第218話 東の果て

「タシャ虫だな」

「タシャ虫?」


アカイトの案内で、霧降りの里とやらを目指して滅びた里を発って1日。

川からは離れ、いつの間にか足元は白い岩肌が覗くようになってきた。

遠くに気配を察知したので、制止をかけるとアカイトが「それなら見て来よう」と言い残して行ってしまった。

帰ってきたアカイトが発した一言が、タシャ虫の報告だった。


「これも知らないのか? こう、ハエみたいな顔と、硬い殻を持った魔物だぞ」

「また気持ちが悪そうなやつが出たな」

「そうか? まあ戦ったことがないなら気を付けろ、奴らは糸を吐く。あれに捕まると巨人族の戦士でも動けなくなる!」

「ほう」


ハエみたいな顔をしているが、戦い方は蜘蛛みたいだ。


「その糸は、何かの素材になるのか?」

「素材? むぅ、なるのかもしれないが……酷く臭いぞ!」

「げっ」


それは素材にしたくないな。

聞くかぎり、金にならなそうな魔物だ。


「弱点とかは分かるか?」

「フム、火矢で仕留めることは多いな! なんせ、糸がよく燃える」

「そいつは重畳」


火魔法が有効そうだ。

アカイトの案内で、視線が通らないように慎重に近づく。


岩陰から覗いてみると、たしかに人間族よりは小さいくらいの巨大な虫が、熱心に前脚を動かしているのが見えた。ハエのような複眼の顔に、昆虫のような硬い殻で覆われた胴体と手足。

その後ろにも、同じような見た目の個体がポツポツと佇んでいる。


「ラーヴァストライクで焼き払う、後に続け」


仲間にそうとだけ伝え、魔力を練る。

放出した熱い弾がボッと空中で散ると、火の雨を降らせた。

会心のラーヴァストライクである。


「ギキィィ!」


虫たちが一斉に鳴き喚くが、容赦なく攻撃が直撃する。

やったか。と思ったのも束の間、こちらに疾走してくる虫の影。


「効いてない!?」

「魔法防御が高いかもしれません」


サーシャが弓を引き絞り、矢を放つ。

タシャ虫の関節に矢が刺さり、一体脱落する。


「チ、案外やっかいだな」


剣を構え、前に出る。

近づいてきた虫が身体を丸めたかと思うと、何かを飛ばした。

糸か!


ルキが大盾でそれを受ける。

ベトッと張り付いた糸を通して、力比べになる。


「ルキ、むしろ前進しろ、ぶちかませ!」


ルキが俺の言葉に反応し、前に出る。

後ろに続く。

タシャ虫は脚を振り上げたので、俺が剣でそれを受け、邪魔をさせない。


攻撃直後のスキを見せたタシャ虫、ルキのシールドバッシュがまともに入った。

ルキはスキルに「シールドバッシュ」がある。単なる物理的衝撃以上に、補正が入っているはずだ。

吹っ飛んで腹を見せたタシャ虫に、エアプレッシャー自己使用で急接近した俺が剣を刺す。


すんなりと剣先が腹に刺さる。腹の方は比較的柔らかいようだ。


そこに糸が飛んできたので回避。

再度ルキの後ろに付く。


「ギシェギシェ」


残りのタシャ虫は何やら鳴くと、そのまま後退して遠くに逃げてしまった。

見た目によらず、結構賢いのか?

引き際はなかなか素晴らしいな。


「なかなかやるではないか! タシャ虫はとにかく硬くってな! 無駄にしぶとい魔物なのだ」

「そりゃどーも」


アカイトが虫の頭をゲシゲシと踏み付けながら興奮気味だ。

こいつは興奮すると、何かを足蹴にするクセがあるのか。


「こいつらの素材は? 糸が使えないのは聞いたが……」

「脚先の爪は、使えるぞ! 少しこう、棒とくっ付けるだけで槍代わりになる。『タシャ棒』と呼ばれる簡単な武器だぞ」

「ほー、爪ね」


硬く黒い殻に覆われた脚の先は、くの字に曲がった爪が付いている。

たしかにこのまま、武器になりそうだ。


「一応回収しておくか。魔石は?」

「脚のつけ根に。ないこともあるぞ」


脚をもいで、爪先を切り取る。ついでに付け根を探って魔石を探してみる。

脚といっても八本あり、全部探すのは手間だ。

しかも結果的に、あったのは1体につき1個。

濁った黄土色の歪な魔石だ。大きさは小指の先ほど。


「こいつも、儲かる魔物ではなさそうだな」


どう見ても高くは見えない魔石を見ながらごちる。


「ご主人様、上空に魔物らしき影が見えています。ラーヴァストライクで注意を惹いたかもしれません」

「む。早いところ移動するか」



結局、霧降りの里に到着するまでに、5回もタシャ虫の集団に出くわした。

ルキが動きを止め、キスティのハンマーで叩き潰すことで効率的に対処できることも分かった。

俺は適当に動きまわしながら、余分な敵の注意を惹いておけばいい。


奇襲や挟撃にならなければ、そこまで脅威ではない。



途中から道なき道を、森の中で蔦草を切り開くようにして進むこと数日。

水の落ちる音がして、アカイトは近くに滝があると言った。


「この滝を目指していたのか」

「そうだが、そうじゃないぞ?」

「なんだ?」

「この滝のある場所が、『霧降りの里』だってことよ!」


滝の近くに集落があるのか。

まあ、水源の近くと考えると妥当なのか?



***************************



「お前ら、何者だ!」

「拙者、アカイトだ! 以前、こちらの里に来たことがある……」

「……ラキット族か? 隷属していないだろうな」

「なんだ? 拙者は誰にも膝を屈しはせんぞ!!」


滝に近づくと、何やら金属と石を組んで作ったらしい、ぼろぼろの塔があった。

その上から話しかけられているようだ。


「ならば、ラキット族だけこちらに来い」

「なんだ、ピリピリしているな!」


まあ、罠だったところで、アカイトが危険なだけか。

快く送り出してやる。


俺たちだけ敵認定されて攻撃されることも考えて、構えていたが、何も音沙汰がないまましばらく待つこととなった。


いい加減しびれを切らすところで、アカイトが塔の方から戻ってきた。

1人、人物を伴っている。

巨大な体躯から、相当な大男か、または巨人族だろうか。

顔の見えるヘルメットを被っているが、近付くにつれその顔に大きな切り傷の跡が目立つ。


「お前ら、人間族と言うが、本当か?」

「まあ、半数以上は人間族だな。種族が重要なのか?」

「人間族がこの辺にいるのは珍しい」

「そうなのか。まあ色々あって流れてきてな」

「ここに来た目的は?」

「交易だ。こう見えて魔物狩りには自信があってな。魔物素材は必要ないか?」

「交易だと。お前、この場所がどういう場所か、分かっているのか…?」


なんかすごい呆れられた気配がする。

どういう場所なんでしょうか。


「すまんが、アカイト、そこのラキット族から聞いた話しか知らなくてな。近くにある集落がここだっただけだ」

「……そのアカイトの話では、お前らに連れてこられたようなことを言っていたが」

「うーん、説明が難しいな。まあ、なんか見られてたから捕えてみたら、ラキット族でな。1人で戻れなくなったと言うから、安全な所まで送ると約束したんだ。それで連れてこられたのがここだったというわけ」

「交易という話ではなかったか?」

「それも本当だ。もともとは交易できる集落を探してたんだが、途中で出会ったのがアカイトだ」

「……」


目を細めてじろじろと、俺たち1人1人に視線をやる男。

すごく疑われている感じがする。


「里の中に入れるのが難しいなら、この塔の前でもいいぞ? とりあえず欲しい物がないか、見てみてくれないか」

「アカイトのことは、どうするつもりだ?」

「さあ? 最初から、安全な所まで送るってだけの話だったからな。後は本人が何とかするんじゃないか」


男は、なんだかまた別の難しい顔をした。


「それではこの里が、ラキット族をさらったと思われかねん。お前らでどうにかできないか」

「保護したと言って、恩を売ることはできないか? 俺たちも、ラキット族と交流があるわけじゃないから、どうしようもないんだが」

「……分かった。アカイトの件はこちらで預かろう。品を見せてくれ」


お、乗ってきた。

これは情報収集チャンスかもしれんね。


「よし、魔物素材を広げるぞ」

「何を渡すのですか?」


サーシャが荷解きを準備しながら訊いてくる。


「とりあえずこの周辺の魔物素材、それから……ダンジョンの素材でも混ぜてみるか」


タシャ虫の素材に、6手ティラノの素材。

そしてスドレメイタンの魔石を並べる。


さっそく、巨人族っぽい男にアピールだ。


「これがタシャ虫。この辺にゴロゴロ出るだろ? 主に魔石と、それから脚の爪だな」

「ふむ。見慣れたものだ」

「それに、もっと西の方に出る、6本の手を持ってる魔物。分かるか? そいつの魔石と、ちょっとだけ皮だ」

「むっ? まさか、キシエトワルか!? お前ら、その人数で仕留めたのか」


キシエトワル。そんな名前だったのか。

男が違う魔物と間違えている可能性もあるが……まあ乗っておくか。


「そう、そのキシエトワル。1体や2体じゃないぞ?」

「おお。なるほど、お前らは優れた戦士のようだ」

「そいつはどうも……」


キシエトワル、そこまで強い印象はあんまりない。

が、もしかすると魔法ジョブがいないか少ない集落なら、かなり厄介な魔物なのかも。


「あとはこれは、砂漠の方の魔物だ。サラーフィー王国って、知ってるか?」

「む? サラーフィー?」


さて、どう反応してくるか。

半分賭けだ。

だが悪い目が出たとしても、「そうか、転移装置があるのか!」と思うぶっとんだ思考のやつはそうそう居なかろう。


「交易で手に入れたのか?」

「……そんなところだ。だが、なんせサラーフィー王国からだ。そうそう手に入らんだろうよ」

「そうだろうな。そんなに珍しい魔石なのか?」

「さあ、良く知らん。だがこの形と大きさ、きっと名のある魔物のものだろう」

「それは騙されてるのではないか。サラーフィー王国がどこにあるのか、知っているのか?」

「うん? どこにあるんだ」

「おいおい。ずっと東の果て、海近くの国だぞ」


……。

東の果て。海近く。


サラーフィー王国に海なんてなかったが……。

いや、表現としては、そうか。


”はるか西”の国から見たら、海に近いのか。


「……そうらしいな」

「こいつの由来は眉唾物だな。ともあれ、タシャ虫の爪も、魔石も値段によっては引き取ろう」

「おお。どれくらいの値を付ける?」

「うむ……。聖貨で1枚で、爪と魔石をできるだけ」


聖貨ですって。

困った。

全然相場が分からん。


「今日は顔繫ぎの意味だったからな。大サービスで、出したものをすべてやろう」

「何!? 本当か?」

「ああ。今回だけだぞ」

「ああ、正直助かる。聖貨はすぐに取ってくる。待っていてくれ」


恐ろし気な顔をした大男が、ルンルンとスキップしそうなテンションで塔に戻っていく。

どうやら、相当の出血大サービスをしたらしい。

……相場を知るためにも、こちらも何か買うべきだろうか。


戻ってきた大男が差し出してきたのは、意匠の潰れた金属のコインだった。

銀貨のように見えるが、何か混ぜ物してそうだ。


聖貨1枚で食べものを買いたいというと、干し肉を相当量くれた。

今は貯えが貴重で、こちらはサービスできずにすまないと謝られた。

それとなくアカイトにも話を振ると、どうやら聖貨1枚と干し肉相当量はだいたい相場通りのようだ。

ざっくりだが、銅貨よりは高そう。銀貨と同じくらいの価値だろうか。

爪などの素材すべてと、魔石を合計で10個近く。確かにちょっと安すぎるか?

しかし足元見られて買い叩かれた場合と比べて考えると、ありえないレートでもないように思う。


聖貨で売って、聖貨で買っただけなので物々交換と同じ意味しかなかった。

が、そのおかげでこの地域の貨幣と、その価値を推し量れた。

何より貨幣経済が根付いているという事実が嬉しい。

本当に物々交換でやっていたら、面倒このうえなかった。


「今は時期が悪くてな、すまんが里には案内できん」


いい取引をした俺たちを拒絶することになるので、かなり申し訳なさそうに言われた。

まあ、いきなり来て中に入れろと言われても困ることもあるよな。

それに交易が第一目標だったので、とりあえずは普通に売り買いできそうな相手が見つかって気分が良い。


「いや、気にするな。その代わりと言ってはなんだが、アカイトのことを宜しく頼む。俺の不注意で巻き込んでしまったようなものだ」


あんまり心にもないことを言っておく。

だが相手の反応を見るに、ラキット族はそれなりに大事にされているようなのだ。巻き込んでしまってすまない。と思っていると思ってもらおう。


「そうか、彼のことは任せておけ」

「ありがとう。それで、また来てもいいか? または他の交易できる里を紹介してくれると嬉しいのだが」

「他の里か。それは次来た時に考えておこう」

「それでいい」


すぐには教えてくれないか。なんせ初見だし、信用が足りないのかもしれない。


「しかしお前らは、どこに拠点を置いているんだ? 山賊、という風にも見えないんだが」

「もともと流れの魔物狩りだからな。拠点はあってないようなものさ」

「なんと。人間族にも強者がいるものだな」


関心気に頷く大男。


「名前だけ聞いておいていいか? 俺は人間族のヨーヨー」

「ああ、俺はガット。種族はエート族だ」


ガットか。この世界だと割とある名前だ。

前にも耳にしたことがある。


「やはりエート族か、そのたくましい体躯はそうではないかと思っていた」

「がはは、口がうまいな、商人」

「人間族の商人の軽口には気をつけろよ?」

「分かった、分かった!」


最後に握手をして、里を後にする。

問題は、あれだな。

途中から道なき道を歩いていたから、また辿り着けるかっていう。

マッピング担当のアカーネの手腕が試される。


まあ、大きな滝の近くにあるということは分かったから、今度は滝を探すようにすりゃいいのか。


来た道を戻りながら、入手した情報を反芻する。

どうやらここは、サラーフィー王国を「東の果て」と呼んでしまうくらいには、西の土地。

ただ南北は分からないので、「西」といっても可能性が広すぎる。

ただおそらく、大陸中央の山脈をぶち抜いて西海岸に来たわけではなさそうだ。

帝国崩壊以降、大陸の東西は没交渉なのだ。

東の、しかも小国と言っていいサラーフィー王国の名前が西側のいち住民に知られているとは思えない。

あくまで東側であるものの、相当西に来たと。



帰路では考えを整理しつつ、サーシャたちにも共有する。

そこで1つ、情報が出てきた。サーシャが聖貨という名付けを聞いて、ピンと来たようだ。


「聖貨というのは、おそらくですが……聖王国の貨幣ではないでしょうか」

「聖王国というのは?」

「お忘れですか? 神聖テラト王国。かつて3大王国に数えられた、テラト王国から分離独立した国家です」

「ああ、あったな。あそこは、金貨や銅貨を使っていないのか」

「キュレス金貨は高い信用力を有していますが、大陸全土で通用するほどではないです。それぞれの地域で独自の金貨、銀貨が使用されています。中でも聖王国は、対立するテラト王国との区別のため、金貨と銀貨という一般的な区分をしていないと聞いたことがあります」

「ほお。じゃ、ここは聖王国か、その近くか?」

「どうでしょう。聖王国の西端なら、サラーフィー王国を東の果てと表現するのも分からなくはないですね」

「主」


その話を聞いていたキスティが、話に入ってくる。


「うろ覚えだが、聖王国の貨幣は小国家群にも流通している、と聞いたことがある。だから小国家群は聖王国の言いなりだとも。つまりそちらの可能性もあるぞ」

「貨幣が流通していると、言いなりってのは少し極端ではあるが。つまり、地域は絞れないってことだな」


意匠が潰れていて、コインに何て彫ってあったのかは見えなくなっていた。

聖王国外だとすると、あれは意図的に潰したかもしれないな。

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