第203話 光

ルキの案内で第2階層の奥まで行くと、左手に上に登る道があった。

ここから第1階層に上る。

しばらくはゆるやかな登りだったが、途中から急勾配となる。

そこにも鎖があったので、また先頭で登る。


たいした距離ではなかったが、登りは降りよりも、筋力が要る。

帰りに、最初に降りた長い鎖を登るのは骨が折れそうだ。


第1階層を少し進み、一本道だがやや幅が広くなっている場所まで辿り着いたところで、お昼休憩。

そこは赤い光を放つキノコが群生している。

周囲が赤く照らされて、なんだか落ち着かない気分だ。


少なくとも第1階層には、ダンジョンの壁を蹴破って襲ってくる魔物は出ないらしいので、警戒の必要があるのは前と後ろだけ。

暗さには辟易とするが、索敵の方向が絞られるのは大分楽だ。


握り飯を頬張りながら、背負ってきたリュックから水を取り出す。


「ルキ、ここまでは順調ってことでいいんだよな?」

「ええ。お昼でここまで来られましたから、夜には予定していた場所に着きそうです」

「良し。あの蛇やコウモリにも対処できそうだし、第1階層は問題なさそうだな」

「主様は平気そうですね。初めてダンジョンに潜ると、気分が悪くなるという方もいるのですが」

「気分?」

「ダンジョンは暗くて、特に第1階層は狭いです。その閉塞感が苦手という方が」


閉所恐怖症的なことかね?

暗いとサーシャアイが作用せず、索敵に気を張る必要があって疲れるという問題はあるが、閉鎖的でどうのといった問題はないな。


「ああ、確かに。聞いてはいたがダンジョンってよりは、ひたすら洞窟を進んでいるような感じだものな」

「以前は潜ったものの、1日で引き返したメンバーもいましたよ」

「おいおい、そりゃ困るだろ。アカーネたちはどうだ? 気持ち悪いとかあったら、すぐ言えよ」


こちらを向いたアカーネは、こてんと首を傾げる。


「特にないかなー、ボクは狭いとこ、好きだし?」


こいつは引きこもりの才能がある気がする。


「私は問題ありません」

「私も特に、気持ち悪くはないな! 暗くて多少、気が滅入る感じはするが。それより、そろそろ骨のある魔物と戦いたい」


サーシャとキスティも元気だ。

これなら問題なさそうだ。


「ここからもう一度降りるんだったよな」

「はい、主様。地底湖に近い場所へと降りることになります。そろそろ亜人と鉢合わせるかもしれません。警戒を高めましょう」

「地下の亜人か。どんなものか、見ものだな」


狩っても大した金にはならないそうだが、高い知能を持っているとされる小型亜人ネメアシト。それを狩っているという巨体亜人のスドレメイタン。

ルキが潜った時から変化がなければ、地底湖の付近はこの2種の亜人が席巻している。

更に潜ると別の亜人の領域もあるとされているが、探索チームがそこまで潜ったのは大昔になるので、ほぼ情報がない状態だ。


とりあえず、ルキが隷属する条件である「姉の遺骨を探す」を満たすためには、ネメアシトの領域を突破して地底湖の奥まで入り込まなければならない。

ルキの姉がどこまで進んで亡くなったのかは、正確な情報がない。だから、そこからどこまで探索の手を広げるかはこれから判断するしかない。

もし、ネメアシトの軍団に苦戦するようなら、遺体探しはほどほどに引き返さなければならない。


「アカーネ、例の物はどうだ?」

「へい。親方、近づいているようです」


アカーネがわざとらしい下っ端口調で報告してくる。

最近流行っているちょっとした遊びである。

アカーネはノってくれたが、他の大人の皆さんはスルーしてくる。

アカーネとの関係を警告してくれたサーシャは、「そういうことじゃない」と言いたげな目をしていた気もするが、気のせいだろう。

「例の物」とは、何かの魔力に反応している、「ガラクタ」こと魔導鍵だ。

なお、アカーネの説明によると、「魔力鍵」でも「魔導鍵」でも正解らしい。

魔力を使って鍵の役割を果たしているのが「魔力鍵」、そして鍵自体に魔導が仕込まれているのが「魔導鍵」。このガラクタは、どちらの定義にも当てはまるというわけだ。


「近づいてるのか。ダンジョンに入ってからもか?」

「んー、まだ観察が足りないけど。体感、ちょっと近づいている気がするんだよね」


アカーネが口調を戻して眉間にシワを寄せる。

人差し指と中指でそのシワを伸ばしてやりながら、詳しい話を聞いた。


まだダンジョンに入って半日程度である。

確実とは言えないが、おそらく80%以上の確率で近づいている見立てとのこと。


ここまで来たら、「ダンジョン内に、反応している何かがある」ことまでは確定だろう。

あとは、それがどこにあるのか。

亜人たちが自分たちで魔道具を作ったのでなければ、昔の探索屋が持ち込んだ何らかの携帯魔道具、例えば携帯金庫みたいなものが反応している可能性が高い。

だとすれば、探索が不可能なほどに深い場所ではない可能性は十分にある。


まあ、探索者が落とした後、亜人に拾われて深層に運ばれていたりする可能性もある。

もしそれが携帯金庫のようなものなら、対となる鍵のない箱は、「なんか変なもの」として亜人たちにも思われて、更に変な場所に捨て置かれているかもしれない。


ただ、何も悪い予想ばかりではない。

もし探索者が落とした場所の近くにあるのだとしたら、地底湖の近くの可能性も低くはない。

なんせ、昔は頻繁に探索者が入っていた領域だからだ。


ダンジョンの雰囲気も一応分かったので、ルキのお願いを聞くだけであれば、1日かそこら探索をして、切り上げても良かったのだが。

ロマンに溢れる魔道具の件を考えると、可能な限り滞在して捜索したい。


「主様。私からは非常に申し上げにくいですが……もし、パーティにとって危険と判断されたのであれば、無理はなさらないでください。一度拠点を作って、再度潜るという手もあります」


ルキが、感情を殺したような、揺れる声色で言ってきた。

少なくとも彼女目線で、俺がルキ姉捜索に真剣になる理由はそれほどない。

今回引き上げれば、そのまま見つからないまま捜索終了となる可能性も低くないことは承知しているのだろう。

そのうえで、言っているのだ。

その場合、一人で探すとか言い出しかねないが、少なくとも俺たちを巻き込むのは限度があると思っているのだろう。


「……もちろんだ。だが、それも含めて亜人を見てみないとな。約束は約束だ。適当に流すつもりはない、そのつもりで姉の行きそうな場所は考えておいてくれよ」

「はい、感謝します」


ルキのウサミミがぺたりと寝る。

ルキは耳が出ていると音による索敵も可能だということで、ヘルメットから耳を出せるようになっている。

戦闘になるとしまうが、その余裕がないとウサミミをぴこぴこしたまま戦う。

地上ではそれを眺める余裕もないが、後ろから戦闘を見届けることになるダンジョン戦では、ぴこぴこ動くルキの耳を眺めるのが楽しい。


「とりあえず、ここまでは解毒剤も使わずに来れた。よくやってくれた」

「恐縮です」

「頼りにしてるぞ。一番安全な野営地まで、必ず今日中に着こう」


ルキは何も返さず、自然な所作で時代劇のように背中を丸めて頭を下げた。

おお。

ルキって丁寧口調なのはサーシャと似ているが、所作は支配階級の出だけあって、サーシャ以上にキレイなのだよな。

次に偉いヒトとの謁見があったら、ルキを連れて出るのも良いかもしれない。


4人分の水を取り出し、少しだけ軽くなったリュックを背負い、再び暗穴を先へと進んだ。



***************************



微かな赤光を頼りに、通路を進んだ。

途中の分岐も、ルキが迷いなく選択をして再び第2層に降りる通路に着く。

アカーネが必死に地図をなぞっているが、赤い光はかなり見にくいようで、「もーっ」と可愛らしい悪態を付いている。

小休憩ごとに立ち止まり、発光の魔道具を発動させて現在位置を確認していた。

アカーネ、サーシャが持つ発光魔道具は、ネックレスのような形で鎧の下にしまってある。

これを取り出し、魔力を流すと白い光が溢れるというものだ。


魔石ではなく、魔力を通すものなので難易度がかなり高いという話だったが、アカーネは難なく使えている。


アカーネによる位置確認もして、間違いなく目当ての場所だと確認してから、下に降りる。

ここにも鎖が取り付けてあったが、慎重に降りれば鎖は要らないくらいの傾斜だ。

その分、かなり長いこと下り坂が続いた。

微かに右曲がりの下り坂を抜けると、光るキノコのない暗闇が広がる空間に着いた。


警戒しながら、後続を待つ。

全員が降りてきたところで、火魔法をサテライトマジックで発動。

周囲を照らす。

一人ぐらしの都会のアパートのような狭さ。

壁の色が、土色ではなく灰色のように見える。


「どうだ? ルキ」

「はい。間違いなく、目的の場所です」

「野営地は?」

「右手の通路を通っていくと、よく拠点として使われていた空間があります」

「地底湖に行くのは、左手だったな」

「そうです。少し進むと幻光タケ系のキノコが多く分布していて明るいのですが、ここからだと光が届きませんね」

「見てみたい気もするが、危険が増すだけか。今日のところは野営地に向かおう」


もう、どれだけ薄暗い空間を歩いたことか。

ルキも地図もなく、地上まで戻れと言われたら、なかなか絶望的だ。


そういう意味でも、無理はできないな。



ルキに案内されて進んだ先には、壊れた木製のドアがあった。


「破られているようですね」


ルキが、壊れたドアを引くとキイ、と音が鳴る。

ルキが、警戒せよという手信号をする。

しかし停止はしないので、続いて中に入ると、中には先程の空間よりは数回り広い空間に、白く光る何かがいた。


「光寄虫です。火魔法を」

「おう」


動く気配はないので、たっぷり魔力を込めて、ファイアボールをお見舞い。

燃え上がった光の主たちはジタバタと暴れて、すぐに動きを失った。


「近寄らなければ危険はありません。ここは野営地なので倒してもらいましたが、通路にいた場合は敢えて倒さないこともあります」



ルキが、光寄虫と呼んだ魔物について解説する。

虫というが、草と虫の中間みたいな見た目で、光に釣られて寄ってきた獲物を大きな口で呑み込むという食虫植物のようなやつだ。


火魔法にめっぽう弱いらしいので、俺の魔力があるうちは安全に倒せる魔物だ。

念の為気配探知を念入りにするが、先客はこいつらだけらしい。


この空間、入り口は扉が取り付けられていた所1つだけ。

そちらさえ警戒していれば良いので、休むには適した部屋だ。

また、ここに来れば以前の探索で残された魔道具や物資があるかもという話だったが……。


「アカーネさん、こちらはどうですか?」

「ルキさん、これって聖域のだよね? 道具屋で見たのと似てるや」

「そうです。前に潜った時は、まだ動作したのですが」

「……ダメだね、回路が切れてる。それに、構造体自体が壊されてて、これはボクには直せないや」

「そうですか。残念ですが、仕方ないですね」


部屋の奥に備え付けられていたらしい、聖域の魔道具は壊れていたらしい。

魔石や魔力を食うので、あえて使わない場合もあったらしいが、俺たちは魔力はある方だ。

ただ、魔力も無駄遣いはできないし、亜人には効果がないという説明もあったので、あったら使ったかと言われると、微妙だ。

それでも、どうせタダなら使えた方が選択が広がって良かった。期待はずれである。


「キスティ、入り口を警護してくれ。中でな」

「承知」

「サーシャ、飯の準備を。ルキ、キスティと一緒に警戒しておいてくれ。アカーネ、物資を漁るぞ」

「はい」「ええ」「うん」


アカーネと2人で、暗闇を照らしながら物色する。

汚れた毛布や、焚き火の跡?は見つかったが、現役で使えそうなのは短いロープくらいだ。


「まあこんなものか。アカーネ、そろそろドンを起こしておいてくれ。今日はなるべく警戒の負担も減らして、明日からに備えるぞ」

「うん」

「にー」


ルキの足元でちょろちょろしていたシャオが、俺の声に反応してアカーネの方に向かう。

リュックからドンがのそのそと這い出てくると、すんすんとその匂いを嗅いだ。


「シャオは興味深々のようだな」


小声でルキに話しかける。

ルキは少し困ったようにウサミミを揺らして、微笑した。


「最初は対抗心を抱いていたようなのですが。どうやら、徹底して無視されるので、逆に気になるようです」

「ははっ、さすがはネコだ。ツンデレだな」


シャオのアプローチを意に介さず、ドンがぐぐっと伸びをしてから、ギーとひと鳴き。


「よう、ドン。ダンジョンもだいぶ潜ってきたぞ。ここでルキとアカーネを失えば、ここに永住することになりかねん。いつも以上に警戒を頼むぞ」

「ギィ」

「ドンちゃん、ピュコの実あげるから」

「キュ」


アカーネから木の実を渡される姿は、ペットというよりはお大尽だ。

シャオがネコパンチでちょっかいを出すが、するりとかわすとゲシッと蹴りをいれた。


「ミャー!」

「シャオ、遊ぶのはほどほどにしなさい。ここは危険な場所なのですよ」

「ミュー…」


しょんぼり、という様子でルキの元に行くシャオ。

しかし、頭を撫でられてご満悦だ。

ルキに構って欲しくて、ドンにちょっかいを出しただけじゃないだろうかと思える。


「ドン、大人の対応を頼むぞ」

「ギー……ギッ」

「気持ちは分かる」


いかにも面倒くさそうな鳴き方をするドンに同情しつつ、サーシャの準備を手伝う。

明日には、地底湖に向かって亜人の軍団と対峙することになる。

さて、通用するかね。


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