第230話 白いスプーン

小屋で準備を済ませた後、パンドラムに戻る。

ミホたちも一度戻るらしいので、町までは同行したが、建物が増えてきてすぐ、別れることになった。

俺たちはエモンド商会、ミホたちは衛兵隊の本部に向かうためだ。


「本当に大丈夫か?」


去り際、ミホにもう一度確認してしまった。

彼女を嵌めたという、ラット商会との対決のことだ。

彼女は、少女アーたちと一緒にケリを付けるつもりらしい。


内心イヤだが、一応俺が手助けするという方法も打診してみたが、ミホはそれを断った。


「貴方がいると、頼ってしまいそうですわ。それに、正面から乗り込んで大暴れしそう」


それは否定できない。

彼女は彼女なりに称賛があるようなので、それ以上は口を挟まず、送り出すことにした。


ローブを羽織ったミホたち一行が、街の中心部へと消えていく。


俺たちは、エモンド商会で持ち帰った金目のものを換金する。

対応した商会の人間に色々と探りを入れられたので、賊の残党を討伐したことを正直に話しておく。


賊から奪った物だと、盗品に当たる可能性もあるわけだが、その辺はエモンド商会の方でうまくやってもらいたい。

手元に残すのは、魔武具の類だ。


古墓で手に入れた行動阻害の剣に、突撃隊長の小屋で手に入れた小楯が該当する。

エモンド商会で武具の鑑定もお願いできたので、小楯についてお願いすると、「衝撃吸収のスキルが付けられている」と言われた。

ただ自動発動ではなく、自分の魔力でスキルを展開する必要があるという。

持たせたいのはキスティだが、魔力操作が一番下手なキスティよりも、サーシャの方が有効活用できるかも。どうしようか。


炎の形をしただけの剣は売却した。

素材は悪くないもので出来ていたようで、金貨3枚以上になった。



そしてまた、以前と同じ宿に泊まった。



***************************



「やあ」

「……。このタイミングか。また随分、勿体ぶったな」


真っ赤な絨毯、フカフカのソファ。

背の低い机を挟んで対面のソファには、足を組んで優雅に座っている白いガキ。

こいつが何か介入してくるなら、昨日だと思ったのだが。正直ちょっと油断していた。


「ミホは呼ばないのか?」

「異なる場所にいる、複数の者を呼び出すのは大変でね。それに、その必要も特にないし」

「必要ないのか? あいつを助けさせて、俺たちに何かやらせるのが、お前の狙いだったんだろ」

「ふぅむ。少し誤解があるようだね」


白ガキは足を組み直す。

机の上に置いてあった白いスプーンを持ち上げると、同じく机の上にあるカップに差し入れてかちゃかちゃと回す。


「誤解? 俺がミホを助けたのは、余計だったか」

「いやいや、そうではないよ。確かにタイミング的にね、君が彼女を救ってくれたら助かるとは思ってたのだけれど。そう都合良くはいかないだろうし、可能性は極めて低いと思っていたよ」

「……そうなのか? なら、転移先をあそこにしたのは、偶々か」

「う〜ん、偶然半分、といったところかな?」

「もう半分が、ミホがいたからか」

「いや、う〜ん。まあ、当たらずとも遠からずかも」

「煮え切らない言い方だな」

「まあまあ。でも、結果的に君の同意を得ることなく、依頼したように感じたというわけだろう? あの熱いお手紙は、震えたよ」


嘘つけ。

とは思うが、報告書を出しつつ書いた文句の数々は、ちゃんと届いていたようだ。


「ん? ミホを助けるための転移ではなかったとしても、ミホを助けられたら良いとは思っていたんだよな。ミホ、これから危険なことをするようだが、手伝えという話か? 今日の呼び出しは」

「いや。それは君に任せるよ」

「……死なないか? あいつ」

「どうだろうねえ。ああいう集団に目をつけられて死んだ転移者も何人かいるし、必ず無事とは言えないよね」

「良いのか?」

「良くはないけど、彼女はやる気みたいだよ。これを機に、もう一皮剥けてくれるかもね」


積極的に止める気はない、ということだろうか。

そしてこの話ぶり、ミホの言っていた「白い超越者」はやはり、こいつのことのようだ。

いや、どうだ? ミホのことを認知はしているようだが、関わったとは必ずしも言っていないか。


「ミホの言っていた超越者というのは、お前のことか?」

「ああ、それはそうだよ。君と比べて、僕への尊敬の念を感じるよね」

「そうかい」


俺も何だかんだ世話になっているし、神ではないとしてもすごい技術を有した存在なのだろうし。

敬ってもおかしくはない相手のはずなのだが、その見た目と話し方のせいだろうか。

なんか最初から尊敬はできないな。


「で、俺とミホに何かさせたいわけじゃなくて、単に手駒のミホを気にかけていただけか?」

「う〜ん。結果的には何かしてもらうかもね」

「何かとは?」

「依頼のときに、一緒に動いてもらうとかね。彼女、君ほどじゃないけど、そっちの世界のスキルってやつを上手に使っている部類だよ。他の転移者よりもね」

「強いってことか?」

「スキルが戦闘に使うものだけじゃないことは、君も知ってるだろうに。でも、そうだね。彼女はもともとの経験もあって、戦闘は強いみたいだよ」

「そうか。……結果的に依頼を受けたような形になったわけだが」


白いガキは、珍しく声を上げて笑うと、膝を叩く。


「ほらね。君はそういう話をすると思ったよ。新たな転移先の追加でどうだい?」

「新たな?」


なんかまた行き先が増えてしまうのは、逆に億劫なのだが。


「これは完全に偶然だけどね、少し前に新しく繋げそうな場所を見つけてね。……今回は、場所もすぐに分かるんじゃないかな」

「それなら前もって教えてくれても良さそうだが」

「それは出来ないんだ、ごめんね」


場所もすぐに分かる、というと、既に行ったことのある場所か?

テーバ地域とかちょっと怪しい。

あそこも山脈に近いしな。何か空間転移用の装置が埋められていてもおかしくはない。


「まあ、今回はそれで良いだろう」

「あ、ただね、繋げるのはもう暫くかかると思うから。繋げたら、教えるよ」

「今度は驚かせないような方法でな」


前は、探査艦のスピーカーから流しやがったから、混乱が生まれたのだ。

今考えても、あれはこいつらしくない行動だ。


「仕方ないね、異空間にお知らせでも入れるようにするよ。こうして呼び出すのも、それなりに大変だからね」

「どのくらい掛かるんだ?」


新たな転移先と言われてもそんなに嬉しくなかったが、ぶら下げられたエサで急に待てをされると気になるものだ。


「正直分からないけれど、1、2ヶ月くらいかな」

「割と掛かるな……」

依頼料代わりの報酬としてはどうなんだ、それは。


「まあまあ。その代わり、結構便利だとは思うよ、この行き先は」

「そうか」


こいつに貸しがある状態というのは、何もしないのも勿体ない気がする。

話が終わったと追い出される前に、質問しておくか。


「ところで、前に言っていた戦の気配みたいなやつは、動きはないのか?」

「うん? それは、君が虫人間みたいな種族の長老から言われた話だったっけ。そうだねえ、そんなにちゃんと調べられているわけじゃないけれども」


白いガキは、目線を俺から外し、上の空間を見るともなしに見た。


「……1年以内に起こるだろうだろうねえ。他の転移者たちの報告を見ているとね」

「他の奴らも巻き込まれてるのか」

「まあ、自覚はない方が多いけどね。色んな人の報告を受けているだけで、見えてくるものはあるものさ」

「そういえば、他の転移者とはなるべく関わらない方が良いって話だし、協力は必要になるかもしれないって話もあったよな。それなら、どっちにしろ他の転移者の情報を知っておいた方がやりやすいんだが」

「うん? そうかもね。でも、僕から話すことはないよ」

「それは無理という話か? それとも、その情報自体を報酬とすることも可能なのか」

「報酬か、なるほどね。ない話ではないけれど……少し考えておくよ」


この世界の実力者は、戦士団や傭兵として名を売っている場合が多い。

それに比べて、レベルは低いが得意なジョブに就いている可能性が高い転移者は、予測できない脅威になるかもしれない。少なくとも、転移してから長い間生き残っているというだけで、それなりの実力があるという証左になる。

その動向を知っていることは、無駄にはならないだろう。


こういう白いガキと交渉の余地がある点は、白ガキ邪神論の奴らより有利な点だ。


話が一区切りついたところで、白いガキに促されて下界に帰る。

この呼び出しにも慣れてきたとはいえ、1つ弊害がある。

寝ている時に呼び出されて、帰った時にばっちり目が覚めているので、安眠が妨害されるのだ。



***************************



翌朝。

やや寝不足の俺を除き、良く寝て爽やかな顔だ。


夜中に警戒をしてくれていたドンが、全員起きたのを確認してベッドに乗る。

この獣は器用に掛け布団を被って、まるでおっさんのように寝るのだ。


知能が極めて高いのは知っているし、下手したらキスティよりも高いというのは実感しているのだが、それにしても順応しすぎじゃなかろうか。


「ギュキュ?」


ジーっとドンを眺めていると、まだ起きていたらしいドンが「なに?」と言いたそうに鳴いた。


「いや、悪い。今日はゆっくり休み予定だから、好きに寝て良いぞ」


今日はゆっくりして、明日出発する予定だ。

どうするかはまだ決めていないが、おそらく古墓から一度艦に戻るだろう。

ミホのやることに巻き込まれるのも大変そうだし、ラット商会がまだ俺をターゲットにしている可能性も排除できないのだ。


「ご主人様。ミホさんを助けなくて、本当によろしいのですか?」


サーシャが洗濯した服を干しながら、問うてくる。

弓の才能が爆発しているサーシャだが、こうしていると本当に家庭的だ。


「ああ、助けなくて良さそうだったしな」

「ご本人はその気でしたが……」

「いや、本人の話じゃなくてな」

「?」


白いガキに呼び出された話は面倒なので、話さずに終える。

まあ、これでダンジョン以外の転移先も確保できた。

何か売り物があれば、パンドラムのエモンド商会に売るというラインは確保できたのだ。

当初の目的、はあったないようなものだったが、目標の1つは達成されただろう。


支払金がキュレス硬貨と公国硬貨で混ざってしまうのが残念だが、逆に言えば両方の貨幣を手に入れることで、両方に行くこと準備ができるようになったわけだ。


問題は、溜め込んだ金の使い道がないことだ。

パンドラムで多少の買い物するくらいでは、大した消費にはならないしなあ。


探査艦の周辺で、商売が盛んな町でも探すしかないか。



***************************



1日の休みを経て、古墓の転移装置に向かう。

古墓の中に入る時は、念入りに探索を行ってつけられたり、監視されていないかを確認した。


そうしてじっくりと準備をしてから、夜陰に紛れて中に侵入する。

入り口を開いて降り立つと、ジャリと硬いものを踏んだ音。


サテライトマジックの火魔法で照らしてみると、銀貨の詰まった袋が転がっていた。


……俺が押し込んだ奴だわ。


無事、盗掘されることもなく無事だったようだ。

中身は全て銀貨なのだが、数枚ではなくて百枚単位である。

たしか200枚と少しあったはずだ。


当然回収し、キスティに持たせる。


前はここで強敵に出会ったわけだが、やはり1体のみだったのか、魔物に遭遇することもなく下層に移動できた。

下層には相変わらず、デカイ虫やカラスのような魔物がいたが、キスティとルキの攻撃で沈黙していく。


今回は俺は前に出ず、後衛の守護とサポートに徹した。

魔力鍵もきちんと反応してくれて、アカーネの指示で転移装置に降りる隠し階段も、無事に再発見できた。


「よし、転移するぞ」


ぐにゃりと世界が歪み、繋がる。


……探査艦に帰ってきた。

艦内に上がると、端末からAIの音声が流れた。



「おかえりなさいませ。現在、周囲に多数の生命反応があります。外出される際はお気をつけ下さい」

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