第239話 襲撃
新しく紹介された霧降りの里の狩人、メックスが探索に加わった。
索敵は主にメックスが担ってくれるようなので、パーティ皆で出撃する方向に方針転換する。
敵部隊と出会ったら、そのまま戦闘できるようにパーティ単位で動きつつ、周囲を探るのはメックスに任せる。
作戦が進展したとも言えるが、心情的には「メックスと1対1になりたくない」という部分が大きい。
霧降りの里の総意が分からないのだから、彼がヒースタと違う考えを持っていてもおかしくはないし、突然裏切られる可能性だってあるのだ。
そのとき、ドンやキスティと一緒にいるだけで完封できる可能性は上がる。
俺以外は気配を消すのに使えるスキルもないので、隠密行動は苦手と説明したが、メックスは構わないと言った。
彼の技量で敵探しを行うので、俺たちは邪魔な魔物を狩りつつ、付いてくるだけで良いと。
基本的には彼の指示に従い、真っ直ぐ進んで居れば良いとのこと。
完全に信頼しきっていないこともあって、アカーネにマッピングは頑張ってもらう。
それにもちろん、俺自身の気配探知をサボる気はない。
メックスが捉え損ねた魔物の奇襲なんかがあっても、おかしくないのだ。
アカイトは迷ったが、サーシャに抱えてもらって連れていくことにした。
索敵は期待していない。
もしラキット族がいた場合の、説得役である。
拠点には小鬼族のジグがお留守番だ。
たまにヒースタが見回りに来ると言うし、多分大丈夫だろう。
万が一ダメだったらまあ……それまでだ。
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メックスに付いていく形で、森の南西方面に潜っていく。
小走りで移動しながら、たまに樹の上に登って何かを確かめている。
数十分消えていたかと思うと、ひょっこり合流したりする。
普段は1人で森に入ることは少ないらしいが、単独で索敵することに慣れているようにも見える。
「何か見つかったか?」
小休憩を取った際に、メックスに訊いてみる。
彼はサーシャから勧めてみた手製団子を、躊躇なく口に入れている。
こちらを警戒していないのか、はたまたそのアピールか。
「ないな。予定通り、キャンプ跡周辺に向かう」
「傭兵団のキャンプだよな。どれくらい前のだ?」
「魔物どもが襲ってきた直後くらいだ。もう近くにはいないだろうな」
「それで見つかるのかね?」
「知らん。だが動きは予想できる。キャンプ跡はあんたらの待機場所として使う」
「その辺に網を張るということだな」
「目当ての敵かは分からんが、敵が引っかかる可能性は低くない。五分といったところだ」
可能性が低くなくて五分か。
まあ、ダメで元々と考えると、高いのか。
「ところで、あんたは何故俺たちの見張りに回されたんだ? 何か余計なことを言ったとか、言っていたが」
「……見張りではないが、まあいい。他の連中は、焦れている。いくら斥候を狩ってみたところで、奴らが止まらないことが分かってきたからな」
「だが他に手はないだろう?」
「なくもない。おまえに言う義理はないがな。だがどのような手を打つにしろ、危険度は跳ね上がる。こうして敵の未熟な斥候を狩るよりはな」
「ああ、そういえばヒースタにも拠点への攻撃を提案されたな」
「彼女は里に家族を残している。焦る部分もあるだろう」
いつ里への本格的な攻撃が再開するか分からない。
そうなる前に、何か有効な手を打とうとしているってところか。
俺のような部外者に声をかけたのも、相当切羽詰まっているからなのかもしれない。
「それに、仮に今奴らが退いても……いや、これはいい」
「叩いておかないと、またいずれ攻められる、か?」
「そんなところだ」
そもそも、敵は「傭兵団」なのだ。
たとえ彼らを退けたところで、雇い主が出てきたら勝てないかもしれない。
その辺りはよく分からないので想像でしかないが、その辺の外的な環境も相俟って霧降りの里は俺の思っていた以上に切羽詰まっているのかもしれない。
「で、そんな里の連中の言い分に対して、メックス。あんたは何て言ったんだ?」
話の流れから、ある程度予想はできるが。
「分かっているだろう? 妨害活動だけを続けるように主張した。たとえそれで、里の救援が間に合わなくともな」
「やはりか。理由は何だ?」
「それこそ、お前が知るべきことではない。だが、その主張が前のめりになっている連中にとって目障りなことは分かるだろう」
「なるほどな」
「そもそも連中の言い分も間違ってはいない。従来の方針を続けるにしてもリスクがある。向こうも斥候に戦闘要員を随行させて、対策してきている」
「……」
ここまでは斥候狩りなどの妨害活動に勤しんできて、それ自体はうまくいった。それで焦れているということは、霧降りの里は正面から戦っても勝ち目がないと思っているのだろうか。
もしくは現在までに戦った結果、勝ち目がないくらいに戦力が削られてしまっているのか。
しかしこうして考えてみると、俺がアカイトを救出した拠点も、傭兵団側の一種の罠に思えてくる。
少数行動している斥候を狩られている状況で、あえて少人数の出張所みたいな拠点を置くだろうか。
補給路を確保するための苦肉の策かもしれないが、俺だったらついでに敵のゲリラ部隊を誘き寄せるための罠にしようと考えそう。
あるいはそこまで分かっていて、あえて誘いに乗ろうと言うのがヒースタたち積極攻撃派の主張なのかもない。
それだったら、メックスのような慎重派が反対するのも判る。
……まあ、全部想像でしかないが。
「メックスは、このまま妨害を続けたとして、里が陥落する可能性はどれくらいだと考えているんだ?」
「……。知らん」
メックスは素っ気なく言って、再度索敵に行ってしまった。
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森で一泊して、さらに進む。
遠回りしたせいで1日ではキャンプ跡に着かなかったのだ。
小雨に降られつつ樹の上で一泊したのだが、転移したてのころに着のみ着のまま、芋虫を狩りながら樹の上で眠ったことを思い出す。
思えば大所帯になったものだ。
朝露に濡れた草をかき分けながら進むこと半日、昼休憩後に探索に出たメックスが戻ってくるなり、珍しく興奮気味に話かけてきた。
「奴ら、いるぞ」
「何?」
「例の傭兵団どもだ。以前使ったキャンプ地で、再度滞在している」
「マジか」
メックスの事前予想だと、一度使った場所を戻ってきたときに再度使うことはないだろうと言っていた。
現状、里側の武装勢力に斥候が狙われていることくらいは共有されているはずだし、見つからないように動くなら「一度使ったキャンプ地を戻りで使う」はリスクが高すぎるのだ。
メックスは経験豊富なので「あり得ない」と切り捨てたことが、レベルの低い斥候集団には当てはまらなかったということかもしれない。
「予想を外したが、これは好機だ。狩ろう」
「敵の人数は? ラキット族はいたか?」
「確認できたのは3人だ。他にもいそうだが、ラキット族は確認できなかった。しかし、彼らは小さいのもあって、遠くからだと分からん」
「間違いなく里を襲っている傭兵団の一味なのか? 誰かが、キャンプ跡を利用しただけって可能性は」
「装備から見て間違いないと思っている。不安なら、もう少し情報収集するか? 時間をかけているうちに、逃げられるかもしれんが」
「……」
さて、問答無用で襲っていいものかね。
まあ、状況的に見て傭兵団の一味である可能性は高いのだろうが……。
間違っていたら、この辺の別集団を敵に回す可能性がある。
「確認しよう」
メックスは思うところがあっただろうが、特に嫌な顔はせず、首肯した。
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「風の具合が妙じゃないか?」
「そうか? 特に変な感じはしないが」
森の中に小川が流れ、蛇行した外側には砂利が流れつき、河原になっている。
そのスペースにキャンプを設営している一行。
霧降りの里を攻める傭兵団、ポロード団の構成員が3人と、小さな同行者が1人。
そのうち小川の下流の方を眺めていた真っ赤な肌の団員が、背後の森を抜けて小川の対岸へと吹いていく風を浴びて不安を口にした。
「先程までは、こんな風は吹いていなかったろう」
「何が言いたんだよ。天気の移り目ってか?」
別の方向を見ながら返す男は、だからどうしたと言わんばかりの態度である。
事実、山に近いこの辺りの天気は変わりやすい。風向きが変わるのがおかしいのかと言われれば、おかしくはない。
「何か探知にかかったのかい?」
2人の話し声を聞いてテントから出てきた女が、神経質そうに周りを見渡す。
「いや、感知するものはない」
そう返した赤肌の人物は、内心ため息を吐いた。
「感知」と「探知」は、スキルの仕様が全く異なるのだが、それをいくら説明しても女は理解しようとしないのだ。
斥候的な役割を課されることがある男2人に対して、この場のリーダーである女は生粋の戦士畑だ。
だが、今回は団長から直々にリーダーに指定されてしまったので、女の判断を尊重せざるを得なかった。
この野営にうってつけの場所を再度利用するのも、他のメンバーの反対虚しく女の鶴の一声で決まってしまったのだ。
そのせいだろうか、不安に押し潰されて風の具合まで気になる始末だ。
「本当に今日はここに泊まるのか? むしろ夜通しで帰ってもいいだろう」
「夜は里の連中の独壇場だよ。それに、どうせ迎え撃つなら、こういう開けた方が良い」
「……」
リーダーの女は意見を変えるつもりがないようだ。
赤肌の男は隣の男と目を見合わせるが、何も言わなかった。
「それより、暗くなる前に一度ラキット族を偵察に出そう。この辺りはまだ魔物も出そうだし、敵の斥候もいる」
「リーダー。ラキット族はまだ怪我が治らないんじゃ?」
「血はとっくに止まってるよ。この状況じゃ、遊ばせているわけにもいかない」
女はそう言って、テントの方を振り返った。
「正直俺は、半信半疑ですがね。魔物に気付かれないだけで偵察としてのレベルは低いし、里の連中がラキット族を襲わないってのも、疑わしい」
「奴らがラキット族を大事にしているのは、本当だと思うけどね」
「大事にしてたって、この土壇場で守るほどの義理はないでしょう。里が落とされるかどうかまで追い詰めてるんだから」
「そうかもしれないね。でも、それだったらそれで、ラキット族が死ぬだけさ」
「リーダー……ッ!?」
赤肌の男が小川の対岸を振り返り、咄嗟に地に伏せた。
いくつもの赤黒い筋がキャンプの上に飛来し、爆ぜる。
逆を見ていた隣の男は直撃し、身体ごと吹っ飛ばされた。
伏せた男の首筋に矢が飛来し、咄嗟に腕で庇う。
腕の籠手を貫いたところで矢が止まる。
腕に刺さったが、首は護れた。
「馬鹿な」
男は敵襲と理解しつつ、驚愕を隠しきれなかった。
攻撃されたことに、ではない。襲撃があるかもしれないということは、彼自身が懸念していたことだ。
驚いていたのは、一連の攻撃が放たれ、至近距離に達するまで、何も感知できなかったことだ。
男は倒れたまま森に再度目を向けると、黒づくめの鎧の敵が出てくるところだった。
そこで矢より太い何かが飛んできて、意識が途絶えた。
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傭兵団への奇襲は成功した。
情報収集も出来た。
近付いて「聴力強化」しても話し声を聞くのは厳しかったが、風魔法でこちらを風下にするように操作してみたら、少しマシになった気がする。気のせいかも。
少なくとも「里の連中」と戦っていること、ラキット族を使っていることは確認できたので、状況的にほぼ間違いないだろう。
流石に本職の斥候ジョブがいたら気付かれるかと思ったが、近付いても、そして攻撃しても直前まで気付かれなかった。
斥候ジョブがいなかったのか、または風魔法と「隠形魔力」などでサイレント攻撃を心がけたのが効いたのかもしれない。
サテライトマジックで展開したラーヴァフローとラーヴァストライクをぶち込むことができた。
少し離れたところにいるサーシャたちも、攻撃の光が見えたら攻撃するはずだ。
見える範囲にいる敵は3人。
ラキット族は見えない。
1人がラーヴァフロー直撃で吹っ飛び、1人は倒れたが直撃というよりは回避したように見えた。
その後、サーシャの矢とキスティの投げ槍らしき攻撃で追撃があった。
生きているかもしれないが、いったん従者任せでいいだろう。
そしてもう1人、弓を背負った角の生えた女性?は、何やら防御魔法的なものを展開して無傷だった。
女性?と思ったのは、兜から溢れでている長髪のせいだ。あと鎧のシルエットも胸が出ているような?
まあどっちでもいいか。
「見ない奴だねぇ? 里の連中とは別口かい!?」
叫んでくる声は女性っぽいが、声質的に若くはなさそうだ。
「ラキット族はどこだ?」
「……ラキット族の雇われかい? 聞きな、これには訳があってね」
「交渉するつもりはない」
気配探知していたら、テントの中にそれらしい動きがある。
こいつと交渉することもない。
「私らのことを知ってるのかい? 後悔するよ」
「悪いな、死んでくれ」
今更だが、うっかり流れ弾がラキット族に当たるのもマズいか。
なるべく剣で倒そう。
身体強化でスピードを補助し、女に肉薄する。
女は後退するが、引き離せる速度ではない。
剣を振るが、弓で受けられる。
弓だが、金属のような感触が伝わる。
「チッ、手練かい」
女は弓でこちらの剣をいなしながら、距離が少し離れたところで弓を素早く放つ。
しかし、エアーシールドで軌道がズレ、狙った首筋からは離れて飛んで行く。
さらに矢継ぎ早に、見当違いの方向に矢を放ったが……従者組を牽制したか。
再度剣を振り、弓で受けようとしたところを「強撃」を発動して、体重を乗せて振り抜く。
受けた弓は剣の勢いを殺したものの、2つに割れて離れた。
「ゲッ!!」
動揺した敵の至近距離に詰め、突きを見舞うも、パーにした掌で止められる。
掌を貫通するが、抵抗感が強くそのまま身体まで攻撃できない。
鍔迫り合いのような格好になるが、そのまま剣先に展開したラーヴァフローを接射する。
いくつもいくつも、撃ち続ける。強引に。
断絶魔のような叫び声を上げた女が、倒れ伏せる。
よし。
きっと弓使いとしては高水準だったんだろうが、その能力を封じ込めたまま倒せた。
ひと安心だ。
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