第217話 里


「捕虜としての適切な扱いを希望する!」


足を投げ出し、ふてくされたように宣言するネズミ。

いや、ネズミのように見えるヒト。

ただ、シャオと同じくらいの大きさはあるので、ネズミにしては相当大きい。


「いつから捕虜になったんだ、お前」

「ではなんの目的で拙者を束縛したのだ!? どうせひどいことをするのだろう!」


なんだこのくっころエルフみたいなネズミは。

そもそも束縛してないし。

隣に座るシャオにビビり散らし、腰が抜けているだけだろう。


「上にいたのはお前だけか?」

「仲間は売らんぞっっ」

「他にもいたと」

「ぬぅっ卑劣! これが尋問か!?」


なんか疲れるな、こいつ。

もう逃がすか?


「いや、そうは言っても貴重な情報源か?」

「この小人は何を言っているのだ、主?」


キスティが槍の持ち手をグリグリとネズミに押し付ける。

「お、おのれこのような責め苦に負ける拙者ではな……いたたたた! 痛い!? 止めて~!」と声が聞こえる。


「いや、大したことは言ってない。どうしたもんかな」

「良くわからんが……近くの集落というのは、こいつの同類であろうか」

「そうは思いたくはないな」


せめて、こいつのキャラだけがおかしいという可能性に賭けたい。

いや、人格がまともだったところで、こいつらの集落にまともな資源があるのだろうか?

魔物素材と交換できる程度の。


「ううむ」

「とりあえず、食べ物でも与えてみますか?」


サーシャが、用意していた昼飯の残りを与える。

贅沢に肉を挟んだサンドイッチだ。

半分にちぎって差し出してみる。


「ぬ、ぬおおおお!? 懐柔か? 優しくしてひどいことをするつもりだな、おのれうまあああいっ!!」


一口食べたネズミが立ち上がる。元気になったな。


「口に合ったか?」

「ぬ、ぬう。そう来たか。拙者の空腹を見抜き、うまあああ!」

「……良かったな」


ネズミが食い終わるのを待つ。

こっちも昼食の途中だったから、めいめいにパクつく。


「ふう。食べた、食べた」


ネズミは指についたソースを舐めとりながら、大きく息を吐いた。


「亜人にしてはやるではないか」

「だから、違うっての。アカーネなんか、兜付けてないだろ。普通の人間族だっての」

「に、人間族だと? 人間族はヒトを堕落させるそうではないかっ しまった、これは罠か」

「何が罠か、だよ。美味しく頂いといて」

「ぬぅ。人間族であろうと、飯は飯。仲間は売れぬが、誉めてやろう。なかなかの馳走であったぞ」


空腹が満たされたからか? なんか妙に落ち着いたが、言ってることは相変わらずおかしいな。


「あー、お前は、何族なんだ?」

「なんだと? ラキット族を知らない? 嘘を吐くなっ!」


ラキット族ね。


「ラキット族って知ってるか?」


サーシャを見るが、首を横に振った。

キスティも同じくだ。


「悪いが俺は遠くから旅してきてな。この辺の事情には疎いんだ」

「遠くだって? ラキット族を知らないなんて、きっと酷い田舎なのだろうなっ」

「あー、まあな。そんなわけで、ラキット族のことをよく知らないんだ。何か無礼に当たることをしたなら、すまんな」

「ほう……? 野蛮な人間族にしては、殊勝だな。拙者の人徳というやつか」


ウンウンと頷くラキット族。


「で、名前を教えてくれるか? 俺はヨーヨー」

「ヨーヨー? 妙な名前だな。拙者はアカイト。誇り高きラキット族の戦士の名前だ」

「戦士? 武器はどうした」

「お、おのれ! 貴様の手先であるそこの黒猫が、拙者の槍を払い落としたのではないか!」

「ではないか、って言われてもな。上で何があったか、見ていないしな」

「ぬう! 何にせよ、谷底まで落とされた以上、どうにもならぬ。安全な場所まで送り届けよ!」

「いや、知らんがな」

「な、なんだと! せめてその黒猫に、上まで運ばせい!」

「あの様子だと、上に運ぶの辛くないか? シャオ、どうだ」

「ニアアオ?」


これはどっちだ。何にせよ、可能でもやる気はなさそうだ。


「お、おのれ……」

「まあまあ。じゃ、こういうのはどうだ? 俺は遠くから来ていて、この辺の土地勘がない。あんたを安全なところまで届ける代わりに、案内してくれないか」

「なんだと。仲間のところに得体の知れぬ者を案内するわけにはいかん!」

「いや、別にラキット族の集落に行きたいわけでもない。人間族がいる集落は知らないか?」

「人間族だと……むむむ」

「案内してくれるなら、さっきみたいなメシを分けてやろう」

「む、むむむ……人間族がいれば、どこでも良いのか?」

「まあ、近い方が良いが、注文はそれくらいかな。言葉が通じるなら、人間族以外でも良いが。俺が人間族だからな、人間族嫌いの部族は困る」

「少し考える、時間をもらおう」

「ああ。どうせ休憩中だったからな。じっくり考えてくれ」


これは良い道案内をゲットできたかもしれない。

東にあると言われたのは結局、こいつのようなラキット族の集落だったんだろうか。



「飯の恩義もあるのでな、引き受けよう。決して我が身かわいさではないぞ」


しばらく考えたラキット族のアカイトが、ふんと胸を張った。


「ほう。この辺の地理には詳しいのか?」

「当然よ。そうではなくては指折りの戦士であれど、この地で生き延びられん」

「そうか。それで、どこに案内するつもりだ?」

「オウカの里を考えている。あそこはたまに交渉に向かうのでな。山賊どもよりは信頼が置ける」

「山賊が出るのか」


アカイトは足を地面にたしたしと踏みつけて、耳をぴくぴく動かす。

どうやら憤慨しているらしい。


「最近は特に酷い! 奴ら、拙者の同胞をさらってはどこかに連れ去っているという!」

「ラキット族を? 何のために?」

「知らぬ! おおかた、帝国気取りのバカに売り払って、小銭にでもしているのだろうよ」

「帝国気取りのバカ? 話が見えないが、ラキット族を嫌っているのか」

「知らん!」


なんだこいつ。

まあ、こいつらも色々大変そうなことは分かった。

それよりも、オウカの里とやらの情報が大事か。


「オウカの里というのは、どういうところだ。人間族がいるのか?」

「数人はいたはずだぞ。そういえば人間族は、ラキット族が珍しいなどと抜かしたやつがいたな」

「そいつもよそ者か」

「であろうな。で、お主らはどこから来たのだ?」

「まあ、話すと長くてな。色々とのっぴきならない事情があって、この辺に流れてきたというか」

「む? まさか……」


アカイトが、顎に手を当てて何か思案する。


「そうか、お主らも山賊の類にかどわかされたか!」

「あー……」

「地理に疎いのも道理であるな。どこに運ばれてきたか、分かっていないのでないか」

「……鋭いな」


良い言い訳ができそうだったので、全力で乗っかっておく。


「ふははは、拙者知恵者として名が売れているのでな!」

「そうか、それは良いヒトと知り合えた」

「オウカの里であれば、谷の道を通って行ける。安心して進めるぞ!」


こいつ、シャオに連れてこられた過去は忘れているのだろうか。

まあ、妙に恨まれても面倒くさい、忘れていて欲しい。


「ここからオウカの里までは、どれくらい時間がかかる?」

「3日ほど」

「3日か。それなら余裕だな」


食料はたっぷりあるのだ。

それにしても、このまま谷のような地形を進むのか。全然山登りにならなかった。


「魔物はどうだ? この辺は少ないようにも思うが、どんな魔物が出るんだ」

「お主らが来た方には、大きくて不気味な怪物が出るぞ」

「ほう? 強いのか」

「強いぞ! 戦士が束になっても叶わない。太い2本足で進むのだが、手が6本もあってな」

「……」


そいつはもう出会ったよ。

そうも言い辛く、聞き流す。

10分近く熱弁してから、次の魔物の話に移すことができた。


「他か? 他はまあ、色々だぞ。この地形のせいか、大型の魔物はほとんどいない。恐ろしいのは、空の魔物だな。普通の魔物はラキット族を恐れて襲ってこないことが多いが、空の魔物は違う! 奴らは狙ってラキット族を襲うのだ」

「ほう。ん?」


魔物がラキット族を恐れる?

このアカイトの強さには大いに疑問はあるが、大きく違和感があるのはそこではない。

たとえラキット族が一騎当千の戦闘民族であったとしても、恐れて戦わないなんてことはあるのだろうか。

これでもいろんな地域の魔物と出会ってきた。

たしかに劣勢になると逃げ出す魔物はいたが、そもそも襲ってこない魔物というのは思い出せない。というか、それは魔物ではなく動物なのではないろうか。


「魔物は、ラキット族以外は襲うのか?」

「ああ、酷いぞ。だからこそ、ひと昔前までは山賊など自殺行為でしかなかったというのに」


ラキット族以外には襲ってくるらしい。

どういうことだ?


「ラキット族は、何か特別なスキルでも持ってるのか?」

「仲間の情報は売らないぞ! だが寛大にも1つ教えてやろう、拙者たちに魔物を遠ざけるような弱気なスキルはない」


そうなのか。

種族スキルでもないとなると……魔物から見ても、こいつらがヒトなのか微妙ってことか?

この無駄な愛くるしさ。丸鳥族と良い勝負だな。


「まあ、拙者には武器がないからな! もし魔物が出たら、守ってはやれんぞ」

「それは自分でどうにかする。あんたは道案内をしてくれれば良い」

「ほう、言うではないか。ならば任せよう!」


意気込んで立ち上がったアカイトは、ルキに委ねられた。

ルキに小さなリュックを背負ってもらい、その中に入った形だったがすぐに変更になった。

ルキの頭に居座るシャオに、ビビリ散らかしたからである。


仕方なく、アカーネのリュックに押し込む。

ギュウギュウにされて迷惑そうなドンだったが、耳元で騒がれるのに疲れたらしく、しまいには自分で歩き始めてしまった。


「ドン、俺の頭の上にでも乗るか?」

「ギューゥ」


いや、いいや。といった風に鳴いたドンは、案外歩くのが早かった。



***************************


「ここは?」


川を下るように進んで、谷底で一夜を明かし、更に半日ほど進んだ。

途中で道が分かれたり、上に登れそうな場所があったりしたが、アカイトの案内で川の流れに沿って進むことになった。


そして夕方ごろになって、たどり着いたのがガランと開けた空間。

左の土壁はそこで途切れ、草原が広がっている。

そしてそこには、数軒の建物と、それらをぐるっと囲む、木の柵だったらしき物があった。

だったもの。

建物も、木の柵も、明らかに燃え落ちているのだ。



警戒しながら捜索してみるが、生きたヒトは発見できず。

粗末な服を着こんだ、猿人のようなヒトの死骸は数体見つかった。


「ウェーキ族じゃ。こやつ、ここの里長だったはず……」


アカイトは、その死骸の顔を見ると、呆然と立ち尽くした。


「これは、山賊の仕業かね?」

「かもしれない。もしくは魔物」

「魔物が火を使うのか? ……まあ使うか」


そういえば、火の魔法を使うせいでボヤを起こす小型の魔物とか、いたものな。

里を焼き尽くす火魔法いを使う魔物が仮にいても、全然おかしくはない。6手ティラノよりも手ごわそうだ。


「フレイムワーカーかもしれん」

「フレイムワーカー?」

「うむ。太古より西の地に生息する亜人。火の魔法をまとって戦う」

「そんなのがいるのか……」


なんだかんだ、攻撃では火魔法ばっかりになってきた俺には戦いにくいかも。

火と土の複合魔法である、ラーヴァフローは有効だろうか。


「致し方ない。霧降りの里まで出向こう」

「ああ。というかだ」


なんかスルーしてしまっていたが。


「この里まで、3日じゃなかったのか」

「拙者が歩けばな」

「……なるほど」


たしかに、人間族の歩きでどれくらいかは聞かなかった。

まさか、アカイトに言い負かされるとは思わなかった。

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