第214話 もどき
右舷ハッチを開き、先に進む。
岩をくり抜いた洞窟のような通路を少し進むと、行き止まりに行き着く。
そこで外部キーを持って触れると、壁が開く。更に少し進むと、再度行き止まり。ここも外部キーで開くと、ようやく光が入ってきた。
船を隠している岩の横から出て来た形だ。
方角は北向きの壁だ。
アカーネに周囲の製図を頼む。
目指すは西の森だ。
岩を回り込んで、西に出る。
岩を離れてすぐ西のあたりは、赤土が剥き出しの荒れ地になっている。だが土が剥き出しなのは岩の周囲だけで、少し先は草原が広がる。低木が茂っているところは真っ直ぐ進めない。帰りのことも考えると、ずっと迂回するより道を作ってしまおう。
短剣で藪を払うようにして、強引に道を作る。火魔法で焼いてしまった方が早いかもしれないが、一応魔力を温存だ。
茂みから、ウサギのようなシルエットの動物が逃げるのが見えた。
逃げるくらいだから、魔物ではなく動物かな。
数時間も進むと、小さな池を見つけた。
ダンジョンの地底湖と比べたら月とスッポンだが、銭湯の風呂くらいはあるから、水源としては十分機能するはずだ。
まずは石を投げ込んで反応を見てから、水を汲む。
石には何にも反応がないから、少なくとも魔物はいない可能性が高い。
思ったより水深があった場合は、底の方にいる可能性はあるが。
汲んだ水は浄水器で濾過。今のところ水には困っていないが、使えるものは使っていこう。
池の奥には、木々が寄り集まって森が広がっている。上から見た分には、それなりに遠くまで続いているように見えた。
念のため、木の幹を斬り付けて攻撃してみる。
反応なし。
実は全部魔物、みたいなオチはないか。
「魔物を見ないな」
「森を棲家とする魔物は多いです。ここからが本番ですよ」
そう言うサーシャの「遠目」での索敵は、森に入ると効果半減してしまう。
木々の間からそれなりに先を見通せるため、無意味ではないが。
フォーメーションを組み直し、森に足を踏み入れる。
木の上からは何かの鳴き声が断続的に聴こえる。
目視でその姿を確認しようと見上げても、その姿は見えない。気配探知を巡らせると、小動物が枝の上にいるのが分かる。
攻撃してくる様子がないから、動物なのだろう。
「何かの実が生ってるな」
森に入ってすぐ、近くの木々にヤシの実のような実が生っているのが見える。
幹はヤシっぽくないのだが、枝先に実がまとまってぶら下がっている。成り方もヤシとは違う。
「食えるかな?」
「見たことがありませんね」
食料大臣であり食いしん坊将軍であるサーシャが知らないとな。
知識ゼロでは食うのは危険か。
しまった、ここが元の場所から遠く離れていたら、こういうパターンがあったか。
食料があっても情報の不足で口に出来ないという。
「帰りにいくつか持ち帰ってみて、調べてみよう」
「はい」
とりあえず、どんなものがあるかから調査しないとな。
同時に、原住民がいたら交流したい。
この辺りの知識が必要だからだ。
「こっちの果実は、リンカの実じゃないですか?」
サーシャが別の果物を見つける。
高い位置に生っているが、魔弾で揺らして落とす。
真っ赤な色で、トゲトゲに覆われているり
「これは南の方のリンカに近い気がするな」
それを拾い上げ、短刀で割ってみたのはキスティ。
匂いも確かめてから、頷く。
「間違いなさそうだ」
「南だと?」
「ああ。ズレシオンでは、南の部族地域から流れてくるリンカが多くてな。同じように思う」
「ほう。とすると、ここは南なのか」
「ただリンカは各地にあるから、場所の手がかりとしては弱いな」
ズレシオンより南というと、結構な距離だ。
今ズレシオンに転移すると色々と面倒そうではあるので、それを通り過ぎて部族地域に行った方が面倒ごとは少ないかもしれないが……。
と、気配察知に反応。
樹上の動物たちではなく、地上を真っ直ぐに向かってくるような動きだ。
「なんか来るぞ、構えろ」
ルキと俺が並び、キスティがその後ろ。
サーシャとアカーネは片方が援護、もう片方が後方警戒するように役割分担している。
気配探知で注意深く周囲を探るが、デカイ反応が1つ以外、目立つ動きはない。群れというわけではなさそうだ。
ガサガサ、と音を立てて姿を見せたのは、なんか気持ち悪いティラノサウルスのような生物。体長は優に4〜5メートルは超えていそうだ。顔がある位置も、見上げる形。デカイ。
目がなく、腕が昆虫のように三対。後ろ足は別で、太い後ろ足を使って二足歩行している。
「グラアアア!」
涎を飛ばしながら吠える。この感じ、おそらく魔物だ。
「サーシャ、キスティ」
「知らない魔物です」
「情報はない」
やはり初見か。
魔物は腕を広げながら、突進を始める。
土魔法で地面を操作できそうか試しつつ、身体強化を準備。
ダメだ、多少は干渉できそうだが、地面はうまく動かない。仕方ない。
駆け出す。
目がないのでどこを視ているのか分からないが、敵は引っかくようにして6本の腕を振る。
バックステップで避けてから、ジャンプする。
空中で二段ジャンプ。真上から、ラーヴァフローを小型の球形にまとめた、いわばラーヴァボールを浴びせる。
これなら、無闇に周囲を燃やすこともない。
それでも山火事になる可能性はゼロではないが、そこまで配慮はしない。あとで余裕があれば、水魔法を掛けておこう。
「クオオオ!!」
尻尾を振り上げるようにして、攻撃してきた。
魔剣で受け止めるが少し飛ばされた。
受け身を取りつつ転がる。木に衝突しなくて良かった。
「キィーー!」
悲鳴のような鳴き声。
サーシャかキスティが攻撃したか。
意識が逸れたので、再度切り掛かる。
横っ腹に斬りつけつつ、魔力放出。
尻尾が横なぎに振られるが、想定内。上に飛び、かわす。
ルキが前に出てきているのが見えた。無理はしないで欲しいものだ。
降りつつ、兜割りのように剣を叩き下ろす。
尻尾で受け止めようとしたようだが、魔力放出に耐えきれずに尻尾が切れ飛んだ。
地面に落ちた尻尾の先は、まだビチビチと動いている。なんか気持ち悪い。
と、敵の姿勢がガクンと崩れた。
悲鳴のような声をまた上げた敵は、6本腕で誰かを攻撃しようとしたようだが、阻止された。
ルキが防御スキルでしっかりと受け止めている。
受け止め役が1人いると、俺が暴れやすいな。
後ろ姿を晒すトカゲの首筋に、強撃を入れる。
血が噴き出し、地に伏せる。最後にキスティがその頭を文字通り押し潰して、止めを刺した。
「これがこの辺の、魔物か」
気配探知を巡らせるも、怪しい動きはなし。
こころなしかさっきより、周囲に小動物がいない。巻き込まれるのを恐れて逃げたか。
「なんだろうな、この魔物は? 似たような魔物はいると言えば、いるが……」
キスティが解体用の短刀を取り出しつつ、自分が潰した魔物の頭を見ている。
ティラノ型って、テーバ地方にもいたしな。
そんなに珍しいフォルムではないのかもしれない。ただ、目がなく昆虫のように腕が6本というのは、皆覚えがないようだ。
「似た魔物の素材は?」
「主、売るあてがあるのか?」
「まあ、ないが。近くに集落があったら、物物交換のタネにはなるんじゃないか」
ダンジョンを戻って、ダンジョン入り口の町で売る手もあるが、今はあまり考えていない。
何の魔物の分からない素材を大量に卸すとか、トラブルの元になりそうだし。
キスティは魔物に刃を入れてさっそく解体作業しようとしている。
「似た魔物の魔石は、心臓か足の付け根にあったはず。アカーネ、手伝ってくれ」
「うん」
「よし、じゃあ剥ぎ取りは任せたぞ。サーシャ、ルキ、警戒するぞ」
巨大なだけに、安全な場所に移動させるというのも難しい。この場で目ぼしい物を剥ぎ取って、今日のところは退散といこう。
「この地の魔物にも、ご主人様の力が通用しそうで安心しました」
サーシャが周囲を睨みながら、そう溢した。
「まあ、とりあえず異世界に来ているわけではなさそうだ……多分な」
「この魔物は、皮膚はそれなりに強靭そうですが、魔法には弱いようですね。アカーネとシャオの魔法の攻撃で出血していました」
「矢はそれほどか?」
「一応刺さるのですが、硬いのでなかなか皮膚の下に届かない印象です。キスティさんの投槍は流石に貫通していたようですが」
そういえば、尻尾も魔力放出であっさりと切断できてたな。
「遠くから魔法を主体に攻めれば、勝てる相手のようです。今回のように無理に攻めて、攻撃される必要はないですよ」
「……うむ」
そういえば、初っ端に一撃もらっていた。
アクロバティックな動きは楽しいし翻弄できるが、自分も空中で回避が難しい。使う場面は考えよう。
「主、魔石はなかなか立派だぞ!」
キスティが取り出した魔石は体液で赤黒く染まっているものの、大きさは拳より数回り大きく、形も滑らかだ。情報がないので用途も難しいが、アカーネに分析してもらえば、属性くらいは分かるかな。
一度来た道を戻り、探索艦に入る。
ブリッジまで行くと、ヘルプAIに質問する。
「いくつか果物を採ってきた。保管するのはどこが最適だ?」
「倉庫で保存が可能です。また、野菜栽培室に冷蔵庫があります。ブリッジ奥のキッチンにも、小型の物があります」
野菜栽培室か。
きちんと調べたことはないし、見ておきたい。
「野菜栽培室は右舷の奥だったよな?」
「その通りです」
「一度チラッと見たが、冷蔵庫なんてあったか?」
「あります。現地に向かい、端末に呼びかけて下さい。起動を代行します」
「ああ」
螺旋階段を降りて、艦の一番後ろに皆で向かう。
大きな扉を開き、中に入ると光が点く。
広々とした空間に、白い長机が並ぶ。
その奥に、ガラスに区切られた実験室のような場所がある。それが野菜栽培室だ。
「着いたぞ。冷蔵庫はどこだ?」
野菜栽培室の上に取り付けられた端末に語り掛ける。
「お待ちください。起動します」
部屋の奥の床が割れ、透明の容器が浮き上がってきた。
俺の考えていた「冷蔵庫」とたいぶ違うのだが。
「……この箱に入れとけばいいんだよな」
「その通りです。ただし現在起動直後のため、十分冷え切っておりません」
「なるほど。冷蔵庫を使うと、エネルギーは足りなくなるか?」
「問題ありません」
「じゃあ使わせてもらおう」
サーシャ達の方に振り返る。
「みんな、持って帰ってきたもので、食い物はこの箱に入れるように」
「はい」
森で拾ってきた果物を入れる。
「あとは、毒がないか調べないとな」
一か八かで食うのは怖い。
ヒトがいれば、何がしかの情報を得られそうなものだが。
「成分分析器を利用しては?」
「ん?」
ヘルプさんが俺の日本語の独り言に反応して、何かを言った。
「このエリアにある機器の1つです。一般的に毒とされる成分が含まれるかどうか、判定することができます」
「ほう……使えるな」
この異世界艦の装置が、この世界の食べ物にどこまで順応しているか、全く不安がないではないが。
この艦の世界の技術力なら、下手に部族から聞くより信頼できるかもしれない。
早速、成分分析器とやらを出してもらう。
これは電子レンジのような四角い容器に食べ物を入れて、スイッチを押すだけというシンプルな装置だった。
食べ物を入れてから10分ほどして、結果が出ると言う。意外と時間は掛かる。
しかしこれで、無理にダンジョンに戻る必要性は薄れた。毒でないものを判別しながら一通り食べ物を揃えれば、ここに永住できそうだ。
そういえばここは、野菜栽培室という名前からして、野菜を栽培することもできるんだよな。
「ヘルプAI、野菜は育てられるのか?」
「プランターは待機状態です。土と種があれば、育てることができます」
「種は残ってないのか?」
「検索します、在庫なし」
「種から探さなきゃならんのか……それも森で見つけなきゃな」
すごく進んだ艦の設備もあるが、基本サバイバル。なんか恵まれてるのか、落ちぶれたのかよく分からんな。
ブリッジに戻って、まったりと作戦会議をする。
拾ってきた果物は、いずれも無毒と分析結果が出た。分析器自体は日本語対応していなかったので、ヘルプAIを介して聞いたわけだが。
サーシャはルキを引き連れて早速、調理に取り掛かっている。
残されたアカーネ、キスティとともに感想戦だ。
「食える物を判別していけば、いずれ暮らせるようになりそうだな」
「主はここに住むつもりなのか?」
「うーん。永住するかと言われると微妙だが、しばらくは腰を落ち着けても良いとは思ってる。ある意味、ここ以上に落ち着ける場所もないからな」
「資源はともかく、町に出たくはならないのか?」
「人ごみは好きでもないからな。一人ならともかく、キスティたちもいるし」
「……まあ構わんが、それなら周囲の魔物の把握は急務であろう」
至って真面目な話をするキスティをよそに、アカーネが今日のティラノもどきの魔石をこね回している。
とりあえず捕まえてほほをこねておく。
「むう」
アカーネはもぞもぞと動き、俺の膝に収まった。
こいつ、嫌がるより堂々と居座った方が邪魔されないと学びおったか。
おのれ。
「キューゥ」
隅で欠伸をしたドンが、心なしか呆れたように鳴いた。
「そういえば、ここの船員たちは未来の銃を持ってたっぽいが、歯が立たなかったようだったな。あのティラノくらいなら相手にできそうだが」
止めきれずに被害は出るかもだが。
ろくにダメージを与えられないなんてことはないと思う。
「その、未来の銃?というのは、どんな魔道具なのだ?」
「いや、魔道具じゃないな。魔力の力を借りずに、金属の塊や火の塊を飛ばす、みたいな?」
火の塊と言ってみたが、エネルギーガンとやらは、何を飛ばしていたんだろう。
艦内の設備は魔力も使っているようだし、意外と魔道具でも間違ってなかったりして。
「どう飛ばすのだ?」
「詳しいことは知らんが。こう、ヒトは出っ張りを押すだけだが、仕掛けが組み合わさって、凄い勢いで物が飛んでいくようになってるんだ」
「ふむふむ……それでは、威力が出ないのではないか?」
「どういう意味だ?」
「あのーほら、アカーネ、あれ」
「ギミック過多?」
「そうそう」
ギミックねえ。
それが何だと言うのか。
「仕掛けのみで動く物には、神の加護が働かない。武器も、仕組みばかりが多いとステータスが反映されにくい。それをギミック過多と呼ぶそうだぞ」
「ギミック過多、か」
船員の武器が効かなかったのは、そのせいか?
あるいは単純に、出てきた魔物が凶悪だった可能性もある。何百年以上も前なら、湧き点も変化しているから、出る魔物も今と違うはずだ。
出会ったのはあのティラノもどきではないのかも。
「お食事の準備が整いましたよ。運んでください」
サーシャシェフが、調理を完成させたようだ。
ココナツぽい実の中身は甘いウリのようで、スープに具として入れたようだ。
リンカとか言う実は潰してジュースにしたようだ。甘い。イチゴやイチヂクのような甘酸っぱさがあって爽やかだ。
毒を判別できるようになったから、甘い物以外も食材を探していきたいとこだ。
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「やあ」
本棚に上品なソファ、真っ白な髪の少年。
久しぶりの再会である。
たしか本日の活動は切り上げて寝袋に入ったところだったはず。
寝た際に、また白いガキの所に呼ばれたか。
「思っていたより、遅かったな」
「まあね。君の見つけたものを、少し調べる時間も必要だった」
座りたまえと促されて、対面のソファに腰掛ける。
「それで? 俺としては、あれを使っていても問題ないのか、結論から聞きたいが」
白いガキは、組んでいた足を組み直す。
色気もない子供の姿でやられても、グッと来ないぞ。
「今回は長い話になる。少し落ち着いて欲しいね」
「……」
やっぱり、何もないわけじゃないか。
あんまり面倒事を言われないと良いが。
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