第241話 ゴミだめ
「和平するとして…俺にどうしろと?」
待ち伏せされたらしい戦闘の途中、犬顔の敵から「やめた」宣言をされて困っているところだ。
「いやどうもする必要はねーよ? アンタは雇われだろ。オレたちが勝手に進めるからさ……いや、アンタは居てくれた方がいいかもな?」
「何?」
「一緒に来てくれ……てのは、流石に乗ってくんないよなー」
当たり前だ。
和平が本当かどうかも分からないし、本当だとしても気が変わるかもしれんのだ。
そんな敵地にノコノコ乗り込むほど馬鹿ではない。
「じゃ、こうしない? アンタ、里の中と連絡する手段はあんの?」
「……なくはない」
「おっ、いいねー。じゃ、里の連中からアンタに連絡して貰うからさ。しばらく適当に待っててちょ」
「ああ」
……いや待て待て。
流れで俺が和平の場に同席?することになっているが、何故なんだ。
「……俺が出るべき理由はなんなんだ?」
「信用。あと証拠」
「もう少し分かるように言ってくれ」
「あらー、分かんない? アンタ、少なくとも里の住人じゃなさそうだべ。雇われって否定しないし。なら、第三者ってことになるな」
「まあ、そうだな」
「里寄りの第三者って存在が必要なわけ。まあ、なくてもいいけど、あった方が里側も安心するし、約束を反故にしにくくもなるわけ」
なるほど。
「だが、俺はフラフラしてる傭兵みたいなものだ。俺自身の信用なんて、あったもんじゃない。意味あるのか?」
「あるある。まあ、そりゃちゃんとしてればしてるほど、破りにくくなるだろけどさ。そこまでゼータクはいわせねーって」
「信用ってのは分かった。証拠ってのは……ああ、約束事の証人って意味か」
「いやいや、それもあるけど。オレが言ってんのは、そこじゃねー」
「ではどこなんだ?」
「俺が嘘を言ってねーって証拠」
「……ああ」
そういえば、さっき言っていたか。
俺という存在が想定外だったから、諦めるみたいな。マジで言ってるのかは怪しいが。
少なくとも表向きの理由にするなら、俺がいないと始まらない?
いやいや、攻めてる側なんだから、和平する理由なんていくらでも作れるし、それでいいんじゃないのか?
「言っとくけど、嘘をついてるって思われて困るのは、こっちサイドの話」
「こっちサイド?」
「オレが、団長サンに思われたら困るってこと」
「……ああ」
そっちか。
団長も諦めがつくとか言っていたから、傭兵団長は戦争継続したいわけか。
だから、犬顔が家に帰りたいがタメにホラを吹いてると思われると困ると。
「理由は分かった。だが……」
「なに? まだあんのかよ」
「俺は和平に乗るなんて、一言も言ってないぞ」
犬顔は虚をつかれたように押し黙った。
それから、ニカリと笑顔を作る。
「確かにな。で? 里抜きでも、オレとやりてーってか?」
「違う。俺にも条件を出す権利があるんじゃないかってことだ」
戦闘狂みたいな解釈をされそうになったので、慌てて訂正する。
こんな底が知れない強者と、何が悲しくて無意味に戦うというのか。
「ほー。言ってみ、言ってみ」
なんか和平に巻き込まれるだけなのは癪なので言ってみただけなんだ。
なんかあったっけな?
「……ラキット族の売買を禁止してくれ」
「あー、それか。別に良いぜ」
「良いのか?」
あまりにあっさり承認されると、逆に不安になるのだが。
「あんなのは、末端の小銭稼ぎだろ? 別に良いぜ。それに旦那だったら……まあそりゃいいかー。なんならやってた奴を引き渡すぜ?」
それは逆に手に余るな。
アカイトは復讐したいだろうか?
まあ、とりあえず容易に再犯できないようにしとくか。
「……不要だ。傭兵団やクダル家から除籍させるってのは?」
「そんなんでいーのか? できるぜ」
「じゃ、とりあえずそれで。後は俺とそいつで話をつける」
バックに怖い奴らがいなければ、後はどうとでもできるからな。
アカイトが殺したきゃやればいいし、悪事で儲けた小金を巻き上げても良い。
「なるほどねー。じゃ、そいつも同行させるから。よろしく」
「確認するが、俺たちは里からの連絡を待てば良いんだな?」
「そそ。オレがシクって、攻撃が再開したらまた戦い始めていいぜ」
「お前は……どれくらいの確率で意見が通るんだ?」
「んー。八割がた、いけんじゃね?と思ってるけど。とはいえ所詮お客サマだから、団長が頑固だと分かんないかなー」
……不安なんだが。
「聞いている限り、そちらの団長は攻撃継続派のようだが?」
「まー、団長もこのまま終わったら失点だかんね。だけどま、オレが反対しているのに続けるってこたぁさ、クダルの旦那に反逆したと思われるかもしんねーわけよ。そこまでするタマじゃねーぜ、あの団長サンはよ」
「分かった。とりあえず、期待せずに待っとく。すまんが、里から連絡あるまでは、そっちに攻撃しないとは確約できないぞ」
「まー、こっちも連絡に時間かかるしね。火の粉は払ってもらって構わねーぞ」
この犬顔、態度の軽薄さのわりに物分かりが良くて怖いんだが。
裏だとしっかりしてるタイプだったりして。
今でも、俺の存在のせいで終戦というのが全然腑に落ちないんだが。
「あー、めんどかったー。これで愛するゴミだめに帰れるってもんだよ。アンタにはむしろ、感謝しないとな」
「ゴミだめ?」
「あーまあ、家ってこと。そーじが苦手でね」
「……」
だよね。とは言わないでおいた。
見るからに風呂とか嫌いそうだし。
「あ、言っとくけど体毛の色はモトモト茶色っぽいんだからな!? 別に汚れでこーなってるんじゃねーよ」
クリーム色に茶色が混じる体毛の色は、確かに汚れているように見えるわけだが。
そう思われるのは嫌らしい。
「別に思ってないぞ。で、俺たちはもう行って良いか?」
「いいぜー。あ、死体どーする?」
「……別に要らんから、好きにしろ。メックス……お前が殺した男の頭だけ貰い受ける」
「そうしな。この辺に放置しとくと、魔物の餌になるだけだからな。アンタがやらねーなら、この男の胴体はオレが埋葬しとくぜ」
「……そうか」
メックスには悪いが、ここで共同作業するよりは、すぐに離れて安全を確保したい。
提案通り、胴体は置いていくことにする。
生首は里に渡すために、キスティに加工して持って行ってもらうことにしよう。
「あ、そーそー。里の奴らがいたらこーゆー話しにくいだろうか、話しとくぜ」
離れ際に、犬顔が埋葬作業を進めつつ、視線も寄越さずに言ってくる。
「なんだ?」
「アンタみたいな戦士は、旦那が気にいると思うぜ。気が向いたら、来てみな。別に仲間になんなきゃ殺すなんてしねーし、試しにな」
「……機会があればな」
そのうちクダル家とやらの勢力圏に行くかもだし、秘儀「行けたら行く」を発動しておく。
「しかし辺境ってのは、まだまだ知らねー戦い方のヤツが居るもんだよな。めんどくせー」
「お前のジョブも謎なんだが」
戦士系だろうか。
あの筒状の火花が、火魔法なのか、スキルなのかよく分からんのよな。
動きも速いし、俊敏のステータスは高いのだろうと思うが。
「くくく、そりゃー秘密に決まってんぜ」
「だよな。ひとつ教えて欲しいんだが」
「おっ。なんだ?」
「クダル家には、お前レベルの戦士が他にもいるのか?」
「ああん? そりゃ、オレ以上なんていくらでもいんぞ」
「そうか。精強なようだな」
クダル家ヤバいな。
いや、大きな都市の戦士団だったら強い奴も多いだろうから、それくらいのレベルも普通なのかも。
辺境はレベル高いやつが多いらしいとはいえ、やっぱり本職と戦うのはリスクが大きいもんだな。
「まあ、これも信じるのはムズカシーかもしんねえけどさ。特にアンタらを追跡したりしねーから、知らせがいくまではゆっくりしてな」
「ああ、そうさせてもらう」
不意打ち時点で見られてるだろうし、戦闘中にサーシャの矢が飛んでたので今更だとは思うが、一応従者たちとは離れてから合流する。
存在は把握されていても、その構成まではバレていないかも知れない。
「ご主人様。ご無事で何よりです」
「サーシャ。他の敵は?」
「発見できませんでした。アカーネも違和感はなかったと。ドンちゃんも反応しませんでした」
「そうか。ならあいつらは本当にあれだけだったんだろうな」
つまり、犬頭は最後自分1人だけになったことを認識して、あえて逃げなかったことになる。
豪胆なやつ。
「ご主人様。追わなくて良いのですか? 増援がいないなら、今度は全員で対処できます」
「あの犬頭か? あいつとは、手打ちになった」
「え? どういうことでしょう」
あちらから攻撃の中止を言われて、和平の場に呼ばれたことも説明する。
「信用できるのですか?」
「分からん。今のところ互角に戦えたから、1人で戦うのを避けるための方便かもしれないが。あいつは底が分からん。深追いするのはこっちも危険だ。それに、あいつの言う通りだったら、色々と都合が良い。どうせしばらくすれば事実は分かるだろうし」
例の洞窟で、ヒースタが現れるまで待てばいい。
ヒースタがどのくらいの頻度で中と連絡しているか分からないが、連絡していて何も伝言がないようなら、嘘の可能性が高まる。
和平が嘘で戦闘が継続するようなら、ここから離脱するのも吝かではない。
あの犬頭レベルの敵がゴロゴロしているなら、速めに離脱した方が良い。
「とりあえず、引き上げるぞ。部外者にしちゃ、十分頑張ったさ」
「ラキット族も救えました」
「まあ、成果はそれくらいだな」
しかし、行き当たりばったりなのだが、アカイトに続きラキット族を救いすぎだな、俺。
物語なら、常人には隠されているラキット族の秘密の住処とかに案内されて歓待されてもいいレベルだぞ。
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「いや、ラキット族の里は拙者らのサイズだぞ? 人間族が入れるわけなかろう!」
「あ、そう」
洞窟まで引き返して待機中。
アカイトにラキット族を救ったら住処に呼ばれたらするのか聞いてみたら、否定的な答えが帰ってきた。
別に行きたかったわけじゃないんだからね……。
洞窟に帰る際は何度もフェイントで別の場所に入ってみたりしながら、追手がないかを慎重に観察した。
俺も探知全開で探ってみたが、結局俺たちを尾けている者はいないようだった。
定期的に周囲を探索しつつも、あまり派手に動かないようにして潜む。
ちなみに洞窟に置いてけぼりにした小鬼族の子どもジグは何事もなく無事だった。
サーシャが置いていった簡易料理セットの使い方をマスターしたようで、帰った時も自炊中だった。
それ以降、サーシャの料理の右腕のようになって働いている。
アカーネはここのところ、安全な場所にいるときは魔石に夢中だ。俺が倒したニャントセとかいう魔物の魔石は魔力を通すとキラキラと光るそうで、その研究に勤しんでおられる。
そのキラキラが気になるのか、いつもはルキに引っ付いているシャオが興味深そうに魔石を眺めている。
魔石にいたずらをするとアカーネが怒りそうなので、眺めるだけにしてもらいたいところだ。
里の隠密であるヒースタが訪れたのは、翌日になってからだった。
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