第229話 ニャー

賊残党の突撃隊長を倒してから、彼らのアジトだった小屋に退避する。

小雨が降り出したので、全員まとめて小屋に押し込む。

ようやく落ち着いたところで、隊長の部下だった少女に改めて話を聞こうと呼んだ。


「で、あの隊長のスキルとやらだが」

「はい。隊長は、敵の魔法を奪うスキルがあるという話でした」

「魔法を、奪う……」


そこで、キスティが口を挟んだ。


「待て、アーと言ったか。奪う、という言い方をしていたんだな」

「言っていたのは隊長ではないです。でも、奪うって昔からいた人が……」

「ふむ」


キスティに何か心当たりがありそうだ。


「キスティ、何か分かったか?」

「主、1つの可能性だが。『強奪者』かもしれん」

「ジョブの話か」

「そう。悪人系ジョブはまっとうな戦士とは敵対する方が多いからな。要注意のジョブについては多少なり教育される」

「その1つが『強奪者』?」

「そう。魔法を奪うというのは聞いたことがないが、特定のスキルを奪う、魔力を奪うといったスキルはある」

「……む?」


魔力を奪う。

あー、もしや。


隊長が、戦いの終盤に魔法の物量攻めをした俺を見て様子がおかしくなった理由が分かった気がした。

もはや想像でしかないが、あいつずっと「魔力を奪う」スキルを発動していたのかもしれない。

魔法ユーザーだと分かった時点で、魔力切れを誘う方針で戦っていたのかもしれない。


であれば、筋は通る。確かに隊長から見て魔法ユーザーの俺は「相性は悪くない」相手だったのかもしれない。

実戦では初めて使う技を使ったとはいえ、魔力の減りが早すぎるとは思っていたのだ。

途中までずっと「盗人の正義」を発動していなかったら、もっと消耗していたかもしれない。


「『強奪者』か。それにしても魔法って、案外弱点多いな」


オーラ系が天敵だったり、強奪されたり。


「何を言う。弱点のないスキルなどないであろうが、魔法は努力と工夫でいくらでも化ける。主を見ているとその可能性を思い知らされるぞ」


キスティがかぶりを振りながら、そんなことを言う。


「そうか? まあ、自由度の高さはピカイチか」

「最も、主のように自由な発想で魔法に取り組む者は少ないだろうな。通常、戦士団であれ軍であれ、もしくは傭兵であれ、攻撃魔法の使い手に求められるのは火力だ」

「そういや、闘技会で見た他の『魔剣士』はだいたい、火力で押し切るスタイルだったよな」

「『魔剣士』は顕著だが、戦士家の高レベルの『魔法使い』でも、主のような者は見たことがない」

「そら、どうも」


誉め言葉として受け取っておくが、戦士家で俺みたいな魔法の使い方をする者がいたら、それはそれで困るだろう。

各ジョブで役割分担しながら連携しているだろうに、好き勝手に動き回られたらな。

『跳躍戦士』のように動き回るジョブが他にも色々あるのだから、『魔法使い』に求められるのは火力となるのが自然だ。


まあ、もうちょっと防御魔法は重視しても良いような気もするが。


スキルのことはとりあえず分かったので、続いてお宝とやらを探す。

隊長が貴重品を保管している場所は元部下の少女アーが知っていたので、それらしきものはすぐに見つかった。

床に隠し金庫のようなものが埋まっており、隊長が持っていた鍵のようなものは、正確には魔力鍵の一種であることが分かった。

この辺はアカーネが真っ先に気付いて、開け方まで調べてくれたものだ。


形状も鍵のようになっているのだがそれは装飾、もしくはブラフで、魔力を通しながら近付けると開くものだった。

開いてみると、中には金貨類と、魔石がゴロゴロ。それに武具がいくつか。


確かにこれはお宝だ。


「サーシャ、金貨類の勘定を頼む。魔石はアカーネ、持っていけ。今は金もあるから実験用に回してもいいが……さすがに多いか」

「あ、ううん! ちょうど魔石欲しいなーって思ってたし!」


半地下のようになっている金庫の中に降り立ち、お宝を俺が拾っては外にいるキスティに渡したり、床に出したりする。

取り出して床に置いた魔石類を、アカーネがそそくさと回収に入る。

今回の一騎打ちの戦いの最後でもそうだったが、アカーネの作る改造魔石には何度も助けられている。

いくらぐらいの価値かは分からないが、魔石を渡すくらいの投資は必要だろう。


「ミャー」


シャオがスタッとルキの頭から降り立ち、魔石を手で叩いて遊び出した。

ほっこりする絵面だが、アカーネは貴重な魔石が壊れないか、ハラハラして見ている。


もう1匹の護獣は……うん、興味なさそうに寝ている。


「さて、武具は……なんだこれ」


剣っぽいのを取り出したが、明るいところで見てみると変だ。

剣身が3つに別れて、それぞれが微妙に曲がりつつ刃先も少し割れている。

全体で見ると、燃え盛る炎のようなデザイン。


「変な形だけど、全然刃こぼれとかしない、らしいです」


少女アーがそれを見て補足してくれる。

こんないかにも「魔法剣です!」みたいな見た目なのに、能力は地味だな……?


「アカーネ、一応魔武器じゃないか確かめて見て貰えるか」

「はーい」


アカーネに任せておけば、概要くらいは分かるだろう。


「しかしこの形、慣れれば使いやすいのかね」

「主。慣れれば扱えないこともないだろうが……とても実用的には思えんな」


キスティは俺が置いた剣を拾って眺めながら、そう評した。

うちのパーティでは彼女くらいしか使いそうな人がいないが、そのキスティが使いにくいのなら売るか。

魔武器として面白い能力でもあれば、そのときにまた考えるか。


他には、と。


「アー、この中に魔武具や、魔道具はないのか?」

「魔法の武器……? 魔法使いのおじさんの杖はあります」

「杖ね、どれだ?」

「ここじゃない、小屋の奥にあります」


アーが持ってきた杖は、少し曲がった木の枝に、宝石のようなものが括り付けてあるもの。

アカーネに鑑定を頼むと、魔道具ではなく「魔法を使いやすくする」だけの棒のようであった。


まあ、魔法の武器とはいえば、魔法の武器だが。


「ヨーヨー。この子たちは、必要な知識以外は持っていないようですわ。魔武具など裕福な装備とは縁遠いでしょう」


後ろからミホの声がする。ミホは別室で他の子どもたちの世話をしていたはずだが、アーの様子を見にきていたらしい。


「確かに、そうかもな」

「ほら、アーちゃん。こっちに汚れていない服がありますから、着替えましょう」

「……それは大人の着るもの」

「もう良いのです。普通は子どもだろうと、普通に着るものですから」

「普通?」


ミホの子ども保護活動が始まっているようだ。

そちらにあまり興味はないので、お宝検分に戻る。


「この辺は剣と、槍……お、盾が2つほどあるな」

「特別高価そうなものはないな。いや、普通に戦士団でも使えそうな品質なのだが、主の元にいると感覚が狂うな」


キスティが俺の取り出す武具を1つずつ手に取りながら、アカーネにパスしている。

アカーネは一応それぞれに魔力を通して、「魔力視」でその動きを見ているようだ。


効果まで分かるかはともかく、魔武具であれば何かしらの反応はあるので分かるという。


「う〜〜ん、どれも普通の武器だね」

「盾はどうだ?」

「そっちはまだ。えいっ……えいっ……やっぱりね……いや?」


アカーネが最後に渡した小さな盾を掲げる。


「えいっ……うん、やっぱり何か反応ある。アーちゃん、これ何か分かる?」


アカーネがアーに話しかけるが、返事がない。


「アカーネ、アーとやらはミホ殿に連れられていったぞ」

「ちぇー、まあいいや。後で確認しとこ」


これだけあって、魔武具はそれだけか。


「そういえば、最初の剣はどうだった?」

「反応なーし。でも魔力が通りにくいから、魔法に強いとかはあるかも」

「……微妙だな?」


炎っぽい形をした剣であれば、炎魔法が出るとかが相場だろうが。

ゲームで「形だけ炎で、何も効果なし」なんて武器を宝箱から拾ったら、クソゲーと思うぞ。


「ご主人様。数え終わりました」


武具を見ているうちに、サーシャが金貨勘定を終えたらしい。

さすが元商人。


「いくらだった?」

「キュレス金貨2枚、半金貨8枚。銀貨が32枚」

「ほー」

「公国金貨が4枚、大銀貨1枚、銀貨15枚」

「……ほー」

「それと、見たことのない硬貨が合計68枚」

「68!?」


ありすぎだろう。

「種類もバラバラなんです」

「どれどれ」


見たことのない硬貨は1つの袋にまとめられていたらしい。

サーシャがそれを出したうえで整理して、整列させてくれていた。


「ほうほう。……ほー」


見覚えのある硬貨がいくつか。

あまり自信はないが、おそらく知っている硬貨も数種類。


その1つを手に取る。

かなり汚れているが、書かれている文字は読み取れる。



久しぶりだな、10円銅貨さんよ。



***************************



ミホに10円玉の件を言うべきかは迷ったが、白ガキ案件のおそれもあるので、いったん黙って回収しておく。これは異空間行きだ。


異空間も入れておく物が多すぎて、容量が不足している。


まあ、考えてみればそこまで不思議ではない話かもしれない。

公国には、転移者を集めている組織がある。

そしてここは、その通り道の1つだ。


仮にそこに行こうと考えた転移者がいたとして、全員が無事に辿り着けるわけではないのだ。

あれ? でも、転移するときに、俺の場合何も持っていくことができなかったはずなのだが。異世界酔いするとか言われて。

いやいや。結局亜空間装置は持ってきたわけで。同じように「貴重品だけでも」って、財布を持っていった奴がいたのかもしれん。

……異世界に行くのだから、別の物にしろと思うが。


「……いや」


10円玉は、銅貨だったはず。

そしてこちらでは銅貨は、大雑把に100円程度か、それ以上の価値がある。


そう考えれば、家にある硬貨をありったけ持ってきていれば、いち財産になるはず?

そこまで見越して、異世界でも価値のありそうな材料の硬貨を持って来たとか。


「だとしたら、やるなあ」


無一文スタートを切った俺に比べて、実にスマートな冒険の開始だ。

まあ、その後賊に襲われて、命もろとも奪われたっぽい感じだが。



この日はヨーヨーパーティとミホパーティ(子どもたち)に別れて、賊の使っていた小屋で休むことになった。

俺は少し警戒しつつ、何事もなく一夜が明けた。



来た道を戻って、パンドラムに向かう準備をしてミホに声を掛ける。

小屋も最後に壊していこうかと思ったが、ミホが使うらしいので中止。

小屋の近くには井戸も掘ってあったので、サーシャお手製の朝食をミホ達にも振る舞ってやる。


「で、町に戻ったら、どうするつもりなんだ?」


上品にスープをスプーンで掬って飲んでいるミホに尋ねる。

俺は先に部屋で食べているので、単に流れでこの場にいるだけだ。


「悩んでいるわ」

「子ども達とパーティを組むんだろう? 魔物狩りでもするんじゃないのか」

「そうしたいけれど、悩みはラット商会ね」

「ああ、あいつら。結局、何をしてたんだ? その商会は」


ミホは既に詳しい情報をアーから聞いたらしいので、要約して伝えてもらう。


要は、ラット商会は失敗したミホたちの遠征の情報を賊に流していたらしい。

それはミホもある程度分かっていたようなのだが、ミホたちに賊の情報を流していたのもラット商会なので、「商売相手を選ばない商会」という認識だったようだ。

なのだが、ラット商会は中立ではなく、賊寄りだったらしく、ミホたちに流した情報のことも逐一賊集団……ドラク一家に報告されていたようだ。


そしてミホたちが失敗した後、ラット商会経由で再度ミホに情報が齎された。

そのときはラット商会と関わりのない商会を経由して、衛兵隊から話がいくようになっていたらしい。

そこでドラク一家が再起を狙っているという情報と、ミホの知らなかったアジト情報まで「自然と」知るように仕組まれていたらしい。


アーという一味では底辺の少女がそこまで知っているのも違和感があるのだが、どうやらアーという少女、隊長の情婦だったらしい。

隊長、女性だったと思うが、まあニャーニャーする関係だったらしいのだ。


アーはただ隊長の話を聞いていただけなので、全体像は掴めていない様子だったが、ミホの記憶と突き合わせてみると、ピッタリ辻褄が合ってしまったらしい。


「ラット商会ってのが黒幕か」

「そこはまだ、良くわからないわ。でも、今確実に言えるのは、私やこの子たちは、ラット商会によって邪魔に思われている可能性が高いということ」

「……ラット商会がミホの行動を誘導したっぽい、というのは分かった。で、奴らの狙いは分かるのか?」

「これは更に確証のない話だけれど……ヨーヨー。貴方じゃないかしら」

「俺?」


俺? とか言いつつ、まあそうだろうなと。

正義感の強いミホが疎まれているというのもありそうだが、賊を潰した張本人は俺なのだ。


「ええ。私が貴方を誘って、賊の残党狩りに行くというのを知って組まれていたように思うの。私を潰すだけであれば、ここまで手の込んだことは必要ないわ」

「俺と賊残党をぶつけたかったか……俺を殺すか、または俺に残党を潰させたかったか」

「あるいは両方かもね。貴方をぶつけたかったのは可能性が高そうなの。アーちゃんの話だと、付近の残党の拠点を潰して、金目のものを置いておけば、貴方が『釣れる』と考えていたようだわ」

「……金目のもの?」


あ、もしかして空になっていた拠点に残されていた、銀貨の袋か。

あの程度で釣れると思われるとは……。

この俺が、その程度の金でまんまと小屋に誘い込まれるはずがクマー!


とまあ、結果的には、まんまと釣られてしまったのだった。


「別に銀貨に誘われたわけじゃなかったんだけどな……」

「戦闘もなしに、金目の物が手に入ったら、他も探すだろうと思われていたみたいよ」

「なるほどなあ」


で、小屋に誘導されて、あの隊長か。


「そこまで仕組めたのなら、もっと罠とか張らないか?」

「最初はその気だったみたい。でも、部下がどんどん逃げて、ラット商会は何も対策を寄越さない。最後は堂々と戦うことにしたそうよ」

「なんでそうなる」


結果的にはチクチクとゲリラ攻撃されるより、楽に済んだのだから良いのだが。

まあ、済んだ話だ。


「それより問題は、そのラット商会をどうするかだが」

「貴方は、どうしますの?」


ミホがじっとこちらを見てくる。

そんなに見つめても、表情は読めないぞ。マスクだし。


「俺はまあ、今後も狙われるなら殺すが」

「襲われなければ?」

「う〜ん……放置、か? 報復したいような、面倒くさいような」


結局、俺と隊長をやり合わせたかったらしいのは分かるのだが、俺にどこまで害意があるかも分からんのだ。

裏の世界に通じてそうな奴らだし、下手に荒立てて暗殺者祭りとかなっても大変だ。

どうしようかな。


「それなら、私たちが潰すわ」

「うん?」

「ヨーヨーがどう捉えられているかは、正直分からないわ。でも、少なくとも私は良くは思われていない。それは確定よ」

「そうかな?」

「私が相手の立場だったら、これだけ色々不利益を働いたら恨まれると思うでしょうね」

「まあ、そうかもな」


ミホとは対立前提で動くことになるだろう。

……うむ、出自不明の魔人を相手にするより、とりあえず目の上のタンコブであるミホを取り除こうと考えるかもしれん。


「ラット商会が黒幕とは限らないけれど、ラット商会がある以上、私は安心できないわ。この子達も同じ」


ミホは、元賊の部下であった子ども達を見やる。


「降りかかる火の粉を払う、ってか」

「そう。私、昔から手が出るのは早いの」

「ほう? さすが武術家だな」

「そうでもないわ。普通、武術を嗜む者は慎重になれと教え込まれるもの」


ミホは苦笑する。


「でも、決めたの。私は思いっきり、私の思い通りに力を使うわ」

「そうか。悪いが、俺は近いうちに町を出ることになるが?」


ゴタゴタしそうだし。

でも、ミホが死ぬ可能性があるなら、助けるべきなのか?

悩みどころだな。


「ええ、いいわ。今回、貴方の……ヨーヨーの戦いが見れて、良かったわ」

「あんまり参考にならなかっただろう」


色々とズルい手を使っていたが、傍目には魔法ゴリ押しだったと思うし。


「いいえ。ヨーヨーがこれまで、どうやって生き残って来たのかは分からないけれど。憧れたわ」

「憧れ?」

「ここに来て、思いっきり自分の思い通りに動く。そのために必要なのは、力よね。野蛮かもしれないけれど」

「……死ぬなよ」


死なれると困る。

わざわざ助けたというのに。


「約束はできないけれど、勝算はあるわ」

「ほう?」

「ヨーヨーとは少し違う戦い方ね。でも、私には、私が積み上げて来たものがある」


衛兵隊からの信頼とかだろうか。

確かに、人を巻き込んで戦うのは、俺にできないミホの戦い方だろうな。


「これも何かの縁でしょう。あの方が何故私たちを引き合わせたかのかは分からないけれど、再会する頃には、強くなっていてみせるわ」


あの方というのは、白ガキのことか。

そういえば、音沙汰がないな。

報告書にはかなりの文句を書いて送っているのだが。


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