第219話 不意打ち
来た道を戻る。
アカーネとサーシャのコンビはなかなか優秀だ。
道らしい道がないにも関わらず、目につく地形を記憶して自分たちの場所をざっと割り出してくれる。
サーシャは目が良いのだろうが、アカーネも地頭が良いというか。
幼いころから魔道具をいじれるくらいだから、タダモノではないのだろうが。
女性は地図が弱いなんて言説もあったが、どこがやらである。
キスティとルキはしっかり苦手なようではあるが。
それでもキスティは部隊指揮のため、ルキは旅に出るためにそれなりに地理把握能力は鍛えられているようで、たぶん一番役に立たないのが俺だ。
まあ、道案内ができない代わりに、全力で周囲を警戒するとしよう。
タシャ虫以外の魔物にも遭遇した。
いかんせん名前が分からないが、葉っぱに擬態していたでかい虫みたいなやつとか、スラっとしたキノコ人間みたいなやつとか。
いずれも俺が先に探知して、遠くから魔法と矢を浴びせるだけで対処できた。
葉っぱみたいな虫は擬態能力が高いのか、探知を何度かすり抜けていたようで、気づけば近くにいたから大分驚いた。
途中、滅びた里を再び通った。
今回はもう帰る目途も立っていたので、廃屋をしっかり探索してみた。
木で作られた家財道具。
霧降りの里で渡された聖貨とも異なる、小さな硬貨がいくつか。
それに、燃えかけた箪笥に残っていた簡素な衣服と、大事そうに包まれた紙。
紙に書かれたのは宝の在りかでも、重大な機密でもなく。
子どもから親に向けられたであろう、たどたどしい感謝の言葉。
小一時間悩んでしまったが、かさばるものでもない。
手紙は持っていくことにした。
「略奪された感じはしないな」
キスティがそう感想を漏らす。
「そうなのか?」
「ああ。略奪目的にしては、跡が綺麗すぎる印象だ。単に略奪前に魔物が出たとか、そんなことかもしれない」
「もしくは、略奪目的ではなかった?」
「その可能性もある。破壊自体は徹底されているが……まあ、単に魔物に襲われた線が強いか? いや……」
「何が引っかかる?」
「魔物にしては、しっかり壊しすぎなのだ。最後まで家屋に立てこもっていたヒトがいたのかもしれんな」
「……そうか」
こんな僻地だ。
残された跡から想像するしかないが、里の人間もせいぜい数十人単位だろう。
戦力もたかが知れているし、近くの里は数日歩いた距離にある。
救援は期待できない。
最後まで魔物に抵抗したヒトは、絶望的な結末を悟っていただろうか。
それにしても、最近、死んだ人とか、滅んだ里の痕跡を探ってばかりだな。
この世界じゃよくあることなのかもしれないが、少しばかり滅入る。
「やっぱりないね~」
ルキとサーシャに護衛されたアカーネが、手を頭の後ろで組んで残念そうに言う。
しっかり探るのだから、あわよくばということで「領具」を探して貰ったのだ。
キスティいわく、開拓村であれば領具や、それに準ずるものがある可能性は高いらしいが。
「やっぱり領具は奪われたかな」
領具は魔道具だ。
それも相当高価な。
だから、襲撃者がヒトだったなら確実に奪われるだろうし、魔物だったとしても、逃げるヒトが一緒に持っていく。滅んだあとに見つけたヒトがいたとしたら、それも盗まれるはず。
ということで、残っている可能性はあんまりなかった。
「ま、そんなもんだな」
「しかし、領具ゲットしてたら何する気だったの、ご主人さま~?」
「うーん。売ってもいいし、誰かにあげてもいいし。何かと便利だろ」
「下手に売ったら、ご主人さまが里を滅ぼしたみたいに思われない?」
「そんなことは……あり得るな」
どこからとなく現れた、邪悪なマスクを被った自称魔法使いの男が、村一番のお宝を携えて換金を試みるなどした事案。
これは有罪です。
「まあ、これで道は分かったわけだ。この里は中継拠点として使わせてもらおう。廃屋を改造して野営地にでもするか」
ヒトが死んでた場所を野営地にするのも縁起が悪そうだが、そんなこと言ってたらこの世界、だいたいの場所でヒト死んでそう。
滅亡を恨んだ里の幽霊とか出ないよな。
まだ死霊系の魔物は、いないんだよなあ。
キスティたちも知らないと言うし、スケルトンとかは出てこない可能性が高い。
別に残念でもないか。
スケルトンならまだしも、ゾンビとかリアルにいたらノーセンキューだ。
普通にグロいし。
***************************
探査艦まで無事戻り、再度遠征の準備をする。
とりあえず話が出来そうな人里は見つけた。
だが、それだけで安泰とはいかないだろう。
出来れば別の人里も見つけておきたいし、何度か取引をして信用を稼いでもいい。
まあ、急ぐ必要もないので、数日ゆっくりしてもいいが。
ひとまず無事戻ってこれたのだ。
約束通り、キスティにはベッド使用の許可を伝えて、久しぶりにフカフカのベッドでの就寝だ。
あまりバラバラになるのも不安なので、2人で1つのベッドだが。
今回はヘルプAIの世話になるようなことも、そうそうあるまい。
そんなことを考えていたら、ヘルプAIが「伝言があります」などとのたまった。
「……伝言?」
ベッド脇にある端末に尋ねると、ヘルプAIのやや無機質な音声が返ってくる。
「管理者メッセージです。読み上げますか?」
「管理者? とりあえず頼む」
少し間が開いて、聞いた覚えがある声が再生された。
『やあ、ヨーヨー。探索は順調かい?』
その声は、何度も聞いたことがある。しかし、現実の世界で聞いたことは初めてか。
いつもは異空間に呼び出してくる、白いガキだ。
『君を呼び出すのも、それなりにリソースを消費するしね。せっかく便利なものがあるから、こうして使ってみるんだ。驚いたかい?』
驚いた。
しかもご丁寧に、共通語で話してくれている。
パーティメンバーにも聞かせる意図があるんだろうか。
『今回は君を呼ぶほどの要件でもなかったものでね。1つだけお報せだよ。……ああ、ヨーヨーの隷属者の皆さん、初めまして。驚いているかな? 僕のことは、まあ興味があればヨーヨーに訊いてみると良い。といっても、ヨーヨーも大したことは知らないだろうけどね』
……深読みするとすれば、こうしてウチの従者たちにも聞かせている時点で、彼の存在を明かしても良いというシグナルなのかもしれない。
どうも、隣の部屋からも同じような声が響いていて、全部屋に放送しているようなのだ。
これはあえて、聞かせるつもりだったと思っていいだろう。
ルキあたりは絶対に知りたがるだろうし、どう伝えたものか。
『さて、要件というのは簡単なことだ。転移先に1つ、こちらで追加しておいたよ。やってみたら、繋げたものが1つあってね。まあプレゼントだと思ってくれたまえ』
ほう。転移先が増えたのか。
今、ここがどこかすら分かってないのに。
オープンワールドゲームで、まだミッションが途中なのに、新しいミッションが開始してしまったときのような気分。
現実世界にもファストトラベル欲しいよね。
『転移先は秘密だけど、いくつか情報をあげるよ。繋げた先はどうやら安全みたいで、君たちがいる大陸のどこかだ。ああ、”西海岸”でもないから、安心したまえ。ちゃんと君たちが知っている世界の範疇みたいだ』
そこまで情報くれるのに、転移先が秘密なのは何でなのよ。
安全なら、一度くらい転移してみるか……。
『ああ、安全といっても、周囲に魔物は出るだろうから、気を付けてね。変な死に方はしないでくれよ。それじゃ、また連絡があったら、こうしてメッセージを送ることもあるかもしれない。たまにはここにも帰っておいでよ。じゃあね』
メッセージはそこまでのようだ。
静寂が艦を包む。
終わりを悟って、おそるおそる、隣を見る。
一緒にいたサーシャが、何とも言えない表情でこちらを見ていた。
ちょっとシンキングタイムが欲しい。
「ご主人様」
「……1時間後じゃダメ?」
「隠し事するおつもりですか?」
「そんなことは」
「であれば、今でもよろしいのでは」
よろしいのかもしれない。
う~ん。
白ガキめ。変な不意打ちしかけやがって。
「まあ、いいか。何でも聞きたまえ」
「……よろしいので?」
「サーシャが言ったんだろ」
「そうもあっさり承諾されると、複雑です」
「まあ、色々隠し事はある。正直な。だが、転移装置のことを知られてるし、お前らはしょうがないだろ。ますます解放はしてやれないけどな」
「……解放されても私はご主人様に付いていくと思いますが」
「えっ。そうなの?」
サーシャがデレた。
「ここまで人生をハチャメチャにされて、責任を取らせないで済ませるとでも?」
これは遠まわしなプロポーズ……ではないな。
ここでいう「責任」は、本気で「人生をどうにかする保障」っぽい。
「はい」
「まあ、それはどうでも良いのです。さっきの声は、どなたなのですか?」
どうでも良いんだ。
さて、なんと答えるべきか。
「う~~~~ん。なんか、よく分からんけど、神ではないらしい」
「……はあ?」
サーシャは意味わからない、という声を漏らした。
サーシャへの説明は、アカーネとルキの突撃で中断した。
ルキはドンと、アカーネはキスティと同室だったので、結局全員集合だ。
デッキに集まり、全員から説明を求められた。
「あ~~~つまり、なんというかな。彼は種族も、出自もよく分からないすごい術者っぽいんだけど。ひょんなことで知り合ってから、たまに連絡する仲でね」
「この船とか、転移装置はその人が作ったの!?」
アカーネさんが興奮気味だ。
そうか、そういうことにしてしまえばいいか。
でもそのうち、矛盾があってバレそう。
「……その辺はよく分からんが、どうやら彼には理解できるらしい」
「会いたい~~その人! 紹介してして!」
「あ、無理。まずこの大陸に居ないっぽいし」
なんか変な狭間の世界にいるわけだし。
会わせられないのよ、すまんなアカーネ。
「え~~~~? ていうか、それならどうやってご主人さまと知り合ったのさ!」
「んむ、そう、夢で会った?」
「本気で答えてよ!」
本気だったんだが。
なんか寝てると呼び出されるのよ。考えてみたら、夢で見てるだけの空想だったかもしれないよな。そうは言っても魔銃とかは貰ったから、その可能性は低いけれども。
こうして現実に介入してきたので、実在が確定した。
あいつなんなの、マジで?
「悪い悪い、そんだけミステリアスな人なんだ。俺も何て言うか、よく分からないんだ。ただ転移に適性がある人? みたいなのを探していて、俺とウマが合ったみたいな」
「ふ~~~んっ? そんなことある?」
アカーネさまが納得されていない。
「あるんだ、それが。まあ、彼の正体はよく分からず、住んでるのは大陸の外なのは確実だ。でも、転移装置に詳しくてな。なんか、あの~~ここの機械、魔道具にも干渉できるみたい。俺も初めて知って、驚いてるんだ」
「やっぱりここ作ったの、そのヒトじゃない? そうとしか考えられないんだけど」
「……今度会ったら聞いてみるわ」
多分、いやほぼ間違いなく違うけど。
「お願いね! ていうか、転移装置作れるなら、他の大陸にいてもこっち来られるじゃない?」
「……どうなんだろうね?」
即興のウソを速攻で論破するアカーネ、脱帽です。
そんなことしてると海外に移住したあげく、バラエティ番組で芸人とディベートするようになっちゃうぞ。
「そのヒトのことも気になりますが、転移先が増えたと言っていたことが気になるのですが」
静かに、しかしランランと目を光らせて訊いてくるのはルキ。
冒険好きの血が刺激されてしまったのか。
「言ってたな。俺も気になる。どこだろうな?」
「その前に、この場所のことが気になりますが……手がかりがなければ、新しい転移先に先に行ってみるのも手かもしれません。何か法則性があるかも知れませんし」
「そうだなあ。明日、転移先を覗いてみようと思うが、ルキも行くか?」
「もちろんです!」
まあ、新しい場所だし、転移先ですぐに危険なことはないそうだし。
いったん全員で行ってみるか。
すぐ戻ってくるつもりだけど。
「主」
次にキスティが手を挙げた。
いつになく、真剣な面持ちだ。
「どうぞ、キスティくん」
「主が隷属者ばかりのパーティを作る理由、薄々感じている部分はある。何か大きな秘密を抱えているのだろう?」
「……まあ、否定はしないが。そんな大した話でもないぞ」
異世界に来ちゃったハイでハーレムパーティ作ろうとしたのが半分だし。
確かに、異世界から来たと分かると面倒そうだなあというのは、ずっとあるが。
「いや、それを言えと要求する気はない。むしろ、言わずとも良いのだ。しかし、もし問題がなければ、ぜひ聞きたい。主のジョブは何なのだ?」
「ジョブ?」
そうか、それも考えてみれば。
色んなスキルのことは伝えているが、肝心のジョブはボカしたままだ。
そりゃあ、この世界で戦士として生きてきたキスティは気になるか。
「う~~む、何て説明したら良いかね。まあ、俺のジョブは複数設定できるんだ」
「それも薄々感じてはいたが……」
「まあ、ここまで来てそこだけ隠しても仕方ないか。俺のジョブはな、『干渉者』だ」
全員の反応をうかがう。
きょとん、とする各々。
心当たりはやはり、ないらしい。
「聞いたことがないジョブだ……。その『干渉者』になると、ジョブを複数持てるのか?」
「まあ、そうだ。そういうスキルがあると思ってくれ」
「そのようなスキル、聞いたことがないぞ」
「かもな。だから俺は、『魔法使い』『魔剣士』『警戒士』あたりを設定していることが多いな』
「3つも設定できると? 主よ。主が武を修めれば、太刀打ちのできる者はいなくなるぞ……」
「どうだろうな。『干渉者』と同じく、チートっぽいジョブは他にもありそうだし。結局、1つのジョブを極めた方が強いかもしれない」
「しかし、これで合点がいった。あれら多彩な技は、複数のジョブを設定することで実現していたのだな」
「まあ、戦闘中はジョブも付け替えてるしな。スキルの数だけは多いよ」
「……付け替えている? 戦闘中にか」
「ああ。遠距離の間は『魔法使い』、接近したら『剣士』とかな。色々試しながら使ってるぞ」
「そんなことも出来るのか。主、主は……その気になれば貴族に、いや国を手にできるのではないか?」
「いやいや、仮にジョブが強くても、それでどうにかなるもんでもないだろ。流れ者傭兵あたりが、ジョブを生かすためにもちょうど良いよ」
「そうだろうか」
というか、できたとしてもやりたくないよ、そんなこと。
俺は責任とか、経営とか大の苦手なんだ。
じゃなかったら、元の世界でニートなんてしてなかったわ。
悲しくなってきた。
「サーシャからは、何かあるか?」
「そうですね……私達のジョブが見えているのは、何故ですか?」
「ああ。それもスキルみたいなもんだ。抱きしめると、分かるんだ」
「……はい」
サーシャが何かを飲み込んだ。
抱きしめないと分からないというのは、嘘だとバレテーラかもしれない。
「で、これを出来るのは条件がある」
「それが、隷属者ですか?」
「よく分かったな」
「まあ、ここまで一緒にいれば分かります。なるほど。逆に私の前に、隷属者を作らなかったのはなぜですか?」
隷属者作らなかったのは規定事実らしい。
まあ、奴隷法制とか疎かったもんな。
「まあ、色々あってな。『干渉者』になったのがその辺だったんだ」
「ああ、なるほど。腑に落ちました」
いや、厳密には順序が逆だ。
サーシャを買ってから、隷属者のステータスは閲覧できることが判明したのだ。
だが、最初からステータス狙いで奴隷を買ったという方がちょっと格好いい。
そのような海よりも深い理由で、俺は事実を曲げることにした。
「ご主人様は……」
サーシャは何かを言いかけ、口を噤んだ。
「いえ、何でもありません。よく話してくださいました」
「今まで隠してきて、すまんな」
「当然の措置です」
サーシャは腰を折ってお辞儀をした。
……最初の奴隷がサーシャで、本当に良かったと思う。
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