第224話 衛兵隊

ぞろぞろと建物の方向に進んでいると、武装した集団が整列して出迎えてきた。

遠くに見えてきた湖が陽の光を反射する光景に目を奪われていたが、明らかに俺たちに用がありそうだ。


「貴殿ら、所属と目的は何だ?」

「いや……」


俺が応答しようとすると、ミホが前に出て兜を脱いだ。


「レッケン隊長、私ですわ」

「ん、うむ? ミホ殿か。後ろの連中は、貴女が雇ったのでしょうか?」

「いえ、そうではありません。しかし、彼らは味方です。町に害を及ぼすことはないでしょう」

「ほう? 総隊長と話をされますか?」

「ええ。でもその前に、彼女たちを家に送り届けたいのですが」


ミホは、捕虜娘ーズを振り返って手で示した。


「この町の住人なら、我が隊で送り届けましょう。10人程度ですかな?」

「いいえ。半分ほどは、よその町からの傭兵です」

「……なるほど」


レッケン隊長とやらは、土汚れた軽鎧を着た前線指揮官といった雰囲気のある女性だった。

声が高いだけの男性かもしれないが、後ろで槍を構えて整列する隊員を見れば、そこそこ練度のある部隊の隊長らしいことは間違いない。

ここ、パンドラムの町には防壁がないというのだから、町を守護する戦士団は精鋭にならざるを得ないのかもしれない。


捕虜娘ーズたちは部隊に引き取られ、町のどこかに歩き出して行く。

引き取った方の部隊は信頼されているのか、ずっと緊張していた捕虜娘ーズたちも引き取られる際には顔を綻ばせて、何やら談笑していた。

俺への態度との違いよ。


俺たちはミホと一緒に、より湖の近くに行った堅牢そうな建物に連れられていった。



「どうぞ、お座りください」


レッケン隊長は応接間に俺たちを通すと、自ら茶を注いでは俺たちの前に置いていく。

案内された椅子はフカフカで、ソファーの足を長くしたような形状だ。

俺とミホが最前列の席で、その後ろのフカフカしていない椅子に従者たちが着席する。


「隊長。総隊長は今いるのですか?」

「来ると思いますよ。それまでに、1つだけお聞かせください。……ディアスは……」

「……残念ながら」

「そう、ですか」


隊長は明らかに落胆しながら「お待ちください」と述べて、どこかへ行ってしまった。


「ディアス、とは?」

「討伐隊には、ここに所属していた者も参加してくれたわ。だけれど……」

「ああ、死んだか」

「……ええ。優れた戦士だったわ」

「そういえば、生き残った数で6人、と言っていたな。討伐隊は何人いたんだ?」

「貴方、遠慮ってものがないわね? ……まあ、いいわ。全部で22人、いたの」

「それは随分だな」

「でも、何人か殺されてしまって。逃げたヒトもいてね。ディアスは最後まで戦ってくれたのだけれど」

「ディアスってのは、男か?」

「そう。捕虜に取られたうち、男性は殺され、女性だけ生かされた」


それであの捕虜娘ーズの出来上がりと。


「何とかしようと思って、頑張ったのだけれどね。頑張っただけでは、意味がない。最後は騙し打ちのような形で、やられてしまった」

「あのデバフだな」

「善戦していたけれど、被害も出ていた。あのときはこれで、被害を抑えることができるかも、なんて愚かにも思ってしまったの」


それなりに戦える者が22人もいて、ダメだったのか。

いや、こちらが攻める側と考えたら、それでも数は足りないのか。

俺は、魔法とスキルがハマって無双できたのもあるが、拠点の内部から奇襲できた効果もあっただろう。少なくとも、外を警戒していた賊の防御施設は何の役にも立たなかった。

実にかわいそうな話である。



少しして、ドアが開くと一人の人物が入ってきた。

おそらく男なのだが、年齢は良く分からない。なんせ、小鬼族なのだ。

ゆったりとした着物のようなものを羽織っている。身体は小さいが、凄みのある人物だ。


「待たせたな?」

「いいえ、総隊長。本日は報告にやって参りました」

「ああ。ディアスは死んだそうだな」

「……本当に、申しわけ…」

「違う。責めているわけではない。何よりこの無謀な遠征は、ディアスの責任でもあるわけだしな」

「そうかもしれませんわ。それでも、彼は最後まで勇敢に戦いました」

「そうか。奴は本懐を遂げたか」


あれ、捕虜になって殺されたんじゃなかったっけ。

とは思ったが、余計な水を差すのも躊躇われたので、無言でスルーする。

姿では良く分からなかったが、声からするとそれなりに歳はいっていそうだな、この小鬼族の総隊長どの。


「まずは結果から聞こう。転がし屋はどうなった?」

「……死にましたわ。ヨーヨー、例の首を」

「おう」


キスティから預かった首を、目の前にある机の上にドンと置く。

布の結びを解くと、血の抜けた生首が転がった。

総隊長は少し顔をしかめたが、何か声を発することはなかった。


しげしげとしばらくそれを眺めたあと、後ろに控えるヒトに「確かめておけ」と伝えた。

生首が運ばれていき、物騒な空間が静寂に戻る。


「仮に奴が死んだとしよう。他の連中はどうなった」

「遺跡にいた幹部は、悉く殺されました」

「殺されただと? ミホ、お前のやったことではないのか」

「ええ。こちらにいる傭兵、ヨーヨーがやりました」

「どうも」


ミホに目で示されたので、軽快なあいさつ。

総隊長の表情は変わらなかった。


「傭兵か。いつの間にそのようなものを雇った?」

「いいえ。彼らは単なる賞金首稼ぎですわ。たまたま出会しました」

「賞金稼ぎか。いったいどんな手を用いて、転がし屋の首を獲ったと? 奴は小心者だが、それ故に警戒を怠らない」

「それは私に答える立場にないですわ。ヨーヨーがやりました」


私がやりました。

なんか、自首しているような気分になる響きだ。


「ヨーヨー、殿。聞かせて貰っても良いか?」

「説明するようなことは特にないですよ。殴り込んで、殺しました」

「……。そうか。優秀な首狩りだな」


省略しすぎただろうか。

しかし本当に出会い頭で戦闘になっただけだし、転移装置のことは言えないから、言うことがないのだ。

そこで先ほど生首を持っていった部下が戻り、総隊長に耳打ちする。


「……あいわかった」

「失礼します」


部下は今度は何か言われるまでもなく、そのまま外に出ていった。

何かコメントがあるかと思ったが、何もなかったように総隊長が言葉を続けた。


「ミホ殿。ヨーヨー殿を、ここに連れてきたのは何故か?」

「もちろん、懸賞金をヨーヨーに渡してもらうためです。総隊長を通して確認するので良かったですわね?」

「そうだな、俺が確認するしかあるまい。すぐに必要か?」


懸賞金の話に移ったので、俺が答えるべきだろう。


「すぐでなくても良いが、ずっとここに居るわけでもない。早めに渡して貰えると、助かる」

「……ふむ。ミホ殿、こやつに渡すので良いのか?」


総隊長は、何故か怪訝な顔でミホに話を戻してしまった。


「ええ」

「全額か?」

「そうですわ」

「だが、ミホ殿たちと共闘したのではないか」

「いいえ。私たちは偶然、彼らに救われましたの」

「……左様か」


じっと総隊長がこちらを見る。

そういえば、マスクを被ったままだ。

失礼なのかもしれないが、外すタイミングを失ってしまった。ぷるぷる、僕は悪いマスクじゃないよ。


「……なにか?」

「いや。よかろう、ミホ殿が言うのであれば信用する。金貨に指定はあるか?」

「それはキュレス金貨か、公国金貨かという話だろうか?」

「そうだ」

「この町での買い物に使いやすいものが良い。となると、キュレス金貨だろうか?」

「キュレス金貨だと、5枚だ。相違ないか?」

「む? すまないが、聞いていたより低いな」


キュレス金貨で6枚は行くというミホの見立てだった気がするが。

そこでミホから総隊長に、追加で説明が入る。


「総隊長。彼らは、転がし屋の本拠地を叩き、多くの構成員と武闘派の幹部も複数討ち取っていますわ。今後しばらくは、古の墓を賊に使われることもないでしょう」

「なんだと? それは確かか」

「保証しますわ。ただ逆に、本拠地以外の拠点は手付かずです」

「……ほう。ミホ殿が見た、死んだ幹部というのを教えてほしい」


ミホはすらすらと、数名の名前を挙げた。

といっても、氏名ではなく異名のほうだが。


おい『壊し屋』ってなんだよ。カッコいいじゃねえか。聞いているとどうも、モーニングスターを振り回していた鱗肌族の巨漢がそう呼ばれていたらしい。


「……。いいだろう、それならば金貨8枚は出せる。正式な依頼ではないからな、金貨仕事だが良いか?」

「まあ、はい」


今度こそこちらに話し掛けてきたので、了承しておく。

事前に討伐の依頼を受けてたら、いったいいくらまで跳ね上がったのだろうか。


「数日中、おそらく明日には渡せるだろう。もう一度ここに来るか、泊まっている場所に届けるか?」

「良い宿屋はあるだろうか? まだ泊まる場所を決めていないのだが」

「値段による。後で誰かに案内させよう。そこに届けるので構わんか?」

「ああ、問題ない。この町は初めて来たので、色々教えてくれると助かる」

「差配しよう。……おい、誰か案内できる者を付けろ」


入り口にいた、総隊長と同じく小鬼族らしい隊員が機敏に動き出す。

案内役が選ばれるまで、しばし待機する。

その間、総隊長とミホが会話を続けていた。


「それにしても、ミホ殿は苦労が絶えんな」

「恐縮です。今回ばかりは出過ぎた真似でしたわ」

「ミホ殿が断れば、あ奴らだけで行ったはずだ。そして、生き残った者はもっと少なかったろう」

「それは……どうでしょう」

「今回のことは今回のことだ。以前から金を持ち逃げされたり、恩を仇で返されたりしておったろう」

「ですわね。でも、報われないだけであればいいのです。慣れていますから」


ミホは寂しそうに笑った。

彼女も異世界でそれなりに苦労しているようだ。公国に残らずに、後悔していないのだろうか。


「ミホ殿がその気なら、衛兵隊に迎えることもできる」

「ありがとうございます。でも……やはり、私には向きませんわね」

「そうか、残念だ。気が変わったらいつでも言うのだぞ」


総隊長は、ミホのことを随分買っているようだ。

ミホの参加した遠征は失敗したわけだが、それがマイナス評価に繋がっている気配がない。

これまでに、余程の信頼を得てきたのだろう。



総隊長とミホのやり取りを聞いていると、案内役の準備ができたということで呼ばれる。

ミホはここに残るようなので、俺たちだけ下がる。


案内役となったのは、顔が真っ黒で、角のようなものが生えているヒトだ。

種族はなんだろう?


「町の案内もしろと言われたが、間違いないか?」


ハスキーな声。胸の膨らみもなく、男女どちらか分からない。


「ああ、よろしく頼む。といっても、そこまで詳細にしてくれなくてもいい。知っておいた方がいい最低限の施設と、あとはこっちの知りたい場所を教えてくれ」

「いいだろう。知りたい場所とは?」

「魔物素材を卸せる場所。それから市場、特に魔道具関係の店があれば聞いておきたい」

「魔物素材か。大店に持っていけば、大方扱っていると思うが」

「魔物狩りギルドとか、買取センターみたいなものはないか?」

「ギルド? いや、そういった魔物狩り専門の組織はない。扱っている商会がない素材は売れない」


この町は商人の興した町なのだっけ。

それだけに、そういった専売組織のようなものはないのかもしれない。

変な公共組織を作るくらいなら、自由に売買させろという方向性なのかも。


「では、大店を紹介してくれるか。初見でも話を聞いてくれる所がいい」

「……2つある。1つは、何でも売れるが足元を見られる。1つは、しっかりしているが売れない物もある。どちらが良い?」

「どっちも、かな。まずはしっかりしている方に行って、その後何でも売れる方に行こう」

「了解」


湖の方に近付いていくと、広々とした水面が見える。

湖だと聞いていなければ、海だと思っただろう。

それだけ一面の「青」が続いている。


湖の方にも、これといった防御施設は見当たらない。

強いて言えば、監視用なのか、木造りの簡素な塔がいくつか岸に並んでいるくらいだ。


「本当に壁なしでやっているんだな。この辺は魔物は出ないのか?」

「……それがパンドラムの誇りだ。町の中心には魔物が湧かない。外の畑のあたりには、湧き点ができたこともある。だが、今は閉じている」

「ほう。しかし、南の山から魔物が降りてくることもあるだろう」


西にいるという、高地の9人とかいう貴族集団は、魔物相手にブイブイ言わせていたという話だった。同じように、こちらに流れてくる魔物もいるだろう。


「魔物の排除が衛兵隊の役割だ」

「そういえば、衛兵隊と言うのが気になっていた。戦士団ではないのか」

「外ではそう言うらしいな。パンドラムでは衛兵隊だ」

「ほう」

「理由は知らない。酒場で歴史に詳しそうなじいさんにでも、訊くんだな」


酒場か。あまりいい思い出はないが、情報収集となるとやはり重要だよな。

酒場の位置も追加でリクエストしておく。


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