第215話 依頼
久しぶりに白いガキの空間に喚び出されている。
転移装置と異世界の探査艦は、やはり放置できない問題のようだ。
「まず、そうだな。結論を述べておくとしよう。君の見つけたものは、そのまま使っても良い。条件があるけどね」
ホッとする。
転移装置も探査艦の設備も、便利なことは間違いなかったからな。
「……条件とは?」
「2つある。1つは、君と、君の隷属者のみ使うこと。特に転移装置はね。情報も秘匿してもらいたい」
「それは……まあ問題ない。どっちにしろ言いふらすつもりもなかったからな」
「そいつは賢明だね。そして2つ」
白いガキは、言葉を切るとゆっくりと勿体ぶるようにティーカップを口元に持ち上げ、小さく啜った。
「……僕の出す依頼を、検討して欲しい」
「ん? 依頼を受けるのではなくて、検討?」
「そう。無理強いをするつもりはない。条件を聞いて、受けるかどうかを判断してくれれば良い。成功すれば、報酬も出す」
「断っても良いってことか?」
「その通り」
「条件というには、甘すぎるな。何が目的なんだ?」
白いガキは、再度優雅に足を組み直して、カップを受け皿に置いた。
「強要するつもりはないということさ。それに、君の流儀は分かっているつもりだよ」
「それで良いなら、別に構わないが」
「腑に落ちていないようだけれど、安心して欲しいね。暗に強制させるような真似をするつもりもない。君が、君自身の意志で引き受けることに意味があるのさ」
これは、俺が考えても分からない事情がありそうだ。一旦流すか。
「よく分からんが、分かった。報酬というのは例えば、なんだ?」
「そうだなあ、例えば君の見つけた転移装置。君の手には余るテクノロジーだろう。奇跡的に転移機能を発動できたみたいだけど」
「まあ、そうだな」
転移できたのは奇跡だったのか。
魔道具の扱いって難しいらしいし、初見の道具を使えただけで奇跡か。
「そういった部分でフォローしてあげる、なんてのはどうだい? 例えば、元の機能を回復させる手伝いをしたり、機能を追加したりね」
「ほう。他の転移先を復活させるなんてことも?」
「可能かもね。やってみないと分からない部分もあるし、君が転移先に行って装置を修理する必要があるかもしれないけど、ね」
ふうむ、やっぱり転移先が何らかの事情で使えなくなっているという線で間違いないか。
「修理なんて無理そうだが」
「魔力が切れてるだけなら補充すれば良いし、修理でもその場所まで行けば、僕が介入できるかもしれない。まあ、不確定要素も多いし、まだ僕にも分からない部分が多いけどね」
「……魅力的だが、依頼というのはどんな類のものなんだ?」
断れるというのだからいったん受けても良いのだが、これだけ都合の良い条件を出されると、何を頼まれるのか気になる。
「例えばだけど、転移装置みたいな別世界のテクノロジーの探索や回収を頼むかもしれないし、あるいは……荒事もあるかもしれない」
「俺の専門は、どっちかと言うと荒事ってことになりそうだがな。どんな荒事だ?」
「さあ。それは分からないよ。これからどうなるか、分からないからね」
本当に未定なのか、話せないのか。
どこにいるかも分からない魔王を倒せみたいな依頼だったら、俺は本当に断るぞ。
「依頼を聞くこと自体は問題ない。少し気になることを、訊いても良いか?」
「良いよ。1つくらいならね」
1つだと。
疑問を全部ぶつけられても困るということかも知れないが、この場面で1つは絞り切れないぞ。
「……あんたは、ホログラムの艦長が言っていた保守派とか、追跡者なのか?」
「そんなことかい。1つ認識違いを正しておくけど、それは彼らのいた世界の紛争に過ぎない。そして僕のような存在と、探索艦に乗っていた人たちは、まるで立ち位置が異なるんだ」
「立ち位置?」
「そうだな……何と言うべき、か」
少し沈黙の間が続いてから、人差し指を立ててタクトのように振りながら、再度口を開いた。
「この世界のステータスシステムの根幹を作った存在。それが知的生命体なのか、神なのか、あるいはそれとも違った何かなのか。それは分からない。でも、1つ間違いなく言えることがある」
いきなり話が飛躍した。
しかしこいつが話を脱線させるということは、必要な話なのだろう。疑問を飲み込んで黙って聞く。
「……」
「システムの根幹を作った存在は、とんでもなく隔絶した存在だ。それこそ、本当に神だと言われても驚かない程度にはね」
「……」
「その存在と、僕との差。それと同じくらい、僕とその艦長の存在には差があるってことさ」
「……つまり、あんたとは無関係ってことか?」
「まあそう取ってもらって良いよ。少なくとも、彼らの存在を知ってこの世界に関わったわけじゃない。完全に偶然だよ」
本当かは分からないが、そこを考えても仕方ないか。まあ、何もかもがつながっていると考える方が、不合理なのかもしれない。
「分かった。それで、今は依頼はないのだよな?」
「その通り。ただし近いうちに、依頼をする可能性は高い。あくまで受ける受けないは自由だけど、心構えはしておいて欲しい」
「それじゃ、依頼と関係ないことだから、もう1つ訊いても良いか」
「ん? まあ言ってみなよ」
遠い世界の話より、こっちの方が切実かもしれない。
「俺たちが飛ばされたのは、どこなんだ? 転移先でヒトに会わないし、見当もつかないんだが」
「あー、そういう話ね。あんまり直接的なことは、言いたくないんだけど」
白いガキは目を瞑って何やら思案していたが、すっと目を開いた。
「君は住人に会いたいのかい? それとも、冒険がしたいかい?」
「今いまで言えば、近隣住人に会いたいね」
「であればそうだなあ。東に向かうのが良いかもね」
「何があるんだ?」
「何も。ただ、一番近くの集落がたまたま東だったってだけ」
やはりこいつは、俺たちが飛んだ先を把握しているようだ。
ヒントくらい、教えてくれても良いのに。
「東というと、すぐそばの山がある方でいいんだよな?」
「うん」
「そいつらがどんな奴らなのかは、教えてくれないのか?」
「う〜ん。それは教えられないというより、知らないかな」
「集落があるのは知っているのに?」
「僕の情報収集能力が貧弱なのは、君も知っているだろうに」
「……そうか」
なら何故、場所が分かるんだと言いたくもなるが。
「だから、襲われる可能性も考えておいた方がいいね。無理に接触しない方が、平和かもしれないよ?」
「それもそうなんだが、やはり魔物素材を売る場所くらいないと、やり辛くてな」
「ふうん。というか、君ずっと、あの探査艦に居座るつもりなの?」
「ずっとじゃない。しかし、砂漠の国もゴタゴタが酷いからな。しばらくはあの辺を探索するつもりだぞ」
「そう。まあ、あそこの存在を知られないようにだけ、気を付けてね」
もちろん知られないようにするが、隠密系のジョブを持っているやつがいたら、隠し通せるだろうか。
「……最善を尽くす」
「知られた場合、僕があの艦の自爆スイッチを押すかもしれないよ。それだけは先に伝えておく」
マジか。
うーむ、あまり出入りするのは危険か。近くに拠点を構える必要があるかもしれない。
「まあ、外部キーを奪われない限り、中には入れないだろうからね。何かあると分かっても、探査艦だとは思わないだろうね」
「何かある、という程度はセーフなのか?」
「場合によるけど……まあ、そうだね。中にあるものまで知られなければ、別に良いかな」
探査艦であること。というか異世界のテクノロジーがあることが知られるのがまずいのか?
前に、異世界人同士がツルみすぎると良くないと言っていたが、その延長だろうか。
「依頼は、ここに呼び出すか……もしくは、異空間に入れておくから。毎日チェックしてくれるかい」
「ああ、そうしよう」
「それと、これを持って行きたまえ」
白いガキが手を振ると、本棚から何かが飛び出し、ふよふよ向かってきた。
キャッチすると、四角い物体。
「これは?」
「周囲をスキャンできる道具、みたいなものかな。あっちに戻ったら、探査艦の中で起動してくれるかい。異空間を使う時と同じ感じで」
「何が起こるんだ?」
「スキャンするだけさ。終わったら、異空間に入れておいてくれ」
「なるほど。やっておこう」
依頼を受けるとしたら、探査艦の機能をアップグレードしてもらうのが報酬になるかもしれないのだ。
そのために必要なら、この程度のおつかいはやっておくか。
「ああ、予め疑問が出ないように、言っておくけどね」
「なんだ?」
「君たちが転移したあと、追加募集みたいなこともしてね」
「……ほう」
「僕も少しは学んで、不審に思われない程度の説明とフォローはするようにしたんだ」
「成長したな」
「そうだろう? 涙ぐましい努力の結果、素直に話を聞いてくれる転移者が出来てね」
こいつは魔物だらけの世界に不用意に転移させた結果、困窮した転移者たちに邪神扱いされてたはずだ。
その後待遇を改善し、みごと手駒をゲットしていたらしい。
便利な手駒の第一号は俺なのかもしれないが。
「それで? その依頼とやらも、そいつらじゃダメなのか」
「もちろん、それも考えているよ。でも、君が最適な依頼も多いからね」
「最適?」
「所在地や所属、あとは戦う力かな。どこでどう暮らしているかによって、色々制約はあるでしょ」
所属か。別に転移者はフリーでいなきゃいけないルールもないものな。
俺が特殊なだけで、多くの転移者は定職に就いて頑張っているわけか。
「依頼の内容によっては、他の転移者と協力が必要なこともある。そういうことさ」
「待て。転移者同士でつるまない方が良かったはずでは?」
「それは正しい。しかし、一時的に関係することでそれ以上のリスクを排除できるなら、選択肢に入る。理解できるかい?」
前に言っていたことを覆すくらいの意味がある依頼だということか。
しかしあくまでも、俺の任意で受けるかどうかを選ばせてくれるという。
ダメだ、考えてもよく分からん。
「言えたらで良いんだが」
「なんだい?」
「今になって俺に依頼などと切り出してきた理由。それは、この後起こるらしい大乱が関係してくるのか?」
「君、それはそっちの世界の内輪揉めだよね。僕には関係ない」
「……」
「と、言いたいところだけど。ちょっと関係してくるかも」
「ほう?」
「今時点では、不確定要素が多くてね。何とも言えないんだけどね」
「神ならざる身には、分からないか」
「そうだね」
「で、どう関係してくるんだ?」
「それは言えないけどね。依頼を受けてくれたら、その辺も話すことになるかもしれない」
「……」
まさか、全力で回避してきた、大乱のゴタゴタに巻き込まれるとは思わなかった。
こんなことなら、どこぞの虫型人種の長老に、もっと詳しい話を聞いておくべきだったか。
「まあ、分かってくれたら、今日のところはこんなところさ。さっき渡した道具、忘れないでよね」
周囲をスキャンするという触れ込みの、四角いアレか。
忘れないように、すぐにこなさないとな。
白いガキに促され、また扉から元の世界に戻る。
戻り際、1つ思い出して声を掛けた。
「そういえば、『干渉者』だが。転移者の汎用ジョブじゃなかったんだな」
「おや、やっと気付いたのかい?」
ニヤリと笑って、白いガキに軽く返された。
最初に転移したときの物資のことといい、こいつは説明が足りん。
それも計算してのことなのかもしれないが……いや、物資のことは単純に伝え損ねただけな気もする。
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艦内は、白い光で明るく照らされている。
「キュウ~?」
「ご主人さま? その四角いの……ナニ?」
アカーネが、こちらを怪訝な顔で見ている。
「おお、アカーネ。こいつ、どうやって出てきたように見えた?」
「見間違いかもしれないけど……今、急に出てきたというか。ご主人さまの空間魔法みたいなやつ?」
異空間のことか。
あれもアカーネたちから見れば、謎の現象なのだろうな。
「急に、か。俺の身体はずっとここにあったのか?」
「うん、そりゃそうだけど」
「そうか……」
精神だけ飛ばされているとか、そんな感じなのだろうか。
その割に貰ったものは物理的に持って帰れるわけだが。
「とりあえず、起動っと」
異空間を広げるイメージをすると、簡単に作動する。
周囲に青い光が走り、物体の表面に何かの文字のようなものが一瞬展開した。
「……完了したのかな?」
「ご主人さま、それ魔道具?」
「いやちょっと違う。これは渡せないんだ、すまんな」
アカーネがいじって、万一壊しでもしたら、困る。
むくれたアカーネをあやしながら、今日の方針を考える。
東か。
山越えをするか、迂回するか。
どっちにしろ、ひと苦労しそうだ。
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