第204話 石斧
ダンジョンに陽は登らない。
朝起きても、寝る前と同じ光景が広がっているだけだ。
最後の夜番に当たっていた、キスティとサーシャが入り口を固めている。
薪もないので、火を起こすこともできず、マントを被って寒さを凌いでいる。
マントには一応温度調整機能があるので、魔力を通せば少しはマシなのだが、キスティなどは使いこなせていないから、単に羽織っているだけだ。
少し肌寒いのだが、耐えられないほど寒いというわけでもないので、それでいいのだろう。
「おはよう。サーシャ、朝飯準備しよう」
「おはようございます。分かりました」
サーシャが用意したサンドイッチもどきみたいなものに、火魔法で焼き目を付ける。
こういう場所でも一応温かいもの用意できるのは、火魔法の強みだ。
「各自、食いながらでいい。聞いてくれ」
アカーネとルキも起こし、サンドイッチもどきを配る。
「ここからは、対亜人用のフォーメーションに移る。俺が先頭で、ルキが最後尾だ。サインも切り替えるぞ」
ルキの盾使いは評価しているが、総合的な対応力で言ったら、やはり俺の魔法が便利だ。
亜人の部隊とばったり出くわした際のことを考えて、ここからは俺が先頭に進む。
まず目指すは、地底湖のエリアだ。
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昨日通り過ぎた、降りてきた場所を通る。
そこから先には光がないので、火魔法を浮かべる。
かなり狭い通路を、這うようにして進む。
狭いといっても立てるくらいの高さはあるのだが、うねるように上下し、地面の方向が変わるため真っ直ぐ歩けないのだ。
もっともダンジョンにはもっと狭く、匍匐前進でしか進めないような通路もある。ルキがそういう場所を通らないように先導してくれただけだ。
それに比べれば、まだ進みやすい場所だ。
通路の途中、闇に紛れるようにして潜んでいた闇蛇もいた。これは気配探知で気付き、火魔法で燃やした。
しばらく進んだところで、前から青白い光が漏れて見えるようになった。
そして、通路の幅も広がり、天井に手が付かなくなる。
光に釣られるように、そちらに進む。
そして、逆の方向にノールックでラーヴァフロー。
「ギィアアア!!」
続けざまに、数発のラーヴァフローを放ってから、魔剣で切り込む。
ラーヴァフローの光で赤く照らされたその姿は、剥き出しの歯と、右手には石斧。
「サーシャ、後ろを警戒!」
「はい」
2体目が石斧を振りかざすが、エアプレッシャーで一気に近付いての一閃。
右手がボトリと落ちて、悲痛な叫び声が響く。
喉に剣を突き入れてその声を消すと、最後の1体が背中を見せた。
逃すか。
ラーヴァフローで追撃しながら、短剣を投げる。背中に刺さり、敵が転ぶ。
その背中に剣を刺す。
「ふう。待ち伏せか、それとも不意の遭遇だったのか」
「ご主人様、こちらに敵影はありません」
「気配も……特にないな。さて、ルキ」
「はい」
「こいつらが、ネメアシトか?」
「少しお待ちを」
ルキが、亜人の死体を検分する。
「はい、ネメアシトで間違いないです。斧持ちは、彼らの下級戦士に当たると言われています」
「武器によって階級が違うのか」
「はい。もちろん個体差はあるようですが、群れの中で地位が高いほど、優れた武器を持っています。この粗末な石斧は彼らの自作なので、若く地位の低い個体に与えられると考えられています」
「こいつらは下っ端か」
ネメアシトの死体を見やる。
ラーヴァフローだけで倒れたやつも含めて、5体の死体が転がっている。
剥き出しの歯、ぼろぼろの肌。肩や背中には苔のようなものが生えている。
ダークファンタジー作品で、気持ち悪さを強調したデザインにしているトロールがこんな感じだろうか。不思議なのは、手の指が3本のやつと4本のやつがいる。最初に倒したやつなんかは、左右で本数が違う。
こいつらがヤクザ文化に憧れているわけでもなければ、元々指の数が個体によって違うようだ。
「地上で戦ってきた、ゲッタンとかの亜人はキレイな方だったんだな」
おぞましさで言ったら、もっとエグい見た目のやつはいた。グリュウ虫だとか、名前は忘れたが他の生物の死骸を身体にするスライムとかもいた。
ただ、亜人というだけあって、人間っぽい造形がありながら醜悪な見た目なので、独特の気持ち悪さがある。薄暗いので、余計に感じるところがあるのかもしれない。
……もしこいつらが、魔物ではなく人種として登場したら、どうかな。
バシュミ族を排除したやつらのことを言えんな。
ネメアシトの死体に槍を刺しながら、ルキがこちらを見る。
「心臓のあたりに魔石があります。取りますか?」
「安全を確保できたらな。とりあえず放置していこう」
「あちらの明るい方が、地底湖です。今のネメアシトたちが隠れていた方向には、第1層に繋がる別の通路があります」
「そちらを索敵して、後顧の憂いを絶つべきか?」
「キリがないと思いますよ。近くにいないようであれば、先に進みましょう」
「それもそうか。よし、地底湖に進もう」
今度こそ、青白い光が漏れる方向に進む。
しばらく進むと光が強くなり、目の前に開けた空間が姿を現した。
暗闇に慣れてきた目には、十分な光量が注ぎ、右奥の地面がキラキラとその光を反射して揺らめいている。
おそらく地面ではなく、水面なのだろう。神秘的、幻想的な光景だ。
左手には、水に浸かっていない地面が奥まで続いている。
左に迂回して進めば、奥まで進めそうだ。
ここが地底湖か。
「この辺りからは、亜人の生息域です。心して進みましょう」
「ああ」
地底湖に巣食っているのは、ネメアシトだけとは限らない。
その時々によって、地底湖周辺に群れている魔物は変わってきたらしい。
だいたいネメアシトらしいが。
そのネメアシトも、常に群れごとに資源を取り合い、争っている。
地底湖周辺は水や食糧に恵まれているが、立地的にはあまり好条件ではないらしく、他の場所で敗れて追い出された群れが辿り着き、縄張りを広げていることが多いとか。
何故立地的に微妙なのかと言えば、周辺には似たような地底湖や水源がぽつぽつとあって必ずしも資源的に有利と言えないのと、スドレメイタンなどの外敵にも襲われやすいからのようだ。
最近では稀なものの、昔は探索者という招かれざる客が通るので、それも「外敵」になる。
この辺に居を構える亜人はせいぜい20〜30ではないかと予測しているが、なんせ昔のデータを参考にしたものなので確証はない。
多く見積もって40体くらいはいると考えておく。
できれば各個撃破と行きたいが、見晴らしの良い地底湖エリアでは難しいか。
通路の出口に音罠を設置して、陣形を組み直す。
俺とキスティが並び、その後ろにサーシャ。アカーネとルキは後方警戒。
接敵時は、ルキが後衛を防衛する状態からスタートする。
もし挟撃された場合には、後ろの攻撃力が足りない。なのでシャオにも参戦してもらう予定だ。
確率としては、前方から敵が来る可能性が高い。
幸い地底湖周辺には多くの光るキノコが群生しており、サーシャの遠目も機能する。
隠密で俺だけ先行することも考えたが、空振りして囲まれる危険もあるので、ここはまとまって移動する。
これだけ広くて明るければ、サーシャの索敵と合わせて先手を取れる可能性は高いだろう。
懸念点もある。
地面や壁に魔力を流しても、ほとんど浸透しないのだ。
これでは土魔法を戦闘に使うのは絶望的だろう。
壁と地底湖の間にある、通との幅は2~3m。
少しずつ広がっているようだが、動ける範囲は限定される。
落とし穴といった小細工なしで、敵と真正面から戦わなければならない。
そろそろと前に進んでしばらく、サーシャが声を潜めて報告してきた。
「前、おそらく何かいます」
「数は?」
「10はいない、と思います」
「ネメアシトか」
「ええ。おそらく」
通路は左に回り込むようにして、ゆるやかなカーブ描いている。
正面には地底湖が広がっている。サーシャは地底湖の向こうの対岸に、その影を発見したという。
気配探知をして、情報を確かめていく。
「こっちに向かってるな」
「はい、気付かれているようです。いかがしますか?」
「迎え撃つ。が、わざわざ待ってやる必要もないな。サーシャ、狙撃できるか」
「はい、やってみます」
サーシャが矢を番え、狙撃態勢に入る。
ふっ、と息を吐いたのと同時に、やや弓形の軌道で放たれた矢が敵に飛んでいく。
「グオオ?」
離れているので微かにだが、動揺した亜人の声が聞こえる。
更にサーシャの二発目が放たれ、人影が崩れ落ちる。
いっそう騒がしくなる敵陣。
だが思っていたよりも早く対応してきた。
群れを2つに割ると、片方がまとまって通路を駆けてくる。
もう一方は何かを投げてくる。
ウィンドシールドで逸らしながら見ると、ゴツゴツとした不揃いの物体。投石か。
うちのサーシャに撃ち合いを挑むとはな。
だが、この距離を普通に飛ばしてくる肩の強さは賞賛に値する。
「何か、簡易の投石器のようなものを使っているようですね」
サーシャが呟くように言う。
「投石器だと。生意気な」
サーシャが矢でお返しする。
敵はなんと、事きれた仲間の身体を盾のように矢面に立たせ回避している。
無茶なことをやりやがる。
そうこうしているうちに、回り込んできた方が近付いてきた気配。
「サーシャ、俺は迎撃に向かう。やれそうか?」
「はい、お任せください」
「無理はするな…よ?」
後ろで、聞き覚えのある鈴の音がする。
「主。後ろからもお客さまだ」
後ろから、音罠を物理的に破壊しながら現れたのは、10体近くのネメアシトのようだ。
「キスティ。…ルキ、2人で後ろを抑えられるか」
「後退ではなく、抑えるので良いのか?」
「……ああ。前を突破する。後ろは無理はするな。通路の狭さを活かせ」
「畏まった」
まさか、ここで待ち伏せされていたのか?
それとも、タイミングが悪かっただけか……。
後ろを突破して逃げる手もあるが、前から来る敵に背を向けるのはリスクが高そうだ。
前から向かってくるのは、5体のネメアシト。
だが手には石斧ではなく、長くて尖った、黒い棒を持っている。槍、なのだろう。
こちらも剣を正眼に構えて待ち受ける。
ジョブは『魔法使い』と『警戒士』が固定。もう一つは『魔剣士』か『愚者』だが、まずは火力重視で前者かな。
サテライトマジック発動、溶岩弾を浮かべる。
近づく敵に狙いをつけようとしたところで、敵の1体が大きく槍を振りかぶり、投げつけてきた。
投槍だと!
「うらっ!」
飛んできた槍の軌道からなんとか逃れようとしつつ、斜めから剣を当てる。
ガッという鈍い音がして、失速した槍が地面に刺さった。
防御できたが、そのうちに狙いをつけ損ねた溶岩弾は明後日の方向に飛んでしまった。もしかすると、牽制の投槍だったのか。
完全に避けていたら、後ろの味方に流れ弾が行きかねない。撃ち落とすしか選択肢がないのは厄介だ。
しかも、後ろの味方がいるからこそ、敵をいなしながら後退するスペースも限られている。
味方がそれぞれ別の方向を向いているから、連携がしにくい。
……なるほど、挟撃とか包囲ってのは太古からのセオリーだが、された方が何故戦いにくいのかを実感できる。
槍を突き出したまま突っ込んでくる、その穂先をエアプレッシャーで左に移動してかわす。
先頭を走ってきた2体の槍が空を突き、無防備を晒した片方の脇腹を斬りつける。
同時に魔剣術を発動して、魔力を放出する。
もう一体を狙いたいが、斬りつけた奴が邪魔で難しい。
気配察知と探知は近距離に絞る代わりに常時全方位に発動中だ。それで敵の動きが把握できている。
左後ろの個体が近い。
だが槍は穂先が下に流れている。なら。
エアプレッシャーで左後ろに、肩から突っ込む。
肩当てのあたりに鈍い衝撃が走り、敵が態勢を崩す。振り向きがてら、視界に入った槍を持つ右手を断ち切るように、剣を振り上げる。
骨に阻まれて胴体から切り離せなかったが、槍を取り落としてブオウと悲鳴のような声が上がった。
最初に槍をかわした個体とらその後ろにいた個体の槍が伸びてきている。
槍を取り落とした個体を蹴りで押し出すと、槍が刺さる。
ここまで、ほんの1分にも満たないはず。まるで時代劇の殺陣のような動きをしているが、もっぱら気配察知と探知で敵の動きを把握しながら動くことに慣れてきたおかげだ。
あまりの情報量に頭がくらくらする。
同士討ちの形となった3体がやや混乱する隙に魔力を練り上げる。
ラーヴァストライク。
狙う必要がないよう、範囲攻撃だ。
ごっそり魔力を失うが、その甲斐はあって3体が丸ごと巻き込まれる。
と、左から飛翔物。早い!
ラーヴァストライクの直後で魔力はそっちに使っている。エアプレッシャーが間に合わない。身体を捻るが、何かが腹を叩く。
思わず息を呑む。
ただ、鎧に阻まれた石斧が地面に転がるだけだった。
最初に槍を投げてきたやつが、今度は石斧を投げたらしい。
白兵戦を避けるなんて、なんてセコイ野郎だ!
ラーヴァフローの魔力を練りながら脳内で悪態をつく。
セコイ個体は、石斧をもう1つ装備していたらしい。残った石斧を構えている。
また投げてこないか注意しながら、ラーヴァストライクを浴びた3体にラーヴァフローの追撃をかます。
そこで、横から鋭いドンの鳴き声と、遅れてサーシャの警告を聞いた。
「新手です!」
近距離に絞っていた気配察知の範囲を広げる。
何か大きな物体が、猛スピードで正面から近づいている。
もう少し猶予はある。意識を切り替えて、ラーヴァ漬けにされた個体に止めを刺していく。
残りの石斧野郎は、喉元に矢が立って崩れ落ちる。
サーシャか。
体勢を整えて、正面を向く。
その頃にはもう、新手は迫っていた。
緑色の肌。
3メートルはあろう巨体は筋骨隆々で、髪をまとめて後ろに流している。
顔はネメアシトよりよっぽど怖くない。
しかし、その分表情が分かりやすい。
そいつは、剣を構えた俺を認めると、不敵に笑ったようだった。
こいつがスドレメイタンってやつか。
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