第238話 アピール

探索中に出くわした、蛇型の魔物を打倒した。


多彩な魔法を操る難敵だった。防御魔法がなければ胴体への攻撃自体は通じたので、シャオあたりの援護があればもっと楽だったように思う。

幻影で一瞬隙を作れればそれで決着しそうだ。

とはいえ、手持ちのカードが多いタイプだったので、案外対処されたかもしれないが。


さて、問題は後処理だ。

とりあえず胸のあたりを切り開いてみたら、魔石らしきものを取り出すことができた。

強い魔物だけに、他の素材も持っていくと役に立つかもなのだが、いかんせん隠密行動中だ。

移動中、ひと周り大きな魔物の死骸をズルズル引きずっていくのは現実的ではない。


……どこかに一応ダメもとで隠して、あとは使えそうな部位をいくつか取っていくか。


触手と蛇頭をそれぞれ1つずつ切り離して、異空間に押し込む。

本当は頭の角も切り離そうとしたが、硬くて苦戦したので諦めた。


目立たなそうな岩の陰に残りの死骸を置いておく。



それにしても、こいつは元々ここにいた魔物なのだろうか。

それとも、西から流れてきたという魔物なのだろうか。

元々いた魔物がこいつだったら、なかなかに恐ろしい森だ。


異世界に来たばかりのとき初期配置がこのあたりだったら、間違いなく殺されていただろうな……。


すっかり暗くなってきた森で若干迷いつつも、なんとか洞窟まで戻る。

気配の数は変わらず。

入り口ではキスティが仁王立ちし、俺を見ると無言で道を空ける。中に入るとサーシャが出迎えてくれた。


「戻ったぞ」

「お帰りなさいませ。戦闘がありましたか?」

「おっ。分かるか?」

「はい。鎧が不自然に汚れていますから」


サーシャって、もし付き合っていて浮気とかしたら速攻でバレそうだ。

弓が得意なのも、目が良いからなのかね。


「名前が分からないヤツだった。蛇みたいな胴体で、ぱっと見人間型なんだがそうでもない、みたいな……」

「どういうことでしょう?」


俺の説明能力が壊滅的すぎて伝わらない。


「アカイトの様子はどうだ?」

「だいぶ落ち着きました」

「そうか。魔物の情報を持ってるかもしれん、訊いてみるか」

「なるほど。それでしたら、あのヒースタという方を待ってもいいかもしれません」

「ああ。あれから連絡なしか?」

「いえ。一度ここに来ました」

「何?」


どうやら、俺が魔物と戦っているうちに一度来たらしい。

アカイトと会話し、何やらメモを残していったと。


早速メモを見せてもらう。


薄く削った木の板に、墨で書かれた線がなにやらのたくっている。

分からん。


仕方ない、アカイトに読み上げてもらうか。



「西と南に行った斥候の情報だ」


木の板を見たアカイトが、そう言う。

傍には、ルキではなく何故か森で拾った子ども、ジグがいて上半身だけ起こしたアカイトの身体を掌で支えている。


「それと、周辺の拠点の見回りの周期に関する情報がある」

「そいつらを倒せ、ということかな」

「そうなのではないか。拙者ももう少し傷が癒えたら、協力する」

「ほう? えらく協力的だな」

「拙者が巻き込んでしまったのだ。それに、ヨーヨーには拙者が強くなる手助けをしてもらわねば」

「あん? 何の話だ」

「蝶のように舞い、蜂のように刺す。お主が言ったのではないか。その手解きはしてもらわねば」

「いやいや。そういう考え方があるというだけで、俺が教えられるわけじゃない」

「それでもだ。拙者だけではどうすれば良いのか、分からん。また間違うかもしれん」

「俺のパーティは俺と、その隷属者しか入れないことにしてんだ。悪いなノビタ」

「ノビタ? 別に隷属くらいは構わんぞ。拙者を最強にしてくれるのならな」

「お前、見た目に反して考え方がバーサーカーだよな……」


最強になった後、何をするのか。その目的がないよな。

……いや、俺も目的なんてなかったわ。

ハーレムは叶っているも同然だし、それ以外に何かしたいことがあるわけでもない。


世界中を旅してみたい、というのは目的になるのかな?

単なる旅行趣味な気がする。

なんにせよ俺に人のことは言えないか。


「お主は、これまで出会ったことのある戦士たちとは何か違う。拙者のカンが言っているのだ。これはチャンスだと」

「まあ、お前のカンは知らないが、まずはこの戦いを生き抜かないとな。せいぜい役に立ってくれ」

「なるほど、己の価値を示せ、というわけだな。よかろう!」


問題を先送りにしただけな気もするが、アカイトがやる気になったようなので水を差さないでおく。

この状況で、優秀な斥候役がいるのは助かるし、こっちの言葉の分かるアカイトは貴重だし。


ジグも、ここで伝言役として大いに利用すべきだな。

というかアカイトを起こすまでもなく、ジグに訊けば良かったのか。


「ジグ、お前は読み書きはできるか?」


ジグは頭を横に振った。


「少ししかできない」

「これは読めるか?」

「……ちょっと難しい」


話せても読み書きができなかったか。

まあ、こんな魔物が闊歩する辺境では、文字より優先されることがいっぱいあるのか。


二人に倒した魔物のことを訊いてみるが、分からないとのことだった。

普段はこの辺りには出ない魔物ではないということか。

俺の説明が下手すぎるせいな疑惑もあるが。


***************************



洞窟で一夜を過ごし、森に明るさが戻ってきた朝。


ドンがとてとてと歩いてきて、ギギッと鳴く。

外に出て気配探知をすると、人影が近付いてきた。


「やあ、居たか」

「ヒースタ。それと、隣のやつは?」


ヒースタは手を小さく振って笑いかけてくる。

前に会ったとき、彼女の期待に沿わない答えをしてしまったのだが、あまり気にしていない様子に見える。本音はわからんが。

ヒースタの隣には、薄汚れた服を着て、弓を背負った人物がいた。

少しダボッとした服がだが、手足の部分は絞ってあるようで動きやすくなっている。

フードも付いていて、それを被っているため顔は見えない。


「狩人のメックス。ほらメックス、あの怪しい人物がヨーヨーだ」


メックスと呼ばれた人物は、フードを取ってこちらを見る。

ラグビーのヘッドギアのような防具を着けているが、顔は見えた。

顔色が緑だ。下から生えた牙が見えているのと、白目がない以外は渋いおっさんといった感じだ。


「メックスだ」

「よろしく、メックス。それで? 昨日の伝言にあった斥候部隊を潰しに行くんだろう?」

「是非、お願いしたいね。このメックスがサポートだ」

「メックスも隠密なのか?」

「いいや。彼は里の狩人だよ」

「狩人? どっちのだ」

「どっち? ……どっちとは?」


あれ、動物用の狩人と魔物狩りって、この辺だと同じなのかな。

まあ、動物狩りの途中に魔物に襲われるってこともこの辺じゃ多そうだし、里くらいの規模だと区分けしていないのか。


「動物と魔物、どっちを獲物にしているかってことだ」

「ああ、そういう意味じゃどっちもだ。あとはヒトも狩る」


なんかサラッと恐ろしいことを言われたが。


「……こいつは役に立つのか?」


いかにも気難しそうで、口数の少なそうな印象のメックスが、自分の名前の次に口にしたのはその言葉だった。


「ヨーヨー君は役に立つと思う、私のことも見破られたし。今も、あっちから出てきただろう?」

「鼻が良いだけでは狩りはできん」

「だって。ヨーヨー君はどうだ? 昨日は不在のようだったけど」


昨日か。

ちょうど良い、魔物のことを訊いてみるとしよう。


「奴らの斥候は見つからなかったが、魔物と戦っていた」

「へえ……」

「一部しか持って帰らなかったんだが、分かるか? 蛇みたいな胴体に、人間の上半身っぽいシルエットだが、そうでもない見た目のやつだ」


それだけだと分からないと言うので、奥から持ってくるふりをして、異空間から素材を出す。


「ほぉう。ん? これは」


ヒースタが横のメックスを見る。

そのメックスが、蛇頭を持ち上げて、断面を見たりした。


「お前ぇ、これはどうやって倒した?」

「どうやってってな。詳しくは秘密だが、普通に剣で殺したぞ」

「魔法を撃ってこなかったか」

「撃ってきたな、たんまりと。ついでに防御魔法まで」

「……」


メックスは蛇頭を置き、切り落とした触手を手に取ると、またしげしげと観察している。


「何か知っているなら、教えてくれ」

「……ニャントセだな。触腕はいくつあった?」

「今持っているのと同じやつか? 左右で合計6本」

「一応、生体だな。やや若いが」

「素材は売れるか?」

「知らん。食えはしないから、俺は要らん」


マジかよ。あれだけ強かったのに。不経済な魔物でいやがる。


「ははは、ニャントセは狩る人が少ないからね。使い道も特に見つかっていないし、この辺では売れないだろうよ。魔石以外は」


ヒースタが話に入ってくる。

蛇型こと「ニャントセ」の魔石は茶色の綺麗な球体だったのだが、アカーネに献上済みだ。

アカーネ曰く「魔力を流すと綺麗に光る」らしいのだが、高いのだろうか。


「魔石はいくらくらいするんだ?」

「さあ? ほとんど取れないから、決まった値段はないと思うが」

「ほとんど取れないってことは、この辺で出る魔物じゃないのか」

「ああ。西の山脈にいる、好戦的なやつだ。ヒトだけじゃなくて、魔物にも喧嘩を売るからね。たまに死骸が見つかるのだ」


あれ。

じゃあ放っておいても、勝手に死んだ可能性が高いのかな。

目を付けられてなし崩し的に戦ったので仕方がないが、何か釈然としないな。


「……君、もしかしてこれと単独で戦ったのか? 昨日、拠点には君以外が居たのだけど」

「ああ、俺だけで殺したぞ」

「へぇ」


ヒースタが何度か頷き、またメックスを見た。


「……回りくどいアピールだが、雑魚ではないことは理解した」


メックスが渋々といった様子で俺を見た。

いや、アピールじゃないんよ。

あれ? 俺またなにかやっちゃいました? じゃないのよ。全く。


「アピール云々は誤解だが、認めて頂いて光栄だよ」


皮肉っぽく言うが、メックスは無言で頷くだけだった。


「ちなみにあんたらは、こいつと出くわしたら勝てるのか?」


この辺の魔物はこれくらいがウロチョロしているのか、気になる。


「私は逃げるだろうね。メックスはどうかね?」

「……仲間を呼ぶ。単独で対処するのは馬鹿のやることだ」

「仮に1人で戦ったとしたら?」

「状況にもよるが、準備する時間があれば勝てる。不意に出くわしたなら分からん」


準備か。罠と張るのだろうか。

まあ、不意に出くわしても戦えるということは、メックスもそれなりに戦闘できると。


「こいつレベルの魔物が、この辺の森には多いのか?」

「いや、強さだけで言えば、こいつは中の上だ。仮に群れを作るような魔物だったら、もっと厄介だっただろうがな」


中の上とな。

平均レベルはもうちょっと下か。

安心できるような、できないような情報だ。


「こいつは熱を見るし、魔力も見えている。だから隠れにくいのが厄介でな」


魔力も見られたのか。


「まあメックスと居れば、そうそうヤバいのと戦うこともない。ヒト狩りに集中できるだろう」


ヒースタが言う。


「……何を狩るんだ? 昨日渡して行った情報だけじゃないんだろ」

「うん。あくまで君に主導権がなきゃいけないのだろう? そのための前情報だよ、あれは」


なるほど。

狙えそうな獲物の情報を渡すから、選べと言うことか。


「孤立していて、人数が少ないやつをやりたいね。できればラキット族を連れてっているやつら」

「ラキット族を?」

「他の里の奴らは知らないが、ラキット族が良くも悪くも単純なのは分かったからな。俺が関わったのも、アカイトがいたからだしな」

「なるほど。それじゃ、西に向かった斥候ということになるかな」

「居場所は分かるのか?」

「推測はできる。彼らのキャンプの後はいくつか発見している。そこからどう動くのか、そこのメックスなら推測できると思うよ」


メックスを見ると、無言で頷かれた。


「じゃあ、そいつらを狙うか」

「分かった」

「しかし、メックス。あんたも災難だな。俺のような部外者の世話をすることになって」

「いや。俺とお前は利害が一致した。それだけだ。俺も余計なことを言って、ハブられた身だからな」

「なに?」


ヒースタを見るが、意味ありげに笑みを浮かべただけで何も言わない。

罠じゃないだろうな。

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