第205話 経済

「ヴォォオオオオ!」


怒号が鼓膜を揺らす。


叫びとともに跳び上がった巨体、スドレメイタンの右手には、赤黒い尖った剣のようなものが握られている。

肩を入れるようにして突き出されたそれは、一瞬で目の前に迫ってきた。


エアプレッシャーで直前で位置をずらし、斜めから剣を合わせて、軌道を逸らせる。

ほぼイメージ通りに魔法は発動したが、少し引っかかるような感じがした。

やや動きが少なくなり、その分敵の力がまともに入りかける。


身体強化を一気にかけ、なんとか強引に剣を弾く。


「ブラァァアアアアアア!!」


一度は地面に刺さった剣を引き抜き、力任せに振り上げる。それだけの単純な攻撃。

だが、それが巨体のリーチと、恐るべき膂力を伴って行われれば、必殺の剣戟となる。

ヒヤリとするが、エア・プレッシャーで後方に下がることに成功し、そこから炎弾を放る。


スドレメイタンが迫った炎弾をうっとおしそうに手で払うと、炎弾は煙を残してスッと消え失せる。

その隙に練り上げたラーヴァフローで追撃をかける。

しかし、赤く輝きながら迫ったラーヴァフローを、スドレメイタンは握り込むようにして、かき消した。


「魔法が効かないのか!?」


矢がスドレメイタンの顔のあたりに飛ぶ。サーシャか。

目を狙ったらしいそれは、スドレメイタンが少し顔を傾けたことで、皮膚を滑って弾かれる。


「とんでもねぇ奴だな」


スドレメイタンが、ちらりとこちらの背後を見る。

ありゃ、サーシャを認識したか。

これは嫌でも俺の相手をしてもらわないとな。


土の針をいくつも創り、広域に撒き散らす。

魔法抵抗があるなら、土魔法だ。床はまともに魔力を通せず動かせないが、それだけが土魔法ではない。


スドレメイタンの意識が再びこちらに向いたことをその目線で確認しつつ、踏み込む。


臆するな。


俺が身に纏っているのは、俺が全力を出しても防御を抜けなかった、あの戦士が身につけていた鎧だ。

いくら巨体の亜人の攻撃でも、一度や二度は防いでくれると信じる。


敵の動きは速く、力も強い。

しかし、歴戦の戦士のような「狡猾さ」「巧さ」はない。

あるのは、溢れんばかりの闘争心。

この暗闇で生き抜いてきた、獰猛な野性だ。



軽く息を吸い、改めて気配察知と探知を巡らせる。

……ノイズが走る。

こいつ、やはり魔法キャンセル的な能力を?


いや、まさか。

覚えがある。

この、微妙な魔法阻害性能。


敵が動く。

合わせて、俺も動く。

突きをギリギリでかわし、半身のまま剣を合わせる。力勝負に持っていこうと力んだ相手に、蹴りを見舞う。

少しだけ体勢を崩した敵に、あえて急所ではなく足先を狙って、炎弾を放つ。


ジュウゥ、と焼ける音が微かに聞こえた。

効いている。


やはりか。


「お前、まさか……ヒトじゃないだろうな?」


地下に暮らしていた、どこぞの虫型の部族を思い出す。

考えてみれば、そうだ。

こいつらが、単に「気性がクソ荒いだけの人種」だったとしても、亜人と見分けはつかない。


まあ、いいのか。

例えヒトだろうと、問答無用で襲ってくるようなやつは、倒すしかないだろうし。

しかしもしヒトではなく亜人だとすると、それはそれで厄介なことだ。


「魔物にも、オーラを使う奴がいるってことかね!」


この魔力が阻害される感じ。

握り込む動作で、こちらの魔法を消し去った挙動。

まさに、武闘会で敗れた、武闘家のオーラ使いと似ている。


「グルァァアア!!」


巨体から繰り出される、渾身の切り上げ。それに合わせるべく剣を手繰ると、そこから強引に突きを出してくる。

剣で受け止めることに成功するも、踏ん張れず後ろに流れる。

好機と見たか、連続で斬り付けられる。

単純な振り下ろしだが、その速度と力の前に、防御するのがやっとだ。


何度目かの斬り付けを剣で逸らしたところで、

前蹴りが繰り出される。

このままではジリ貧だから、蹴りは甘んじて受けるか。


それにより腹部に衝撃が走り、ずいぶん後ろに飛ばされる。蹴りをあえて受けることで距離を取るつもりだったのが、想定以上に飛ばされてしまった。


「ご主人様!!」


サーシャの叫びと、矢が空を切る音が聴こえる。

地面に叩きつけられてから、一瞬、足だけ身体強化しながら素早く立ち上がる。


サーシャに追撃を阻止されたらしくスドレメイタンは、一瞬サーシャの方に目線をやったようだったが、すぐにこちらに向き直ると、嘲るように歯を見せた。

なるほど、意趣返しのつもりか。


さっき俺に蹴られたのが、よっぽど頭に来ていたらしい。


周囲の気配を探ると、自分の位置が客観的に分かる。

位置関係としては、俺の左手にサーシャたちがいて、正面やや右にスドレメイタンだ。


すぐ後ろは地底湖だ。

ずいぶん、地底湖の際まで追い詰められてしまった。

これ以上下がると湖にドボンだ。


俺を無視してサーシャに襲い掛からないのは有難いが、ここでは下がらずに戦わなければならない。ちょっとヤバいか。


そんな思考はすぐに断ち切られた。

敵が、猛ダッシュで迫ってきたから。


敵の攻撃を見切ることに賭け、こちらからカウンターを仕掛けてみるが、それは敵の剣に阻まれる。

こいつ。

膂力では完全に優っていることを理解して、あえて攻撃より防御を優先したな。

これで力比べの形に持ち込まれた。


身体強化をこれでもかと、かける。

こいつの近くだと、魔法がやや阻害される感覚も慣れきた。

どこかでエア・プレッシャーを使って、敵の虚をつきたいが。

こいつも、最初の攻防でエア・プレッシャーを使った移動を見ている。

下手に使えば、まずいかもしれない。


「ぬぐ……! 負けてたまるかああ!」

「グキャキャキャキャ!」


えらく楽しそうに、スドレメイタンが嗤う。

こいつ、今まで会った亜人の中でも、感情が無駄に豊かだ。


グイ、と押し込まれる恐怖心に耐えながら、考えを巡らせる。

いつもの落とし穴やら、阻害攻撃は使えない。


押し合いに夢中になっている今なら、胴体に魔法が効くか?


いや……身体強化に意識と魔力を持ってかれている。それにもし、オーラで防御されたらピンチに拍車がかかる。どうする?


ずりずりと、身体が後ろに下がる。

それでも腕は下げない。


押し負けて地底湖に落ちる場面が、頭を過る。

こんな装備を着けて、水に落ちれば、……水?


魔力を練る。

いける。なるほど、これはいけるのか。

ならば、やろう。まだだ。もう少し練って……


「ご主人様! 魔法を使ってください! 離れて!」


サーシャの声。矢で援護してくれいるようだが、スドレメイタンは俺を殺すまで、無視すると決め込んだようだ。

その頬に矢が突きたつが、力を少しも緩めない。

だが、ほんの少し意識は逸れた。

それでいい。


もう少し、一瞬魔法に集中する瞬間が欲しい。

そこで、信じられないものを見た。

俺の横に、俺がいる。


横の俺は、魔剣を振り上げると、スドレメイタンの胴体に斬り込む。

スドレメイタンの身体が硬直して、瞬間、意識が俺から完全に逸れた。


好機到来。俺の腕もそろそろ限界だ。


「喰らえ、ウォーターフロー!」


地底湖から、魔力を通した水の塊が、巨体を横殴りにする。


「グォォオオッ!?」


オーラは、魔法を分解してしまう。

しかし、ただ「操られただけの水の塊」は無効化できない。


津波のように巨体をさらった水の濁流が、想定通りのルートで左から右へ流れて、そのまま地底湖に飛び込み、轟音を立てた。


……想定以上の水量だった。

危うく俺自身も呑まれるところだったぞ。


当たり一面には、打ち合った水が霧のようになって降り注ぐ。

視界が塞がるが、気配探知は、流された巨体が地底湖に沈んでいくのを捉えていた。


しばらくすると、探知が効かなくなる水の底まで沈んでいった。

もしかすると、泳いで戻ってくるかもとも思ったが、しばらく待ってもその兆候はなかった。


地底湖に意識を払いつつも、意識的に探知範囲を広げる。

……もう追加の魔物はなさそうだ。

後ろを振り向くと、サーシャがこちらを見ていた。そして、意外にもシャオも。


最後の俺のような人影は、こいつの幻か?


アカーネは後ろを向いて、魔投棒を構えている。

その先、キスティとルキは残った敵とまだ対峙している。

ただしその数は大きく減り、それぞれ1体の亜人と向き合っている。


アカーネが放出した魔力波に体勢を崩した敵が、キスティのハンマーに横殴りされる。

残る1体の決着も時間の問題だろう。


サーシャとアイコンタクトをして、前方警戒に意識を戻す。


「奥から出てくる魔物は見えません」

「探知にもかからない。これで終わりか」


そう時間もかからず、残り1体もキスティのハンマーのサビになったようだ。


「主! 何やら音が凄かったが、無事か?」


キスティがハンマーを担いで小走りで寄ってくる。


「問題ない。そちらは怪我した者はいないか?」

「小さな傷や打撲はあるが、大した事はない」

「今は興奮して痛まないだけかもしれない、無理するなよ」

「承知」


ルキはと見てみると、短剣で転がっている死体に止めを刺している。


「ルキ。スドレメイタンらしき敵が出てきた」

「はい、少しだけですが見ました。確かにスドレメイタンのようでしたが……」

「あいつ、武闘系のジョブみたいにオーラ使ってきたようだぞ」

「え? オーラですか?」

「おそらくな。似て非なるものかもしれんが」

「そのような話は、聞いたことがないですね……」


あれがデフォルトではないのか。

さすがにあんなのに囲まれたら、どうにもならんと思っていたが。


「あの個体だけの能力か」

「その可能性が高いです。あるいは、スドレメイタンの上位種なのかもしれません」


ゴブリンがナイトゴブリンになっていたように、魔物は色んな要素で形態変化するらしいからな。

あれもスドレメイタン種の変化した、特殊な個体だった可能性も高い。


「ルキたちの方はどうだった?」

「どうにも連携がやっかいでした。武具の差がありますから1対1では優勢なのですが、なかなか攻勢に移れませんでした」

「そっちの奴らは武器がバラバラだったんだな」


倒れている亜人の近くに落ちている武器は、石斧、槍、剣、棒と様々だ。

武装が統一されていた、こちらのネメアシトとは様子が異なる。


「おそらく、主様が相手をした方はこの群れの中核部隊でしょう。こちらが相手をしたのが、立場は低いが経験を重ねた部隊といった印象です」

「エリートと叩き上げってところか。挟撃されたのは、狙っていたと思うか?」

「どうでしょう、タイミングとしては狙っていたかのようでしたが……」


それなりに知能が高い亜人ともなると、こういう連携がやっかいだ。


「これはあくまで推測ですが」


それまで思案げに話を聞いていたサーシャが、顎に手を添えながら呟いた。


「おう」

「正面のネメアシトたちは、明らかに何かを警戒していた様子でした。一方で、こちらに特に注意を向けている感じもしませんでした。あれが演技だとすれば大したものですが、そうでないとすると……スドレメイタンを警戒していたのでは?」

「あの、最後のやつか?」

「そうです。そこに、私達が飛び込んでしまった」

「辻褄は、合うなあ」


思えば、最初のネメアシトは全然こちらに気が付かなかった。

あれは、その後反対側から現れたスドレメイタンを警戒していた可能性はある。

それに……槍で抑えて、投石で削る。

考えてみれば、単純な力比べでは勝ちようがない大きな敵に対処するお手本のような戦術だったと言える。


「ルキ。スドレメイタンがここまで上がってきてネメアシトと争うのは、良くあることなのか?」

「よくある、とまでは言えませんが。この辺りは水や食料といった、地底湖の資源が採れますから。より下層から魔物や亜人が上がってくることはままあるようですね」

「それなら、地底湖をねぐらにした方が良さそうだがな……」

「さて、何か気に入らない点があるのでしょう。例えば、ここは光るキノコが多く比較的明るいですが、逆に言えば暗がりに慣れた亜人には明るすぎるとか」

「そうか、考えてみればキノコは夜になったら消えるとかじゃないもんな」


自分たちより弱いネメアシトに地底湖を守らせておいて、必要なときは奪う。

そんなスドレメイタンの経済があるのかもしれない。


「なんにせよ、今回の挟撃がたまたまなのかどうかは、微妙なところだな。否定できるだけの要素もないし……」

「奥に進むのは、取り止めますか?」


サーシャが真っ直ぐに目を見て、確認してくる。

まるで俺の本心まで読み取ろうとしているかのように、目線を外さない。


「……いや。この地を確保すれば、食事の心配も少なくなる。どこか、挟撃を受けない場所を拠点にしよう。ルキ、どうだ?」

「はい、少し先に、昨日泊まったような部屋があります。使うのは初めてですが」

「前はどうしてたんだ?」

「前は、地底湖の群れを相手にせずに、別の道に行きましたから」


ルキは前回、地底湖の奥を真っ直ぐ潜る道以外の道をしらみ潰しにしたという。

詳しいルートは聞いていないが、この場に長居はしなかったということか。


「ネメアシト程度なら、何とかなりそうだがな」

「今日のように、連携されると侮れません。それに何より、この先を真っ直ぐ進むと、昔はスドレメイタンの領域がありました」

「さっきの奴を見るに、今はいなくなっているなんて期待しない方が良さそうだな」

「幸い、スドレメイタンは大きな群れを作りません。多くても、3〜5体程度です。それも、子育て中に群れが大きくなるので、数が多い場合は半数が幼体です」

「さっきのスドレメイタンは……あまりちゃんと見られなかっただろうが、大きさ的には大きい方か?」

「そうですね。少なくとも幼体ではありませんし、それにあそこまで筋肉が発達している個体は初めて見ました」

「そうなのか。あれがデフォじゃなかったのは、朗報だな」


体躯の大きさはそれだけで脅威ではあるが、あのムキムキではなく、ヒョロヒョロの巨人であれば付け入る隙がありそうだ。


「念の為再度聞く。オーラを使うスドレメイタンは、これまで見たことや、聞いたことはなかったんだな?」

「はい、それは間違いないです。といっても以前は、スドレメイタンは極力避けて進みましたから。たまたま出会わなかっただけかもしれません」

「まあ、それはそれでいい。ああいうのがレアキャラなら、やりようはある」


とっさのことで、圧倒されてしまったが。

落ち着いて考えてみれば、あのパワーラッシュに対応できるかもしれない手は2、3思いつく。

あれ以上が出てくるようなら危険だが、あれ以下なら何とかなりそうな気がするのだ。

ただ、今日のように挟撃や連戦といった悪条件が重なると、どうなるか分からない。

拠点とする場所や、索敵の方法をもうひと工夫する必要はあるだろう。


「主様」


ルキが、地底湖の方から何かを拾い上げた。

赤黒い、尖ったゴツゴツとした物体。

スドレメイタンが、剣として使っていた物体だ。

剣というよりは、岩が変な形に削れているといった具合だが、持ち手となる部分は少し細くなっていて、少し太いが俺でも持てる形。

これは、丁度いい岩を拾ったのか、それとも削って作ったのだろうか。


持ってみると、ずっしりと見た目以上の重量感。

身体強化しないと、剣として振り回すのは難しい。


「スドレメイタンも、ネメアシトみたいに武器を作るのか?」

「いえ……、スドレメイタンが道具や武具を作る習性は、聞いたことがありません。しかし、ネメアシトを襲って奪ったり、作らせたりする例はあるようです」

「ああ、なるほど。ネメアシトも不憫だな」


もとは自分たちが作った武器で、あの巨人に襲われて。

あの様子では、襲った後に統治するようなこともないだろうから、またネメアシトが生活を立て直した頃に再来襲して、資源を奪って行くという繰り返しなわけだ。

ちょっと同情する。


昔はそれに加えて、地上から来るヒトが定期的に住処を荒らして帰っていくわけだ。

……なるほど。地底湖近くが、「いい物件」ではなかったことは確かだな。


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