第225話 機密
「すまん」
案内役が背筋を伸ばしたまま、堂々と謝る。
本当にすまないと思っているのか疑問な態度だが、その声には申し訳なさが滲み出ている気がしたので、多少は本当に思っているのかもしれない。
彼?が謝っているのは、商会への紹介が不首尾に終わったからだ。
一軒目のワグミリヤ商会は、担当がいないからと丁寧に断られてしまった。4〜5日すれば商談を持てると説明されたが、気の長い話なので一旦断った。
どうやらお偉さんたちがどこかに行っているらしく、現場の手が余っていないのだとか。
衛兵隊の紹介だとしても、商人の町の大店であるだけあって、ワグミリヤ商会の看板の方が格は上のようだ。
続いて、何でも扱っているが足元を見られるという話のラット商会にお邪魔した。
有名な商会らしいが、売り場は小さなテントを飾ってあるだけのシンプルな建物だった。
だが、ここで試しに査定してもらった素材が、相当足元を見られてしまった。
相場の10分の1未満だという査定額を見て、「衛兵隊として紹介できない」と案内役がブチギレて、おジャンになってしまった。
どうやら初見であることも影響して、相当にナメた態度を取られてしまったようなのだ。
まあ、そういうことなら仕方がない。
「他に条件に合う商会はないのか? この際、小さな店でも良い」
「うむ、それであればいくつかはある。ただ、扱う素材も、量も限られてくる。色々な店を巡ることになるが、構わないか」
「仕方ない」
「口惜しいことだ。エモンド商会なら、取り扱ってくれたかもしれないが……」
ん?
「エモンド商会?」
「うむ。ここ10年ほどの新参だが、魔物素材についてはそれなりに強いようでな」
「エモンド商会って、あのエモンド紹介か? キュレス王国でも店を構えている」
「知っているのか。確かに、東にも繋がりがあるらしいな。詳しくは知らんが」
「紹介してくれないか?」
「む? 構わないが、あの商会は人を選ぶ。野良の魔物狩りとはほぼ取引をしないようなのだが」
「一か八かだ。エモンド商会とは縁があってな、運が良ければ話してくれるかもしれない」
もっとも、エモンド商会は各地で半独立していて、横のつながりがどこまであるのかは未知数だったはずだ。
キュレスで護衛任務をしただけの俺の話が伝わっているのかは疑わしい。いや、基本的に伝わっていないと考えておくべきであろう。
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パンドラムのエモンド商会は、石塔のような見た目をしていた。
街の東のはずれにポツンと佇むそれは、商会というよりは軍事施設のような印象を受ける。
事実、その周辺には護衛らしき武装した人たちが警戒しているのが見られる。
例えキュレスのエモンド商会とツテがあっても、会うことは難しいと難色を示していた案内役だったが、その予想に反して門番から伝えられたのは「奥で旦那様が待っている」との言葉だった。
石の塔のようになっている建物に案内され、2階に上がる。
案内役は1階で待たされるようで、止められていたが、俺のパーティメンバーは同行しても良いらしい。できれば2人までと言われたので、サーシャとキスティを連れて行く。
武器も持っていて良いと言うし、謎の高待遇。
これは俺の予想も外れて、この地のエモンド商会にも過去の護衛のことが伝わっているのかもしれない。
事実はともかく、俺がやったことを概要だけ聞けば、エモンド商会のご令嬢を救い出し、その後の護衛任務にも参加してその身を守ったことになる。
その報告を受けていれば、俺がエモンド家のお偉いさんたちに感謝されていてもおかしくはない。それ故に、形だけでも厚遇してくれているのかもしれない。
これはあれだろうか。俺、なんかやっちゃいました? と言うべきなのだろうか。
落ち着いた赤を基調とした応接間に、フカフカなソファが対面で並べられている。
その1つに3人で腰を下ろすと、鎧を着た人物から茶を出された。
俺は例によってマスクを被ったままなので飲めなかったが、キスティは何のためらいもなく兜を脱ぎ、茶を飲んでいる。サーシャは形だけ口元に運ぶが、ほぼ飲んでいない。
いや、別にもう脱いでも良い気がするが、衛兵隊長のところでは脱がなかったし。
ここまで来ると、「どこまで脱がずにいけるのか選手権」みたいになってきた。優勝したい。
「待たせたかな」
たっぷり時間を取ってから、1人の人間族の男が入ってきた。
堀の深い、中東系の男性のような見た目で、かなりのワイルドイケメンだ。
同時にどこか、神経質そうな印象を受ける。
衛兵隊長と同じく、ゆったりとした服を着ている。そして似合っていやがる。この辺の文化なのだろうか。
「いや、そうでもありません」
「ほう。君が……ね」
対のソファに腰掛ける際に、こちらを興味深そうに眺めるイケメン男性。
やはり噂が届いていたのか。
「お初にお目にかかる。ヨーヨーです。この度は時間を割いていただいたこと……」
「いや、いや。畏まらないでくれ」
今回は、俺が頼んで時間を取ってもらった形だ。
本当はもっと気軽な場所で、魔物素材買取の担当者と話せれば良いだけだったのだが、それはそれ。ちゃんと丁寧に話そうとしていたというのに、イケメン男性に阻まれてしまった。
「いいので?」
「構わんよ。それで、君が何の目的で当商会を尋ねたのか、聞かせて貰えるかな」
「その、失礼だが貴方は?」
「ふむ、失敬した。私が当商会の会長をしている、フーベルグだ。フーベルグ・エモンドと行った方が分かりやすいかな?」
エモンド。
風格からしてだろうと思ってはいたが、やはり会長自身が出てきたか。
「会長自ら出ていただき、感謝する。私……俺がここを訪れたのは大仰な話ではなく、取引をお願いしにきた」
「取引というと、どの種別のものかね」
「魔物素材だ」
「魔物素材。うちに素材を卸す話かね、それとも?」
「素材を買い取って欲しい、という話で間違いない」
フーベルグは一瞬真顔になったが、すぐに再び笑顔を貼り付けた。
「”正義の味方”から何をお願いされるかと思ったが、そんなことかね」
「正義の味方?」
「おっと。すまない。たまたま耳に入ってね。転がり屋を討伐したのだろう?」
……なんと。もう噂になっているのか。
いや、それが俺であると確かめるのは、どうやったんだ?
俺が言うのもなんだが、急に町に現れた素性の怪しい人間だぞ。
「私は耳が早い方でね」
「今日会ってくれたのは、エモンド家から聞いていたからではない?」
「エモンド家、と言うと他の地方のエモンド一門か? ほう、それでうちにというわけか」
「アアウィンダという娘は?」
「知っている。そうか、アアウィンダの……む?」
フーベルグは笑顔を崩し、怪訝な表情になった。
「ヨーヨーは、あの娘の護衛だったと?」
「いや、異なる。護衛が裏切って逃げていた時に、たまたま遭遇して」
「ああ、なるほど。そっちか。てっきり裏切った専属護衛が、ここまで流れて来たかと」
「……裏切ったやつらも、のうのうとエモンド一門に顔を出さないのでは?」
「かもしれないね」
フーベルグは意味ありげに笑った。
いや、ここまで作り笑いが上手いために印象で「腹芸とかしそう」と思ったので、意味ありげに見えたのだろうな。イケメンでそれも絵になるし、非常にモテそうであるな。
「そのまま護衛に誘われなかったのか?」
「どうだったかな。どちらにしても、大商会の護衛というのは合いそうにない」
「ほう? 魔物狩りをしてフラフラするよりは、人気な稼業なのだがね」
「それは否定しない。世の中、俺のような変わり者もいる」
「なるほど。ますます面白いじゃないか」
フーベルグは自分の分の茶も要求すると、届いた茶を一気飲みで干した。
「ところで、その兜は外さないのか?」
「ちょっと事情があって。外さないとダメだろうか?」
俺の「マスク外さないでどこまでいけるかチャレンジ」が終わってしまう。
「いや、別に構わない」
終わらなかった。何故こうまで許されるのか、逆に俺の方が不思議でならない。
「転がり屋程度であっても、色々と敵に回した可能性がある。用心は正しいことだ」
「……ありがたい」
用心だと思われていたようだ。
あれ、もしかして衛兵隊長も?
「あれの存在で、直接的にしろ間接的にしろ、儲かっていた奴はごまんといる。我々のような新参者には関係ないがな」
「……」
そうなのか。
それもそうか。キュレス王国と公国の間で良いように使われながら、自分のスタンスを確立したような政治通だったらしいからな。当然、この町の有力者とも多少なりとも繋がりは持っていたはずだ。
……ああ、討伐に参加した衛兵隊の人間が1人しかいなかったと聞いた時点で、予測するべきだったか。
町の目と鼻の先に居座っていて、たまに略奪なんてしていたらしくて、なぜ討伐されなかったのか。討伐されないように手を回していたに決まってる。あの拠点ももう1回よく探したら、その証拠とかも残っているかもしれない。
事情を知らない関係者が見れば、俺がその証拠を握っていると考える奴もいるはず。
……あまり長居しない方が良いか。
「しかし、合点がいった。君が護衛した娘は、専属護衛のほとんどに裏切られたと聞いていたものでね。それでよく助かったと思うが、君のような腕前の者に出会っていたわけだ」
「いや、そういうわけでもないが……」
俺がアアウィンダ嬢を助けたのは、ゴブリンの住処に囚われていたところだし。
裏切った専属護衛がどうなったかなど、知った話ではない。
「ふむ。そうなのか。何があったか、詳しく話して貰っても?」
あれ、これ答えていいやつか?
ゴブリンに捕まったことが一門にも伏せられているとしたら、隠そうとしているってことだよな。それを俺がペラペラ喋っていいことでもない。
「すまないが、守秘義務があって」
「む、そうか。それならば仕方ない。傭兵も大変だな」
「気遣いは、ありがたく」
俺は雇い主の秘密を守れる良い魔物狩りです。
だからお仕事上の良い関係を持って欲しいものだ。
「それで、護衛任務の後、西に流れて来たというわけか」
「まあ、そのようなところで。本業は魔物狩りで、護衛任務はたまにしか受けていないが」
俺は移動のついで以外で、護衛任務を受け持ったことはないはず。
あくまで本業は魔物狩りだと思っている。
が、最近に限って言えば、魔物狩りよりも人を殺した方が儲かっている気もしないでもない。
ラスプも金貨8枚に化けたが、1体で金貨8枚もの金になる魔物ってかなり強いはず。
戦争参加は嫌だが、賞金首狩りってのはちょっと惹かれるかも。
その場合、高確率でキスティの生成するスプラッター死体と対面するわけだが。
やっぱり中止だ。
「それで、この辺の魔物を狩っていたわけかね」
「いや、道中で色々狩ったので、それを売る場所を探していて。ついでに、今後この辺の魔物を狩った時の取引相手を確保したかった」
「なるほど。参考までに、何の魔物を狩ったのかね」
さて、何と答えるべきか。
「この辺では珍しい物を紹介しよう。キシエトワルという魔物を?」
「キシ……? すまんが、記憶にない」
「そうか。まあ、珍しい魔物でな。魔石が高く売れるかもしれないと思ったのだが」
「……調べさせておこう。この辺では何かあるか?」
「この辺りは来たばかりだから、ない。何か欲しい素材があれば、狩ってくることもできるが」
「ふむ。まあ転がり屋のことを考えれば、腕は確かなのだろう。良いだろう、魔物素材部門には話を通しておく。今後適正な取引を保証しよう」
「ありがたい。これだけの話で時間を取って、すまなかった」
「いや、気にしないで良い。……ふむ、専属護衛は向かないという話だったが」
フーベルグは微笑みを今度は意図的に引っ込めたように見えた。
そして、こちらを力強く見つめながら、言った。
「期限を切って君を雇うことには抵抗はないのだろう?」
「内容次第だが、話は聞こう。だが、機密のようなことは話さないで欲しい」
アアウィンダの話のように、知りたくもない重要機密を知ってしまうのは面倒だ。
「その辺りの配慮はさせて貰う。まあ、魔物素材の話も、タイミングとしては悪くない」
「タイミング?」
「君が転がり屋と、その一団を排除しただろう」
「ん? そのことと、魔物の話が繋がると」
「そうだ。ふむ、そのために意図的に排除したのかとすら、思っていたのだがな」
「どういうことだ?」
「あの一団は、図らずも中央山脈に近い拠点を確保して、籠っていた。そうしたら何が起こるとおもうかね?」
ダメな生徒を諭すような、答えに導くような問い。
どういうことだ? 頭を巡らせて、ほどなく答えが出る。
「……あいつらが、山から降りてくる魔物を排除していた?」
「当然そうなる。奴らは迷惑な客であり、同時に便利な駒であった」
「奴らの抱えていた魔物素材の利権欲しさに、殺したと思われていたのか」
「私と同じように考えている商人は多いと思うよ。とは言っても、可能性の1つとして考えてるだけだがね」
俺が出会い頭に処してしまったことが、何か思わぬところで影響を広げている。
賊を排除するのも、意外と面倒ごとが多いな。
いや、どうせあそこに根を張られるのは不都合しかないから、遅かれ早かれ排除する羽目にはなったと思うが。
「それにしても、君の護衛はえらく美人だな」
「……一応戦闘奴隷だ。腕が立つから買ったに過ぎない」
「ほう。なるほど。傭兵のなかには、奴隷でパーティを組む者もいるとは聞いたことがあるが。それにしても、腕が立って美人とは、高かったのではないかな」
「まあな。それなりに稼がせてもらっている」
実際は主人を殺すウーマンだったのでディスカウントされていたわけだが。
俺が出来る奴アピールするために、それは言わぬが花よ。
「パンドラムでは奴隷商会のようなものはあるのだろうか?」
「なくはないが、戦闘奴隷を扱っているようなものはない」
「ない?」
「うむ。奴隷に関する仕組みもほとんどないし、出回るのは開拓用の労働奴隷くらいだよ」
「ほう」
「あまり大々的に奴隷を売り買いすると、東西の大国に目を付けられかねない。自国民が”輸出”されていることになるし、だいたいの国は奴隷の制度は国内で完結するものだしね」
そうだったのか。
今回懸賞金を受け取れば、希金貨2枚以上の資産が貯まる。
金貨にして20枚、銀貨にすると2000枚だ。
そろそろ何か大きな買い物をしても良いと思うのだが、戦闘奴隷を探す手はなしか。
そうなると、この町で買えるのは魔道具とかだろうか。
「エモンド商会では、魔道具は扱っているだろうか?」
「戦闘用か? 魔道具部門もあるが、だいたいはキュレス王国からの輸入品だ。それなりに値段も張るが、良いか」
「キュレス王国の魔道具は高い?」
「魔道具と言えば、まずキュレスであろうな。それに加え、ここまで運ぶ運賃も安くはない」
なら、キュレス王国に行った時に買った方が安いのか。
しかし、今のところキュレス王国に転移できる場所がない。
人がほとんど来ない場所に設置されているようだし、キュレス王国には転移先がない可能性も否定できない。
うーん、悩むがまあ、今のところキュレス王国に行く予定もないし、多少の損失は飲むべきか。
装備の強化は優先すべきだろう。
「構わない。魔道具の商品を見せて欲しい」
「では、後で案内しよう。君は、どこに泊まる予定かね?」
「衛兵部隊に教えて貰った宿に泊まる予定だが……」
「それも、後でうちの者に伝えてくれ。そこに連絡をしよう」
「さっきの、依頼の話で?」
「それもあるが、諸々だ」
「承知した。こちらから連絡を取りたい場合は?」
「こちらに直接来てくれて構わない。ああそうだ、割符を渡しておこう」
「割符?」
「当商会の丁重にもてなすべき客に渡すものだよ。良くあるだろう」
うむ、これまでも貰ったことはあるな。
サラーフィー王国の、何とかと言った商会にもそういった物を貰った。
「それがあれば、とりあえず話は聞かれるだろう。後は各部門の者と話してくれ」
「なるほど」
「今、当商会が欲しい素材も部門の者から聞けるはずだ。そういった素材は、相場より高く買ってやる」
「承知した」
なかなか話の早いイケメンだ。
エモンド一門というだけではなく、商人としても実力のある人物のよう。
まあ、こんなキュレス国外の腕が問われる場所に送り込まれるくらいだから、当然か。
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