第206話 串焼き
スドレメイタンの武器こと、赤黒い剣のようなものは回収しておく。
キスティとアカーネが議論したところ、血紅石ではないかと言うのだ。
血紅石とは何ぞやという話だが、要は珍しい鉱石とのと。魔道具の材料として重宝されるらしいので、アカーネ用に確保だ。
灼鉄の槍をルキに渡して、少し余裕があるキスティの荷物に入れておく。
スドレメイタンの死体は地底湖の藻屑と消えてしまったが、そこらにはネメアシトの死体が転がっている。
魔石だけ取ったら、地底湖に蹴り入れておく。
こうする事で地底湖の生物の餌になってくれる。
処理する手間が省けるし、飢えた地底湖の生物が襲ってくるリスクも減る、かもしれない。
魔物なら関係なく襲ってきそうだが、それもヒトに気付けばの話なので、餌に気を取られていれば見逃してくれるかもと期待する。
ネメアシトの持っていた武器の方だが、石斧なんかは価値がありそうには見えない。
本当に石を何かの骨に固定しているだけだから。
他の武器も石斧よりはマトモ程度だが、俺の相手したエリート部隊の槍は多少希少な素材のようだ。持ってみるとずっしり重く、先端は綺麗に磨かれている。
黒いので、キスティのハンマーと同じ素材かと思ったが、どうやら表面を黒い染料でコーティングしているだけのようだ。
少し短剣で傷をつけると、白っぽい下地が見える。重岩と呼ばれる、建設資材として重宝されるもののようだ。安価な武器の素材にもなるということで、まさにネメアシトもそうしたわけだ。
3本ほど、キスティに持たせてみる。
換金目的ではなく、即席の投槍として使えないかと思ったからである。
戦後処理を終えた俺らは、ルキの記憶と地図を頼りに奥へと進む。
途中、壁のある左手に分かれ道が現れるが、いずれも無視して直進。
時折地底湖から聞こえる、何かが跳ねる音を警戒しながら、地底湖の側を通る。
ネメアシトどころか、小型魔物の1体すら現れない。
そして無言のまま数時間は歩いた結果、ルキから左折の指示が出た。
地底湖から離れてやや上りの道を進むと、ぽっかりと空間が空いた。
2LDKの部屋くらいの床面積はありそうな空間に、何やら魚や石斧なんかが散乱している。
「ここか?」
ルキに確かめる。
「そうだと思います。ネメアシトも使っていたようですね」
「奴らの拠点か」
「昔は、ヒトの拠点があったのですが。すっかり占拠されてしまったようです」
魚をつまんで観察してみる。
アジとかサバみたいな美味しそうな形ではなく、なんというか、深海魚のような不気味な形をしている。
「アゴウオですね。腐臭もしないので食べられるでしょうが、念のため捨てた方が良いでしょう」
いや、食おうと思ったわけじゃないぞ。
これやっぱ、食べられるんだ。
「周辺の安全を確かめたら、仕掛けを設置しましょう。上手くいけば、アゴウオもかかります」
上手くいけばって。
美味い部類らしいぞ、これ。
「サーシャ、アゴウオは調理できるか?」
「はい。ルキ、ここのアゴウオは普通のものと同じと考えて良いですか?」
「良いと思います。アゴウオは、昔の探索隊が食糧確保のために放流したという噂があります」
何やってんだ探索隊。
それにしても、魔物がうようよしているという地底湖に放流されて、今まで生き残ってるって凄いな。
「こいつは魔物じゃないんだよな?」
「そうですね。違うと言われています」
「よく生き延びているな」
「生命力の強い魚ですから」
そういう問題か?
確かに見た目は、アゴというだけあって顎の部分が異常に発達していて、噛みつかれたら大変そうだ。
今頃、投げ込まれたネメアシトの死体にこいつらが群がって食べてるのかな。
「美味いか?」
「何度か召し上がったことはありますよ?」
サーシャが指摘する。
いつだ。
こんなインパクトある魚をいつ食べたというんだ。
「白身魚の煮付けや、鍋の出汁にもしたじゃありませんか」
「そうだったか……」
「そのとき懐かしい味、と仰っていたので、てっきり食べたことがあるのかと」
それは多分、違う魚だと思ってるぞ。
「ま、まあいい。ここで調理するとしたら、何が必要だ?」
「鍋にするなら、そのままで良いですよ」
「分かった」
ルキが、耳をピその時コピコさせながら、何が言いたげだ。
「何だ? ルキ」
「アゴウオはあまり罠に掛かりません。それより、ダッシュフィッシュ狩りをした方が確実かと」
「……ああ」
アゴウオは高級魚扱いだった。
魔物じゃないと、普通に逃げるもんな。
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ネメアシトの物は地底湖に捨てて、入口がひとつしかないことも確認できた。
ここなら、入口の狭い通路を上手く使えば1人でも守れるというわけだ。
入り口すぐ前の地底湖に、持ってきた罠を沈める。
上手くいけば、明日の食料を確保できる。
罠の中には、ダンジョン道具屋でセット売りしていた餌をセット。四角いキューブ型の何かの肉だが、これが水中の生物には魅惑的に映るらしい。
次にダッシュフィッシュ狩りだ。
ダッシュフィッシュは魔物なので、釣りではなく狩り。やり方も豪快で、つまるところ「こちらを認識させて、怒らせ、飛び出させる」というもの。
まず水面に、ダッシュフィッシュの好物だという虫を撒く。
これはダンジョン内でも採取できるらしいが、今日のところは道具屋で買った乾燥させた物を使う。
好物に引き寄せられたダッシュフィッシュが飛び跳ね始めたところで、魔石を一投。
バチバチと音がして、光が散る。
これでヒトの存在を認識したダッシュフィッシュが飛び出してくるので、ウィンドシールドで身を守りつつ、地上に誘導。
たまにダッシュフィッシュ以外の大物が飛び出てきてしまうということだったが、今日のところは無事にダッシュフィッシュの大漁であった。
ダッシュフィッシュは、鼻先が少し尖っている以外は普通の魚に見える。
地上に打ち上げられたダッシュフィッシュはしばらくバタバタと暴れるが、短刀で素早く絞めると動かなくなる。
水中では、周囲の水を操り高速移動するらしいのだが、地表では無力だ。
2〜3体が強引に跳ねて地底湖に逃げてしまったが、計12体のダッシュフィッシュを獲得できた。
内蔵と魔石を抜き取り、開いたダッシュフィッシュに串を通す。
塩を塗って、地底湖の脇に作った焚き火の近くにかざす。持ってきた木材は貴重だから、節約しなければならない。
俺とルキが食料確保に勤しんでいた間、サーシャとアカーネは水の確保を試していた。
ダンジョン道具屋で買った、浄水装置だ。
組み立てて、上から地底湖の水を注ぐ。魔力を流しつつ、ハンドルを回すと、綺麗な水が下に溜まっていく。
ただ濾過するだけでなく、消毒や魔力的な影響も排除してくれるという触れ込みだったが、さて。
アカーネが早速飲んでみると、美味しい水だという。
俺も飲んでみたが、まあ普通に臭みのない水だ。
これで水と食料調達の目処がついた。
まじで永住できそうなくらいだが、定期的にスドレメイタンが襲ってくると思うと大変だ。
時間的には少しまだ余裕があったが、この日の探索は切り上げ、順番に休みを取ることにした。
まだ偵察から戻ってくるネメアシトがいないかと警戒したが、その後もその気配はなし。
あれで群れの全てだったのか、あるいは残りは惨劇を察知して逃げたのか。
余った時間で、明日以降の計画を練り直す。
キスティに警戒してもらって、ルキと打ち合わせる。
正面に正座するルキの膝には、シャオが魚を抱えてハムハムしている。
今日の戦闘で、最後に俺の幻影を出して助けてくれたようなので、魚は好きなだけ与えると言ってやった。
魚は嫌いではないようで、目の色を変えてニーニー言っていたが、結局2匹目を食べたところでギブアップ。
それでもと、3匹目をかかえて甘噛みしている。なんとも食い意地が凄い。
ここから、しばらく進むと第三層に降りる通路がある。その先はかつて、スドレメイタンの領域だった場所だ。
そこはキノコの数も少ないそうで、空間は総じて広い。
スドレメイタンに有利で、探索に不利な条件が揃っているわけだ。
その先も進路は枝分かれしているが、そこを通らないと進めない領域もある。
まあ水に潜れる種族であれば迂回ルートもあるようなのだが、あいにく我々はそうではない。
ルキが探索したいのは、そのスドレメイタンの領域の奥だ。
ルキ姉は、自由を愛し、冒険的な性格で、好奇心に突き動かされているような人物だったらしい。
スドレメイタンの領域の奥は、古くは探索されていた既知のルートらしいので姉がわざわざ選ぶかは疑問だった。というのも、どうやらすぐに行き止まりとなっているようで、何かがあっても取り尽くされていると考えられてきたのだ。
しかし、反面、だからこそ長い間、新規の探索の手が入らなかった場所とも言える。
ルキは、探索できなかったルートで姉が行きそうな場所として、前々からピックアップしてきた。
しかし、家の都合もあって、姉の探索の許可が再度下りることはなかった。
「姉を探すことは、私のライフワークでした。多くを失って、反面自由になったとき、真っ先に頭に浮かんだのが、姉のことでした」
ルキはそう語った。
ワーリィ族に殺されて、野晒しにされた父や多くの仲間のことではなく。
姉のことにケジメをつけたいと。
「私は薄情なのかもしれません」
ルキは悲しげにそう語った。
彼女が、ワーリィ族への憎しみをそれほど見せないのは、複雑な心境があるのだろう。彼女が語るピンクストイの月森族は、どこか退廃的で。もしかすると彼女は、近く一族は滅ぶと予感していたのかもしれないと思わせる。
あるいは町で出会った、ルーとかいうワーリィ族も影響しているのかもしれない。
ルキはピンクストイのワーリィ族や、他の民族にも友達はいたようで、彼らと争うことがイヤなのかもしれない。
まだ付き合いは短い方だが、ルキの見せる儚げな表情を見ると、姉を探すというささやかな悲願は叶えてあげたくなってしまう。
ただ、ルキの願うようにスドレメイタンの領域に行こうとしているのは、それだけが理由ではない。
アカーネが持つ魔力鍵、それが示しているのだ。
その方向に、魔力波を放つ何かがあると。
ルキの姉は、ダンジョン探索が廃れてからも探索を行った。
最近、ダンジョンからの出土品として魔力鍵が売られた。
その魔力鍵はルキ姉が探索しそうな場所で反応している。
……これは偶然なのだろうか?
アカーネも俺もはっきりと口にはしないが、ここまで来ると考えもする。
俺たちが持っている魔力鍵が導くのは、ルキの姉が最期に遺した何かではないか、と。
宝探しのワクワクに混じって、なんとも言えない感傷的な感情が交差する。
果たして何が待ち受けるのか。
その前に、スドレメイタンの群れをどう突破するか、考えないとな。
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