第198話 長老

オチョウが舐めるように、というか舐めて飲んでいた液体は、バシュミ族にとってお酒みたいなものらしい。残念ながら人間族が飲んでも、気持ち悪くなるだけだという。

ワーリィ族から奪った荷物から、少しだけ人間用のお酒も手に入ったので、それはキスティが消費した。

それでも、酒に強いキスティが酔うほどではなかったのだが、少しずつバシュミ族と打ち解けた様子のキスティは、最後はシュストラと模擬戦を行っていた。


サーシャはシュストラの妻であるシャイザーと話しながら、未知の食材への知識を深めていた。アカーネは多くのバシュミ族に囲まれてビクビクしていたが、最後の方は眠そうだった。


そして新入りのルキは、世話になったバシュミ族に挨拶回りをして、別れを告げていた。



歓迎の翌日、短い滞在となったが、俺たちはバシュミ族の集落を発ち、北に向かった。



「ヨーヨーさんにはある意味、貧乏くじを引かせてしまいました。同胞の命を助けていただいたにも関わらずです。その代わりと言ってはなんですが、あなたや仲間が砂漠で迷った時、我々が助けましょう」


オチョウは最後に、そんなことを言った。

俺は「そんな”約束”は、もう懲り懲りなんじゃないか」と言った。

皇帝との約束で認められ、約束に縛られて破滅したわけだから。


しかしオチョウは、穏やかな口調でこう返した。


「私もちょっとだけ、バシュミ族なのですよ」



途中まで、隠密能力の高いバシュミ族が並走してくれることになっている。

しかし一日目だけだ。

本当はシュストラが途中まで護衛を買って出てくれたのだが、それは断った。

ワーリィ族に見つかったとき、バシュミ族がいるとややこしい話になりそうだから。

ルキは耳を隠せば、月森族だと分からないので、兜を脱ぐときもマントのフードをかぶってもらっている。

ちなみに馬は、ルキ専用のものをバシュミ族から譲り受けて、1人で乗ってもらっている。

普通の鳥馬だが、一応、ワーリィ族から奪ったものとは別の馬にしてもらっている。


ダンジョンへの道もルキが案内できるということで、加入早々だが、大いに頼らせてもらう。

ただ、腕の良い案内人のように、危険な魔物や、魔物の巣の近くを避けるといった配慮は難しいという。

せいぜい、過去に通ってきて安全だった道を選んで、今回も同じであることを祈るくらいだ。


そのせいかどうか、1日目にして、何体も鳥型の魔物に襲われた。舌長鳥やら、砂カラスやら。

砂カラスは見た目はカラスっぽいが、地上を歩き酸を吐いてくるという面倒な魔物だ。


そのなかでルキの戦い方も見ることができた。


彼女の装備は、逃亡生活のときに持ち出してきた白い鎧に、シュストラに貰ったという大盾だ。

大盾は全体が黒くて、六角形のような形に、エメラルドの線で不思議な紋様が描かれている。

カッコいい。

初めてバシュミ族の価値観に心から同意できるかもしれん。

白い鎧はルキの私物らしいが、革鎧の上から装甲を取り付けたような構造だ。

同じカラーリングの兜といっしょに装備すると……ちょっと未来感がある。


大盾の後ろには短剣が格納できるようになっており、短剣もシュストラに貰ったらしいが、それは平凡な普通の短剣らしいのでメイン武器にするには少し頼りない。

そこで、キスティがサブで使っていた灼鉄の槍をルキのメイン武器に昇格させることにした。

ハンマーと槍という、長柄武器2つを運搬する役目から解放されて、キスティも動きやすくなったはず。ただ槍は案外、ハンマーと使い分けていたから、どこかで軽量の槍をサブ武器として買ってやるのも良いな。


ルキが大盾に身を隠しながら、槍を向ける様はいかにも重装歩兵。

砂カラスの吐く酸を盾で弾きながら、攻撃と攻撃の間、動きのスキを突いて着実に接近する。近付く勢いに逆らわず、流れるような槍の突き。特別な動きではないが、基本的な訓練を受けていたことが分かるスムーズな所作。


砂カラスはこれまでに何度も対処したことがあるらしく、危なっかしさがない。

「砂カラスは魔石くらいしか取れません」と言いながら、手際良く魔石を剥ぎ取った。

剥ぎ取りに使っているのは、黄色い短剣だ。

黄色いのは汚れではなく、もともと黄色い素材で作られているようだ。

大事なものらしく、黒色短剣などを使うか尋ねても、悩まずに断られた。


砂カラスの酸を正面から弾いたように、大盾は高性能なようだ。

砂カラス程度の攻撃では痛みもしないし、魔法もある程度相殺できるという。


盾持ちがいたら、盾を避けて攻撃するからなのか、俺が魔法を盾に弾かれた経験ってあんまりないな。

魔法を弾く性能は良くあるものなのか。と思ったが、キスティも盾の性能に感心していたので、どうやら当たり前という訳ではなさそうであった。


途中、砂走りと呼ばれる亜人っぽい魔物に逃げられたりしながら、夕方には予定していた野営地に着いた。


ここも、王家が管理している簡易拠点だ。

小さな水源を囲むようにいくつかテントが並び、その1つには別のグループが先客としていた。さらに、俺らが着いた後にも1組、拠点に到着したようだ。

いずれも、北から南に向かうようで、南の様子を聞かれた。

幸いにも犬頭はいなかったが、念の為ルキはテントの中に籠って、鎧を着けずに自分たちのテントから出ないようにと厳命する。


やたらと出会した砂カラスの話をしても良いのだが、それによって辿ってきたルートが推察されてしまうかもしれない。特にニュースはないという話をしたら、こちらがあまり情報開示する気がないことを察してか、それ以降に話しかけられることはなかった。


夜はそれぞれ見張りが出されていたが、自然と自分たちのテントの方向を見張るような役割分担になっていて、特に魔物の襲撃も起こらなかった。

翌朝には、再度北への進路を取る。


ここで、隠れて着いてきてくれていたバシュミ族とはお別れだ。

彼らは拠点にも泊まらず、夜はどこで寝ていたか不明だ。

近くにはいたらしい。


北に進みしばらくすると、姿を現して「ココデオワカレダ」と挨拶してくれた。

他のヒトに見られないように、俺たちだけになるタイミングを図ってくれたのだろう。

こちらも礼を伝えて、見送る。


黒い鳥馬に乗ったバシュミ族たちは、すぐに消えて見えなくなった。

地平線に消えるにはまだ早い。何らかのスキルを使ったものだろうと思われた。


これで正真正銘、俺たちだけだ。

ワーリィ族とかち合わないように、ますます気を付けねば。

ここから北に進むと、町もあるということだが、人が集まればワーリィ族もいるだろう。

あえて迂回するルートで進むことを決定して、ダンジョン直前の町だけ寄ることにする。



***************************



(良かったのか、長老)


ヨーヨー一行が去った集落の入り口、砂の海を眺めながらゆらゆらと触覚を動かすオチョウに、シュストラが語りかけた。

ただし、それはヨーヨーたちと話していた共通言語ではなく、彼ら独自の、人間族には聞こえない周波数の言語だった。それは、バシュミ族と友好的な付き合いをしたルキでさえ、知らされていないものだった。


(構わぬ。不満か?)

(いや。我らでは救い切れぬ友を、我らを救ってくれた新たな友に託すことができた。異存があろうはずもない。だが、長老らしくはないと思った。いつもの長老ならば、もっと、その……)

(利用していたか? その通りだ。悪意をもって接する理由はないが、好意のみを振りまき、何も仕込まないのはワシらしくはない)

(では、なぜ?)

(分からんか。分からんだろうな。シュストラ、お主はいつか、このオチョウが死んだ後も、バシュミ族を守っていかねばならんのだぞ。ワシのようになれとは言わんが、自分の頭で考えることだ)

(すまない。しかし俺は、長老のようにはなれん。理由を教えてくないか?)

(まあ、いいだろう。あの手の手合いは……「壊れた英雄」のような手合いは、間違っても安易に扱わぬことだ)

(壊れた英雄? ヨーヨーは真っ直ぐなヒトだった。異性をはべらすのは不道徳だが、彼女らの信頼を得てもいた。壊れた人物には見えなかったぞ)

(英雄というのは、ヒトを導くものだ。ヒトは、特に人間族は、集団となってその善良さと、恐ろしさを、力を発揮するものなのだ。しかし……ごくまれに、現れるのだよ。何にも属しないこと自体を信条として、世界を自由に生きるという児戯を、叶えてしまう存在がな)

(良く分からんな)

(それで良い。分かる必要などない。ただ覚えておけ。あの手の壊れた英雄には、時に世界を一変させかねない可能性がある。そして、疑心や敵対心を抱かれれば、それはバシュミ族にとっての仇となるかもしれん。だからこそ、中途半端な小細工は行うべきではない)

(……)

(何。同胞を躊躇なく殺した、ワーリィ族の馬鹿どもの頭をかち割ってくれたことに対して、胸のすくような思いがあったことも事実だ。機嫌を取るにしても、やりすぎた気もするのお)

(要は、気に入ったのか)

(さて。ワシのような異端者の気持ちを、推し量ろうとするでない。お主は真っ直ぐにバシュミ族たれよ)

(確かに、長老の考えは俺には理解できん。しかしだからこそ、少しでもその心根を理解できたヨーヨーが、羨ましくもあるな)

(お主も、少しばかり異端だな。まあ、月森族の娘の件はうまく片付いた。あの御仁ならば、そうそう安い失敗をして、同胞に害が及ぶこともあるまい)

(そう願おう)


オチョウは砂の海から目線を切り、踵を返して穴の奥へと戻る。

その後ろ姿に、シュストラが別の質問を重ねた。


(長老から見て、ヨーヨーが敵対していたら、同胞は無事だったと思うか?)

(さてな。正直分からぬ。お主が話した犬頭との戦闘でも、底は見せ切っていないだろうな。土魔法にも長けていた気配があるし、想定以上に苦戦していたかもしれん)

(そうか。世界は広いな)

(あれで、どこぞの宮廷魔導士でもやってれば、こんな砂漠くんだりで立ち往生することもあるまいに。惜しい奴だ)


オチョウは、カツカツと口を鳴らした。それはどんな感情からであったか。

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