第223話 パンドラム

ミホを呼び出し、サシで話をしている。


日本人かと問うた俺に対し、ミホはようやく驚きを解消したようだ。


「貴方、公国の人間? いえ……そもそも、まさか、転移者かしら?」

「ほう。勘というやつか?」


俺の顔は、ナイスなマスクで隠されている。

今回は特に、顔を見せないようにしていたので、俺の顔が地球世界のアジア人っぽいことは気付かれていないはずだ。


「見た目や名前から判断できるのは、同じ世界の人間かと思っただけよ」

「そうか。まあ、そうだな。お前は白いガキに連れてこられた奴か?」

「白いガキ……? あの髪が白い、超越者のこと……でしょうか」


ビンゴ。


「やっぱりか」


出来すぎだとは思ったのだ。

白いガキが新たな転移先を追加して、行ってみれば捕えられた者がいて、そいつは黒髪黒目。しかも名前が「ミホ」ときた。

ここで「まるで日本人みたいだなあ」なんて考えるほど馬鹿ではないし、そしてこの出会いに、「なんて偶然なんだ、主人候補正か!?」などと反応するほど愚かではない。これは仕組まれた出会いだ。


俺としては、積極的に捕虜娘ーズを助ける理由はなかったし、ましてや町まで送る必要などなかった。

むしろ接触を最低限にして追い出し、「あの遺跡には正体不明の、やばい奴が出る」みたいな噂を流してもらった方が都合が良かったかもしれない。


だが、そうはしなかった。


この「仕組まれた出会い」の意図は、何だろうか。

白ガキが手駒として使える後発転移組を助けさせたかったか。

だとすれば、更に「後発転移組との顔合わせ」の意味もありそうだ。


白ガキは、今後の依頼によっては後発転移組と協力する可能性もあると言っていた。

つまり、彼女は協力者であり、彼女を助けて顔を繋げておくことで、依頼の難易度が下がる布石かもしれない。


結局俺としては、白ガキの掌の上でコロコロと転がされながら、転移者の存在確認と顔合わせを行うしかなかったわけだ。

別に放置して追い出しても、白ガキにはせいぜい呆れられるくらいだとは思うが。

後から「彼女のスキルなら、簡単に依頼こなせたのに」とか言い出しそうなのだ、奴は。


「貴方も、そうなの……?」


ミホは、訊いて良いものか確信が持てなかったのだろう。

こちらの反応を窺うようにしながら、自信なさげに尋ねてくる。


「似たようなものだ。まあ、つまり、俺があそこに居たのは、白いガキの指図だと思っておけ」

「そ、そうなの。そのような手助けをしてくれることもあるのですね」


ミホの反応を見るに、彼女も白ガキを「こちらを積極的に助けてくれる存在ではない」と分析していたのだろう。


「奴にも色々あるみたいだからな。言っておくと、俺はあんたを救えと言われたわけじゃない。ただ、何というか、あの遺跡の場所だけ伝えられて、興味があれば行けと言われた、みたいな感じだな」

「それで、そう言われて、こんな辺境にまで?」

「まあ、たまたま近くにいたこともあってな。行ってみたらあんたがいたから、おそらくあんたを救って欲しかったのだと思う」

「それは……なるほど。貴方が妙に親切なのは、あの方の意図を尊重しているからでしたか」

「尊重というか……あんたは、あの白ガキと何か取引したことはあるか?」

「取引? 取引と言えるほどのことは何も。ただ、いくつか注意点を知らせてくれたり、そういったことはありましたわ」

「転移者同士、ツルむなとか?」

「そう。転移者同士が深く関わりすぎると、異世界の影響が出て魔物が増えるかもしれない、と」


……。

そんな説明は俺は受けてなかったんだが。

まあいい。伝聞で、嘘かどうかも考えようがないし。


「まあ、色々あるみたいだが、場合によっては他の転移者と力を合わせた方が良い場合もあると言っていた。その時のために、あんたと俺を引き合わせたかったのだろう」

「……なるほど」

「本当は、ほどほどに親切にして、後で再会したときに話くらい聞いてくれる関係を作れれば良い、くらいに思っていたんだがな」

「何故、そうしませんでしたの?」

「くくく、どうやら俺の不自然な親切は不気味に思われるみたいだからな。方針転換だ」


そこである程度腹を割って話そうかと思ったが、どの程度腹を割ればいいのか、考えるのが億劫になったのだ。

だから、白ガキに関することはあらかた本当のことをゲロっておく。


転移装置のことさえバレなければ、白ガキも怒らんだろう。


ダメだったら、今夜にでも介入してくる気がするし。

町に着くまでであれば、始末するのは楽だ。


「そういうこと、ですか」

「だから、そっちも無理に丁寧に接してくれなくてもいいぞ」

「……ええ」


ミホは軽く息を吐いた。

最初に出会ったときに比べて、口調がやや硬くなっていることは分かっていた。賊どもを殲滅した現場を見られたあたりからだったろうか。

別に丁寧に喋られても嬉しくはないから、止めてほしい。

これで力を抜いてほしいが。


「別に、何かを強要するつもりもない。ただ、俺の意図としてはそんなところだ。無駄に警戒しすぎて、消耗されても困るからな」

「……あの子たちのことは、ごめんなさい」


ミホは日本人らしく、自然に頭を下げた。

こっちの世界にも頭を下げる仕草はあるが、やはり日本風の挙動が自然に思える。


「いや、それはいい。あいつらより、アンタだな。今後協力する可能性もあるし、無駄に消耗して死なれると困る」

「そう。だから話してくれたのね」

「まあ、そうだ。マナー違反になるから深くは聞かないが、良かったら教えてくれ。アンタのジョブは、強いのか?」

「分からないわ。私にとっては便利なスキルはあるけれど、飛び抜けて強いわけではないの。それこそ、何十人の賊を相手に立ち回れるほどではないわ」

「ほう」


まあ、転移者のジョブは白ガキが与えているわけではなくて、この世界のジョブシステムによるわけだからな。

そんなに都合良くは行かないか。


「ただ私は武術の嗜みがあったから、この世界に来てからも戦いにそれほど戸惑いは少なかったの」

「武術の? 護身術のようなものか?」

「いいえ。古武術に近いものね」

「実戦的な武術か」

「そう。あっちでは危険で実際に使える技ほど、本当に使える機会はなかったけれど。こっちだと逆ね」


ミホはくすりと笑うが、その顔はどこか寂しそうだった。


「プライベートなことを訊いて、悪かったな」


あまり余計なことを訊くのも悪い。こっちも同じくらい、話さなきゃいけない気分になるし。

ただ、1つだけどうしても訊いておきたいことがあった。


「1つだけ、訊いておきたいのだが」

「何かしら」

「アンタは、パンドラムから来たわけじゃないと言っただろう? 公国は行ったか」

「……ええ。ここに来る前にいたのが、公国だわ」

「公国で、転移者を集めている奴らがいるという噂は?」


ミホはまた少し驚いた表情をしたが、今度はすぐにそれを振り払った。


「そのように噂になってるのね。私も詳しくは知らないけれど、事実だと思うわ」

「勧誘されたか?」

「ええ。一時期、彼らと情報交換したから」

「ほう。何故抜けた?」

「抜けたというより、勧誘を断ったのよ」

「どういう組織だ?」

「そうね……少なくとも、悪の組織というわけではなさそうだわ。転移者の相互扶助を謳い、所属した方は非戦闘職でも、それなりに安全に暮らせているようだったし」

「ほう。集めている目的は?」

「知らないわ。表向きというか、勧誘では転移者の相互扶助って言うばかりだったからね。ただ、白髪の超越者と対立しているような気配は感じたわね」


公国の奴らが対立していることは、白ガキから説明なかったのか。

何かの意図があるのだろうか。

だとすれば、俺が変なネタバレをしない方がセーフティか。


「何故、奴と対立など? 転移者は、奴に頼んで異世界に連れてきてもらったようなものだろう」

「そうだけれどね。この世界の厳しさは、想像以上よ。夢見心地で新天地を求めた人にとっては過酷すぎる。後になって騙されたように思う気持ちも、多少は分からなくもないわよ」


多少は分からなくもない、か。

ミホは全面的に共感はしなかったようだ。

その辺が、白ガキに手駒として重宝されている理由だろうか。


「騙された、か」

「だけど、温度差はあるようにも思うの。末端のというか、庇護を求めて加入したような人は、憎むというほど強い気持ちはないようだった」

「ヒートアップしてるのは中心人物か」

「どうかしらね。中心といっても、一番の中心は冷えているかも」

「うん?」

「いえ、ごめんなさいね」

「いや、気になるな。トップに会ったのか?」

「会ってないわ。だから何の根拠もない、想像というか、可能性の1つでしかないのだけど」

「それでいい。聞かせてくれ」

「……転移者を集めようとすれば、転移者同士が集まってはいけないという、あの超越者の忠告は邪魔になるわ。集める側からするとね」

「……ああ、そういうことか」


白ガキが憎くて転移者を集めている、というのは必ずしも一直線に繋がらない。

だが転移者を集めるために反・白ガキ運動を起こしていると仮定すると、綺麗に繋がる。

直感的にはそちらの方が可能性が高そうだとすら思える。


もし転移者を集めるために意図的にやっているなら、首謀者は案外、白ガキに特別な感情を持っていないかもしれない、ということだ。

反・白ガキのプロパカンダを吹き込み、それを頭から信じた素直な奴を幹部にして組織運営をすれば済むのだ。


「……やっぱりちょっと、キナ臭いな」

「そうかもね。でも、異世界で命の危機を経験して、参っていた頃にああいう勧誘をされれば、入りたくなる気持ちは分かるわ」

「なんだって、転移者ばかり集めたがるのだろうな」

「さて。異世界の知識、技術、あるいは思想的な何か。案外、異世界人同士助け合おうっていう、表向きそのものかもしれないわよ」


この世界には、白ガキが転移させた者以外にも、ポツポツと転移者がいる。

異世界の技術で何かが起こるなら、とっくに起こっている気もするのだが。


「貴方は、公国に行ったことは?」

「ないな」

「助けられた身だから、伝えておくわ。ここから北西の公国領は、”高地の9人”の領域だわ。もし公国の転移者と剣を交えるつもりなら注意すべきね」

「高地の9人?」

「あら……知らないのね。公国で有名な山岳地帯の貴族たちの総称、かしらね」


有名だったのか。後でキスティあたりに補足説明を願おう。


「公国の貴族達ってことだな。転移者を集めている組織は、そいつらに抱えられているのか」

「いえ。これは勧誘のときに言われたことだから、どこまで真実か保障はできないけれど」


ミホはそう前置きして言った。



「彼らの後ろ盾は他でもない、公王その人だわ」



***************************



ミホとの情報交換を終えた後、夜番ではキスティとセットにしてもらった。

キスティに、今回聞いた情報を共有するためだ。


まず、パンドラムというのはおそらく、公国南東部にある湖、ポールヤード湖の南辺りだろうということ。

キスティはパンドラムのことを知らなかったが、「高地の9人」は知っていたためほぼ確定だ。


「高地の9人」はかつて公国が統一戦争をしていたころに活躍した9人のことを指すという。そいつらはソラグ公家に味方し、勝利に導いた。

公国の南方は中央山脈でフタをされている形だが、その山岳地帯の高原で魔物相手に暴れていた部族勢力が前身だと言われている。

それぞれが家を興した後に分裂したり、断絶したりもしたため、現在は既に9家というわけではない。だが伝統的に高原地方の勢力を指して「高地の9人」と呼ぶとのこと。


「高地の9人は、公国の秘密兵器と言われている。噂しか知らんが、大型の魔物でも連携して倒してしまうらしいぞ」

「ほう。高地勢力同士で争いにならないのかな」

「それはもちろん、あるだろう。実際、初期の9人はほぼ小鬼族だったという噂だが、現在ではその半数以上が別の種族らしい。高地での内部抗争は色々とあったのだろう」

「小鬼族か」


そんなに強そうな種族というイメージはなかったが、確かに筋肉質な身体の奴が多かったかも。ただ、実際に接したことのある例がダンジョンへの案内途中で逃亡したあいつなので、何とも。


「小鬼族は優れた反射速度としなやかな身体を持つ。体躯が小さいので膂力は少し劣るが、運動神経の良さから武勇に優れたヒトの多い種族だぞ」

「そうなんだ。キスティの隊にもいたのか?」

「いや、ただ傭兵で何度か見たな」


身体の小ささから、斥候役として優秀で、傭兵団ではよく雇用されているらしい。更に西の方では高地の9人の名声もあって、単に戦士として優秀なイメージがあるようだ。西の方出身の傭兵団だと、小鬼族の割合が高かったりしたそうだ。


「公王ってやつは、どんなヒトか分かるか?」

「ふむ。公国の首領は、合家内で相談して決めているはずだ。たしか今代は、獣耳族ではなかったかな?」

「相談して? 種族が決まってないってことか」

「そうだ。今の三大王国はいずれも、形は違えども主家の直系相続だ。合家として他種族の一族は居ても、それらが王になることはほぼない」


合家。

この世界の貴族家が、色んな種族を取り込んで「一族」とするために取っている制度だ。

そしてキュレス王国なんかではあくまで「一族」止まりだが、ソラグ公国では合家の子も等しく公王となる権利が認められるらしい。


「それはそれで争いを産みそうだが、大丈夫なのかね」

「たしかにそうだが、統治に適正のあるヒトを選ぶという意味では合理的だ」


諸外国は王子と王女の中で最も統治能力がありそうな子を後継とする。

これに対して、ソラグ公国では一族から広く人材を募り、能力と意志のある者を後継とすることができる。

王位継承対象となる王子、王女のすべてに統治者としての才能があまりないというケースはままある。それでも国が回るように工夫されてはいるが、出来れば統治者として優れた者が王になるのが国の運営にとって良い。

欲を言えば、初期ジョブが統治系ジョブの者が王になると、国が安定する。統治系ジョブのレベルが高ければ、それだけやれることも多くなる。

なので、候補者がいっぱいいるということは、統治者ジョブに適性のある者を選べるという意味で長所である。

ということらしい。


「それで、今の公王が獣耳族という話だったな。人物像は分かるか?」

「さて、確か周囲と国々と友好関係を築き、これまでの公国の路線を踏襲していたと思うが」

「公国の路線というと?」

「全方位外交。公国であって王国としないのも、キュレスやエメルトを刺激しないためであったはずだ」

「平和主義ってところか」

「西の小国には戦を仕掛けることがあるから、平和というわけでもないが。近年はそういったことも聞いていないな」


単なる力関係の話か。


「ズレシオンとは接していないから、あまりキスティのところまで情報がいっていなかった可能性もありそうか」

「ああ……しかし、今の公王はキュレス寄りだという話は小耳に挟んだことがあったか」

「キュレス寄り?」

「キュレス贔屓と言うかな。他の国に対するものと異なり、キュレス王家からの要請を断らぬそうだ。いつ聞いた話だったか……思い出せぬな、うむ!」

「なるほどな……」

「近くにキュレス王国とエメルト王国という巨人があるから比較されてしまうが、広さもヒトの数も、武力という面でも公国は十分に力ある存在だ。それでもなお、公国を名乗るのは地域の安定を優先しているとは言えるのだろうな」

「キスティは行ってみたいか?」

「ん? あまり強い興味はなかったが、行ってみても良いな! 特に高地の9人の実力は、多少興味があるぞ」

「そこはあまり関わりたくはないがな。観光名所みたいなものは?」

「流石に知らん。が、公都グイシュナーゼは風光明媚らしいぞ。変わった様式の王宮も見ものらしい」

「公都ねえ。どの辺にあるんだ?」

「さて。たしか国中央から、少し南寄りだったはず。ここが公国との境だったとしたら、1週間はかかるのではないか」

「あの装置も、微妙に使いづらい場所ばかりだな」

「それはそうだろう、存在を隠すのであれば当然だ」

「そうか」


公都は機会があれば行くことにして、拠点はパンドラムと考えておこう。

ミホの情報によれば、外からの来訪者にもおおらかな町のようなのだが。


元々が商人の町なので、来るもの拒まずなところがあるらしい。

といっても、カリスマ性のありそうなミホだからかもしれない。そういう意味でも、ミホを連れてファーストコンタクトするのは悪くない。


「商人の町なら、公王の噂話なんかも聞けるかな」

「それはありそうだが、主。随分と公王を気にするな?」

「まあ、行きがかり上な」


キュレス王のこともほとんど知らないままだったのになあ。権力者に振り回されたくないものだ。


「仕官でもするつもりか?」

「それはない。すまんが、俺は一生、ふらふらしてるかもしれん」

「いや、鎖で繋がれるよりは根なし草の方がよい」

「……それ、たまに言う気がするが、本気か?」

「本気だぞ。それこそ並のパーティならば身を滅ぼす慢心となるやもしれん。だが、主だからな」


真っ直ぐな視線で言い切られてしまった。


「……そうか」


キスティに聞きたいことは聞けた。

公王や、転移者の集団は今後何かしら関係してくるかもしれないが、今の所は様子見するしかない。



翌朝、早いうちにパンドラム近くまで進むことができた。

捕虜娘ーズに合わせて速度を落としているが、それだけパンドラムが近いのだ。


まだ町の壁は見えてこないが、背の高い建物と、その周囲に畑の広がる光景がいくつも広がっている。

畑の周囲は、簡易的な柵が巡らされているが、防壁と呼べるようなものはない。


この辺は魔物が少ないのか、被害覚悟で畑を広げているか。


いよいよ湖に近づき、いくつもの建物が並ぶ町のようなものが見えてきた。

だが、防壁がない。


「ミホ、パンドラムはどっちの方角だ?」

「目の前にあるわよ」

「……防壁がないのか」

「ええ。大胆な町よね」


防壁を持たぬ自由で独立した町、それがパンドラムという町だった。


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