第213話 メモ
倉庫に残っていた白骨死体さんが最期に遺したメモを、ヘルプAIに解析して音読してもらう。
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これを読む人が良い人であることを祈って、このメモを残す。
僕は、遠くないうちに力尽きるだろう。
ここにある物資の残りも、僕たちが消費してしまったことを謝る。
僕は君たちの同情を買おうとも、何かを託そうと思っているわけでもない。ただの駄文だ。君が何かに急いでいるなら、こんなものは読まないで捨て置いてほしい。
この世界に来て、長いようで短い時間が過ぎた。
他の、同じようにこの世界に辿りついた人たちは、死んだ。
何人かは僕たちが殺した。
そうすべきだと思ったからだ。
この世界は恐ろしい怪物たちが這いまわっていて、原始的な部族が剣を振り回している。
ひどい場所だと思ったけど、僕の世界の人間たちは、もっとひどかった。
最期にこの場所を見つけたのは、幸運だった。でも願わくば、もっと早くに知りたかった。
故郷の世界に戻ることもできないし、僕の愛した人は、もう息をしていない。
だからこれ以上、何かをするつもりはない。
ただ、僕が餓死するまでの間、あまりにやることがないんだ。
だから、こんな文章を書いている。実を言うと、これはもう10通目だ。
もっと感動的な文章を書いたこともあったし、思わせぶりな預言書を書いてみたこともある。
でも、ダメだね。
何度も書き直しているうちに、少しだけ、欲が出てしまった。最期くらい、僕自身の言葉を遺したいってね。何の意味もなくても。僕の人生にも、この下らないメモにも。
僕は十分に生きた。愛する人もできた。完璧なハッピーエンドじゃないかもしれないけど、僕にとっては、ああ、結構楽しい日々だった。
このメモを読んだ人よ。
願わくば、君はここで諦めないで欲しい。
無責任だけど、書かせてもらうよ。
同情を惹くようなことは何も書かないつもりだったけど、1つだけ僕の愛した人のことを書いてしまおう。
僕と彼女は、元の世界じゃ結ばれるはずのない間だった。
僕はずっと諦めていたし、考えもしなかった。この世界に来てもだ。
でも、この世界で生きて、戦って、いつの間にか違っていた。
僕がずっと元の世界に生きていたら、きっとこうして想いを伝えることすらしなかった。
僕が元の世界の常識から、自分の諦めから解き放たれたのは、この残酷な世界に迷い込んでから。
常識の通じない世界が、僕たちの常識を壊してくれた。
そこだけは感謝しているよ、この世界に。
でも、今思うことがあるんだ。
僕は元の世界で、何かしようとしたことはあっただろうかって。
彼女と結ばれる、そんな未来のために。本当に何もできなかったのだろうかって。
こんな世界で、化け物や、欲の張った人たちと命懸けで戦って、地下道を逃げ回って、ここに辿り着いて。
そんな普通じゃあ考えられないような冒険をするよりも、元の世界で常識を壊すことって、そんなに難しかったんだろうかって。
無力感は、いつだって僕自身が生み出していたんじゃないかって。
君は、どうかな?
僕はそろそろ、満足して逝く。
君がもし今、絶望しているのでなければ。どうか、まだ足掻いて欲しい。
僕が遺したこのささやかな自己満足の駄文を、意味のあるものにして欲しい。
これは何かを託したことになっちゃうのかな。
そうだったら、ごめん。こんなものは無視して、好きに生きてくれよ。
ありがとう。
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「……以上です」
ヘルプAIが音読を終了する。
あいつら、やっぱり恋人だったのか。
なんか色々あって、この地で力尽きたようだ。
今となっては、それが何だったのかも分からない。
「はあ……まったく。俺が読むべきもんでもなかったかもな」
もうちょっと、苦悩してどうにかこの船に逃げ込んだ転移者に読ませるべきメモだったような気もする。
「このメモはここに置いていくから、次に俺たち以外が辿り着いたときも、そのデータを聞かせてやってくれ」
「畏まりました」
「で、気になったんだが。地下道を彷徨っていて、ここに辿り着いたとか言っていたな。ダンジョンのことかな?」
「転移先は複数ありますから、そのいずれかでしょう」
「……待て。転移先ってダンジョンだけじゃないのか!?」
「はい」
それは見落としていた。
え、マジか。
「他にどこに転移できるんだ?」
「検索中……現在転移可能な地点は、1つのみです」
「おい? 言っていることに矛盾がないか」
いや、ヘルプAIが嘘を言う理由もない。
ロジックとして、言っていることに矛盾がないように考えてみよう。
……転移先は、複数設定できる。
しかし、今現在転移先として登録されているのが1箇所という意味か?
「転移先を変更することが可能か?」
「転移先は固定されております」
ん? 違うのか。
であれば、本来転移先は複数用意されているが、何らかの理由で転移先が固定されている。
もしくは、他の転移先が転移できない状況になっている、というのもあり得るか。
転移先には、あの装置が必要だとしたら、転移先の装置が壊されていれば、使えなくなっていそうだ。
「そうだとしたら、転移先の装置を修理すれば、復活できるかも? でも、場所も分からないのにそれは無理か」
他の転移先のことはいったん先送りだ。
とりあえず、一休みしたら午後は、外の探索に出たい。
「ご主人さま、何か新しいこと分かったの?」
アカーネが袖を引く。かわいい。
そういや、ヘルプAIとの会話は日本語だから、アカーネたちにはちんぷんかんぷんだろう。
というか、久しぶりにこんなに日本語を使って、ちょっとした日本語ハイになっているかも。
「いや、大したことは分からない。とりあえず、午後は外に探索に出るぞ」
「ふ〜ん? 夜にでも、細かいこと教えてもらうからね」
アカーネが拗ねたように言う。
見たこともない魔道具がいっぱいあるのはワクワクするが、まるで構造が分からないのはストレスでもあるようだ。
ヘルプAIから情報を引き出せないかやきもきしているようだが、残念ながら装置の構造などは「不明」を連発するので、マジで不明なのだ。
アカーネをあやしながら、ほっぺを引き伸ばす。
「あ、外に出る前に、ステータスチェックしておくか」
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(26)魔法使い(27↑)魔剣士(16↑)※警戒士
MP 34/56
・補正
攻撃 E+
防御 F−
俊敏 E
持久 F+
魔法 C−
魔防 D−
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加、サブジョブ設定
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法、溶岩魔法
身体強化魔法、強撃、魔剣術、魔閃、魔力放出
気配察知Ⅱ、気配探知、地中探知、聴力強化Ⅰ(new)
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ、キスティ、ルキ
隷属獣:ドン
*******************
お分かりだろうか。
今はサブジョブ設定しているが、『警戒士』がレベル25になり、「聴力強化」を会得した。
消費する魔力は一定で、どうやら聴力を一定時間アップするスキルらしい。
使ってみると、一定時間は音声が少し大きく聴こえる。
それほど劇的な変化ではなく、確かにいつもよりサーシャたちの声が聞き取りやすいな、というくらいだ。
しかし固定効果なので、必要に応じて効力を調整したり、途中で終了させることができない。
警戒には使えそうだが、使い勝手はいまいち。
だが魔力消費は微々たるものなので、慣れるためにもちょくちょく使うべきだろう。
*******人物データ*******
サーシャ(人間族)
ジョブ 十本流し(11↑)
MP 17/17
・補正
攻撃 F
防御 G+
俊敏 G+
持久 G+
魔法 G−
魔防 G−
・スキル
射撃中強、遠目、溜め撃ち、風詠み、握力強化、矢の魔印
・補足情報
ヨーヨーに隷属
*******************
サーシャはレベル11まで上がっているが、スキルの追加はなし。
「矢の魔印」が5レベルで会得していたはずだから、そろそろ何かあっても良さそうだが。
そしてステータス補正なのだが、たしか『弓使い』が20レベルを超えても、攻撃の補正はF−だったはず。既にそれを超えている。
さすが伝説的な人のジョブなだけあって、ステータスの伸びは良いらしい。
*******人物データ*******
アカーネ(人間族)
ジョブ 魔具士(26↑)
MP 22/24
・補正
攻撃 G
防御 G
俊敏 G+
持久 F
魔法 E−
魔防 F+
・スキル
魔力感知、魔導術、術式付与Ⅰ、魔力路形成補助、魔道具使用補助Ⅰ、魔撃微強
・補足情報
ヨーヨーに隷属
*******************
アカーネは26レベルまで上昇。
持久が地味に上がってきているかな?
長旅も楽になるので、歓迎だ。
*******人物データ*******
キスティ(人間族)
ジョブ 狂戦士(28↑)
MP 15/15
・補正
攻撃 C−
防御 N
俊敏 F
持久 F
魔法 G−
魔防 G−
・スキル
意思抵抗、筋力強化Ⅱ、強撃、大型武器重量軽減、身体強化Ⅰ、狂化、狂犬、不屈(new)
・補足情報
ヨーヨーに隷属
*******************
あれ?
キスティは、今まさにレベルアップに気付いたのだが、なんかスキル会得してるな。
不屈、か。
なんかまた、精神抵抗系のスキルのようにも思えるが。
あるいはバフ系のスキルだろうか。
隷属者のスキル説明が読めないの、本当に不便だよなあ。
早速キスティに新スキルの存在を伝えてみる。
「不屈?」
「そうだ。心当たりはあるか?」
「ああ、聞いたことがある。確か、負傷時にステータス補正が強化されるような……」
「負傷時に? また、何とも言えないスキルだなあ」
ピンチの時に発動する系か。
狙って発動させるのは危険だ。あくまで保険としてのスキルになってしまうだろう。
ゲームなんかでも、残りHPが1割を切ったら〜みたいな技は、あまり使わなかったのだよな。
だってそれでHPが減ったところで事故があって、キャラをロストする方が面倒くさかったりするし。
「まあ、万が一攻撃を食らっても、動けなくなりにくいと思っておけば良いか」
「そうだな。出来ればもっと、ド派手なスキルが欲しいのだが」
そういえば、キスティって色々スキルを持ってはいるのだが、能動的に発動できる攻撃スキルって「強撃」くらいである。まあ超重量のハンマーで「強撃」すれば、十分に必殺技になってしまうから、半端な攻撃スキルは無用の長物なのだが。
連発できなくてもいいから、打撃を飛ばす系のスキルとかあったら、もっと活躍の幅が広がりそうだ。
*******人物データ*******
ルキ(月森族)
ジョブ 月戦士(23↑)
MP 19/19
・補正
攻撃 F
防御 E−
俊敏 G
持久 F−
魔法 G
魔防 E−
・スキル
覚醒、夜目、打撲治癒、柔壁、シールドバッシュ、スタンプ、見えざる盾(new)
・補足情報
ヨーヨーに隷属
隷属獣:シャオ
*******************
最後にルキだが、ルキもダンジョン探索行でちょうどレベルが上がったようだ。
そしてこっちは明らかに防御系っぽいスキルを会得している。
「ルキ、見えざる盾ってスキルを会得してるぞ」
「……はい」
ルキは一瞬チラリとサーシャを見たが、何やらサーシャに頷かれて納得顔になった。
なんだろう。
「見えざる盾って言うからには、何か防御系のスキルっぽいけどな。見えない魔力の壁みたいなの、作れないか?」
「やってみます」
ルキは鼻息をふんふんと鳴らしながら、盾を出そうとして腕に力こぶ作っている。
おとなしそうな美人が、ウサミミを揺らしながらごっこ遊びをしているようで微笑ましい。
「主様、なんだかその目線がこそばゆいのですが」
「気にするな。まあ、すぐでなくてもいい。色々試してみろ。マジックシールドの魔道具で魔力を流す感じを練習すると、何か掴めるかも知れんなあ」
「そうですね。サーシャさんに教わりながら、色々試してみます」
しかし、「見えざる盾」が名前通りのスキルだとしたら、既に「柔壁」のスキルがあるのだが、どういう違いがあるのだろうか。
単純に、柔らかい防御スキルと、硬い防御スキルだろうか。
そしてドン、シャオのステータスも覗くが、こちらは変化なし。
ドンのように、護獣のステータスも成長することは確認済みだ。しかし、こうしてレベルアップで目に見えて強くなっていくヒトと比べると、成長はゆっくりだよなあ。
もしかして、魔物も似たような感じなのだろうか。
さて、もうちょっとルキの練習を見守ってから、探索に出掛けるか。
果たして、ここはどこなのかね。
メモの筆者も、「野蛮な部族」に出会ったようなことを言っていたから、無人の地ではないと思う。そう思いたい。
でもワーリィ族みたいな部族がいるくらいなら、いっそ、無人の方が気楽かも。
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