第199話 ようこそ
集落を出発して3日目、砂の海が終わり、疎らに木も生える土地になってきた。
3日目の夜には、ダンジョン前の町に辿り着くことができた。ダンジョン前といっても、ダンジョンからは距離があり、1日かけて向かう必要がある。
ただもともとダンジョン関連で繁栄し、衰退した歴史があるようで、今でもダンジョンに使える道具などが売っているという。その歴史上、ほとんどは昔の売れ残りを細々と売っているような体たらくだが。
今は、ダンジョン開拓時代に開拓された耕作地が唯一の産業のような形で、ダンジョン監視を兼ねて王家から代官と補助金が送られている。
町の名前はイクスコート。
壁から少し離れた位置にも、監視塔がいくつも建っているのが特徴的だ。
その監視塔の間には、低い塀で仕切られた畑が広がり、青青とした草が生えている。
「何を育ててんだろな?」
「イモ類ですね。王都やこの周辺の庶民がよく食べる固イモという品種があるのですが、山脈に近い地域でよく育てられます」
「へえ。もとはどっかの部族の主食とかかね」
「どうでしょう。南の国から持ち込まれたものではないでしょうか。作物は、そのようなものが多いと聞いています」
解説役は、白い鎧に身を包んだルキである。
ルキも、支配部族のお嬢さんということで、キスティと同じように教養があった。
教養はあるが態度につつましさがないキスティとは違い、丁寧語と上品な所作でちゃんと育ちが良い印象になるところだ。
丁寧語は、新参で遠慮しているのもあるかもしれないが、本人曰く「性分です」とのこと。
それにしても、キスティも白い鎧なので、なんというか。
白鎧という聖騎士っぽい武装のなかに、ひとりだけ怪しい黒マスクがいるという。明らかにこいつが元凶だ!って指差されそうな存在になってしまった。
おまわりさん、こいつです。
「ルキは『暗黒戦士』とかどう思う?」
「えっ、なんでしょうか? そうですね、とても素晴らしいジョブだと聞いていますが、私は身を挺して仲間を守ることもできる、今のジョブが好きですから」
うっ。コメントまでキラキラしてやがる。
なんという正統派戦士の姿。
どっかでエクスカリバーでも売ってたら、こいつに買ってやろう。
「この町まで来れば、ワーリィ族も好きには出来ません。一安心ですね」
「王家の代官がいるからか? しかし、だとしたらなおさら、マークしてる可能性もあるがな」
「確かにその通りですか。しかし、このような辺境まで探していない可能性もありますよ」
「行ってみなきゃ分からんか。その鎧は大丈夫なんだよな?」
故郷から落ち延びたときに持ってきたということで、ワーリィ族にも鎧バレしている可能性が高いと思った。
そこでバシュミ族のとこにいた時に、他の鎧にしないかと話したことがあったのだ。
だが、白い鎧はもともとルキが使っていたものではなく、むしろ気付かれないだろうとルキが主張したので、そのまま持ってきたのだ。
「ええ。この鎧のことを知っているワーリィ族は、いないはずです」
「前に使っていた鎧はどんなものだったんだ?」
「性能としては似たようなものですが、全体的に黒色でしたね」
「前はそっちだったのか……」
惜しいことをした。
いや、部下まで黒かったらそれはそれで、俺が悪の親玉みたいに見えるのだろうが。
「しかしこんな畑を広げて、魔物に食われないのかな」
「固イモは、そのままではあまり美味しくありません。そのせいか、食べる魔物や動物は少ないと言いますね」
「へえ」
王都で何度か食べる機会はあったが、長芋みたいにねっとりしたイモだった。独特の臭みと苦味があって、大人にとっては良いアクセントにもなる。だが、これが主食だとしたら、子供には酷だろうな。
ピーマンが主食になるようなものだ。
夜に到着したのでそれほど視界があるわけではないが、畑で何やら動く人影も何人か見かけた。
おそらく何か作業しているのだろうが、イモ泥棒が混じっていても気付けなさそうだ。
何かしらの対策はあるのだろうが。
そのまま壁までたどり着くと、門番と問答する。
夜なので明日の朝まで入れないというオチも覚悟していたのだが、ここで意外なものが役立った。
ビリック商会の取引札である。
ここ、イクスコートがビリック商会とつながりが深いというのはルキから聞いていたが、まさか夜間に快く門を開けてくれるのみならず、入場料まで無料になるとは。
出してみるもんだ。
「ようこそイクスコートへ」
「あ、ああ」
なんかゲームや映画の村人Aみたいなセリフも言われた。
壁は門を潜りながら見えた断面からすると、石積みのようだ。規模の割にはしっかりした防備。
中に入ると、巨大な集合団地のようなものが視線を塞ぐ。
そこから左右に道が通り、回り込むようにして中央に進む。大通りには砂利が敷かれているが、それ以外は土と自然と露出して疎らに草も生えている。
一応村ではなく町の括りらしいが、あまり栄えている感じはしないな。
「王家の代官がいる土地なので、町という区分なのかもしれんな」
キスティが町の様子を眺めながら言う。
「そうかもしれません」
ワーリィ族を警戒して、兜をきっちり被っているルキが曖昧に同意する。
「ルキは、前もここに寄ったのだよな?」
「はい、主様。ダンジョンに潜る際の道具は、ここと王都で揃えます」
「ビリック商会に縁のある、ダンジョン道具屋は分かるか」
「はい。私の知っているダンジョン道具の店にご案内します」
「よし、頼むぞ」
「ただ、陽が落ちているのでもう店仕舞いしているでしょう。明日で構いませんか?」
「それもそうか。今日は休もう。宿屋はあるのか?」
「一応あります。ただ、以前は町が運営している宿泊施設を使いました」
「そういうものがあるのか。そっちにするか?」
「特に拘りがなければ、それで良いかもしれません。ごはんの用意はありませんが」
「あ、風呂は共用のがあるか?」
「残念ながら、共用のものはありません。宿屋にも備え付けてなかったかと」
「うん、残念だ」
ダンジョンに潜る前に、さっぱりしていきたかったがな。
濡らした布で身体を拭くので我慢しよう。
……溶岩っぽい魔法が出せるようになったんだし、熱湯も余裕で出せるようになれば、自前の風呂に便利かな。
***************************
町が運営するという宿泊施設は、田舎の小学校のような大きな木造の建物だった。
その一室をパーティで狩り、テントを広げて寝る。
備え付けの布団のような寝具もあったのだが、ちょっと埃が酷かったので使わないことにしたのだ。
あまり良い設備とも言えないが、1泊1人銅貨3枚という破格の値段だ。
自由に使っていいというキッチンは広かったので、サーシャが腕をよりをかけた料理を堪能できたのも良かった。
キッチンと言っても、ガスが通っているわけでもないので火打石で調理することになるのだが、うちは俺を火付け役に出来る。
サーシャは普通に火打石を使いますと言うのだが、なんとなく暇なときは手伝うことにしている。
魔法の火は短時間で勢いを失うから、煮込むような料理にはとても使えないのが難点だ。
夜はドンさんに見張りを任せて、久しぶりに全員でたっぷりと寝れた。
ワーリィ族といった不安要素を考えると気を張りそうになるが、こういうときにしっかり休憩しないと、後に響くからな。
朝、何事もなく起床すると、ダンジョン道具屋……に向かう前に、馬を売りに行った。
ここからダンジョンまでは徒歩で向かう。
潜ると決定した以上、馬はここでお別れだ。
王都で馬を借りた店の姉妹店がここにも辛うじてあったので、さほど交渉もせずに1体35銀貨で買い取ってもらった。
買ったときは1体銀貨50枚に届かないくらいだったので、まあまあの値段だ。
むしろ、バシュミ族にタダで貰ったルキ用の馬もあったのでちょっとプラスである。
続いてダンジョン道具を扱っているという店にルキに案内されて向かう。
小さな町なので、すぐに到着だ。
何の材質か分からないが、丸みを帯びた不思議な造形の家屋が、その店だった。
看板を探してみるが、特にない。
それと知らずに探していたら、スルーしてしまっていただろう。
ルキは迷うことなくドアをノックすると、建物の中に入っていくので、慌てて後に続く。
ルキは中に入って、脇に逸れて俺を迎えた。あくまで俺を立ててくれているのだろうか。
「おや、どなただい?」
「お邪魔する。ここは道具屋と聞いたが、間違いないか?」
少し離れた場所で、座ったまま眼鏡のようなものを片手でずり上げるようにしてこちらを見上げたのは、赤黒い肌色をした、たぶん人間族。髪色がピンクっぽいので、なかなか見た目が派手だ。
「うん、間違いないよ。おや、見ない兜だね。ニューカマーかい」
「昨日の夜着いた」
「へえ。ここに来たのは誰かの紹介で?」
「ああ、ル……」
言いかけて、ルキと言って良いのかちょっと迷う。不自然な間が生まれてしまった。
「ミャー!」
「ん?」
朝の光が差し込んでいるとはいえ、薄暗い店内に、小さな影が飛んでくる。
魔法の発動を準備しながら、その物体を見極める。
だが、防御魔法は発動させなかった。
なんというか、見た目が、危険には見えなかったからだ。
「マー!!」
「え? シャオ? シャオですか?」
その小さな影、おそらく猫っぽい生物は、ルキの兜に文字通り飛び移ると、ヒシッとしがみ付いた。
体毛は真っ黒で、猫にしては少し大きい。猫と決定的に違う点は、その背中に真っ黒な羽根が生えているところだ。
「ル……おい。知り合いか?」
「あ、はい。失礼しました。これは……私の、ペットというか……護獣です」
「護獣だと」
アカーネの背中で揺られているドンさんのリュックをチラリと見る。
反応なし。危険はないようだ。
「マー! ナオウ!」
「シャオ、あなた、どうして?」
「……そいつは俺が連れてきた」
店の奥から、ぬっと人影が現れた。
頭に布を巻き付けているせいで、人相が分からない。何て怪しい奴だ。
「……あなたは?」
「分からないか。お姫様」
怪しい人物が、布に手を当てて、ゆっくりとそれを外して素顔を晒す。
「!! お前」
思わず魔剣を握る。
露わになったその素顔は、犬頭であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます