第226話 常識

衛兵隊に紹介された宿は少し変わっていた。

宿屋というより、コテージというか。


海辺に建てられた小屋を丸々貸してもらえるらしい。魔物のせいで土地の限られたこの世界では、実に珍しい。

値段もそこそこで、少し良い宿に泊まったくらいの値段だ。

ただ、万が一湖から魔物が上がってきたとき、自分たちでどうにかしろと説明を受けた。


この辺は魔物が少なく湧き点も近くにはないらしいが、よそから流れてくる魔物がいないとは言えない。

見張りを立てるほどではないが、警戒はしておく必要がある。

夜はドンに注意をお願いするか。


やっぱり壁のない町ってのはちょっと落ち着かない。

俺もすっかり、この世界の常識に染まってしまったようだ。



案内者が去ると早速、サーシャは料理、キスティとルキは警戒用の準備を行う。

俺はアカーネとシャオを連れ立って、一通り小屋を点検してはしゃいでしまった。

粗末だがデカいベッドに、網戸のように透けた壁越しに見える湖。

旅行感がある。


あまりにはしゃいでいたからか、「暇なら掃除でもして下さい」とサーシャに小言を言われてしまった。


サーシャお手製のサラダと肉料理を平らげてから、まったり作戦会議する。


「それにしても、ご主人様。魔物の話はよろしかったのですか?」

「何がだ?」

「キシエトワルです。何か狙いがあったのでしょうか」

「まあ、な」


どの魔物を出すかは一瞬悩んだのだが。

中途半端に遠いものや、ダンジョンの魔物よりも「ありえないくらい遠い」魔物であれば、真実には辿り着けないだろうという考えがあった。

それにだ。

キシエトワルがあの辺でしか出なかったとしたら、人から貰ったことにでもすればいい。

そして、キシエトワルの情報を集めて貰えば、あの探査艦の場所も絞れるだろう。


「そんなところだ」

「承知しました。口裏は合わせないとなりませんから、あなた達も良いですね」


サーシャが従者組をぐるりと見回す。


「……余計なこと言わなければいいんでしょ?」


アカーネが自信なげに言う。


「そうです」

「ご主人さましかわかりませーんって言うようにするよ」

「……良いでしょう」


サーシャが心配そうに頷く。


「それにしても、各地で狩った魔物の素材を自由に売れる相手が欲しいな」

「それは難しいでしょうね。例の装置のことを知らなければ、そのうち不審がられます」

「だろうなあ」


そこでキスティが手を挙げる。


「良いだろうか? いっそ、自分たちで商会を持つと言うのはどうだろう」

「なるほど。自分でか」

「それは難しいでしょう。長期的には可能かもしれませんが、商会を持つと言うのは一朝一夕でどうにかなるものではありません」


サーシャの待ったが入った。

もともと商人畑の人間だけに、その言葉は重い。


「商会のことは今後の選択肢として考えておこう。とりあえずは、地産地消……地狩地消? でやっていくしかないな」


移動するときに、狩った地方の近くの商会で売る。別の地方では別の商会で売る。

これを繰り返すしかないだろう。


となると、この付近でも何か狩るかどうか、だが。

情報収集してみて、目ぼしい魔物がいたら狙ってみるか。

奇しくも俺たちの賊狩りのせいで魔物狩りの手が足りていないというのだ。

俺たちがその隙間を埋めてやってもいいだろう。


「やっぱりそれが狙いだったのか」みたいに思われるかもしれないが。


数日間は、ここに泊まりつつ情報収集かな。

考えていると、おずおずと手を挙げたルキが発言した。


「それよりも、決めなくてはいけないことがあるように思います」

「何だ?」

「はい。残党狩りです」

「……ラスプの何とか一家の、か」

「はい。あまり気が進みません。ですが、残しておくと危険があります」


まあ、親分の仇になるのだものなあ。

あの卑怯なおっさんに、そこまで熱心なシンパがいればだが。


「それに追加しまして、金銭的に利点がある可能性があります」

「金銭?」

「はい。私達は賊の本拠を襲い、少なくない数の賊が逃げ出しております」

「まあ、そうだろうな」


派手に賊を殺していた時に逃げたやつもいるだろうし、その後異変に気付いて逃げたやつもいるだろう。


「逃げ出す際、財産を持ち逃げすることは想像に難くありません」

「……そんな暇あったか?」

「貴重品だけ、何かに載せて逃げるほどの時間はあったと推察されます」

「サーシャ、キスティ。どう思う?」

「ね〜ぇ〜、ボクは〜?」


アカーネが絡んでくるのをいなしながら、サーシャとキスティの意見を聞く。

いずれも「大いにあり得る」との見解だった。


「ふむ。残党狩りで持ち逃げされた財宝を奪える可能性はあるか」

「危険の排除の目的もありますから、合わせて十分な理由になるかと」

「ルキは冒険好きかと思っていたが、案外こういうところもチャッカリしているな」

「……故郷で旅したときに、お金は苦労しましたから」

「ほう」


いいとこのお嬢さんだったはずだが、親にあまり金は出してもらえなかったようだ。

ともあれ、残党狩りはアリかもしれない。

ますます魔物狩り不足に陥りそうな気もするが。


「頭を討たれたとあっては、しばらく積極的に魔物を狩ることもないはず。気兼ねなくプチ殺そうぞ」


キスティがそう励ましてくれる。励ましてるのか?


「問題は、残党がどこにいるのか分からないって点だな」


さっそく酒場で情報収集してみるか。



そんな風に思っていた残党居場所問題は、翌日にはあっさり解決した。

ミホが俺たちの小屋を訪れ、残党狩りへの協力を申し入れてきたのだ。



***************************



ミホと残党狩り計画を立てつつ、準備に取り掛かることになった。

商人の町だけあって、食料や旅の消耗品は問題なく揃えることができた。

最後に、連絡のあったエモンド商会の魔道具部門を訪れる。


懸賞金の金貨8枚も問題なく受領し、懐はホクホクである。


指定されたのは、以前も訪れたエモンド商会の石塔の隣にある、これまた石組の建物。

ただこちらは高さはなく、魚市場のようにガランと開けている。


室内には様々な魔道具が整然と並べられているようだ。

これは、売り場というより、倉庫か。


「これはこれは。お待たせしました」


腰を低くして出迎えたのは、エート族らしき男性。例に漏れず巨漢で筋骨隆々だが、目尻のシワが深く、腰を曲げて恐縮している。

腰の低いエート族は珍しい。


「いや、そちらには突然の商談だっただろうし、迷惑を掛ける」

「なんの、なんの。それで本日は、魔道具を見たいというお話だったかと」

「そうだ。魔武器や戦闘に役立つものを見たいが、それ以外にも旅で使えるものでおすすめがあれば是非にも」

「ほうほう、左様でしたか」


武具類が置いてある場所に案内してもらいながら、自己紹介を交わす。

彼はリスモンというエート族で、魔道具の製作と販売を担っているという。

販売だけでなく、製作もするというのは予想外だ。


個人店ならともかく、大商会でもそういうことがあるのか。

疑問をぶつけてみると、彼は例外だという答えが返ってきた。

どうやら魔道具の製作者として食ってきた人物のようだが、フーベルグがこの地で商会を立ち上げた時、魔道具に詳しいという理由で販売まで任されてしまったのだという。


現在では魔道具部門を統括する責任者は別にいるものの、ベテラン製作者兼販売員として便利に使われているようだ。


「この辺りが、武具ですな。お探しなのは、ヨーヨー様の武器でしょうか?」

「いや、それに限られない。俺の武器はこの剣があるし、どちらかというと後ろの従者たちの武具で良いのがあれば買いたい」


皆興味はあるようなので、今日は全員でお出かけ中だ。

ぞろぞろと付いてくるサーシャたちは、物珍しげに周りを見渡している。


これほどの数の魔道具に囲まれる経験は、なかなかできないかも。


「それにしても、ここにあるのは全て魔道具なのだろう? ここにあるだけでも、とんでもない価値があるんじゃないか」

「はっは、そうですな。ここが満杯になることは極めて稀なのですが、ヨーヨー様は良い時に来なすった」

「特に武具系の魔道具が多くて、選り取り見取りですな。ただ、そこまで高価なものは少ないのですが」

「おあつらえ向きじゃないか。高価なものというよりは、普段使いできる実用的な魔道具が欲しいからな」


小屋で整理した、現在の主な装備メモを見ながら候補を考える。


(ヨーヨー)

武器:魔導剣(太刀)、魔銃、魔導短剣(切れ味アップ)

頭:素敵な魔道具のマスク(ヘルメット)

身体:黒緑の鎧(獣金の胸当て、魔木素材の脇腹)、厚手の服(鎧下)

両手:死蜘蛛の腕当て

足:死蜘蛛のすね当て、装甲靴


俺の装備はこんな感じ。

武器は揃っているし、このナイスなマスクを捨てるなんて、とんでもない! なので、替えるとしたら、それ以外のパーツだろうか。

あるいは、鎧下として使える魔導服とかあったら、試してみたいかも。


(サーシャ)

武器;魔導弓(力を補助)、短弓、短剣

頭:鉢金

身体:黒い革鎧、厚手の服(鎧下)

左手:小楯(バックラー)、死蜘蛛の腕当て

右手:マジックウォールの魔道具、死蜘蛛の腕当て

足:死蜘蛛のすね当て


サーシャは魔導弓を入れたので、武器はしばらく優先度は低い。

検討すべきは、頭装備かな。

視線が遮られるのが嫌らしいので、俺のナイスなマスクみたいな装備があれば良いのだが。

そんなことを言っていたら、微妙な顔をしていた。何故だろう。


(アカーネ)

武器:魔投棒、黒色短剣、糸付き短剣×4

頭:ヘッドギア

身体:黒い革鎧(肩当て一体)、厚手の服(鎧下)

左手:死蜘蛛の腕当て

右手:死蜘蛛の腕当て、マジックウォールの魔道具

足:死蜘蛛のすね当て


アカーネは、ボクシングの試合で被るような形の軽装ヘルメットを被っている。これはもうちょっと考えてもいいかもしれない。

あとなかなか活躍の場がないが、糸付きの短剣を持っている。

投げナイフもなかなか様になってきたので、接近されたらこれを武器に戦うことになる。

ただ、そこまでいくことがそうそうないので、実戦で役立ったことはあまりない。


(キスティ)

武器:黒鉄のハンマー、灼鉄の槍×2(投槍用)

頭:砂漠トラの骨の兜

身体:砂牙トカゲの白鎧、深緑のローブ(温度調節)


(ルキ)

・装備

武器:灼鉄の槍、短剣、黄色短剣(解体用)

盾:紋様の大盾(短剣収納)

頭:白兜

身体:白鎧


キスティ、ルキは死蜘蛛装備がない。

キスティは素材が足りず、ルキは加入前だったためだ。


黒っぽいサーシャ・アカーネと比べると、白くて聖騎士感がある。

キスティの戦い方は全然それっぽくないが。


キスティとルキのおかげで正義感が出るかというと、実はそうも言えないところだ。

白黒で対比が付いていて、これはこれで怪しさを増しているのだ。


そして、中でも素敵なマスクを付けている俺の異様さが目立つと言われたこともある。

サーシャは引き気味だが、キスティは逆に気に入っている。

「主たるもの、そうでなくては」とか言っている。イマイチ戦士家の価値観は理解できない。

アカーネとルキは特に感想を言わない。


さて、この2人は立派な鎧を用意できているので、大きく替える必要はないのだが。

だが、魔道具が少なく、もうちょっと拘っても良い。

特にルキは魔道具の扱いをキスティほどには苦手としていない。

防御時に役立つ機能とかあっても良いかもしれない。


あるいは、唯一ありあわせになっている、ルキの武器をどうにかすべきか。


ルキは大体俺より後ろで防御線を引くため、あまり俺は戦闘シーンを見られていない。

サーシャに聞いた話では、スキルに「スタンプ」があり、攻撃に重さを乗せられるというのがあって、槍も突くよりも上から叩くように使っているシーンが多いそうだ。

であれば、より叩きに適した武器を探すというのも良いな。


……。

考えを整理しながら品を吟味していくが、本当に色々な種類がある。

これなら、これまで見かけたことのないようなものも注文できるかも。


「鎧下にできる服の魔道具、または上から叩きつけるような長柄武器のものはあるか?」

「ほう、服か長柄武器ですか。なくはないですな」

「服は、生存率が上がるような効果が第一。なければ、旅を便利にするものかな」

「生存率、ですか。一応あるにはありますが」

「どんなものだ?」

「思い付くものですと、防御のステータス補正を上げるもの」

「ほう! いいじゃないか」

「しかし……魔力を流すことで作動するものです。それも、使う魔力の割りには微々たるものです」

「ふむ」

「それに、使い方に問題があります。まさに今剣で斬られるという時、意識して魔力を流し、効果を発動させねばなりません。そのような余裕がありますかな? 攻撃を意識できるのなら、避けたり受けたりしろと言われてしまいます」

「それも道理だが、使い方次第だな。いくらだ?」

「お値段も張ってしまいます、金貨1枚ほど」


たけぇ。

だが、これは買いな気がする。

ついでにアカーネに研究させて、増やせるなら増やしたいな。


「それは高いな。いったん他の物を見せて貰えるか」

「畏まりました。他ですと、体温調整機能の着いた長シャツがあります」

「ほう」


ローブで体温調整機能付きを前に買ったが、あれのシャツバージョンか。

ローブは今、探査艦に置いてきてしまっている。

やや動きにくくもなるので、服で代用できるならありがたいな。


「どの程度調整できる?」

「事前に設定がなされておりまして、その基準温度に合わせることができます。ただ、これも効果は限定的です。夏にやや涼しく、冬にやや暖かい程度ですな」

「値段は?」

「こちらは銀貨5枚ほど。説明が漏れましたが、こちらも魔力を流して調整する必要がありますので……」

「なるほど。何枚在庫がある?」

「こちらは何枚かございます。確認させますか?」

「頼む」


在庫を確認してもらうと、3枚残っていた。

実物を持ってきてもらって、魔力を流す。

ほう、ちょっと涼しい。


「今日はここも暑いですからな、ひんやりとするでしょう」


これは良いな。操作も難しくなく、俺がやったところ消費魔力は1程度。

都度魔力を流すことになるが、それも練習になるかも。


これは後で買おう、と頭の中でメモしておく。


「決める前に、先に別のものも吟味しておきたい」

「長柄の武器ですな。いくつか見繕って来ましょう」


並べられたのは、刃がギザギザしている槍に、十文字槍、それに柄が太く、先端は槍というよりメイスのようなもの。

そのうち、ギザギザの槍を取り上げて振り下ろす動作をしながら、リスモンが説明する。


「こちらは雷神の槍。雷属性の魔石を嵌めて頂ければ、振り下ろしと同時に雷撃が飛びます」


雷属性の魔石。

今まであったっけ。


「雷属性というと、珍しいのではないか?」

「ご心配は分かります。やや珍しいので、魔石の購入費も掛かってしまいます。ただ、敵の不意を突くにはもってこいですぞ」

「うむ……」


これはイマイチだ。


「続いて、こちらの槍。先が十字になっているのが見えますか? こちらは、それぞれの刃先を結ぶように、魔力の壁を作れるのです」

「魔力の壁を?」

「両手で槍を扱う時、盾が持てないというのが1つの弱点となります。その点を解消するために考えられたのです」

「なるほど」


これもイマイチ。設計コンセプトは分かるが、ルキは自分で防御スキル使えるし。


「残ったこちらは、いささか地味でして。頑強の槍と名付けられておりまして、硬いのです」

「ほう。どのような機能が?」

「硬いのです」

「……」

「はっは、失礼しました。こちらは魔力を流すことで、槍全体が硬くなるのです。少々無茶な使い方をしても、壊れませんぞ」

「ふ〜む。ルキ、どうだ?」


ルキにそれぞれの槍を持たせて、確認させる。

一応魔力も流させてみる。


「ほう、魔力の流し方が様になっておりますな」


リスモンが関心した声を挙げたが、それ以上に踏み込んでくることはなかった。

ジョブの話はセンシティブだから、掘り下げないようにしたって事なのかね。


「主様、この中ですと、こちらがしっくり来ました」

「おう」


ルキが選んだのは、最後の頑強の槍。

スタンプとの相性も良さそうだし、これにするか。


「最後の槍はいくらだ?」

「こちらは素材も良いものでして……金貨3枚ほど掛かってしまいます」


地味な割りに高いな。


欲しいのは防御の服と温度調整の服。それに頑強の槍か。

占めて金貨4枚と銀貨15枚。そこそこ買うのだから、ディスカウントしたいな。


「魔道具をまとめて買ったら、いくらか値引いてくれるか?」

「物次第ですね。大きな減額は難しいですが……」

「ご主人様。ここは私が」


サーシャに援護射撃を貰いながら、占めて金貨3枚と銀貨50枚まで値切る。

銀貨65枚分だが、これで「大きな減額」ではないのだな。


しかし、値切っておいて何だが、意外と使わなかった。

まだ金貨は18枚ある計算だ。


「他に、消耗品の魔道具などあるか」


いくつか商品を見せてもらいながら、数点購入する。

特筆すべきは、使い捨ての防御魔法道具だ。

そこそこ強力な魔力シールドを、使い捨てで使えるという優れモノだ。

防御魔法を使えないキスティを中心に、合計10個ほど買い込んでおく。

さらにポーションの類を買っておく。


ポーションや医薬品は用途が多岐に渡りすぎていて、選別が大変だ。

アカーネに任せて、必要な物を買っておく。


諸々合わせて金貨にも届かない。

銀貨20枚とかの世界だ。


まあ、金は無理に使う必要はない。


今日はエモンド商会の現場との顔繋ぎという意味も強い。

まずは魔道具担当のおっさんと知り合えた。

この後、魔法素材の担当者とも会って帰る予定なのだ。


そんな準備を済ませながら、休息も兼ねたパンドラムでの日々は過ぎていった。


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