第227話 魔人

う〜〜〜ん。


アカーネ手書きの地図を眺めつつ唸る。

地図上には、ミホから聞かされた盗賊「ドラク一家」残党がいると思しき、他の拠点が書き込まれている。


ついでに世界地図も横に転がっており、こちらには大雑把な国の位置といくつかの印が書かれている。

こっちは、エモンド商会経由で入手した「キシエトワル」の出現場所をメモしたものだ。

こちらはいくつか候補があり、完全には絞り込めなかった。残念だ。


ただ「聖国通貨が流通している地域」に限定すると、2つほどに絞られた。

聖国の南西の部族地域か、さらに西のオソーカ領域同盟の、更に西だ。


どっちにしろ、転移元のダンジョンから見ると、相当遠くまで飛ばされている。

まあ、それはいい。


今頭を悩ませているのは、残党どものいそうな場所が、存外に多いことだ。

あの墓の周囲にもあるが、全然違う場所にも拠点が点在している。

湖の島にまであるというのだから、なかなかのものだ。


中には既に使われていない拠点もあるだろうとのことだが、これを網羅的に潰すというのも骨だ。

しかし、それを調べてから動くのは流石に遅きに失する。

ただでさえ、パンドラムに寄ってのんびりと支度をしてしまったのだ。

逃げ足の早い賊は既に拠点を放棄している奴もいるだろうし、時間が経てば経つほど、その可能性は増えるだろう。


「それでしたら、賊が残っている可能性の高い拠点のみ回るというのはどうかしら?」


ミホが、拠点の多さに言葉を詰まらせていた俺にそう提案する。


「それで良いのか、ミホは?」

「構いませんわ。もともと、貴方が動くのであれば便乗しようと思っただけですもの」

「一緒に帰ってきた奴らは?」

「彼女らは、もう十分に苦しみました。この件の後始末は、私が勝手にやるつもりです」

「ふぅん。じゃ、衛兵隊は?」


いかにラスプに政治的手腕があったと言っても、そのラスプが死んだのだ。

これといった後継者がいなければ、もう便利使いもできないだろうし、賊組織は邪魔なだけではなかろうか。

本来なら、彼らが掃討してくれても良いように思うのだが。


ミホは複雑そうな顔をして黙ってしまった。


「……」

「なるほど、まだ何かあるってわけだ」

「分からないわ。何か事情があるのかもしれないけれど、単に壊滅した盗賊など放っておくという意見があるのも確かだわ」

「む? まあ、そうか。逃げる奴がいるってことは、放っておけば勝手に数は減るわけだ」

「特に転がり屋は、キュレス王国や公国から流れ者を集めていた。つまり、余所者が多いのだから、組織が壊滅すれば、そちらに帰る者も多いわ」


ここは目的に立ち返ろう。

俺が残党を潰そうとしているのは、転移装置のある古墓が再度賊に占領されるのを防ぐため。そして持ち逃げされた金目のものを回収するためだ。

つまり、古墓に近い場所にある主要な拠点だけ潰せば良いか。


「とりあえず、俺は近場だけ潰すことにするが、ミホはどうする?」

「そう。是非道案内をさせて」

「頼む」


おおまかな場所が分かったところで、実際の拠点の場所を突き止めるのは苦労するだろう。

これまで情報を集めてきたらしい、ミホに任せる方が手っ取り早い。


あまり一緒に行動すべきではないかもしれないが……

まあ、白ガキが引き合わせたんだ。これくらいは目を瞑ってもらおう。


「そういえば、ミホの戦闘スタイルはどんなもんなんだ?」

「槍を使うわ。魔法とか、魔法みたいなスキルなんかは使えないから、期待しないで」

「前から、槍を習ってたのか?」

「いいえ。槍を握ったのは、こっちの世界に来てからね」


む。武道を習っていたと言っていたが、槍を習っていたわけではないのか。


「でも、棒術はあったから、素地がなかったわけではないわ」

「槍と棒って、似てるのか?」

「少し違うわね。でも、活かそうと思えば使える部分は多いわ。突く動作は似ているわけだから」


ほう。

そういえば俺も、槍を持ってスライムを突いてた時期があったっけ。

一瞬のことだったが。


「じゃあ、前衛に加わって貰うか。キスティと反対側を受け持つ感じで。ルキを中央、その左右だな」

「急ぐことは分かっているけれど、一度貴方のチームと改めて手合わせしてもお願いしても良いかしら? 力量を知っていると、連携ができるから」

「構わない」


ピクリと反応したキスティが、やる気満々なのは察しがつく。



***************************



ミホが借りた建物で、ミホとキスティが相対する。

ここは衛兵隊の練兵場の1つらしい。


「はじめ」


ミホの情報を得られる良いチャンスなので俺も出張ったが、戦う気がないことが分かると審判に回されてしまった。

とりあえずはじめの合図だけしておけば、後は勝手にやるだろう。どっちも訓練された者同士だし。


両者は長い木の棒を持ち、相手の出方を窺っている。

ミホは右半身を前に出し、コンパクトに両手で槍を構えている。

それに対してキスティは右手で掲げるように槍を持ち上げて、振り下ろす隙を探している。


くい、とミホが重心を前に掛け、それに反応してキスティが槍を振り下ろす。

ミホは身体を捻るようにして重心を戻すと、すっと後ろに引く。フェイントだったようだ。

キスティは構わず、身体を回転させながら横薙ぎ。

カン、と槍の柄を合わせるようにして弾くミホ。


キスティが強引に槍を戻すと、下段に突き。槍を合わせて防ぐミホ。

防がれることが分かっていたかのように、流れて中段、上段と突くキスティ。

それを中段は槍の中心、そして上段は槍の尻の所で器用に受け切るミホ。


おお、なんかすごい。

映画のカンフーアクションみたいだ。


「やるではないか」

「貴女こそっ……そんな動き回って息が切れないの?」

「この程度」


キスティが再度、槍を振り回すように頭上で一回転させてから、勢いのまま振り下ろす。


今度は三国志の武将みたいな動き。

実戦だと主にハンマーを振り回しているが、槍を使わせると武将っぽくなるな、キスティ。

それも、脳筋系パワー戦士みたいな動きに。


キスティが隙だらけに見えるが、うまく立ち回っているのだろう。

ミホは反撃ができず、キスティの繰り出す攻撃に対処する時間が続く。

どちらが先にミスをするか、の戦いなのだろうか。


と、ぼんやりと眺めていると、カンと高い音が響いた。

その瞬間、ミホが繰り出した力のない突きが、キスティの槍を手元から吹き飛ばした。


「なっ!! ……参った」

「ふぅ。こっちの世界で会った猛者のなかでも、かなり強いわ、貴女。実戦だったら分からなかった」


得物を失ったキスティは、槍を突きつけられて降参した。

キスティが油断して負けた感じだろうか。


「ミホ殿。最後の瞬間、いったい何をした?」

「何のことかしら」

「とぼけないでくれ。明らかに、スキルか何かを使ったろう」

「いいえ。スキルではないわ。ちょっとした技術ね」

「技術……」


キスティは一瞬しょんぼりしてから、すぐにミホを質問攻めにしだす。

ミホも、自分の使った技術を隠すことなく教えてくれている。

要はインパクトの瞬間だけ力を伝える技術で、身体の使い方を意識すれば可能だとか。


「その手の技術か。見たことがないではなかったが、こうも鮮やかに使われたのは初めてだ」


キスティが感心している。

ミホに、「こうか?」などと身体を動かしながら尋ねている。


「逆に私は、戦士たちの技術に驚くことが多いわ。貴女の槍の使い方も、地元ではまず見ることがない立派だったもの」

「流派というほどのものではないがな。ミホ殿の故郷は、技巧派が多かったのだな」


技巧派というか、平和な社会だったからだろうか。

キスティみたいな、実戦で確実に敵を殺して回る立ち回りのようなものは、平和な時代の武道には求められない点だろう。


「貴女のやり方は、どちらかというと多人数を相手にした立ち回りを意識しているように思えたわ」

「それは確かにそうだ。動きながら周りを見る。殺されない位置取りをしながら、1人ずつ減らしていく。そういうことを幼い頃から叩き込まれるのだ」

「そう……貴女も、武道の、いや戦士の家系に生まれたのかしら。つかぬことを聞くけれど、嫌になったことはなかった? 小さい頃から、殺しの技術を仕込まれて」

「……ないな! しきたりや作法にうんざりしたことは多いが、戦い方を叩き込んでくれたのは感謝しかない。戦い方を知らなければ、同じ町で魔物に怯えながら過ごすのだろう? とても考えられん」

「そう。変なことを言っちゃったわ」


ミホは、武道の家に生まれたことが嫌で、こっちの世界への転移に同意したんだろうか。

転移先では否応無しに技術を活かさないと生き残れない世界だったのは、皮肉な話だ。


その後、ルキとも手合わせをした後、解散となった。

ルキは盾ありで戦ったため、だいぶ有利だったが、それもあって最後はルキのカウンターで勝負が決まった。

キスティ戦とは打って変わって、ミホが一方的に攻撃に出ていた。

これは「パーティの壁役としての実力」を見るためなのかもしれないと思った。


「満足したか?」

「ええ、ありがとう。本当は貴方とも手合わせしてみたかったけれど」

「よしておこう。俺は剣や槍の腕は平凡だしな」

「それで、あの数の敵を瞬く間に倒したって言うの? いったいどんな、奥の手があるんだか」

「奥の手ってほどでもない」


俺のジョブが『魔剣士』系だということは伝えている。

が、それだけではミホの納得には及ばなかったようなのだ。

ミホが出会ってきたクラスの魔剣士がラスプの本拠地を襲ったら、途中で魔力視切れを起こして撤退しているか、敵の攻撃を捌き切れずに囲まれて終わっていたはずだという。


「評価は?」

「上々ね。流石、大盗賊を一夜で壊滅させた魔人さんの仲間だわ」

「……それは」

「町中噂になってるわよ。言っとくけど、これから尾ひれが付くことはあっても、逆はないでしょうね」


亜人認定されて討伐されないか、不安なところである。


「貴方、いっつもその変な毒ガスマスクみたいなの着けて行っているでしょう? そのことが噂好きの町の人たちの興味を惹いたみたいね」


完全に自業自得だった。

魔人でも、良い魔人であることを示さなくては。

そのためにも、残党狩りに勤しむとしますか。



***************************



翌日、宿を引き払って西に向かう。

途中でミホが合流し、最初の拠点に向かう。


1つ目の拠点は、町から西に向かってすぐの、石造りの建物だ。

古い砦か何かのようで、ところどころが崩れている。


慎重に索敵を行ったが、もぬけの殻だった。

だが、銀貨袋をいくつか見つけ、回収できた。

こうして資産が残っているあたり、最近まで賊に使われていたのかもしれない。


続いて2つ目の拠点は、海岸にある洞窟だった。

こちらも銀貨袋を回収。1つ目の拠点と合わせて、20枚程度の収入だ。

何もせずに銀貨20枚とは、悪くない稼ぎではある。


陽が落ちたころに、3つ目の拠点に着いた。

森の中にある、狩人小屋だった建物だ。


ドンさんが警戒しているので、索敵をしながら進むと、複数の人間らしき気配が確認された。

ビンゴか?


「来たか、魔人よ」


アカーネの装備に似た、ヘッドギアのような防具を着けた人物が仁王立ちで迎えた。

こっそり近付いて先制しようかと思っていたが、あっちも気付いているようでこちらに視線がロックオンされている。

索敵スキル持ちか。それにしても、待っていたかのような台詞。


観念して樹の影から姿を現す。


「貴様はなんだ?」

「ドラク一家が突撃隊長。アリエルとは私のことだ」


初耳だが、堂々と名乗るアリエルは、頬に独特な紋様がある、中年女性だ。

この見た目は見たことがある気がする。何族だったか。


「俺を待っていのか?」

「その通り。お前が来るのは分かっていた」

「……」


ミホの気配を窺うと、ミホは慌てて声を上げた。


「この状況だと私が怪しいのは分かるけれど、違うわよ! 私が貴方を売る理由がないでしょう」

「理由があるかどうかは、俺には分からんがな。まあ、いい。キスティ、怪しい動きをしたら殺せ」

「御意」

「言ってる場合!? 待ち伏せされてたってことは、どれだけ数がいるか分からないのよ?」

「うむ。まあ、大した数はいまい」


適当に言っているわけではない。

「盗人の正義」を使っても、魔力の補充が芳しくないのだ。


まさか索敵にも使えるスキルだとは。つくづくスキルは使いようだな。


「確かに数は多くない。しかし、この地に慣れた手練が控えている。乱戦となれば、被害は必定」


アリエルとやらが、平坦なテンションで話に入ってきた。

こいつ、残党狩りを出迎える賊にしては落ち着き払っているな。

それに態度も妙だ。罠なら、とっとと攻撃に移るのが良いだろうに。


「お前、何がしたいんだ? 声を掛ける前に、俺たちを攻撃しようと思わなかったのか」

「提案がある」

「言ってみろ」


アリエルが、腰に差していた剣を、スラリと抜いた。


「一騎打ちを所望する」

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