第201話 10年

「ご主人様、1週間ほど休むのですか?」

「いや。できれば明日には出るぞ」


宿で道具を整理しながら、サーシャと話す。


「ブラフですか」

「あのワーリィ族も店主も、敵とつながってない確証はないからな。一応だ」

「ダンジョンから戻ってきたところを待ち伏せされると厄介です」

「入口は20以上あるんだ。どこから入るのかを知られなければ、そこまでカバーできるとも思えないけどな」

「帰りは気を付けましょう」

「そうだな」


できれば、ダンジョン探索してるうちに、クーデターが鎮圧されてたらありがたい。

頑張れレッドアリー族。


「アカーネ」

「なにー?」

「発光の魔道具をいくつか買ったろ。解析したら、手持ちの魔石を改造して、発光できるようにできないか?」

「やってみるけど、光属性の魔石って少ないからね……」

「できれば瞬間的に光量を強くできるか?」

「一瞬だけならできるかもだけど。明かりとしては使えなくない?」

「いいんだよ。光源だけなら最悪、俺の火魔法で足りるわけだし。欲しいのはそういうもんじゃない」

「分かったよ、それならやるだけ試してみるよ」


光属性の魔石をアカーネに全て預ける。

中でも一際大きいのは、ライトウォーカーから剥ぎ取ったものだ。


「各々、今日中に持ち物の点検頼む。早く寝ろよ」


遠足の前日みたいに寝られないようにな。

とは言っても、皆俺みたいに観光気分はなさそうなので、俺だけか。


さてさてこの世界のダンジョン、どんなものかね。



***************************



早く寝ろと言いつつ、遅くまでハッスルしてしまった。

起きたのはもう、昼間になってからだった。


「ギュー」

「悪い悪い。悪いが寝るのは、アカーネのリュックでな」


俺が起きるまで待ってくれたらしいドンさんが、のそのそとアカーネの元に向かう。

シャオとの関係はどうかと思ったが、今のところほぼ交流がない。

シャオは普通に昼に起きているし、起きている間はルキにべったりだからだ。


ルキはそれほど構うわけでもなく、ただ気付くとシャオが乗っている。頭だったり、肩だったり。

かなり重そうだが、大丈夫なのだろうか。


そんなシャオの隷属のために、今日はまず術者の元を訪ねる。

ここには専門の護獣屋があるわけではない。

どうしても必要な場合に、隷属関係のステータスをいじれる術者を町が抱えているようなので、そこにお願いする。

いわば公務員みたいな立ち位置のようだ。

ザイから聞いた場所はルキが分かったので、ルキの案内で術者のもとに向かう。


書類に依頼内容を書き、受付で手数料として銅貨50枚を払う。

しばらくすると呼ばれて、シャオをつれて個室に向かう。

……なんか動物病院みたいだ。


「ほお、飛猫族ね。しかも黒か」

「……珍しいのか?」

「そこそこね。黒い毛並みのものは、魔法が得意で頼りになるらしいね」

「ほう」


シャオの体毛は、全身つやつやの真っ黒。

羽根もしっかりと黒く、闇に溶けそうな配色である。

魔法か。攻撃魔法もいけるのかな。


「隷属先と信頼関係はできてるって?」

「ああ。頼む」


ルキの名前は出さず、ルキに目配せする。

信頼関係が出来ていれば、そこまで苦労せずに変更できるらしい。

試してみて、無理なら追加料金がかかるらしかったが、10分足らずであっさり完了した。


「ふう。護獣の依頼は簡単でいいね」

「ヒトの方が難しいのか」

「その通り。しかも、ヒト同士はどっちかが内心納得してなかったりすると、やり方次第で術者にも天罰の危険があるからね。慎重にならざるを得んよ」

「なるほど……」

「ましてや、俺のように低賃金なら、そんなことで危険は冒したくないんだよ」


術者はそんなこと言いながら、愉快そうに笑った。彼なりのジョークなのかもしれない。


術者に礼を言って外に出ると、さっそくシャオのステータスを確かめてみた。

……よし、見られる。



*******対象データ*******

シャオ(飛猫族)

MP 12/16


・スキル

飛行補助、風魔法、光魔法、闇魔法

・補足情報

ルキに隷属

*******************



どうやら、俺の隷属者に隷属している、いわば孫隷属のような関係でも、ステータスは閲覧できるらしい。

肝心のステータスは、魔法系スキルが多い。


「シャオ、お前光魔法なんて使えるのか?」

「ニー?」


シャオは首を傾げると、そのままルキの顔面のすぐ前に垂らした尻尾の先が、ほんのりと光った。


「おおっ!」

「すごいですね」

「なんだルキ、知らなかったのか」

「シャオは、かわいい弟というか、そんな感じでしたから。魔法を使えるのは知っていましたが、光魔法がこんなに上手くなっているなんて」

「マー!」


シャオがドヤっている。ルキの頭の上で。


「他にも風魔法と、闇魔法を持っているようだぞ」

「……? なぜ分かるのですか?」


おっと。

ルキにはまだ、ステータスのことをちゃんと話してなかったな。


「まあ、そういうスキルがあるんだ。シャオ、なんか害のない闇魔法って使えるか?」

「ニー? ミャっ」


シャオが高速で羽根を動かす……ん? いや、これは残像じゃなくて、別の?

違和感を覚えた直後、シャオがルキの頭から飛び降りた。そして、頭の上にもシャオが残った。


「なっ!?」

「ミャーオ」


シャオがひと鳴きすると、飛び降りた方のシャオが煙のように消えた。


「まさか、幻覚か?」

「ミュ」


めっちゃ高度じゃない?

ただ幻覚は大変らしく、ルキの頭の上でぐったりしてしまった。

魔力も、7まで減っている。この短時間で。


「燃費は悪いが、ここぞで使えるな」

「ニー」

「攻撃魔法は? 風魔法で攻撃できるのか」

「ミャミャ」


うーむ。なんと言ってるのか分からん。

ドンみたいにノリで分かるようになると良いのだが。


「主様。攻撃魔法は使えると思いますよ。よく、ネズミなどに風の刃を当てて遊んでいましたから」

「ほう」


なんちゅー危険なペットだ。

こんな家猫がいたら、さしものジェリーも真っ青だろう。

まあ戦力としては数えられないが、いざというときのオプションにはなりそうだ。

ドンの危険予知ほどの汎用性はないだろうが。

いや、空も飛べることも考えると偵察を任せられる。使いようによっては、ドンにも引けを取らない活躍が期待できるかも。

あんまり危険な任務を任せると、ルキが怒りそうだが。


「ルキに引っ付いているが、移動中や戦闘中はどうするんだ?」

「移動中は一緒でいいですか……戦闘中は、後ろに下がっていて欲しいですね」

「それでいいか? シャオ」

「ニー」


返事が分からないんだった。

ドン経由で翻訳とかできないかな?


一度宿泊した建物に戻ると、従者たちが荷物を詰め込んでいた。

まだ少し余裕がありそうなので、サーシャと一緒に保存食を買い足しに出る。


嵩張らない保存食を探すと、イモを煮て、潰してから四角く固めたバーのようなものを大量に仕入れることができた。

ここの特産とも言える商品のようで、大量に積み上げたものが馬に乗せられ、南に向かう光景も見られた。


「これだけ買えれば、しばらく持ちそうだな」

「一月は持つと言われましたが、本当でしょうか」


サーシャは買い込んだイモバーを抱えながら、すんすんと匂いを嗅いだ。


「どうだろうな。まあ、ダンジョン内で消費するから大丈夫だろ」

「ええ」


帰っている途中、サーシャが遠慮がちに声を掛けてきた。


「ご主人様、少しよろしいですか」

「なんだ?」

「アカーネや、キスティがいない間に、少しお話しておきたかったのですが」

「珍しいな。どうした」


立ち止まって、サーシャの話を聞く。


「いえ、大したことではないのです。ただ、知って置いて頂きたいのです」

「?」

「最近は、アカーネも大分、緊張が取れたといいますか……。変化には気付いてらっしゃいますね?」

「ああ、まあ。サーシャが厳しくしつけていたのに、俺が甘やかしたせいだよな」

「それはいいのです。あれはあれで、必要な役割なのかもしれないと思っていますから」

「そうなのか」

「ええ。ただ、なんといいますか。伝え方が難しいのですが」

「ん?」

「仮に。万が一ですが、ご主人様が突然いなくなったとします。もちろん大変なことになりますが、どうなっても私やキスティは、それなりに生きていくでしょう」


いきなり仮定がエグいな。


「一方で、アカーネはそうはいかないでしょう」

「どういうことだ?」

「アカーネは……有り体に言ってしまえば、ご主人様に依存しております」

「お、おう」

「単に生活面で、というだけではありません。彼女は幼い頃、父親にかわいがられ、失いました。次に祖父を頼り、両親とは異なる形で愛されて、守られました。そして失いました」

「そのあと、親戚の家に行ったのだったよな」

「ええ。そこでは義理の父親は無関心で、彼女は虐げられました。つまりです。彼女は自分を庇護してくれる父親的な存在を失うと、不幸になるのです」

「……。結果論というか、そうだな」

「ええ。彼女のなかでは、無意識にでしょうが、自分を庇護して、甘やかしてくれる異性に依存したい意識があるのではないでしょうか」

「うーん。それで、そうだったらどうしろと?」

「分かりません。ただ、知って頂きたかっただけです。ここまでアカーネを依存させて、今更、なかったことにはできないでしょう」

「……」


心当たりが、ないではないな。


「ここまで来たら、彼女を守り通して下さい。甘やかし通して下さい。間違っても、彼女を置いて亡くなってはなりません」

「それは……」

「無茶を言っていることは理解しております。ただ、言っておきたかったのです」


サーシャは俺から目線を外すと、また歩き出してしまった。

その背中を見送りつつ、今言われたばかりのことを反芻した。


要は、無茶なことをするなと釘を刺されたのだろうか。

依存かあ。

アカーネには、だんだん懐かれてきたなと嬉しく思っていたのだが、それを通り過ぎて依存されていたらしい。

何故そうなった。


少し距離の空いたサーシャの背中に、追いつきながら声をかける。


「もうひとつ、俺から聞いていいか」

「はい」

「ルキは、なんで付いてくる気になった? 何を話したんだ」

「ああ、そのことですか」


サーシャが立ち止まって、横目でこちらを振り返った。


「言える範囲で教えてくれ」

「それほど大した話はしておりませんよ。ご主人様が世界中を股にかけて冒険していることや、独特の価値観を持っていることをお話ししました」

「それだけか?」

「もちろん、違います」

「だよな」

「では、1つだけお教えします。私は、ルキに1つ伝えました。ご主人様の下に付くなら、10年間は苦労するだろうと」

「え?」

「それは苦労するでしょう。一つ所に留まろうとしませんし、危険なことに突然首を突っ込んだりします。今後もご主人様や私達が力をつければつけるほど、より好き勝手なことをして振り回されるでしょう」

「そ、そうかな」

「間違いないでしょう。ただし、10年です」

「それは?」

「もし10年間、ご主人様を支え、死なせないように守ることができれば。おそらく、世界を変えかねない大きな何かを間近で見ることができるでしょう。そう確信しています」

「それをルキに言ったのか?」

「ええ」

「信じたのか? 呆れたんじゃないか」

「どうでしょうね。ただ、ルキさんは笑ってましたよ。それは守りがいがありますね、と」


……。

サーシャのことは、間近で見てきたつもりではあったが。そんなことを考えているとは。


「私が勝手に思っていることを、話したまでです。ご主人様は、お気になさらず」

「お、おう」


気にならいでか。

何か大きなことをしようとか、そんなつもりはマジで1ミクロンもないのだが。そんな事を言ったら怒られるかな?


金を稼いで、異世界旅にも飽きたら、どこかの田舎町でニート生活に戻るのも良いと思ってたんだが。

本当にそんなことやり出したら、サーシャに刺されそうだな……。既にキスティという、主人を殺そうとした例があるから、全くないとは言えない。


背筋がうっすらと寒くなった気がした。

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