第237話 蛇型
『隠密』ジョブを付けて、「気配希薄」と「隠形魔力」のスキルを発動。
「気配希薄」は、気配に関する色んな要素を抑えてくれるスキル。そして「隠形魔力」は魔力を感知しづらくするスキルだ。
加えて、風魔法を自分の周囲に薄く展開して循環させ、匂いが漏れにくくする。
「それじゃ、行ってくる」
「お気を付けて」
サーシャがお辞儀をして送り出してくれる。
霧降りの里の隠密であるヒースタから情報が来るまで、周辺の索敵をすることにしたのだが、隠密系のスキルを持っているのはパーティで俺だけだ。
アカイトも持っているかもしれないが、彼にはまだ休んでおいてもらいたい。
ルキの「打撲治癒」を解禁してアカイトに使ってもらったが、完治とはいかなかった。
目に見えて治る部分は僅かで、「治りが早くなる」くらいのスキルだと思った方が良い、とルキが言っていた。軽い打撲ならすぐ治るそうなのが、酷い打撲はそうではない。
洞窟から出て、10歩ほど歩いてから振り返る。
……なるほど、改めて意識すると、相当注目しないと洞窟がうまく認識できないような?
案内されて入るときは「分かりにくい場所にあるな」くらいにしか思わなかったのだが。
気のせいかもしれないが、やはりヒースタたち霧降りの里の住人が何かしている可能性はある。
気配探知で定期的に周囲をスキャンするようにしながら、霧降りの里とは逆の方向を探る。
小一時間回ってみるが、周囲の森は静かだ。異様なまでに静かだ。
他の場所だと動物などの動きが探知されることが多いのだが、この周辺にはそれすらない。
魔物の一群が荒らしまわった後だから、動物も逃げてしまっているのかもしれない。
一度洞窟に戻り、周囲の状況を共有する。
待機組の方でも特に追加情報はないようなので、再度探索に出る。
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休憩を挟みながら、もう4度目になる探索に出かける。
太陽は既に西に傾いており、森は薄暗い印象が強くなってきた。
そろそろ今日の探索は切り上げるべきだろう。
そう思って拠点に切り返す直前に、複数の物体がこちらに近付いて来るのを感知した。
気配探知で念入りにその方角を探ると、ヒト型の何かが数体、走るスピードで近付いてきている。
『隠密』のスキルを発動し、樹の上に跳び乗る。
あまり何度も探知を飛ばすとそれで気付かれるリスクもある。無駄に動かず、少しの間様子を見ながら、受動的に気配を探るスキルである「気配察知」に集中する。
……どうやら、地上を走っているのは間違いなさそうだ。
少なくとも飛んでいたり、枝から枝に飛び移るような移動はしていない。
つまり、上に居れば気付かれずにスルーできるかもしれない。
可能であれば気付かれない形で退散したいが、なるべく情報も得たい。
いつでも奇襲攻撃を緊急回避できる準備をしながら、動きを注視する。
……こいつら、小柄だな。
そういう種族か、小柄な亜人か。あるいは、子どもか。
そしてそれを追うように、1回り以上大きな気配が迫ってきている。
この動き、もしかして敵対している?
どうも大柄な気配が大きく動くたびに、小柄な気配が右往左往しているようなのだ。
またも、魔物に襲われる子ども、なんてことはあるだろうか。
というか、その可能性が高いように思えてならない。
そっち方面の面倒ごとは、今はもう腹いっぱいなんだが?
とはいえ、決めつけは危険だ。
気配の動きを探りながら、しばらく待機していると、ついに目視できる距離まで気配の一群が近付いてきた。
「グアアアア!」
俺が子どもかもと思った気配は、単眼の怪物というか、日本の妖怪とか式神として出てきそうな見た目の何かであった。
いや、そういう種族かもしれないが……。胴体から手足が生えているシルエットは、遠目には太った子どものように見え、それを人型と認識していたようだ。
見る限り、言葉を話すようにも見えない。
「ギギギー! ギシシェ」
妖怪っぽい魔物を追いかけて、何やらポンポンと紫の魔力塊を飛ばしているのは、これまた厳つい見た目をした魔物らしき存在。
下半身は蛇であり、這うようにして動いているのだが、それにしては速い。
そして上半身はシルエットだけ見れば人間っぽいと言えなくもないが、良く見ると全然違う。
蛇の上半身に手と頭があり、人型になっているように見えるというラミアスタイルなのだが、頭?は大きな角が生えていて目も口もない。
手?は良く見れば、蛇の頭のようになっていて、脇?からはいくつも触手のようなものが生えている。
蛇型なのでしっぽの先までカウントすれば体長はかなりだろうが、それを差し引いて上半身だけを見ても、人間よりもやや大きい。
しっぽに支えられて持ち上がっている身体の部分だけでも、2メートル以上ありそうだ。
見たことのない魔物だ。
「グア、グシャアア!」
妖怪っぽい魔物は二本足で直立して走っているのだが、身長は1メートルくらい。蛇型の魔物とはサイズ感に大きな差がある。
妖怪っぽい魔物の利点は、数だ。
蛇型は1体なのに対して、妖怪っぽい魔物は全部で5体。
散開して距離を保ちながら、単眼から魔力らしきものを発射して攻撃している。
……が、蛇型の魔物は触手でそれを受け止めると、反射するようにそのままはね返した。
それを避け損ねて、また2体ほど妖怪っぽい魔物が倒れた。
なにあれ。
「ギシュシュシュ」
蛇型が、手の位置にある蛇頭の口?をパクパクさせると、再び逃げようとしていた妖怪っぽい魔物たちの足元が崩れ、すっころぶ。
もう距離が近いので良く見てみると、妖怪っぽい魔物の足に土色の帯のようなものが巻きついている。
アースバインドか?
勝利を確信してか、動くスピードを緩くした蛇型は、拘束された魔物に触手を突き刺すと、その体液を吸うように触手をぜん動させた。
うわ、グロい。
さすが辺境だ、訳の分からない魔物がいる。
息を潜めてそれを見ていると、触手での吸引を終えた蛇型は、手の位置にある蛇頭をゆっくり上にもたげて、こちらを向いた。
……あれ?
バレてない?
蛇型から何かが飛んでくるのを感知する直前、嫌な予感から樹から跳び降りる。
「ギーシャシャシャ!」
蛇型の鳴き声はどこから聞こえているのかと思ったが、どうも手の位置にある蛇頭ではない。良く見ると胴体の一部分に小さな穴?のようなものがあるが、そこからか。
蛇型は落ちてくる俺を狙って魔力塊を飛ばして来たが、いずれもファイアシールドで相殺できた。
しかし、一発当たるとシールドが相殺されて、その部分が消えてしまう。
威力はそこそこあるようだ。
「念のため聞くが……言葉が通じたりしないよな?」
「ギシギシェー!」
こちらの呼びかけにも応じず、ただ魔弾を連射する蛇型。
この一心不乱ぶりは、ほぼ間違いなく魔物か。
『隠密』は解除し、『魔法剣士』とチェンジしとく。
「何でバレたんだろうな?」
そう零しながら、木と木の間を縫うようにして走る。
考えを整理するための発声だったが、それで少し冷静になった。
蛇型が見た目通り、蛇っぽい生き物なら、敵を体温で見るみたいな能力があるのかもしれない。
だとしたら、いくら匂いや音を消して「気配」を薄めても、詰めが甘いということになる。
魔物は考えが浅い一方、こういう未知の部分が多いのが怖いな。
どうやら紫色の魔弾を放てるのは、人間で言う手の部分に左右から生えている蛇頭だけらしい。
同じく左右から3本ずつ生えている触手はうねうねとしているだけで、攻撃の機会を伺っている。
魔弾の発射が止まったので、こちらも足を止めて動きを窺う。
……何も仕掛けてこない?
おっと、そういえばこいつ、さっき土魔法も使ってたな。
足元から地面に魔力を流し、周辺の魔力の流れを乱す。
妙な抵抗があるが、とにかく流れをグチャグチャにすることだけを優先してかき混ぜると、少し離れた場所の地面が陥没した。
「落とし穴とはな、気が合う」
「シューッ!」
土魔法の発動を阻害されたことは理解したのだろう。
足元の魔力の抵抗がなくなり、蛇型が機敏な動きで距離を詰めてきた。
『魔剣士』で魔力放出をする。
先ほどの妖怪っぽい魔物は攻撃を反射されていたが、はて。
後ろに下がりながら放出し、反射にも対応できるように意識を集中する。
蛇頭が放出された魔力の前で口を開くが、支えきれずに後ろに弾かれる。
反射はされなかったが、魔力のほうも軌道が変わり、空中に消えていった。
なるほど。
反射というより、軌道を変えることができる。そしてそれには限度があるといったところか。
朗報だが、楽観もできない。
半端な魔法は反射されるということだし、魔力放出も有効打にならないわけだ。
「キシャー!!」
蛇型が、後退する俺に向かって再度魔力弾を放ってくる。
一拍、力を貯めるような動作があり、先程よりひと周り大きくなっている。
威力調整できるのかよ。
ファイアウォールを多重展開する。
魔法系にはこれだが、ウォールレベルで展開すると、視界が塞がれるのが大きなデメリットだ。
……いや、待てよ? そうか。
連続攻撃でファイアウォールが破られ、その隙に近づいてきていた蛇型は触手を突き入れてくる。
気配探知でそれを予期していたので、6本の触手の動きを見ながら躱し、「強撃」を発動しながら渾身で斬り付ける。
硬い。だが、僅かに傷つけ、体液が飛ぶ。
「ギシャー!?」
触手を傷つけられたことが想定外だったのか、動きが少しだけ膠着する蛇型。
踏み込む。
我に返った蛇型が、触手を操って進路を阻止しようとする。
避けて、剣で弾く。
しかし手数が多い。1本が抜けてきて、とっさに籠手でガードする。
ガイン、と音がして弾くが、左腕がジンジンする。これは打撲かな。死蜘蛛素材だけあって、籠手そのものが壊れる気配はない。
腕に痛みはあったが、そのおかげで。
敵の胴体に、届く。
蛇型が触手を構え直して、再度振るってくるまでの刹那。身体強化魔法とエア・プレッシャーで加速した剣筋が、蛇型の胴体を捉え……なかった。
蛇型の前に展開した、半透明の壁のようなものが剣を鈍らせる。
悪寒。
エア・プレッシャーで後ろに飛び、距離を取る。
触手が空振りし、再びの睨み合い。
防御魔法か?
人間相手でも、これだけ多彩な魔法を使う魔法使いは、そうそう見ない。
流石は辺境だぜ。
「ギュルルルル」
蛇型が、蛇頭と触手の全てを地面に向けて、何かをする。
地面から抜き出すように棒、いや槍が形作られる。
それを蛇頭が銜え、まさに槍を繰り出すように突きだされる。
おいおい、どこぞの錬金術士かよ。かっちょいいじゃねーか!
蛇頭と触手は同じくらいの長さだが、創り出された槍を銜えたことで、その分射程が伸びる。
突き出される槍を剣で弾き、防御に回る。
武器の間合いに差があると、どうしても守勢になってしまう。
ただ、槍使いとしての技術があるわけではなさそうだ。
動きは予想の範疇で、間合いが長い分タイムラグもある。
それを余裕をもって捌いていると、ふと蛇型が動きを止める。
再度地面から槍を創り、空いていた方の蛇頭も同じように槍を銜えた。
更に、地面に触っていた触手が、地面を掘り起こすように土砂を巻き上げると、急速にこちらへと流れてきた。
土魔法か風魔法?
原理は分からないが、視界が土砂で埋まる。
気配探知で細かく位置を探る。
蛇型の身体の位置は分かりやすいが、触手や槍の動きまで把握するのは少し遅れる。
風魔法で土砂を散らしつつ、必死で突きを避ける。
俺がたまにやる目潰しを、敵にやられるとは。
魔物にしちゃ知能が高い。
「目には目を、か」
土で創られた槍を狙って、「強撃」を発動。
土くれにしては硬いが、スキルを使えば壊せる硬度だ。
また新しく創られるだけかもしれないが、武器破壊をしながら時を待つ。
2つの槍が壊れ、俺の視界が土砂で遮られたタイミング。
蛇型が踏み込むように態勢を前のめりにした時。
ファイアウォールを、広く展開する。
突っ込んできた蛇型が体当たりするように当たる。
ここは無理に抵抗しない。
どっちにしろ、体当たりの方向は正確性を欠く。
蛇型はおそらく熱で相手を見ている。
土砂で人間が視力を頼れなくなるように、熱の幕は蛇型の探知能力を削ぐ……はず。
ファイアウォールをすり抜けて現れた胴体に、短く練った溶岩魔法を浴びせる。
「ギシャーーー!」
胴体にラーヴァフローは効くらしい。
悲痛な叫びとともに、蛇型が身を引く。
だが、致命的なダメージにはならなかったようだ。叫びを上げつつも問題なく動けている。
これで終われば楽だったんだけれども、駄目か。
観察しているうちに蛇型は再度土の槍を創り出して炎の壁を突くが、当てずっぽうだ。
よし。やはり、目の前に炎壁があれば、熱で”見えない”ようになるようだ。
走りながらいくつも、ファイアウォールを創り出す。
それぞれのファイアウォールを繋ぎ、蛇型を囲む。
攻撃されて穴の開いた箇所は即座に修復しつつ、だ。
急速に魔力を使うはめに陥っている。
長くは保てないか。
さっきのラーヴァフローで、及び腰になってくれているかは分からない。
だが、少なくとも身体ごと突っ込んで脱出する気配はない。
それでいい。
飛び乗った樹の枝から、蛇型に飛び降りる。
俺自身が作った炎の壁に一瞬焼かれながら、「強撃」「魔閃」を発動する。
身体強化魔法を準備しながら、エア・プレッシャーで加速。
真後ろを向いていた蛇型の背中から、剣を刺す形になった。
剣先から魔力放出を発動し、ラーヴァフローを流し込む。
「おらァあー-ッ!!」
大きいのを1発入れたら、すかさず離れる。
蛇型の触手が、空を切る。
十分に後退したら、まだ炎の壁を維持しながら、様子を見る。
蛇型はそれからしばらくもがき続け、悲痛な金切り声を上げた後、ようやく倒れ崩れた。
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