第222話 捕虜

「こ、こいつらがどうなっても良いのか!?」


墓地の上には、神殿のような建物があり、中には数人の賊が残っていた。

それらを蹴散らしながら、気配のある方に進むと、半地下のようになっている薄暗い部屋に最後の賊が残っていた。


その賊がナイフを突き付けているのが、ほぼ全裸の女性だ。

手枷足枷を嵌められており、ここで軟禁されていたようだ。

後ろには同じ格好の女性が数人転がっており、ナイフを突き付けられているやつ以外は、口枷まで嵌められている。


「別に構わんが。俺の関係者じゃないし」

「な、なんだと!?」

「ムームー!」


賊が驚き、口枷をされている1人が抗議するように何か言っているが、無視だ。

実際、別段俺がこいつらを救わなきゃならない理由もない。


微妙な空気が流れたところで、サーシャの矢が喉に突き刺さって賊が弛緩する。

大きな隙が出来たので、ナイフを叩き飛ばして、賊を蹴る。

転がった賊の喉元に、キスティの槍が突き刺さる。ハンマーじゃなかったので、臓物やらが派手に飛び出たりしなくて良かった。

ここは室内だしな。


「ひ、ひいい!」


人質にされていた女性が腰を抜かして、こちらを魔人でも見るような目で見つめている。

ずるずると身体を引きずるように、離れようとしている。


「……不意をつくための方便だ。はじめから救ってやるつもりだったぞ」

「ムーっ!」


さっきも抗議してきた女性が何か言っている。

きっと賞賛の言葉のはずだ。


「サーシャ、枷を外してやれ。賊が捕まってたフリをしてるかもしれん。油断するな」

「はい」


まあ、ドンを付けておけば不意打ちは難しいだろう。

俺は一応後ろを向いて、キスティと入り口を守る。



しばらくして、女性たちは解放されたようだ。

各々、近くにあった布を身体に巻き付けている。


「他に捕まってるヒトはいるか?」


さっき賞賛の声を上げていた、一番元気そうな女性に話し掛ける。

黒髪黒目、気の強そうなキリリとした眉毛。

いかにも勝ち気そうだ。


「知る限り私たちだけです、ありがとう。貴方たちのお陰で助かったわ……さっきは肝が冷えたけれどね」


さっきのことは忘れよう。

急いで別の話題に移る。


「まあ、ついでだ。あんたらの関係は?」

「臨時パーティよ。ここの奴らを討伐に出たのだけど……」

「返り討ちか」


そういえば最初の賊が、最近来た奴らみたいな話をしていたな。

こいつらが討伐に来たことを指していたのかも。

こいつらが失敗したせいで、見せしめに町が襲われそうだったわけだが。


「途中までは善戦していたの。でも……あいつら、騙し討ちを!」

「一騎討ちとか言われて、騙されたか?」

「何故、それを?」

「似たようなことをされてな」

「卑怯すぎる!」


なるほど。

この黒髪の女、相当戦えるんだろう。

そして脅威認定され、デバフハメ技で無力化された、と。


「賊相手に卑怯もないだろ。で、あんたらはどこから来ひた? パンドラムか」


さっき聞きかじった地名だ。

もし、賊が言っていた人物と一致しているなら、パンドラムの方から来たと言っていたはず。


「……ええ。私は別の所から来たけど、他の子たちはパンドラム出身が多いわ」

「そうなのか? ちなみに、金持ちの家の娘とかはいないのか」

「いないわ」

「まあ、金持ちなら傭兵稼業なんてしねえか。護送ついでに金でも貰おうかと思ったんだが」

「武器をいくつか譲ってもらえれば、護送は不要だわ」

「まあ、そう言うな。乗りかかった船だ」


比喩表現で言うと、黒髪娘は不思議そうな表情をした。


「……」

「……」

「何故、そこまで? 貴方たちに私たちを送り届ける義務はないと思うけど。それとも、誰かに依頼されたの?」

「いや、そうじゃない。ただ、懸賞金を貰うのに必要なら、ここの賊を滅ぼしたのが俺だと証言してもらう必要はあるしな」

「ここの賊を? そういえば、外の様子はどうなっているの?」

「外って、賊どものことか? あらかた殺したが」

「……なるほど。確かに女性が多いとは思ったのよね」

「うん?」


変な納得をされた。


「何の話だ」

「ここの一団を滅ぼしたということは、それなりの規模の傭兵団か何かでしょう。私たちのために、女性隊員を寄越してくれたのではなくて?」

「いや、俺たちだけだが」

「え?」

「そもそもその想定なら、俺がここにいるのもおかしいだろ。サーシャたちだけ置いてくはずだ」

「俺たち、だけとは?」

「だから、ここにいるので俺たちのパーティは全部だって言ってんだろ」


女は、ぐるりと部屋を見渡す。


「ひい、ふう、み……5人しかいないように見えるけど」

「そうだな」

「その人数で、あらかた殺したって?」

「お前らだって、この人数でここに殴り込んだんだろう」


軟禁されていた女性たちは、全部で6人だ。

1人違うが、まあ誤差くらいなものだろう。


「私たちは、生き残った数でこれよ。それに、こんな本拠地に戦いに来たわけじゃないわ」

「……違うのか」

「当然。こいつらの拠点の1つを襲ったんだけど、負けてここに連れてこられたの」

「へえ〜」


ここは賊の本拠地だったのか。

ド派手に襲撃しちゃったし、残りの拠点も潰さないと、安心できないかも。


「へえ、じゃないわよ。貴方たちは……5人で、ここを襲ったの? 忍び込んだんじゃなくて?」

「ああ。忍び込んでたら、もうちょっと慌ててるな」

「……危険よ。もし、手薄なうちに攻め込んだのなら、いつ本隊が戻ってくるか」


なるほど。

今、偉い奴が出払ってたって可能性はあるな。


「キスティ、例の首出せ」

「承知」


ゴロン、と生首が転がる。

生粋の戦士として生きてきたキスティお手製の、手柄首だ。

きゃー、とぎゃー、の中間くらいの悲鳴が囚われていた女性陣から上がる。

平気そうなのは、黒髪の女性くらいだ。


「こいつが一番偉そうだったが、どうだ? ここの頭で合ってるか」

「……おそらく合ってるわね。血が抜けて分かりにくいけれど、転がり屋のラスプのようだわ」

「転がり屋?」

「そいつ……ここの頭領のあだ名よ。あっちこっちの勢力に便利に使われながら、勢力を保ってるから転がり屋」

「ふうん。政治的なセンスがあったってことかね」

「……貴方、転がり屋のことも知らずに、ここに攻め込んだの? 馬鹿なのか、すごいのか分からないわ」

「まあ、色々とあってな。その転がり屋ってのは、どんくらい懸賞金が付いてるんだ?」

「キュレス金貨なら、6枚くらい。正式な依頼を受けていなくても、それくらいは行くと思う」

「ほっほー」


キュレス金貨ときた。

しかし、微妙な強さの割には、良い値段が付く。

まあ、こいつ自身というより、率いてた賊集団の評価なんだろうが。


「色んな勢力に媚びを売ってたらしいけど、地元では嫌われててね。もし公国やキュレスの貴族と対立していたら、もっと高かったでしょうね」


公国やキュレスの貴族。

結構場所が絞れてきた気がする。あとでアカーネ作の大陸地図を見ながら復習したいな。


「なるほどな。危険度の割には割安だったから、今まで生き延びてきたか」

「かもね」

「じゃ、どうしてあんたらは狙った?」

「後ろの子たちは、この辺出身だって言ったでしょ。そいつらが好き勝手にされた犠牲者の身内に、懸賞金の高低は関係ないの」

「……なるほど。じゃ、あんたは? 地元の人間じゃないような言い草だったが」

「私は、なり行きね。別に正義感ってわけじゃないけど、この子たちが放っておけなくて」


正義感じゃないのか。

よく分からん女だ。


「まあ、いい。そんなわけで、あんたらにも証言して欲しいし、街まで先導を頼む。護衛料は取らないでおく」

「まだ残党がいるでしょうし、それなら有難く受けるけど……」


呑み込めていない様子で承諾する、黒髪の女。

警戒されているのかもしれない。


「俺はパーティメンバー以外には手を出さんから、安心してくれ」

「それは一途……なのかしら? 4人いるわよね?」

「気にするな。俺はヨーヨー。お前は?」

「ミホと呼んでくれる? よろしく、ヨーヨー」


ミホと握手を交わして、とりあえず護衛は了承してもらえた。



賊どもは、「ドラク一家」と呼ばれていたらしい。

あの、一騎打ちをした男がドラク何某だったのだろう。ドラク・ラスプになるのかね。


ドラク一家のアジトを家探しして、女ものの服を6人分用意する。ついでに金目のものを物色した。

アジトの内部は、すっかり人気がない。アジトに残っていた奴らも、既に逃げ出したのだろう。

そして戦闘のあった場所にミホたちを連れて行くと、揃って絶句した。


「これは……」

「20か30人は殺したと思う。まだ残りは多いと思うか?」


ドラク一家の情報は何も持っていない。

その討伐を目的にしていたらしいミホたちなら、残党の規模が分かるかもしれない。


「正確な人数は分からないけれど、全部でも100人はいないはず。見たところ、幹部級がやられてるみたいね……主力は大半が今日、死んだかしらね」


ミホの声は震えていた。

喜び、という感じでもない。まあ、冷静に見たら大虐殺の現場だ。

俺もちょっと怖いし。


「あんまり装備は良くなさそうだが、幹部連中の武器はそこそこ値打ちっぽいからな。集めて持っていこうと思う」

「そう」

「ついでに、出来ればこいつらの懐にある金を集めてくれるか」


ミホがこちらを見る。


「私たちに任せて良いの? 誤魔化すかもしれないわよ」

「その時はその時だ」


実を言えば、懐に入れている小銭くらい、ちょろまかされても別に良い。

なんせ、アジトから回収した金貨が4枚、銀貨がじゃらじゃらあるのだ。

銀貨は持ちきれないし、異空間も圧迫しそうなので墓場に押し込んでおいた。

地下には地這いがいると思われているはずだから、誰も近付かない、と思う。

元の持ち主に返せなんて言われないとも限らないので、これはミホには言わないでおく。

なんにせよ、懐は割とホクホクなのだ。


ただ何となく、取らないのも勿体ないので持ち金は剥いでいきたい。


「守銭奴の傭兵って感じでもないし。不思議なパーティね」

「正義の味方かもしれんぞ」

「……正義の味方は、たとえ冗談でも人質を殺して良いなんて言わない気がするわ」


おっとー、藪蛇藪蛇。


「ダークヒーローかもしれんぞ」

「……そうね」


反応がいまいちだ。

しかしミホ以外の捕まってた娘たちは、目が合うと明らかに怯えて逸らされる始末。

まともにコミュニケーションしてくれるのはこいつくらいなのだ。めげない。


「主、念のため頭を潰しておくか?」

「……槍で突けばどうだ?」


逆にキスティはいつも通りすぎる。

ハンマーでスイカ割りを提案されて、やんわりと阻止をする。

死亡確認はすべきだが、ハンマーでグチャッ!はグロ映像すぎるわ。


「たしかに、槍で突いた方が楽か。ハンマーの方が確実ではあるが」

「潰すと掃除が大変だしな」


なんとか説得できたようだ。

ナイス回避。


賞賛を求めて捕虜娘ーズの方を向いたら、ヒッと言われて逃げられた。

悪化してないか。


「あまり怖がらせるようなことを言わないでほしいわ」


ミホにやんわりと注意された。


「怖がられるようなこと言ったのは、キスティだろ」

「……平然と応える貴方も怖いのよ」

「盲点」


キスティのハンマースプラッタに慣れすぎて、ナチュラルにグロ耐性が付いてしまったようだ。



捕虜娘ーズが遺品回収をしている間に、周囲に作られている見張台や、門の破壊を行う。

俺が火魔法で燃やし、キスティがハンマーで解体する。

壊しきれない部分も多々あるが、ここを通るたびに少しずつ進めるとしよう。



「破壊してしまうのですか?」


破壊活動に勤しんでいると、ミホが大きな布袋を抱えてやってきた。


「こんな場所にあっても、他の賊の住処になるだけだろう」

「そうかもしれませんが、勿体ないです」


他の賊や、それこそドラク一家の残党が拠点にしかねないという考えは、嘘ではない。

一方でここに守りやすい拠点があれば、パンドラムとかいう町の連中によって有効活用できる可能性もある。

それを確かめてから破壊しても良いのではないか、という疑問はあるだろう。

破壊活動前に、キスティにもその点を指摘された。


しかし、だからこそ破壊しなければならない。

賊であれば問答無用で潰せば良いかもしれないが、町の人間が出張ってくると、そうもいかない。つまり、この墓が転移装置に繋がっているという秘密を守るのが面倒くさくなるのだ。


この場所は古ぼけた墓、魔物が棲みついた遺跡しかなく、利用価値がない。

魔人が出るので、近づく人もいない。

という状態の方がベターだ。


「もう決めたことだ」

「そうですか。いえ、私は異論を唱える立場にはないですものね」


その通りだ。

何なら、この場所は殺された賊の霊が出るとか適当なウワサを流して、不気味な場所として人が近寄らないようにして欲しいものだ。


ミホたち捕虜娘ーズが集めた金品は、合計で銀貨100枚程度になるようだ。

意外と多い。


ただ、キュレス銀貨と大銀貨、それに公国銀貨が混じっているという。

公国銀貨は、公国の発行している銀貨のことだ。

レートはほぼキュレス銀貨と1:1ということなので、まあ悪くない。

ただ、それぞれ両替する際には2割くらいは手数料を取られるということだ。

公国で買い物をするときまで、持っておけばいいか。


ミホにパンドラムでの買い物事情を訊いてみると、どちらも使われるらしい。

ただ、キュレス銀貨の方が有難がられるし、流れ者との取引ではキュレス銀貨でしか受け付けないという商売人も多いという。

公国と比べて大国であるキュレス王国の発行する通貨の方が信用力があるというのもあるようだが、単純に公国銀貨には偽物が多いのも大きいのだとか。


とりあえず回収してもらった約100枚の銀貨は、捕虜娘ーズに運搬してもらう。

うち30枚くらいは、捕虜娘ーズに支給することにした。

1人5枚程度。


ミホ以外はビクビクしつつも、銀貨支給にそれぞれに感謝の意を示してくれた。


「また善行を積んでしまった」


1人で頷いていると、サーシャが怪訝な表情でこちらを見ていた。


「ご主人様。何をお考えですか?」

「何がだ」

「いえ。確かに、ご主人様は気に入った方には親切になさいます。最近は特に」

「そりゃあ、気に入ったならそうだろう」

「ですが、あの捕まっていた娘たちの態度は……境遇からすると仕方のないことではありますが、ご主人様にとって愉快ではなかったかと思います」

「ははは、それはそうだな」

「それに、それを差し引いても……ご主人様が大盤振る舞いに感じます」

「大盤振る舞いか」

「ええ」

「俺は気まぐれに親切にすることもあると言ったのはサーシャだろう。変か?」

「ええ……何とお伝えすれば良いのか分かりませんが、変です」

「どこからそう思う?」


サーシャは、顎に指を添えて考える。


「……勘です」


真面目な顔でそう言い切ったサーシャに、一瞬こちらが固まってしまう。


「くくく、勘か、なるほどな」


サーシャの頭をぐりぐりと撫でておく。

むう、鉢金が当たって撫でにくい。



***************************



良さそうな装備もいくつか剝ぎ取ったが、全部持っていくのは骨だ。

どうせ後で戻ってくるし、そのまま使えそうな武具は適当に隠しておく。

どこかの賊が入り込んで再利用される恐れもあるが、まあ良い。


武具の中でも特に高価そうなものは持っていくが、やはり幹部連中の武具が多い。

例えば最初に首を飛ばした幹部の剣は、行動阻害の効果を有する魔武器だというし、頭領が懐に持っていた魔道具は、町1つをすっぽり覆えそうな容量を持つ、大ケムリ玉だという。

頭領の装備は、皮鎧もおそらく高価な魔物素材だろうということだった。

ただ、おっさんの汗汁がじっとり染みてそうなので、ちょっと素材としても使いたくはない。

これは売却する予定だ。

ちなみにトカゲ顔の大男が振り回していた、モーニングスターもどきのような鉄球はただの鉄球らしい。

手入れはされていて、状態は良いそうだが、ただの鉄球。拠点からは、同じような鉄球が何点か発見されたので、おそらく壊れたら次を使うという風だったのだろう。


「呼んだかしら?」


荷物をまとめ、パンドラムに経ったのは一夜を明かしてから。

途中、昼休憩中に俺はミホを1人で呼び出した。


「……ああ、悪いな」

「他のヒトを遠ざけて、何か秘密の相談かしら?」


ミホは、賊から奪った剣で武装している。

抜いてはいないが、その柄をそっと触れている。

警戒しているのだろう。


「先に言っておくが、俺はあんたの敵じゃない。多分な。今から訊くのは、確認だ」

「……ええ、いいでしょう」


引き返すなら、今。

だが、その気はない。これは確かめておかないとな。


「その見た目、名前……あんたは日本人だろう」

「……!!」


ミホは、あからさまな驚きを隠さなかった。

いや、隠せなかった。

俺が、ヨル殿に転移の話をされた時を思い出す。


今回はあの時とは立場が逆だ。

俺は意識して動かず、ミホの驚きが収まるのを待つ。


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