第240話 釣り

小川の側の、森が開けた場所にいた傭兵団を倒した。


最初の攻撃で吹っ飛ばした敵にはまだ息があったので、止めを刺しておく。

それを終えた頃に、サーシャたちが合流する。


「お疲れ様でした」

「何とかなったな。そっちにも攻撃がいったか?」

「はい。ですが、マジックシールドで防げました」

「そうか、良くやった。サーシャとアカーネは引き続き、周囲を警戒してくれ」

「はい」


他に敵の仲間がいる可能性もある。

ここに長居するのは、今度はこっちが危険になる。


「ルキ。アカイトと一緒に来てくれ」

「はい」


奥にある簡易テントの中に入る。

キャンプで使うような形のキャンプの入り口をめくると、ラキット族がいた。

無事……と言えるかは微妙だ。

包帯でぐるぐるとお腹が巻かれている。


「あ、あなたたちは……!?」

「ファルか? 拙者だ!」


アカイトが痛む身体を押して、ルキの腕から飛び出す。


「アカイト! あなた、無事だったの?」

「ファルこそ、どうしたというのだ!」

「魔物にやられちゃったの。わたし、隠れるの下手で……」


見た目からはよくわからないが、どうやら女性らしい。

アカイトと比べると落ち着いた口調だと思うが、単に怪我をしていておとなしいだけかもしれない。


「拙者が来たからには大丈夫だ! 集落に帰ろう」

「いいえ。わたし今、傭兵団の人と一緒に行動していて……」

「そいつらは、もういいんだ」

「え? どういうこと?」


アカイトは、ファルというラキット族に、傭兵団が言葉巧みに騙してラキット族を利用していることを訴える。

ファルはというと、混乱気味である。

信じられないというよりは、事態の急変に頭が追い付いていないようだ。


「え、じゃあ、魔物が大変だから里と協力するっていうのは、嘘なの? アカイトも賛同したって聞いたけど」

「拙者が? まるっきり嘘だぞ。拙者は他のラキット族を危険に晒さないために、言うことを聞けと言われていたのだ!」

「あのヒトたち、悪いヒトだったんだ……」


騙されやすいだけあって、説得も楽だな。

この分なら、アカイトに任せて大丈夫だろう。

ルキに後を任せて、テントを出る。


「ご主人様。いかがでしたか?」

「サーシャ。情報通り、ラキット族がいたぞ。とりあえず保護する」


なんか、保護ばっかりしてるな、ここ最近の俺。

お荷物を抱え込むのも限度があるが。


「確認ですが……ラキット族はお金になるとのことですが、その気はないのですよね?」

「そりゃそうだ。そこまで切羽詰まってないし。それにそう言う行為は、天罰の可能性が拭えないんだろ。そこまでしてやることじゃないな」


誰かのジョブを強制したり、システムを介さずに自由意志を奪う行為は天罰の可能性が残るという話だ。

ジョブに関係なければそうそう起こらないらしいが、0.1%でも可能性があるならリスクが大きすぎる。


まあそれに、単に頭が弱いだけで敵対しているわけでもない種族を騙して小金を得たところで、何も楽しくないわけだが。


「ギーギー」


サーシャの肩に乗っているドンが、悩ましげな鳴き声を上げる。


「どうした、ドン」

「キューミュー」

「よくわからない予感? 敵じゃないのか」

「キュー」


ドンがハッと何かに気づいたように、横を向いた。

何かが飛んでくる。


筒状の火花?


ファイアシールドを展開しながら、警戒を発する。


「緊急退避しろ! 可能なら援護を」


剣を抜く。

川の下流の方、森の切れ目から、何者かが姿を現した。


「やー、やっと当たりだわ」


見たところ、1人だけだ。

人間族ではない。

そうと分かるのも、装備が簡素だからだ。

まるでボロ布を纏っているだけのような、簡素な装備。装備というより、服と言うべきか。

胴体には数本の鎖が巻かれ、頭の後ろに置くように直剣を担いでいる。


顔は犬、もしくは狐のようだ。

全身の体毛がフサフサで、獣人のようだが、砂漠にいた犬顔の種族とは明らかに様子が異なる。

あっちが高級犬なら、こっちは雑種だ。

それも野良で、生まれて一度も風呂に入ったことがないようなタイプの。


剣を担ぐ左手に対して、右手は下に何か丸いものを掴んでいる。

見間違いでなければ……生首か。


魔剣に魔力を籠める。


「あー、待て待て! そう急ぎなさんな。そもそも、オレに勝てると思うか?」

「やってみなきゃ、分からんだろう」

「だよねー! 同意同意。やってみなきゃ分かんないわな」


調子を狂わされる。

生首と剣を掴んだまま、おどけたように身体を揺する野良犬顔。


「何が言いたい」

「いや、だからさ。分からないんだよ。アンタと戦ったところで、勝てるのかがね。やりたくねーよ」

「お前は……傭兵団の一味か?」

「えーどうだろう。そういうアンタは、里の連中の雇われか? アンタみたいなのが居るって、初耳なんだけど」

「俺みたいなの、とは?」

「だってさ、こっちがよーやく1匹殺したところで、アンタは3人だろ? あー、殺したんだろ? ここでのんびりしてるってことはよ」


そう言って生首が投げられる。

血に塗れた顔をしていて見辛いが、緑色の肌と、雰囲気はメックスだ。


「……」


ハンドサインで、後ろに「索敵」の指示を出す。

この場合、意味するところはただの警戒ではなく、「隠れている敵を探せ」の意だ。


こいつがダラダラと喋っている理由が、時間稼ぎだとマズい。

だが、こっちは探知能力だけは馬鹿に多彩で、優秀なのだ。

奇襲を目論んでいたら、逆奇襲と行こう。


「で、アンタは何者なのさ」

「……さてな」

「雇われならさ、寝返らん? 金貰ってるなら、それ以上は出せると思うぜ」

「何? 傭兵団に雇われろと?」

「や、この場合はちょっと違うわな。ウチの旦那が金を出すことになる」

「お前はどこの者だ」

「えー、ここまで言ったら分からん? まあ教えたるけどよ。クダル家だよ」


こいつは傭兵団員ではなく、傭兵団を雇っているクダルって連中の仲間ということか。


「……断る」

「えー、まじで? ダルいわー」


野良犬顔が、剣を持ち上げ、構える。


「理由だけ聞いといていー?」

「……ほいほい裏切ってたら、たいていロクな結末にならんだろ」

「あー、それな。一理ある」


野良犬顔は軽々と剣を振り回すが、サイズとしては俺の魔剣と同じくらい、大剣サイズだ。


「ほいじゃ、仕方ないか。じゃあな」


その身体がブレる。

気付けば距離が詰まっている。

まだかなり離れているが、疾い。


こちらも身体強化しながら、前に出る。

後ろに逃げたんじゃ、あっちの想定通りだろう。

あえてぶつかるように、スピードに乗る。


こちらも、向こうもその展開に剣さばきが追いつかず、ただ正面から切り結ぶ形になる。

重い!

力と力でぶつかった一瞬後、蹴りを入れる。

あちらも同時に蹴りを入れていて、互いの蹴りで後ろに飛ばされる。


サテライトマジックから、ファイアボールを連射。

敵がそれを避けながら、手をかざすと筒状の火花が飛んでくる。

あっちも連射する。


ファイアシールドに当ててみると、弾くことができた。

威力はそこまでか。


しかし、撃ち合いはマズいか。

後ろにいる従者組に流れ弾でも当たったらコトだ。


踏み込む。

エア・プレッシャーで急接近し、振り上げ。

それは、軽々と躱される。のを見越して、同時に魔力を放出する。


やったか!


と思うのも束の間、まるでマ◯リックスのように後ろに仰け反り、放出を躱される。


そしてそのまま地面に片手を付くと、そこを支点にぐるんと身体を回転させ、蹴り上げられる。

顔面にモロに入るが、転ぶのは耐える。


その間に起き上がった敵が、不敵に嗤う。


「ビックリ箱みたいな野郎だな」

「……」


再び斬りかかる。

こっちにはアドバンテージがある。装備の差だ。

まともな防具を身に付けていない敵には、魔力放出を当てればダメージは通るだろう。

それに対してこっちは、正面の装甲には定評がある。重装備なのだ。


まともにやり合えば、こっちに分があるはず。


他の敵がいないかが気になるが、余裕がない。

そっちはサーシャたちに任せて、俺はこいつに対処だ。

意識を集中させる。


だが、その姿が再びブレると、今度は右に移動していた。

移動系のスキルか?

俺もエア・プレッシャーで緊急回避は多様するが、相手にやられると厄介すぎるぞ。


振られた剣を、籠手で受ける。

すると、そのまま剣を手放し、懐に飛び込んで来た。


あちらは種族的なものか、鋭い爪を持っている。

その爪をナイフのように使いつつ、こちらの装備の隙間に差し込んでこようとする。

まさかの引っ掻き攻撃だ。


籠手でそれを防ぎながら、こちらも魔剣を手放して短剣を取り出す。

アインツに貰った短剣で、爪を受ける。


そのまま、短剣の先からファイアボール。


驚いた顔をした敵が、まともに食らって吹っ飛ぶ。

いや、そこまで威力はないはずだから、あえて跳んだと考えるべきか。


「それ長剣がなくても、使えんのかよ」

「あいにく」


警戒しながら、お互いの剣を拾う。


「つまり、手品が使う暇がないくらい、追い込むしかないわけね」


薄汚れた犬顔が、先ほど以上に口角を歪ませる。


「上等だらぁッ!!」


横なぎ。剣で合わせる。

重い。思わず身体の軸がズレる。

ひらりと剣が舞い、別角度からの打ち込み。籠手で受ける。


ススっと横にズレ、振り下ろし……が来ると思いきや、蹴りが横腹に入る。

鎧ごしに、その衝撃が伝わる。


今度こそ振り下ろし。かろうじて剣で受ける。

しかし視界から消えたかと思うと、足元に衝撃。

足払いを受けたようだ。


エア・プレッシャーで退避。

慎重に着地し、魔力をほとんど籠めずに魔弾を撃つ。牽制だ。


目じゃ追えない。

気配探知を全方位に打つ。


そこにいる。それは分かる。動いた。それも把握できる。

だが追い付かない。


動きに捉え所がなく、そして疾い。


「おっとお!」


矢が敵の顔を掠める。

その間に体勢を整える。


「おいおい、お味方ごとかよ? それとも……凄腕ってことかねぇ」


笑いながら、剣を振る敵。

同時に、剣を持っていない方の手から、いく筋もの筒状の火花が発生してこちらに迫る。ファイアシールドで防御。油断もスキもない。

だが、その処理の間に再度寄られている。


白兵戦でゴリ押しすることに勝機を見出したということなのだろう。


それを何とか凌ぎながら、発動する。


足元に流れる小川の水が隆起して塊になり、敵の身体を叩く。


流石に予期していなかったのか、吹っ飛ばされる敵。


エア・プレッシャーでそれを追う。

立ち上がるか否かのところで追いつき、剣を横なぎ。魔力を放出させる。

それを仰け反って躱す敵。それはさっき見た。だから俺でも対処できる。


そのまま魔剣を手放して、足払いをかける。

体勢を崩し、ちょうどいい位置に頭が来たので、ストレートパンチ。


まともに入って、敵の身体がふっ飛び、何度も転がった。


そのスキに、少し離れてしまった魔剣を探し、拾う。


「く、くく……なるほどな」


ダメージは入ったと思うのだが、普通に立ち上がる犬顔。

このまま長引くと、ちょっとマズい。


あっちは基本的に体術で優っているが、こっちは魔力頼りなのだ。底がある。

魔力が尽きる前に、決着を付けないと死にかねんな。


「あー、やめやめ。やめた!」


犬顔が両手を上げて叫ぶ。

唐突だ。


「ん?」

「やめたぜ。もうやめよう」

「やめよう、で止められることかよ」

「できるぜ」

「え? 出来んの」


何でもないことのように返されたので、オウム返しで変な反応をしてしまった。

思わず咳払いをする。


「出来るぜ。オレとアンタが戦う理由はない」

「……いや、あるだろ? 敵と味方みたいだし」

「それをやめるっての。アンタ、里の雇われで間違いないんだろ?」

「まあ、うん」

「なら、もうやめだ」

「……すまんが追い付かん。何をやめたという話だ?」


犬頭は、やれやれと首を振った。


「里への攻撃をやめる。だからオレと里はもう戦ってねぇし、アンタとも関係ない」

「うん? 里への攻撃……傭兵団を抜けるってことか?」

「違う、違う。カンが悪いぞアンタ。オレが傭兵団に攻撃をやめさせる」

「……お前、何者なんだ?」

「言ったろ? クダル家のモンだぜ」


つまり、傭兵団の雇い主の関係者であると。

ああ、だから命令して攻撃をやめさせることもできる?


「分かった。しかし、何故急に? さっきまでこっちを殺す気マンマンだっただろが」

「そりゃ、戦うんだったら殺す気で戦うべ。でも、前提が崩れたからな」

「前提?」

「ここの里のやり方ってのは、大体読めてきたんだがよ。要はゲリラ戦だろ? だから、隠れてる奴らを釣れれば終わるって算段だったわけ。でもよ、釣ってみたらだぜ? オレとマトモに戦える高レベルの戦士を雇ってるとかよ。こんなん、詰んでるだろ」

「……」


詰んでるのだろうか?

よく分からんが、本当に撤退してくれる気なら水を差すものでもない。

まだ、こうして話すことで時間稼ぎをしている可能性も捨てきれんが……。


「ていうかマジで、アンタどっから湧いたわけ? 隠密が強いって言っても、アンタみたいなのを隠し持ってるとか、あり得ないんだけど」

「……」


テレポートで湧きました。

とも言えないので、意味深に沈黙しておく。


「まー、どうせそろそろ切り上げドキだったしよ。これで諦めがつくってもんでしょ、団長サンもね」

「そもそもだが……何で里を攻めてたんだ? お前ら」


何か成し遂げたいことがあるから、魔物の襲撃にも耐えて頑張っているのかと思っていたが。


「知らない感じ? まあ、そうだわな。まー、機密ジコーまで言うと怒られるからよ。詳しくは言わねえけど、まあ。ちょっとした罰だよ」

「罰?」

「そ。だから、そろそろいいっしょ」


……クダル家だったか。

罰というのは、何か敵対行為でもしたのか。または、従わなかった罰とかだろうか。


確かに滅亡寸前まで追い込まれてから赦されたら、今度は従う気にもなるだろう。

そういう意味では、このまま追い込みすぎて支配する前に全滅されるのも困るということだろうか。


まあ、うん。

これが本当の話なら、乗るのもアリか。

俺の今の立ち位置は、里の雇われ助っ人というところだ。


流れで傭兵団、そしてクダル家と対立するポジションについてしまったが、和平が結ばれるなら、それに伴って俺の敵対フラグもなくなるはずだ。

多分。

既に3人も傭兵団を殺してしまっているから、クダル家はともかく傭兵団には嫌われるかもしれないが。


そして、気になることがもう1つ。


「……釣った、ということは、このキャンプは罠だったのか?」

「あっ、しまったわー。まあ、もういいでしょ。そりゃそうよ。流石に脳筋の馬鹿でも、こんな見つけて〜って言わんばかりの野営はしないかんね。今の状況でよ」

「……」


そしてまんまとそれに釣られた俺たちと。

いや、本職の斥候である、今は亡きメックスが引っ掛かってたわけだし、仕方ないよな?


「怒った?」

「ん? いや、怒ることでもないだろ。俺たちがマヌケだっただけだ」

「変なヤツだぜ。ま、それを言ったら、やっと釣ったと思ったら全滅させられてる、傭兵団の方がマヌケじゃねえ?」

「まあ、うん」


お互い雇われと助っ人とはいえ、仲間を殺し合った状況で、何だこの会話は。

一瞬メックスの生首に目をやる。

何の感情も浮かんでいない、ただの物になっていた。

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