキとキスティが立ち上がって俺の後ろに移動し、左右を固めていた。


「こちらが大貨12枚です。お確かめください」


ややゴワゴワする紐でまとめて縛られた、貨幣が渡される。

紐をほどき数えると、確かに12枚。


大貨と呼ばれたものは、見た目は銀貨のようだ。

聖貨と呼ばれていたこの地域の貨幣に比べると、確かに一回り大きい。


「1枚、細かい貨幣に崩すことはできるか?」

「あら、その方がよろしければ、可能ですよ。気が付きませんで」

「いや、普通は運びやすい方が良いと考えるだろう。気にするな」


ここで、秘儀「くずす」を発動する。

要望は問題なく通り、運ばれてきたのは聖貨10枚と、穴の空いた銅貨みたいな、また別の貨幣12枚。

……えーと?


「感謝する」

「いえいえ。毛銭はお使いになりますか?」

「……これで問題ない」


意図が掴めないので、答えを濁して返しておく。


「魔物図鑑は、こちらに。この辺りに出る魔物です」


机の上に置かれた、紐でまとめられた紙の束。


「ああ」


めくって読んでみる。分からん。

……とりあえず、魔物の絵が描かれて、部位ごとに何か注釈が付いていることは分かった。

以前テーバ地方で見た漫画みたいな図鑑と違って、解剖図鑑みたいな絵柄だ。


「これは貰って良いのか?」

「ええ。写しですから、構いませんよ。一応ですが、よそのヒトにはあまり見せてほしくないです」

「分かった。仲間内で使おう」


後で、アカイトにでも協力してもらって解読しよう。

部位ごとの注釈があるということは、素材として有用な部位も分かるかもしれない。


「それで、当里に迎え入れる方というのは」

「こっちの、小鬼族のジグと、あっちの……ラキット族のファルだ」


紹介されたうち、ラキット族の女性ファルはどこ吹く風。端の席で出された豆を食べて機嫌良さそうにしている。そしてジグは緊張したように固まっている。

机の対面には、里長とそのお付きのもの、その背後には完全武装の護衛がいる。

大人たちに注目されて、居心地が悪いのだろうか。


「まあ、可愛らしい方ですわね。ジグさん、緊張しないでくださいね」


里長が穏やかな口調で話しかけるも、ジグは固まったまま、辛うじてぎこちなく首を縦に振る。


「受け入れは可能だろうか?」

「ええ。ファルさんは、もともとこの里に訪れていた客人です。ジグさんも、引き取りたいという里親候補がもう何組かおります。もちろん、ジグさんが実際に会ってから決めても構いません」

「そうか。良かったな、ジグ」

「はい」


掠れるようなジグの返事。

人見知りが過ぎるというか、俺と出会った時にはもう少し喋れていた気もするが。


「今日はこの里に泊まりたいと考えているが、構わないか?」

「構いませんよ」

「それと、この辺の魔物は狩っても良いのだろうか? せっかく図鑑も貰ったし、確かめたい気もするんだが」

「ええ。ただ、夜の間は何人であれ、門を開けてはいません。締め出されないよう、ご注意くださいね」

「なら、朝を待つか」


もう昼は過ぎている。

今から出かけると微妙な時間だし、肝心の図鑑解読の時間も必要だ。


「それがよろしいかと」

「外に出るときは、門番に言えば良いだろうか?」

「ええ、それで構いませんよ。通常、里の者が出るときはそれなりに手続きが必要なのですが……ヨーヨーさんなら、魔物に殺されるおそれも少ないでしょう」

「ああ」



報酬も貰ったので、ホクホクで寝床に案内してもらう。

といっても、同じ建物内の大部屋に泊まる形らしいが。


小部屋もあるのだが、パーティーを小分けにするのが面倒なので、大部屋で良いと俺が言った。

区切りも付いたし、今後に関する作戦会議もしたいし。


本来はアカイト、ファル、ジグの非従者組はここでお別れで別の部屋に泊まる用意が整っていた。

しかし、アカイトは俺たちの部屋に泊まると言って聞かず、そしてジグはなお極度の人見知りを発揮していて、無言で俺の袖を掴んで離さないので、今日だけ同じ部屋に泊まることになった。

ジグが人見知りなのは分かったが、とはいえ俺がそこまで懐かれる理由が本当に分からない。


俺も、ついこの間初めて会ったような関係なのだ。


「ジグさんの話は、こちらで進めてみます。少しずつ打ち解けられれば良いのですから」


柔和な笑顔に少しの寂しさを覗かせながら、里長は去っていった。



夜。

里から頂いた農作物をサーシャが調理した夕飯を平らげてから、作戦会議を開始する。

久しぶりの、野菜たっぷりのスープは美味だった。


大部屋は、ござを敷いて上に布団を掛けて寝る、日本の布団タイプの寝具だ。

全員分のござを並べてから、部屋の中央に円になって座る。

めいめいに座るメンバーの肌は上気している。

なんとこの施設、簡易な風呂まであって、ついつい火魔法まで使って沸かしてしまった。

この感じ、旅行の夜って感じで良いな。


まあ、キスティは「警戒するぞ!」とか言って、風呂の後にまた鎧を着込んでいるから、風情がないのだが。

サーシャやルキは無防備ではないが、鎧下姿になってリラックスしている。

アカーネはほぼ下着姿のまま、魔石をいじっている。あいつだけは緊張感というものがない。


「んな~ぉ?」

「コラ、触っちゃダメ」

「おのれ黒き翼のライバルよ、アカーネ殿への邪魔だては拙者を倒してからとせよ!」

「な~お!」


魔力を通すと光る魔石に興味津々なシャオは、ここのところアカーネの研究を邪魔してばかりだ。しばらくするとルキが回収していくのだが、アカーネも怒る真似をしつつもちょっと嬉しいらしく、本気で怒る直前くらいまでは放置されている。

今日はそこに、アカーネの護衛を俺から言いつけられたアカイトまで参戦している。

ネコとネズミがコミカルにやり合っている姿はファンシーだ。


と、念のため風魔法の音声遮断を発動。

仲間内だと共通語で喋るので、聞かれていると不審に思われるかもしれない。


「まずはアカイトに、ここの魔物図鑑を音読してもらおうと思う」


会議に参加するは、サーシャ、キスティ、ルキ、そして何故かジグだ。

キスティは警戒を続けたがったが、とりあえずしばらくはドンに任せて会議に参加してもらう。

ジグは、参加させる気はなかったのだが、俺たちが会議を始めようとすると、ススッと寄ってきて俺の横に座ってしまったのだ。


まさか、俺たちを偵察するために里長が仕組んだ諜報員とかじゃないだろうな……。

相当ナーバスになっておいでの様子なので、とりあえずは放っておく。

そもそも共通語は分からないはずだし。


「良いと思うぞ。まずは魔物の情報を知ること。戦士家でも基本のことだ」


キスティが頷く。


「原本を見せるのではなく、写しですか。間違いなく、一部の情報だけになっているでしょうね」


サーシャが魔物図鑑の写しと言われた紙を持ち上げ、描かれた絵を眺める。


「そう思うか?」

「魔物の情報は需要が高そうですから。特にこの地では。安売りはしないように思います」

「強かだよな」


否定できない。むしろ、あの里長ならいかにもやりそうだ。

原本を見せろ、とゴネることも出来るが……まあ、とりあえずは良いか。

あの里長と反目すると、厄介そうだし。


「それで、主様」

「なんだ? ルキ」

「アカイトさんのことは、どうするのでしょう? パーティに迎えるのですか?」

「うむぅ。そうであれば、隷属術師も見つけなきゃならないし……どうしよ」


パーティに入れて旅を共にするなら、隷属させるのは必須要件だ。

これは俺の拘りからではない。

探査艦に入って、転移できるのは俺と隷属者だけなのだ。


だから、男であっても仲間とするには、隷属させなくてはならなくなった。

まあ、適当に拠点を作って、そこに放り出しても良いが、今はその拠点がないからな。


「拠点かあ」

「なんだ? どこかに落ち着きたくなったか、主」


キスティが少し揶揄うように言う。


「そうでもないぞ。だが、今回のアカイトやジグのように、一時的に仲間になるような奴もいるかもしれないしな。活動拠点のようなものが、探査艦以外にもあると便利かと思ってな」

「ああ。それは確かにあってもいいな。これから、怪我する仲間も出る可能性があるしな。我らだけならあの船に待機しても良いが……主がいないと移動もままならないのではな」


転移装置を使えるのは、今のところ俺だけだ。

いざという場合の待機場所としては使えるが、拠点として使うには不便も多い。


「しかし、今のところ移動できるのは……ダンジョンの中と、ここ、そして墓地だもんなあ」


墓地を占領して、今度は俺たちのアジトにするか?

しかしあの場所からして僻地すぎて、拠点としてはどうなんだろうな。


「まあ、その話は置いておこう。今後のことだが……どうするかね?」

「この辺りで魔物狩りでもするか、あるいは周囲の探索を続けるか、か?」


キスティが応じる。確かに、その2つのどちらかか。

あー、そうか。

報酬は魔物図鑑より、周辺地図とかでも良かったのか……。


いや、近くの里の場所くらいなら、普通に頼めば教えてくれるかな?


……。

いや、そういえば、ジグかアカイトが知ってたりして。


なんかそれどころじゃなかったので、落ち着いてそういう話題を聞いたことがなかったか。


「まあ、ジグやアカイト、それから里の人に色々情報収集はしてみよう。情報収集がてら、魔物狩りでもして過ごすか」

「よしきた!」


キスティは嬉しそうだ。

最近は対人戦が多かったわけだが、魔物狩りは別腹なんだろうか。

この戦闘狂の思考は分からん。


「ご主人様。魔物のことも大事ですが、まずはこの辺りの貨幣価値や物価などを把握しませんと」

「あ~、たしかに」


それが分からんのでは、取引で永遠に足元を見られ続ける気がするし、交渉も出来ん。

あのウリウとかいう小悪党が今度来たら、その辺を根掘り葉掘り聞きたいな。

里の中で情報収集も良いのだが、この隠れ里みたいな場所で暮らしている人に経済の話が分かるのかは疑問だ。


「あ、あの」


仲間内での話し合いとは、異なる言語で話しかけられる。

この場でこの辺の言葉を喋れるのは俺だから、俺に話しかけられたのだろう。


「うん? どうした、ジグ」

「あ、、」


言い淀んで黙ってしまうジグ。


「ああ、さっきから話しているのは遠くの言語でな。盗聴なんかを警戒して、その地のものではない言語を使うもんなんだよ」

「そ、そうなんだ……。いや、そうじゃなく、て……」


ジグはこちらを見詰めたまま、涙目になっていく。

ええ?


「何故泣く?」

「ご、ごべんなさい……」

「いや、責めてはないが」


周囲を見渡すが、いつもはナイスフォローをしてくれるサーシャたちもだんまりだ。

当然だ、言葉が分からないんだもの。


「ぐ、う……ひっく」

「あー、慌てなくて良い。何か伝えたいことがあるんだろう? ちゃんと聞くから、ゆっくり話せ」

「う、ん……。小声で……恥ずかしいから」


耳元に口を寄せようとする。

それは良いのだが。


「一応、盗聴対策の魔法は貼っているから、小声なら聞こえないはずだぞ」

「そうなの? すごい」

「ははは、ありがとう」


ジグは何かを話そうとして止め、鼻をすすり、といったことを暫く繰り返してから、ようやく落ち着いて、話し出した。


「……お願いします。ウチを、連れて行って」


ジグは身体を投げ出して、見事な土下座を見せた。


「顔を上げろ。……理由は?」

「……」

「言っておくがな。俺のパーティは、必ず俺に隷属してもらっている。分かるか?」

「隷属……」

「ああ。だから、一度仲間になったら、一生抜けられないかもしれない。旅をするから、恐ろしい魔物に襲われることも多い。半端な気持ちで言っているなら、止めておけ」

「……お願いします」

「大人しく、この町で育ての親を待ってれば良いじゃないか。きっと良くしてくれるぞ」

「あいつらは!」


ジグが急に大声を出した。


「……」

「なんだ?」

「なんでも、ない」

「理由を言ってみろ。納得できなければ俺も背中を預けられん」

「……耳を」


キョロキョロと、周囲を気にした様子を見せつつ。

俺の耳に口を当てて手で覆い、いっそう声を潜めて、ジグは言う。



「里を滅ぼしたのは、この里の奴ら」


……は?

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