第216話 パンチ
白いガキから、一番近い集落が東にあると聞いた。
しかし、すぐに東に出掛けるようなことはしなかった。
数日かけて西の森とその周辺を探索し、食料の確保を優先したのだ。
その成果として、森の恵みである果物や野草などを10点ほど。それとは別に、兎っぽい動物など小動物を3種類ほど、成分分析装置にかけて食べられることを確認した。
同じくらいの種類、毒が検出されたり、測定不能で安全が確認できないものもあった。
食料確保を目的としたため、森の深くまでは潜らなかったが、2度ほどティラノもどきに出くわした。
名前がないと不便なので、安易だが「6手ティラノ」と命名。
そして、それ以外の魔物は遭遇していない。
スラーゲーの町近くの湧き点のように、1種類しか出ない湧き点があるのかもしれない。
キスティはそれに加えて、6手ティラノが蓋の役割をしているかもしれないと予想した。
スラーゲーがゴブリンの森を容認することで、魔物の流れを制御していたように、6手ティラノがいることで他の魔物が入って来られない環境が出来上がっているのではないかと。
そこまで6手ティラノが強いかと疑問に思ったが、他の魔物の気持ちなってみるとそうも言えない。
俺たちには色々と魔法攻撃の手段があるわけだが、魔物は魔法が使えない種族の方が多いわけで。
そうなると、サーシャの射撃も受け付けない防御力をどうにかする必要がある。
そして、図体はなかなかデカいし、その割にはよく動く。
魔法を覚えて、魔物狩りの聖地に向かうあたりまでに出会っていれば、俺もまず1人では勝てなかったような気がする。
俺たちと相性が悪いだけで、他の魔物に縄張りを侵さないようにさせるくらいには戦闘力がある、とも見えるのだ。
「主、荷物はまとめたぞ」
「よし、行くか」
細々とした道具は探査艦に置いていく。
寝袋や食料は全て持っていく。
東の山を越えるまでにどれだけ掛かるか分からない。
そしてそこから集落がどれほど離れているかも分からないのだ。
もちろん、山の中に集落がある可能性もあるが。
「結局、ベッドは使わず終いか」
「首尾よくいって戻ってきたら、使うようにするか」
「本当か、主!」
「ああ、まあな」
これまで寝泊まりしてきて、本当に危険がなかった。
探査艦をスキャンした後も白いガキから特に警告はないし、ここは本当に安全なのだと思えたきた。
帰ってきたらベッドで寝るというのをエサに、キスティには多めに荷物を持ってもらうとしよう。
なんといっても山越えなのだ。
体力があり余っているキスティは頑張って欲しい。
互いの荷物を背中に結い付けながら、最後の準備をする俺とキスティの傍に、サーシャとルキが寄ってきた。
この2人はウマが合うのか、気付くと2人セットで行動していることが多い。
「ご主人様。接触予定の部族がどのような種族なのか、情報はありませんか?」
従者たちには、東に集落がありそうなこと。ただし好戦的な部族である可能性もあるので、気を付けるべきことを情報共有している。
情報ソースはヘルプAIだということにしておいたが、それをどこまで信じたかは分からない。
「すまん、それも分からないみたいだ。そちらに集落がある可能性があるというだけだ」
「そうですか……」
サーシャは難しい顔をして頷いた。
そうだよな。
もうちょっと情報欲しいよな。俺もそう思う。
「そもそも部族なのかどうかも分からん。帝国式の統治をしている可能性もあるぞ」
帝国式というのは、要はキュレス王国のように、色んな種族が混じって暮らしているということだ。集落を観察できれば、特定種族が支配部族として振る舞っていなければ、帝国式または類似のものだと推察できるはずだ。
そしてそうであれば、種族を気にせず交流を図れるはず。
もちろん好戦的で排他的な部族である可能性もある。
なるべくなら向こうに気付かれることなく、観察できるのが理想だ。
こうなってくると、斥候系がいないのがこのパーティの弱点なのかも。
探知能力はそれなり以上にあるのだが、こっそり観察したり、囮になったり、釣ってくるといった作戦行動をできる者がいない。
転移装置が俺と隷属者に限られたことからも、ますます奴隷しか仲間にできなくなってしまった。
今後のパーティの強化方針は、なかなか悩みどころだ。
***************************
艦を出て東へ。
東は山が聳えている。山はゴツゴツとした岩肌がみえている部分が多く、巨大な岩をいくつも横に並べたような印象。
その向こうが見えないので、見えている部分を越えたらどうなっているのかは未知数だ。
大きく迂回してもいいが、そこまで高くも見えないので、まずは真っ直ぐ進むことにする。
迂回しようとして、東から逸れるのも怖いし。
正面にはゆるやかな斜面が続き、背の低い草が茂っている。山というよりは草原。
所々に角ばった岩が飛び出ている。
日本の山っぽくないというか、中国の内陸地でこんな地形があった気がする。
遠くに見える山肌は緑が濃くなっており、おそらく木々に覆われている。
草原は途中までのようだ。
空は白い雲が浮かび、快晴。
気持ちの良い風が吹いている。山登りには格好かな。
飛び出る岩によって死角が多いので、慎重に進む必要がある。
気配察知と探知はフルで回して、ドンにも無理を言って昼間から起きていてもらう。
残りのメンバーももちろん警戒するが、特に頼もしいのはルキのペットことシャオだ。
シャオは羽根があるし、岩をするすると登ることもできる。
定期的に上から魔物の影がないか、見通してもらっている。
ルキは空から攻撃されないかハラハラしているが、空から接近してくる場合はサーシャの目視や、俺の気配察知で事前に気付やすい。
そもそも攻撃魔法も使えるから、そうそう無抵抗でやられたりはしないしな。
「ニー」
降りてきたシャオがストッとルキの頭に乗る。
ルキがダンジョンで採った魚の干物を取り出し、与えてやる。
空振りだったようだ。
ルキ曰く、警戒すべき対象がいる場合は「ニ゛ー!」と鳴くため、分かるそうだ。
……なんだその微妙な違いは。
数時間は草原地帯を歩いた頃、岩陰から鹿のような生物が飛び出した。
こいつ、気配がなかったぞ。
思わず剣を構える。
だが、不思議そうにこちらを眺めた後、跳躍して岩に乗ると、そのままどこかへ行ってしまった。
あの反応からすると、動物かな?
「この辺、魔物が少ないのか?」
すぐそばのキスティに尋ねてみる。
「そうかもしれん。聖域に関係なく、妙に魔物がいない場所というのはある。故に船をここに隠したのやも」
「それはあるかもな」
飛び出る岩の頻度は少しずつ増え、やがて岩と岩の間を潜るように進むことになる。谷間を歩いているような形だ。いつの間にか頭上には緑が見える。岩の上は木が生えているか。
「主、川があるぞ」
進んでいる谷間が、別の谷間と合流するような地形。
合流した谷間を縫うようにして、水が流れている。左から右に流れている川に、たどり着いたような形だ。
その川の両端には水の流れていない場所があるため、左右に曲がってそこを歩くことはできる。
正面には地形が続いておらず、岩壁が立ちはだかる。
つまり普通に考えれば、左か右に曲がるしかない。
川に沿って上流の左に行くか、下流の右に行くか。
ぐねぐねと地形が動くため、最早俺には方角が分からない。
どっちが正解か、マッピング担当大臣ことアカーネに訊いてみる。
「うーん。東に向かうなら、この岩壁を乗り越えるのが正解だけど」
「マジかよ。それは考えてなかったわ」
俺がエアプレッシャーを駆使しても、一気に登れなさそうな岩壁。
マンションの4から5階分くらいはあるのではなかろうか。
「ちょうど腹も減った。ここで休憩はどうだ?」
キスティからの進言を容れて、昼飯タイムにする。
「冒険じゃなくてヒトに会いたいってリクエストしたんだがな。既に冒険してるぞ」
「何の話だ? 主」
「気にすんな。それで、あの岩壁は登れそうか?」
「ダンジョンで使うための器具や、ロープがまだある。時間を掛ければ登れそうに思うが」
「ほう。ならそれもアリか」
「……時間は食う。無理をせずに、迂回するのも手ではないか?」
「俺もそう思う。ただ……」
俺は無言で岩壁を見る。
別に、そこまで東というのを忠実に守る必要もないのだ。ただ、俺の気配察知と探知が、妙な気配を捉えていた。
襲ってこないから、魔物ではないと思うのだが……。
確証はないため、シャオを偵察にやるのは憚られる。
アカーネの背中で暇そうにしているドンを見るが、反応なし。あくびしてる。
危険な生物ではないのか。
「う~ん。声でも掛けてみるか」
「えっ? ご主人さま、誰かいるの?」
アカーネが不安そうに周囲を見渡す。
「魔力感知だと分からないか? この岩壁の上になんかいるぞ」
「ええ~っ」
アカーネがぴょんぴょん跳ねて、岩壁の上を見ようとする。
って、それで見られるはずがないだろうが。
でもカワイイからよし。
「サーシャは何か見えるか?」
「……いえ。どこにいるのですか?」
「まあ、確かに死角かもな。上がってちょっと奥だ。微妙に動いていたから、生き物だと思うんだがな」
ルキの頭上でじっとしていたシャオが、バサっと羽根を広げた。
そして羽ばたきながら、高度を上げていく。多分風魔法も使っていそうな動き。
「おい、シャオ!」
「主様、お待ちください。ああいうときのシャオは、カンが良いのです」
シャオがぐんぐんと上昇し、岩壁の上に消えた。
しばらくして降下してきたシャオは、何かをくわえていた。
大きさはシャオと同じくらいある。よく運べたな。
「な、なにする! やめろぉ!」
運ばれてきた何かが、小さな手足を振り回しながら叫んでいる。
大きさはシャオと同じくらいなので、ちょっと大きいネコくらい。
姿はまるで……ネズミ?
「喋れるということは、ヒトか」
「な、なんだ!? お前なんだ?」
シャオが口を離し、ネズミはボトリと地面に落ちた。
受け身に失敗したようで、手で腰をさすって痛がっている。
「ぐううっ! 拙者がこのような扱いを受けるなど、まったく!」
「小人族か?」
「な、な、な、なんだ!? やるか!? その怪しげな相貌、凶悪な亜人に違いないと見ていたのだ! ついに正体を現したな!」
「いや、喋ってる時点で違うだろ」
シュシュシュと、小さな手でシャドーボクシングしたネズミに突っ込む。
こいつ、仮に敵対してきたとしてもまるで脅威に感じられないな。ドンがあくびをするわけだ。
「ご、ご主人さま」
アカーネが困惑気に話しかけてきた。
「そのヒトの言ってること分かるの?」
「あん?」
……あれ?
そういえば、俺が喋っていたの、共通語でもなければ、日本語でもない。
こんな言語、知らんぞ?
いつの間にかインストールしていたらしい。あっ?
もしや、白いガキか。
あいつ、俺がどの辺にいるか知っているわけだし。
「面妖な言葉を喋るな! やはり亜人だな!?」
元気なネズミがヒートアップする。
興味深そうに顔を寄せたシャオにビビり、文字通り飛び上がって転んだ。
スンスン、と匂った後、興味なさそうに寝転がるシャオ。
ネズミがこわごわとパンチを向けるが、カウンターで興味なさそうにネコパンチ。
ネズミは倒れた。
「……弱っ」
なんだこいつ。
……まさかこれがこの辺の「野蛮な部族」か?
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