第210話 船

姉は、私にとっての憧れでした。


私の家族、月森の一族は、格式やしきたりを大事にしてきました。

私には、大事にし過ぎているようにも思えました。


あんなやり方にはとても賛同できませんが、ワーリィ族が反乱と聞いたときは、ついにこの日が来たかと思ったものです。

父やおじの目から見て、どれだけピンクストイの暮らしに貢献したとしても、ワーリィ族は昔のまま、最底辺の犬もどきという扱いでしたから。


私がそのような価値観に囚われずに済んだのは、姉のおかげでした。

姉は、自立していました。

昔、家の考え方に反発して飛び出してから、各地を転々としていたようです。

その経験と、築いた人脈は、結局ピンクストイの危機を何度も救いました。

父はそれでも姉のことを許せなかったようですが、姉は有無を言わせずに、自分の生き方を認めさせました。


そんな姉が語ってくれる世界の広さ、明るさに私はずっと、憧れてきたんです。

見たこともないような種族、恐ろしい魔物、謎に満ちた遺跡。


でも、私には姉のような行動力も、力もありませんでした。

父たちに反発しながら、被支配部族にも友達を作って、それで何かを変えているつもりでした。


姉がダンジョンに潜ったまま、戻ってこない。

そんな話を聞いたとき、私は自分の根幹が揺さぶられるように思いました。

父は、興味がなさそうでした。

いえ、少し嬉しそうでした。父に任せていては、姉の亡骸を捜索することすらしないでしょう。

勝手なことばかりするから、こうなるのだ。

父は私にそう諭してきました。



私はそのとき、思ったんです。

父たちのやり方で町がどうなっても。月森族がどうなったとしても。

それでも、姉の生き方だけは。姉の信じたものは、私が継いでみせると。



***************************



ルキは姉と、その仲間の亡骸をまとめながら、語った。

最後に、月の紋章が入った布をそっと頭蓋骨の上に被せると、祈りの句を口にした。



「世界の光と闇よ、彼らの魂を隠し癒し、いつかまた送り返したまえ」



月森族に伝わる祈りの言葉。


「ルキ」

「はい」

「良くやったな。お前の執念が、実を結んだ。誇っていい」

「はい」

「お姉さんと仲間の遺骨は、一部を持って帰ってまた弔ってやろう」

「そう、ですね」

「それで、ルキ。お前の目的は達したわけだが」

「……はい。主様、正式に私をパーティに迎えて頂けますか」


ルキは跪くようにして、こちらを上目遣いで見てきた。

目的を果たしたとき、もう一度考えて良いという話を、「非公式のパーティにする」と解釈していたらしい。こちらも真剣に応えなければならない。


「良いのか? 前も言ったが、俺は隷属者しかパーティに加えていないし、解放するつもりもないぞ」

「構いません。何より、主様とともに世界を旅することが、私の意思であり、姉への手向けです」

「そうか」


ルキが正式に従者となった。

キスティは嬉しそうだが、サーシャは特に表情に変化がない。

嬉しくないというより、こうなることが分かっていたとでも言いたげだ。


「冒険好きが、ご主人様の下でこれほどの体験をしてしまえば、離れがたいでしょう」

「サーシャさん、これから改めてよろしくお願いします」

「まあ、ルキは、振る舞いも問題ありません。戦士としての力量もあるようですし、心配していませんよ」

「奴隷頭がサーシャさんであることは、弁えておりますよ」

「そうですか。しかし最近、そんな立場とか、自分が考えていたことがどうでも良くなって来ました」

「え? いったいどうしてですか?」

「そんなスケールの小さいことを考えている場合ではなくなってきたからですよ。ふう」


サーシャが盛大にため息を吐いて、ルキがちょっとわたわたしている。

ある意味では一番平凡な出自のサーシャだが、よく従者たちのリーダーを務めてくれているようだ。

最後のため息は聞かなかったことにしよう。



その間にも、アカーネは図々しく魔道具の調査を続けていた。

この際、そうしてくれた方がありがたいのだが。



「アカーネ、何か分かったか?」

「ん〜、魔力が集まっているのは、どう見ても、どう考えても、この……壁のところなんだけど」


入り口から一番奥にある、壁。

確かに、俺が見ても分かるほどに、何かがありそうだ。

魔力鍵に呼応するように、青い光が走っているのだ。


「う〜〜ん、何しても反応しないや。おかしいなあ」

「どれ、俺に貸してみろ」

「まあ、ご主人さまの『原初の魔法』とかゆーやつなら、反応するかな?」

「だからそれは知らんっての」


俺は魔力鍵を受け取り、壁に触れる。



ゴゴゴゴゴ



あっさりと、壁が割れて空いた。


「……」

「……」

「ご主人さま、何か言い訳は?」

「いや、知らんよ」


アカーネの疑惑の目を受けながら、奥に進む。

ただの部屋のようだが、その中央には、明らかに怪しい装置のようなものが置かれている。


「これか」


装置に触れる。魔道具なら、魔力を流してみれば分かるか。



「あっ、待っ!」


一瞬アカーネの慌てる声が聞こえたが、時既に遅し。

何かが動く気配がした。

ぐにゃり。

視界が歪む。何だこれは。

しかし何というか、少しだけこの感覚は覚えがあるぞ。


それは、最初に亜空間にアクセスするときの、何もない感覚。

そこには何もなく、しかしあるのだ。

繋ぐ。



部屋全体が光に包まれる。



……どれだけ経ったのだろうか。


さっきよりも暗い。

魔道具から、青白い光が漏れているが、それだけ。


少しだけ火魔法を使ってみる。問題ない。

火魔法をサテライトで発動しながら、周りを探る。周囲には、アカーネたちもキョロキョロとしている。


「何が起こったの?」

「気のせいでなければ、物の配置が変わっておらんか? む。入り口が開いておる」


キスティが指摘したように、アカーネが封鎖したはずの入り口が開いている。

顔を覗かせてみる。


すると、正面には空間がなく、左に曲がって続く通路がある。

こいつは。


「別の場所に出たようだな」

「え? ……転移?」

「そう思う」


ごくりと一同が唾を飲み込んだような雰囲気。

そりゃそうだ。

空間魔法なんて伝説だと前に言われたように、転移の装置など、まずありえない。

それをあっさりと俺が受け入れられたのは、異世界からの転移者だからだろうか。


「この先に通路がある。行ってみるか?」

「も、もちろん」


アカーネはそわそわしている。

これが何かは知らないが、古代の遺跡だとしたら、強力なガーディアンとかがいるのが定石なのだが。


「危険があるかもしれん、気を引き締めろよ」

「! うん」



俺を先頭に、通路の先に進む。

少し行ったところに、暗い空間が広がり。

そこには、潜水艦の入り口のような、ハッチが取り付けられている。


「……これは」

「なんでしょう、何かの装置でしょうか」

「俺のカンが正しければ、何かの入り口だな」


回してみる。左。右。

うん、多分右回しっぽい。しかしかったい!

キスティにも手伝ってもらいながら、途中まで回すと、プシュッと空気が抜ける音。

そして残る分が勝手に回り、勝手に開く。


「奥への穴? これもダンジョンの一部なのでしょうか」


ルキが訝しむ。


「そんなとこかもな」


気配探知するが、内部にも反応するものはない。降りてみるか。

よく見ると、途中から壁に刻みがあり、梯子のようになっている。

気をつけて降りる。


降りてみたところは、左右に通路が通っており、壁は白く塗られている。

明らかにこれは、ヒトの手が入っている。


「左と右、どっちにする?」

「うーん、左!」


アカーネのカンを信じて左へ。

途中、何かの文字らしきものを発見する。が、読めない。


「古代帝国語でもない、か」


しばらく進むと、上に登る螺旋階段を発見。

これもアカーネチョイスで上へ向かう。

上がったところから、更に直進する。


しばらく進むと、広い空間に出た。


俺が進むと、白い灯りが点いた。

上の方に光る板があって、それが白い光を出しているようだ。


正面には、ぽっかりと空間が広がっていて、中央に何やら球体が置かれている。

後ろは劇場のような作りになっていて、一段高くなっているところに複数の座席がある。ただ劇場よりも席数は少ない。全部で10前後だろうか。

空間の広さの割りには疎らだ。


相変わらず、気配探知に反応はない。

ネズミ1匹すら動いていないのだ。


「ご主人さま、あの球……」

「これか」


空間の中央に鎮座している不思議な球体に触る。

大きさは、人間族の頭部よりもずっと大きい。建物解体用の鉄球くらいだろうか。


そんな球体が、俺が触れた途端、光を放って、少し浮遊した。

思わず手を離すが、そのまま球体は回転する。

何かが視界に現れる。

それは、巨大な女性。しかし身体が透けているように見える。

……ホログラムか。


「ひっ!?」


アカーネが俺の背中に隠れた・


「こりゃ映像だ。幽霊じゃないぞ」

「そ、そうなの?」

「ああ、安心しろ」


確証はないが。

一応防御魔法を準備してホログラムの動きを見ておく。


「□□□□□□□、□□□□□□、□□□□□□□」


女性は何か言葉を喋る。

だが、地球の言語でもなければ、こちらの世界の言語や、帝国語でもなさそうだ。


「何言っているか、分からん」


ホログラムに手を触れてみる。

女性のホログラムが、急に止まった。

おっと?


良くみると、女性のホログラムの手前に、ポップアップが出ている。

見てみると、何かのリストのように見える。

スクロールしてみる。

これは……色んな言語で何かが書かれている?

もしかして、言語リストだろうか。


読めるものはあるだろうか。

もしこれが地球世界でもない、異世界の産物であれば、全部空振りの可能性も高いのだが。

スクロール、スクロール……



!?



「これは……どういうことだ?」

「どうしたの、ご主人さま?」


リストの途中に、唐突に表示された言語。

それは共通語でもなければ、帝国語でもなく。



『日本語:日本語を選択する場合、こちらをクリックして再生を再開してください』



何で、日本語が?

混乱しつつも、選択してみない手はない。


日本語と書かれた部分をゆっくり手をかざし、ホログラムにもう一度触れて進める。



***************************



これを聞いている者は、我々を探しに来た同胞だろうか?

または、同じようにこの世界に迷い込んだ何者かだろうか。

委員会の手の者ではないことを願っている。

最悪なのはもちろん、”追跡者”がそこにいることだが、その心配はしていない。なんせ、彼らならこんな映像記録は見ることもなく破壊するだろうからだ。


さて、これを見ているのが、同胞か、あるいは同胞となり得る存在と信じてこの記録を残す。

この艦は高速次元航行探査艦「アーキウス」。

私は艦長のリリー・マルチネル。


この世界に足を踏み入れたのは、いくつかの不幸と僅かな幸運の結果だ。

委員会と追跡者の襲撃から逃れた我々は、無理な潜航を続けた結果、制御不能に陥り、気がつけばこの世界、この惑星の付近にワープしていた。そして、ここから逃れることはできなかった。

まるで世界に蓋がされているかのようだ。


この地は一体何なのだろうな。

過激な進歩派の秘密基地か?

それとも、管理派が作った牢獄だろうか?


我々はこの地に拠点を築き、探索を試みる。

もしこれが何かの罠なら、同じように飛ばされている同胞に出会う可能性もあるということだ。


この艦には、最低限の動力と物資のみ残していく。

同胞よ、僅かばかりではあるが、食糧のパックと水を残していく。

すまないが、武器やエネルギーパックの類は全て持っていく。


何でも、この地には人を見れば襲い掛かってくるような獰猛な生物が数多く存在するという。まるで怪物だ。

既に、外部探索に出た乗員には多数の死傷者が出ている。

しかも厄介なことに、エネルギーガンも、質量ガンも大したダメージを与えられないという。

いったい、どんな魔窟に来てしまったのか。


もしこれを見ているのが、同じような漂流者であれば、悪い知らせだ。

本艦の救難信号は、機能していない。

まだエネルギーに余裕があった頃に、何度も通信を打ったが、届いた気配はない。

この艦に通信設備を求めて来たのであれば、すまない。

代わりに、この艦は外の怪物どもにも侵入できない場所に移動させて、セキュリティを設置していく。ここなら、しばらくは安全だろう。

いつかは外に出る必要があるだろうが、しばしの休憩を。

艦長として、あなた方の幸運を祈っている。


最後に、もしこの映像記録を、委員会の関係者や管理派が見ていたら。

図々しいお願いではあるが、見逃して欲しい。

我々は、この地の、この世界の何者かに、何か余計なことをするつもりはない。

その証拠に、この艦は容易に見つからない場所へと隠す。

貴方がたが気に食わない物についても、その痕跡を残さないつもりだ。


今はただこの地で生き延び、いつの日か故郷に戻りたい。

それだけが我々の願いだ。

もし信じてくれるのであれば、私は抵抗の意思を示さない。


代わりに、部下たちを……元の世界に戻してやってくれ。

頼む。

頼む。



***************************



プツンと映像が消え、再び球体が回る。


なんだこれは。


「あ、主? 今のは?」


一番後ろで警戒していたはずのキスティも、つい見入ってしまったようだ。

だが日本語で話していたから、内容は分からなかったはずだ。


「今の言葉、分かったか?」

「いや、全く分からなかった。主は分かったのか?」

「……」


まあ、いいか。


「ああ、分かった」

「で、では、主の仲間なのか?」

「仲間? いや、全く知らない世界の、知らない奴らだな」

「ではなぜ、言葉が?」

「それが分からんから、混乱してる」


球体を触って、他の情報がないか確かめてみる。

……全然使い方が分からん。


「こちらヘルプAIです。お困りですか?」


球体が喋った。


「……この艦はなんだ?」

「この艦は高速次元航行探査艦アーキウスです。所属……不明。建造年……不明。艦名以外の基礎所有データは消去されています」

「この艦は今、どこにある?」

「不明。マッピングシステム……不通。圏外です」

「この艦の動力は?」

「詳細は不明。ただし現在は、ソーラーシステムを外付けしております」

「ソーラーシステム?」


ここはダンジョンの中、とも限らないか。

どっかに転移したわけだし、ダンジョンから出たところにあるのかもしれない。


「現在、最低稼働電力はソーラーシステムを優先割り当てする設定となっております」

「ソーラーシステムはどこにある?」

「上部ハッチから配線されております。正確な位置は不明」

「……この艦全体の地図は出せるか?」

「可能」


ふよん、と球体から地図のホログラムが出てくる。

赤い点が揺れているところが、現在地のようだ。

ここは艦の一番前、「メインブリッジ」と書かれた場所らしい。


さっきの通路を引き返して、更に上に行くと上部ハッチがあるっぽい。

む、俺たちは艦体の左舷ハッチから侵入した形だが、右舷ハッチもあるな。


「右舷ハッチはどこに繋がっている?」

「右舷ハッチは外部に繋がっております」

「外部?」

「はい。左舷ハッチは転移装置、右舷ハッチは外部出入り口であると登録されております」


なんと。

右舷ハッチからは、普通に外に出られるらしい。


……やはりダンジョンじゃないのか、ここは?


というか、転移装置を設置するなら、何で片方の出口がダンジョンの内部やねん。

もうちょっと使いやすい場所を考えろや。



そんなやり取りをしている間、アカーネとルキが猛烈にキラキラした目を向けてきていることに気付いていた。


「ご主人さま、この魔道具なに!?」

「主様、今の言語もお分かりになるのですか? いったいここは何なのですか?」


えーと。

俺も割とキャパオーバーだから、説明は追々。


「とりあえず今重要な点としては、ここは安全らしい」

「えーっ、そんなことは言われなくても分かるって!!」


とりあえず一息ついて、探索は後回しだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る