第195話 宇宙人
「旅ノカタ」とこちらを呼ぶ虫っぽいヒト。
彼等はバシュミ族と名乗った。
要は辺境の部族の1つだということだが、顔はアリっぽく、腕は6本ある。足と合わせれば八本足ということになるから、昆虫とも違う。
南の国には虫人族という種族がいるらしいが、ここまで「虫っぽい」ものは珍しいようだ。キスティも、これまで見たことあるどの虫人とも違うと言う。
「ワレラ、フルクよりコノチニオル。スコしトクシュなケイイガアルノダ」
バシュミ族の代表としてワーリィ族とも言葉を交わしていたらしい、黒光りする外殻を持つこのヒトが「シュストラ」という名前らしい。
正式な名前は違うが、「キョウツウゴデハアラワセナイ」発音だとのこと。
最初から一貫して喋っているのはシュストラだけで、他のバシュミ族は喋る気配がない。
「もしかして、共通語を喋れるのはあんただけかい?」
「ココデハソウダ。ワレラにトリ、ハツオンがコンナンユエ」
「なるほどな。それで、あのワーリィ族とは何故揉めてたんだ?」
「サギョウヲシナガラ、デヨイカ」
「もちろん」
作業とは、倒れてるバシュミ族の救護と、始末したワーリィ族たちの処理だ。
装備を剥がし、穴に埋める。
その間に、バシュミ族の1人が3体の鳥馬を引いて来た。どうやら、ワーリィ族の部隊が鳥馬を置いておいた場所を把握していたらしい。
自由に持っていっていいと言われたが、下手をしたら鳥馬から足がつく。
いったん、バシュミ族のほうで処理してくれるように話した。
さて、問題は山積だ。
ワーリィ族から装備を剥ぎながら、バシュミ族の話を聞く。
ワーリィ族は、前からバシュミ族のことを認識はしていたらしい。だが、ヒトと認めてはいなかった。敵対というよりは、無視の関係だった。
それが急変したのはワーリィ族が北のいくつかの都市でクーデターを起こしてから。
ワーリィ族の敵対者は殺されるか、各地に逃げたようだが、そのうち脅威になると判断したものには、時には懸賞金までかけて追いかけているらしい。
当然、追っ手を逃れて王都や山脈のどこかに逃げるものも少なくはない。
ワーリィ族は、取り逃がした標的が、閉鎖的な部族に囲われているのではないかと懸念しているのだ。
「なるほど。それで、攻撃までしてきた?」
「ソノトオリダ。ジジツデハナイトイッテモ、キキイレテクレナイ」
「そりゃ災難だな」
そもそも、ヒトとして、対等な相手と認めていない雰囲気だったものな。
しかし本気で魔物だと思っているなら、わざわざ逃亡者を匿うような可能性は考えないと思うが。
アカーネには、ポーションを使って倒れていたバシュミ族を診てもらっている。
戦闘終了の段階で何人かは息絶えていたが、深手ではない者も何名か居た。
バシュミ族のもとを訪れたワーリィ族は、話し合いどころか奇襲のような形で攻撃してきたので、最初に何人もやられてしまったのだという。
それが本当だとしたら、なんか絵に描いたような悪役だな。
まあバシュミ族が嘘をついていなければだが……嘘をついてるにしては妙というか。
こいつら、見た目だけでなく、その価値観からして人間族とは違う気がする。
人間族の部隊が奇襲で仲間を失ったら、後で敵を倒したときに「殺さなくてはならないか?」なんて聞かないだろう。
捕虜にするのでもなければ、問答無用で殺すはずだ。なにせ、目の前で仲間を殺した者たちなのだから。
シュストラは、その違和感を良く理解しているようだった。
我らは、たとえ自分を殺した相手であっても、それだけを理由に恨むようなことはないと言い切った。
逆に、何をすれば怒るんだそれは。
そんな風に問うと、種族を貶める言動には怒ることがあると言う。だがそれにしても、人間族よりは沸点がかなり高そうだが。さっきなんて、普通に魔物扱いを受けていたのに、冷静だったよな。
ワーリィ族の装備品は、ワーリィ族仕様になっていることもあって、そのまま使えそうになかった。
俺が対峙した剣士の剣はそこそこ業物っぽいが、曲剣の使い手はいないし。
あとは騎乗したままふんぞり返っていた奴の装備の部品とかだが。それにしたって武具をいじれるヒトがいなければ。
とりあえず、奴等が鳥馬に積んでいたという食料や金貨を頂くことになった。
バシュミ族は、ヒト社会との繋がりが薄いので、金より装備の素材を再利用する方がいいらしい。
金貨は2枚。
なかなか大金を持ち歩いていたな。
問題なのは……目を逸らしたいことだが、案内をしていたタリフの行方不明だ。
サーシャによると、俺がワーリィ族に殴り込みにいったことを認識した次の瞬間、くるりと踵を返して逃げていったらしい。サーシャが言い咎める隙すら与えない早技だった。
そしてそれから一向に帰ってこない。
おそらく、彼の「いざとなったら置いていく」の「いざ」に該当したと判断されたようだ。
まあ、俺たちが殺されたら、次にタリフに攻撃が行きそうだったからな。
見捨てて逃げるのがセーフティだろう。
もしこのまま彼が戻ってこなかったら、問題がある。
一つ、ワーリィ族と敵対したことが彼の口からバレるおそれがある。これは如何ともしがたい。もし口封じしようとしても、今頃遠くまで逃げているはずだ。
しかも土地勘はあっちが圧倒的に有利なのだ、どうしようもない。
これは、彼が変に言いふらさないことに期待する。
二つ、道が分からない。
これが結構、ヤバい。
なんせここまでも、タリフの案内で渡って来たのだ。ここからどうすれば良いと言うのか。
三つ、ダンジョン潜れない。
せっかくダンジョン用具まで用意したのに、いきなりポシャった。
この遠征自体がダンジョン目的だったのに。
残念すぎる。
ダンジョン近くの街で代わりの案内人を募集するしかないか。
そんなことを悶々と考えていると、バシュミ族から提案があった。
「モシ、イヤデナケレバダガ。ワレラのムラ、コナイカ?」
「バシュミ族の村? 砂漠の近くにあるのか」
異形の虫人間たちの集落か。
うーん。気乗りはしない。ワーリィ族を攻撃する判断に後悔はないつもりだが、バシュミ族を完全に信頼したわけでもない。だが、今ここで別れると、俺たちが困る。道が分からないから。
ここはいったん話に乗ってみるか。
「よろしく頼む」
「ソウカ!」
まあ、たしかに虫っぽいし、異形であるが。
この世界に来てから、変な見た目のヒトなんて腐るほど見て来たからな。
そこまで嫌悪感はない。
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鳥馬に乗って、西に進む。
それほど離れていない場所に、砂山に隠れるようにして、一見分からないような小さな穴が空いている。
その中から、バシュミ族の村に行けるらしい。
ヒト1人がなんとか入れるような入り口を通ってしばらくすると、それなりに広い空間があった。そこから少し潜ると、すでに真っ暗である。
火魔法でうっすらと周囲を照らす。
先導するバシュミ族たちも、何やら青白い棒のようなものを掲げた。
薄らと光っている。光量は少ないが、バシュミ族には十分らしい。
マスクの暗視効果を発動させながら、暗闇の中を進む。
その先には、明らかに人工物と分かるような扉が拵えてあり、シュストラの姿を認めると、開け放たれた。
「ヨウコソ。ニンゲンのキャクは、ジツに久シブリ」
シュストラが中に入って、六本の腕を広げてみせた。
腹を括ってお邪魔するとしよう。
扉の中は、光るキノコのようなものが点在していて、結構明るい。
通された場所にはテーブルが置いてあり、床にはふさふさした布のようなものが敷かれている。
居住性は案外悪くなさそうだ。
「サーシャ、アカーネ、キスティ。おかしなことあったら、すぐ言えよ」
もしバシュミ族に害意があると、なかなか厄介だ。キスティは夜目が効かないし、俺が魔法でゴリ押しすることになるかも。
ただ周りが土壁なので、土魔法で対抗すれば結構戦えそうでもある。
「はい。ご主人様も、慎重にお願いします」
「ああ。キスティとアカーネは平気か?」
「私は平気だ。魔物の巣の中で寝泊まりしたこともあったからな」
「ボ、ボクはちょっと怖い。でも、なんだか冒険って感じ、するね」
たしかに、冒険っぽいな。ただ異種族に招かれて地下の世界に行くなら、ドワーフあたりが相場だろうに。
なんだよ虫人間って。
少し気を張りながら過ごしていると、シュストラが杖をついたバシュミ族を案内して現れた。
「これはこれは。本当に人間族ではないですか? シュストラ、あなたが人間族を連れて来たなど、初めての事でしょう」
「ショウカイスル。コノカタ、チョーロウのオチョウ」
「お初にお目にかかる」
「あ…ああ。オチョウさん、よろしく。ヨーヨーだ。あんたは随分、流暢に話すんだな」
「練習しましたからな。最近は他の種族の方との交流もめっきり減ってしまって、使う機会に恵まれません」
長老のオチョウ。
そう紹介された彼の外殻は光沢がなく、顔から生えている触覚は曲がっている。
これがバシュミ族で言うところの老人なのかね。
「さて、あなた方はこのシュストラがワーリィ族に嬲り殺されるところに通りかかり、助けてくださったとか?」
「結果的にはな。ワーリィ族のお偉いさんが、癪に触ったせいでもある」
「……話を聞いた限りでは、あなた方は我々の存在を知らなかったのでしょう。なぜ、ワーリィ族を殺すなどという、大胆なことをなさったのか、お聞かせ願えますか?」
「なぜ、か。なんというかな。ワーリィ族が、思った以上に話が通じないし、ムカついたってのも正直あったんだが。シュストラの対応を見ていて、魔物って感じがまるでしなかった。魔物はヒトを襲う。それが大前提の定義だろう。少なくとも魔物でないなら、ワーリィ族の言ってることはあまりにハチャメチャだ。あれで見捨てたら、流石に夢見が悪い。それだけだよ」
言葉にはしなかったが、それに加えて。
ちょうど自分が加勢すれば、事態を逆転させられそうだったのが、なんというか、心に残ったのもある。俺が参加しなくても、大して結果の変わらない戦いではない。
俺自身に手の届く戦いに、自分の価値観を反映させたかったのかもしれない。
「そうですか。ご存知かもしれないが、我々は他種族に優しくされることはまれでして」
「ああ……ワーリィ族の反応からなんとなく察したが、理由があるのか?」
昔のバシュミ族がなんかやらかしたとか。
そういえばこの国の王族って何族なんだっけ。
そこの種族と対立してたとか?
「我らは、醜いのです」
「……ん?」
「どうも、我らの見た目は、多くの種族から見て、気持ちが悪いようなのです。あなたも少しは分かるのでは?」
「うーん。確かに見たことのない種族だったが、醜いかどうかはな」
確かに、虫がそのまま巨大化したような印象だし、口周りとかなんとなく気持ち悪い。
ただ、生粋の人間しかいなかった地球世界出身者にとっては、丸鳥がヒトとして扱われていたり、顔が霧っぽくなってたりする種族よりも、何というか、ノーマルな感じもする。
ファンタジー種族というよりは宇宙人っぽいけど、まだ受け入れやすいと言うか。
「どうやら、少し珍しい感性の持ち主のようだ」
「まあ俺のことは置いておいても、南の方には虫っぽい種族も色々いるんだろ?」
「南には、顔以外の要素に虫に似た器官がある場合が多いです。我らのように、全くの虫型は極めて少数なのです」
「そうなのか」
大変だな。
ただ、ヒトと馴染めてないのは、外見のせいだけではあるまい。
先程抱いた価値観が違いすぎるという印象を、素直な感想として言ってみた。オチョウは、カチカチと口を叩いて音を立てた。
ジェスチャーからどうやら、笑ったらしいと分かった。
「この短時間に、良くお分かりになった。我らは、高潔にして冷酷。然るに、他の者らと袂を分かったと言い伝えられております」
「高潔にして冷酷?」
「はい。長い話になります。この老ぼれの話し相手になって下さるか」
「ああ、聞かせてくれ。ただその前に、聞いていいか」
「ええはい、なんなりと」
「俺たちは、案内人が不在でな。ここを出る時、できればダンジョン近くの町まで案内してくれないか」
「ダンジョンに、行くのですか」
「さて。まあ、出来ればな」
あ、こいつらはダンジョン案内とかできなそうな気がしてたが、普段から地下生活してる奴らの方が、実はダンジョンに詳しかったりするだろうか?
「ときに、ダンジョンは詳しいか?」
「お考えのことは分かりますよ。残念ながら、ダンジョンに詳しくはない。詳しくはないが、なるほど。これも神のお導きかもしれませんね」
「なんだ?」
「シュストラ。案内をお願いします。さて、少し時間がかかります。ヨーヨーさんたちは、ここで少し話しませんか?」
案内と言ったが、俺がどこかに案内されるわけではないようだ。一体?
「まあ、いいだろう」
少し待てということなので、オチョウの昔話を拝聴する。
それは、まだバシュミ族がヒトの中で暮らしていた時代の話だった。
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