第209話 再会

敵影を確認する。

4体、前方を移動している。気配からはイミテーターか、スドレメイタンか分からなかったが、サーシャがおそらくイミテーターに見えたとのこと。


南にいるこちらには見向きもせず、北西方向に向かっているようだが……さて。

先日の大規模衝突で、スドレメイタン側の防衛線は崩れた可能性がある。

こいつらは、その先に侵攻を急いでいる、といったところか。


「どうしますか?」

「移動速度は、まあ付いていける程度か」


小走りより遅いくらいの速度だ。

30分か1時間くらい、距離を保ちながら追跡することは問題なさそうだな。


「後ろから付いていくのですか?」

「思い付きだがな。あいつら、俺らの存在にも気付かない有様で、スドレメイタンの領域の奥に進んでいるわけだろ。もしスドレメイタンの残党が残っていたら、俺たちよりさきにあいつらが襲われるだろ」

「一理ありますが……」


サーシャが考え込む。

北西方向というのは、俺たちの目的地がある方角なのである。

ここは坑道のカナリアとして使ってやるのも面白い。


グダグダしていると距離を開けられて見失いそうだ。

とりあえず動き出すことにする。


「30分追跡する。続行するかどうかは、その後考えるぞ」

「分かりました」



前のイミテーターの部隊と付かず離れず、追跡する。

最初は気配探知で定期的に位置を確認していたが、サーシャの提言で止めた。

というのも、気配探知を発するたびに、何かに反応してキョロキョロする仕草をしているようなのだ。

もしかすると、魔力感知的な能力を持っているかもしれない。

魔法攻撃系の亜人なのだから、十分考えられることだった。迂闊だった。


できるだけ、サーシャやルキの目視や音での探索、そして気配探知ではなく、魔力を放出しない気配察知のスキルを活用しながら、距離を保つようにする。


30分追跡を重ねても、行動に違和感はない。

こっちの気配探知に反応していたということだが、その発信源を探る意図はないらしい。

あくまでも目的地への急行を優先しているように見える。


なので、1時間、2時間と同じように追跡する。

しかしそこで、物陰からスドレメイタンがイミテーターに踊りかかり、あっという間に2体が制圧されてしまった。

残り2体で撃ちまくるが、相打ちのような形で、最後の生き残りのイミテーターも足を折られてしまったようだ。


ここで気配探知を解禁して、周囲に別のスドレメイタンがいないことを確認してから、生き残ったイミテーターに止めを刺してやる。


勝手に着いてきただけなのだが、何か妙に感情移入してしまった。

最後までスドレメイタンに抵抗していた隊長には、思わず手を合わせてしまった。


しばらくは自分たちだけでノロノロと前進していたところ、再度後方からイミテーターの部隊が接近してきた。

進行方向から外れて隠れていると、こちらに気付かず、なのか、見向きせずなのか、先程の部隊と同じく北西の方角に一目散に進んでいく。


これはどういうことかね。

もっと北西の方で大規模な衝突が起きていて、そこに招集されている?

決められた巡回路みたいなものがあって、その1つがここから北西に行くルートとか?


ちょっと不気味なのは、イミテーターどもが目指す場所が、俺たちの目指す目的地のある方角と一致してしまっていることだ。

近付けば近付くほど、懸念が膨らむ。


もしや、こいつらの目的地は、俺たちの目的地と同じ場所なのではないかと。

しかし、だとすれば一体何が……。


あ。


「イミテーターは、魔力感知ができる……」


だからか?

この先には、魔力鍵の本体と見られる何らかの魔道具があって。

それは、遠く離れた地でも受信できるような大きな魔力波を放出していて。


「ご主人様、追いますか?」

「そうだな。使わせて貰おう」


何故イミテーターが、魔道具に反応するかは分からない。

が、カナリア代わりにする作戦は有効だったので、同じように利用させてもらう。




今回の部隊は、途中で全滅することはなくーー途中で同じように襲われて、数を減らしてはいたがーー目的地まで到達した。

そこは、俺たちが目的としている、魔力鍵の本体となる魔道具があると目される場所でもある。


まだその内部が分かるほどに近付けていないが、困ったことが起こっているのは分かった。

どうやら、まさに目的地であるその場所で、戦闘が起こっているようなのだ。


目的地がある方向には、通路への入り口のような場所があり、その内部で何らかの勢力、おそらくスドレメイタンが抵抗している。その入り口を取り囲むのが、イミテーターだ。

イミテーターは、ざっと20以上いる。

入り口の左右には、カバーアクションをしている個体もいるが、それ以外は隠れる場所がない。

結果的に、内部から投げられた槍などに貫かれて被害を受けているようだ。



サーシャがはっきり目視できる程度に近付いても、こちらに気付く気配がない。

少し離れて、小声で作戦会議をする。



「……どうする?」

「また、決着が着くまで様子見で良いのでは?」

「それもそうだが、1つ懸念がある」

「何でしょう」

「イミテーターは、魔力を感知してるっぽいよな? あいつらの目標が、魔力鍵の本体だとしたら?」


一瞬の後、アカーネが控えめに手を挙げた。


「破壊される、かな?」

「そう思うか?」

「確証はないよ。でも、仮に壊そうと思ってなかったとしても、仲間の死体を壊して魔石吸収してたし、結局壊しそうだと思う」


そうなんだよなあ。

もしあの内部に魔道具があるなら、イミテーターがそれを見つける前に、俺たちが奪わなければならない。

しかも、だ。

もしその魔道具目指してイミテーターが群がっているのだとすると、俺たちが奪った後は俺たちが標的になるのじゃないだろうか。


「スイッチオフできるか、試してみるしかないか」

「魔力鍵の魔力波のことだよね。それは、大体鍵とセットならオフにできそうだけど」

「問題は、魔道具の操作がスムーズにできるか、だよな」


さしものアカーネとは言え、初見の魔道具になるわけだし。


「まあ、ボクとご主人さまに無理だったら、置いていくしかないかも?」

「どっちにしろ、あいつらを排除して、魔道具を操作してみる時間が必要だな……」


仕方ない。

漁夫の利は諦めて、まずイミテーターを一掃し、内部のスドレメイタンも排除するしかない。


「今ならイミテーターは、同じ場所に固まっている。奇襲するなら、イミテーターが内部に侵入していないうちの方が良い」


キスティが、周囲を警戒しつつ言う。


「ふむ。確かに、今のイミテーターは一網打尽にできそうだな。ルキ、意見は?」

「……問題ありません。新手が到着する前に、行動に移すべきかと」


一同を見渡す。

緊張はあるものの、怖気づいた顔はしていない。


「よし、今回は火力重視だ。アカーネ、雷の魔石はここで使え。敵集団にとにかく攻撃を浴びせろ。キスティも、投げ槍を使え」

「主は、どうするのだ?」

「俺も攻撃に参加する。その後、俺だけ回り込んで挟撃してみよう。まあ、そっちは様子見て行くから、あまり同士討ちを恐れなくていい」

「イミテーターを一掃したら、内部に踏み込むのか?」

「そうだな。間髪入れずに入ろう。アカーネ、突入するときにも閃光弾を使う。投げる時に合図をくれ。それで一気に制圧するぞ」

「そろそろ閃光弾も品切れだね……」

「想像以上に使いやすかったな。今度ダンジョンに潜るときは、もっと量産してこよう」


ダンジョンじゃなくても、夜の戦いとかなら十分効果がありそうか。

パーティの装備として常に補充するようにしよう。

といっても、閃光弾に使えそうな光の魔石って結構貴重なんだよな。


もし手持ちがなくて、市場で買うとかなったらそれなりの高級品になってしまいそう。


「ルキはとにかく防御に徹してくれ。今回の目的地まではもうすぐだ。気を抜くなよ」

「はい」


攻撃までの流れは、前回と同じだ。

まず石と閃光弾を投げ入れて、時間差で攻撃を叩き込む。

これまでは攻撃と同時に俺が接近していたが、今回は敵が攻撃しやすい場所に固まってくれているので、距離を取ったまま火力に物を言わせる。

撃ち漏らしがあれば、俺が回り込んで挟撃して確実に殲滅する。


最初に石を投げるのはキスティ、閃光弾はアカーネが魔力を籠め、サーシャが矢に結えて撃つ。

タイミングを握るのは、アカーネとサーシャだ。

コツコツ、と合図が鳴る。


目を閉じ、魔力察知を全開に。

同時に両手で魔力を練る。

イミテーターが、はっとこちらに向き直る。


ヒュッ


カッ

矢を射る音と、閃光弾の弾ける音。

それらを耳にしながら、俺の前に巨大な溶岩弾を創り出した。


「ラーヴァフロー!」


天井の低いここで、敵が固まっているのならば。

ラーヴァストライクより、むしろラーヴァーフローだ。


両手から放たれたオレンジ色に光る溶岩流が蛇のようにうねり、イミテーターを呑み込む。

前に出てファイアシールドを展開。


飛んできた魔弾を2つ相殺すると、サテライトマジックで炎弾を浮かべ、一斉にそれらを放つ。

そうしている間にも、アカーネが雷の魔石を投げ込みビリビリと小さな雷が走る。

キスティの投げ槍が飛んでいく。


もう一度サテライトマジックからのファイアボール連射を見舞った後、気配探知する。

気配察知でも、3〜4体がまだ動いていたのが分かったが、探知でより詳細が分かる。

まだ立っているのは5、いや6体か。


俺はもともと、ルキたちがいる場所より左に寄った場所にいた。『隠密』で気配を消すと、左に更に回り込む。

といっても、完全に後ろまで行くのは時間がかかる。

敵の真横まで行ったところで、こちらに気付かれていないことを確認する。十分だろう。


『魔剣士』に付け直し、身体強化をしながら敵に接近する。


直前になって気付かれたが、放たれた魔弾は難なくファイアシールドで相殺。

その勢いのまま、後ろの2体を立て続けに斬り捨てた。


振り向いて残り……と思ったところで、目的地の内部からぬっと巨体が姿を現した。

そいつは周りにいたイミテーターの残党を棍棒で殴り飛ばす。


「グルアアアァッ!」


こっちが内部に突入するまでもなく、あっちから出てきてくれたようだ。

スドレメイタン。

しかし、これまで見たものよりも、一回り大きいように見える。


「スドレメイタンキング、ってとこか?」


接近戦仕様に切り替えていて、丁度よかった。

そのまま斬り込む。棍棒を振ってきたので、エア・プレッシャーで後退してすかす。

そのまま剣を振り、魔撃を飛ばす。


スドレメイタンの皮膚が裂け、血が吹き出す。

よし、こいつは魔法が効くな。


「グラアアア!!」


スドレメイタンが大声を出し、鼓膜が揺れる。

それだけで抑えつけられるような、強烈なプレッシャー。

オーラは使えなさそうだが、十分。相手に取って不足なしだ。


と、スドレメイタンの頭が、弾けた。


「!?」


何が起こった?


ゆっくりと倒れる巨体を避けながら、その向こうに見えたのは、ハンマーを握るキスティの姿。


「キスティ」

「あまりに隙だらけだったのでな」

「お、おう」


悲報。スドレメイタンキング、不意打ちで頭を潰される。


「スドレメイタンのメスの中には、ひときわ巨体となる個体がいるそうだぞ。ルキに聞いた」


しかもキングですらなかった。クイーン、いや肝っ玉スドレメイタンだったのだろうか。


「よくやった。中はどうだ?」

「これからだ。主の索敵スキルでどうだ?」


ふむ。気配探知で中の様子を探る。

……おそらく死体のように動かないのはいっぱい。動いているのは、2体か。


「残り少ないようだ。とっととやろう」


入り口から中を探りつつ、溶岩魔法を放ってみる。

スドレメイタンの呻き声がして、やがて途絶えた。


閃光弾を使わずに済んだ。


ルキを先頭に、中に入ってみる。

スドレメイタンの死体と、イミテーターの死体が10個ほど転がっている。

イミテーターも内部に侵入していたようだ。


スドレメイタンは、比較的小柄な個体が多い。

もしかすると、スドレメイタンの避難所になってたりして。


魔物たちの死体以外でいうと、自然のものか、人工物か分からない小さな柱のようなものが、左右に並んでいる。



「時間をかければ、新手がここに来てしまいます」

「そうだな、サーシャ。アカーネ、調査を進めてくれ。サーシャとルキは、入り口で敵が来たら足止めを頼む。キスティは、ここの死体から魔石を取り出してくれ」


俺は一旦表に出て、最後の巨大スドレメイタンのような目ぼしい敵の魔石を取る。

数体の魔石を取り終わったところで、気配察知に動きが入る。


内部に退避して様子を伺っていると、新しいイミテーターの部隊のようだった。

ルキが防御しつつ、サーシャに応射させておく。


「アカーネ、調査はどうだ?」

「うん、これ……多分、このでっぱりも魔道具の一部? かも……」

「何? これが、俺たちの探してたものか?」

「う〜ん……。とりあえず、多分だけど……」


アカーネがふらふらと、入り口に近付く。危ねぇ。

思わずファイアシールドで庇う。


アカーネはそのまま入り口で手をバッと上げると、空中をタップするように右に両手を流した。


ゴゴゴ……


ゆっくりと、左右からせり出してきた岩壁が、入り口を塞いだ。


「……」

「……」

「あ〜アカーネ。これは?」

「なんか、入り口まで魔力が繋がってるっぽくってさ。もしかして、この鍵を持ってれば操作できるかもしれないと思ったよ」

「グッジョブだ」


この岩壁、イミテーターの攻撃を防ぎ切れるのだろうか?

まあ、とにかくいったんはこれで問題なさそうだ。


しかしこれ、帰るときの方が大変かもしれないなあ。

イミテーターに注目されている状態のまま、ここから脱出しなければならない。


「とにかく今は、この場所の調査か。アカーネ?」

「うん。ルキさん、こっちに来て」


アカーネが、ルキを部屋の奥に導く。

そこには、複数の白骨が抱き合うようにして倒れていた。


「この中に、お姉さんはいる?」

「……。この頭蓋骨の特徴は、月森族のものです」


ルキはそう言って、1つの白骨を探った。


「この、握っているもの。これは……私が送ったネックレス……」

「ルキ」

「すみません、すみません……少しだけ、時間を下さい」



ルキは俺たちと会ってから初めて、声を上げて泣いた。


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